鈴子のピザ
「セイ、鈴石猛が供述を始めた。梅本テツを巻き込んだ、手伝わせたとな。3人殺しの主犯は鈴石猛や」
結月薫から、電話が架かってきた。
的場親子らの訪問から5日後、
土曜の午後だった。
鈴石猛は人殺しでは無いと、薫には伝えていた。
実際はテツの槍だけが致命傷だっだと、
薫は察しているだろう。
だが、真実を暴露する、裏付けは無い。
「それからな、エリカの死因も分かった。結局、事故やった」
「誰かに殺されたんじゃ無かったんだ」
「竹林を再捜索した結果、エリカはベランダから、竹の花を取ろうと身を乗り出したとな、」
ベランダから50センチ離れた位置に
花がむしり取られた形跡があった。
鳥でも自然現象でも無く、人間の手が触れた跡だった。
幼いときより毎日見ていた竹林。
初めて見る花に驚き
手を伸ばしたのだ。
「花が咲いてるの?」
100年か120年に一度しか咲かない
竹の花を、見たいと思う。
「花、なんやろな。ほわほわっとしたのが」
「カオル、……花を見たの?」
「写真でな。今から現場に行くねん。ほんでJR奈良駅におる。熊さんと一緒やで」
「鈴森さんと?(なんで?)」
「今日な、夕方から山田社長に呼ばれてるねん。セイもやで。今日は夜に帰らなアカン。帰りは9時の最終バスに乗るわ。そんで電車で移動や(酒飲むから)。ついでにK駅に寄り道や」
「あ。そうか。ついでに、……なるほど」
鈴森も家はJR奈良駅近く。K駅は大和路線で繋がっている。
そこまで推し量り、
でもK駅から、この山までは?
電車移動は面倒じゃないか。
つまり、
俺に車で来て欲しいのか?
「セイも来るか? 現場の地図送る。現地集合でどうや?」
「……うん。行くよ」
事件現場より、竹の花に心を動かされた。
高速道路を乗り継ぎ、1時間ほどで現地到着。
薫と鈴森は先に来ていた。
薫はブルーのポロシャツとグレーのチノパン。ラフな服装。
鈴森はベージュの麻のスーツ。
同じく麻のグリーンのシャツにエンジのネクタイ。
革靴はクロコダイル。
力の入った<よそゆき>だ。
竹林に囲まれた
三角屋根の大きな家。
(敷地は200坪。100坪を竹林が占めている)
<人殺しの家>の前に立っていた。
山の手の、閑静な住宅街だった。
幅の広い道路に車を停める。
「3軒上、1階が駐車場でベンツとワーゲンが停まっている家に『的場』の表札が上がってる」
薫が坂道の上を指差した。
一軒の敷地が広いので、ここから全く見えない。
「ちょっと入ってみよか」
薫は黄色いテープをまたいで敷地内へ。
聖と鈴森も後に続く。
手入れをされていない竹林。
中に桐の木が一本あった。
竹は密集して折れているのも多数あり
ジャングルジム状態。
見上げれば、花が咲いている。
あっちにもこっちにも
薫は、ささっと
ジグサグに倒れている竹に足をかけて上って行き、
花を一房取ってくる。
「ハムスターの墓に供えるわ。……セイ、これがエリカやで」
薫は携帯画面を見せる。
ファミレスのユニフォームを着て微笑んでいる。
はにかんだような笑顔だ。
小さい顔。
鼻も口も小さい。
やたら大きな目が(メイクで)
気弱そうな雰囲気に、似合ってない気がした。
メイク無しでも可愛いのにと
思ってしまう。
「花が咲いたら、一斉に枯れるんでしたな?」
鈴森が聖に聞く。
「そうですよ。じきに立ち枯れます。滅多に見れない光景ですね」
「そうか。それはいい事や。こんなおぞましい竹林、消えて無くなるに越したこと無い」
薫は言いながら竹林から出た。
「そうだよね。ここの竹が人殺しの武器になり、エリカさんの命も奪ったんだ。もしかして明治の、あれもここの竹だったかも」
『河内4人串刺し事件』
鈴●鶴吉が、この竹林から竹を入手した可能性は高い、
と思った。
「鶴吉が切った竹は、あの竹林や、ないですよ」
鈴森が妙なコトを言い出した。
高速道路に入った時、だった。
「熊さん、ホンマに?」
薫は
何故そんな事を言うと、不思議がらない。
「そもそもネットの『河内4人串刺し事件』の元情報が、大ざっぱ、ですやん」
明治43年(1910年)
河内K村の鈴●鶴吉15才が
近隣住人4人を次々に手製の竹槍で襲い殺害。
鶴吉は父親所有の葡萄畑で自死。
家人の証言では、鶴吉は邸宅の自室に籠もること3年。
かねてより近隣住人が自分に向けて舌打ちをすると訴えていた。
「河内K村、葡萄畑で、葡萄の名産地のK市やと決めつけた。K市の葡萄は戦後に盛んになったのに。ほんでK村という地名も他にあるんです。明治の河内は広かった。事件が起こったのはずっと南の村です」
「鈴森さん、何で、知ってるの?」
聖はルームミラー越しに、
後部座席の鈴森を見た。
この人は竹林に入っただけで
視えたのか?
聞こえたのか?
何が110年前の事件の真実を教えたのだ?
恐ろしい霊能力じゃないか。
聖はメチャクチャ驚いたのに
隣の、助手席の薫は平静。
「事件現場は、戦後に山を削って造成した住宅地や。加害者の血族が110年前と同じ場所に住んでいるわけではない、とは思ってた」
(被害者の血族、的場家も引っ越してきて、また近所に?……まさに因縁話じゃん)
聖は怖い偶然だと思う。
薫はしばらく何か考え、鈴森に質問する。
「熊さん、鶴吉は3年家に籠もってたんやろ。病気で寝込んでたんちゃうん? 病弱な少年が成人の男を4人も襲うのは、無理やろうけど。どうなん?」
被害者4人が成人の男だと、
ネットの情報にはない。
薫は明治の事件を調べたのか。
警察官しか閲覧できない資料をみたのだ。
その上で、
なんで鈴森に聞くのか?
謎すぎ。
「あのね、聞いたところでは、実際は、どうしようもないワルの若造4人、村の男達が始末したんです」
と、鈴森。
聞いた?
誰に?
聖は2人の会話についていけない。
「なるほどな。始末せなアカン、ワルやってんな」
「今で言うハングレかな。強盗やらレイプやら暴行を近隣の村でやらかした。親も手に負えない。意見したら半殺しにされた。4人は村の厄介者、とても生かしておけない……。自分らで始末を付けようとなった。言い出したのは4人の父親やったそうです。息子の始末は自分で付けるのが筋やけど手に負えない。力を貸して欲しいと懇願した」
「村の為に男達が結束したんやな。この国でありそうな話やな。……あ、事情が読めてきたわ。男4人殺すと決めた、しかし4人もや。事故に見せかけるのも難しい。犯人を作ろうと、なったんか。……それで病人の鶴吉に白羽の矢が?」
「鶴吉は、自分から、その役目を志願したらしい。不治の病で医者の見立てでは、一年ももたない身体が、3年生き長らえている。この命、今この為にあるのやと。そして後腐れの無いよう、葡萄畑で腹を切り、事件の幕引きとしたんです。すべて自分の意志で」
見てきたように
聞いてきたかのように鈴森は語る。
聖はやっと、謎の会話の意味が解ってきた。
鈴●鶴吉は
鈴石鶴吉ではなく
鈴森鶴吉、だったのだ。
薫は事件の正確な資料を閲覧した。
●で隠された文字が「森」だと知ったのではないか。
「セイ。鶴吉は次男で跡取りの兄の名は『甲太郎』や。『鈴森甲太郎』や。鈴森家は跡取りが『甲太郎』の名を引き継いでいた。先代が亡くなると跡継ぎは改名する。この国の珍しく無い習わしや。屋号を引き継ぐのと同じやな。そんでな、偶然の一致なんか熊さんに聞いてみたんや」
「心当たりは無かったんですが、自分は父親が死んだ後『甲太郎』に改名しています。鈴森家の習わしやと、母親に言われて。もしやと思い、(30年前に没)爺ちゃんの、弟が存命なんで(90才)、河内長野まで聞きに行きました。ほんならね、話してくれました」
鈴森鶴吉が、命と引き替えに守ったのは村のヒミツだと語った。
絶対外に漏らしてはいけない掟。
鈴森の家だけが、ひそかに跡取りだけに語り継いできた、という。
(的場の跡取り息子は、素行も行儀も悪かった。路歩きながらも舌打ちして、そこらに唾はいて。鶴吉やなくても、どないかしたろうと思うで)
聖は、真の母から聴いた話を思い出す。
殺された方に非があったようなニュアンス。
事実を知っている者の言葉かもしれない。
「鶴吉は、人殺しでは無い。一族の恥では無い、誇りやと、その爺さんは言うてました」
鈴森は<誤解>された鈴石家に申し訳ない、と言う。
かといって、<真実>を暴露すれば、新たなターゲットを生み出す結果になるだけ。
一家3人殺しと『河内4人串刺し事件』の関連はネット情報で知っていたが、
よもや自身が、鶴吉の血族、関係者だとは知らなかった。
相当にショックを受けた様子。
「虐める奴が悪いだけでしょ」
聖は、あらためて、猛を虐めた奴らに怒りを感じる。
そもそも15才で死んだ鶴吉に、子孫は無い。
それなのに、ネット情報から子孫と決めつけ、<人殺し>扱いしたのだ。
「セイ、虐めた奴やけどな、実名を晒されてるんやで」
薫は困ったような顔。
「正体不明やけど、中学の同級生やと思われる。そいつが暴露を始めてる。梅本テツもスクールカースト下位。テツが、ボスに言われ、猛の上靴に人糞を詰めた。できないなら、お前に喰わせると脅されていた……、衝撃の内容やで」
「上靴にクソ、ですか。えげつないなあ。明治の、大昔の事件ですやん。それの関係者やからと、そこまでしたんですか」
鈴森は悲しげに言う。
「虐める側からしたら理由は何でもありやで。憎たらしいから虐めるんやろ。妬みもあったやろ。大きな家に住んでいる金持ちやからな。猛は温厚で反撃するタイプや無い。虐めやすいやろな。何はともあれ、虐めグループは、実名、写真、大学名を晒された。来年の就活には影響するで。一生ついて回るかも」
法の裁きは受けずとも
世間に裁かれる。
それで良かったと聖は思った。
しかし、鈴森は違った。
「それも気の毒やね。差別されるのは本人だけ、ちゃうし。竹のように100年に1回過去情報リセットは無理なんでしょうね」
「熊さん、もう忘れよう。ほら、山に入ったで」
話している間に辺りは薄暗くなっていた。
山田動物霊園に到着すると、
香ばしいチーズの臭い。
鈴子のベンツには運転手の沢田の姿。
短い宴会だと察しが付いた。
レモン色のパンツスーツの鈴子と
黒いエプロン姿の悠斗が、
事務所の外に居た。
焼却炉に近い場所に立っている。
シロとトラは尾を振りながら駆けてきて
鈴森に飛びつく。
久しぶりなので熱烈歓迎。
ベージュのスーツに肉球の跡が着いてしまう。
薫は1人竹の花を手に墓地の方へ行った。
エリカのハムスターの墓に供えるために。
「にいちゃん、丁度、いい時に着たな」
鈴子が手招きする。
何かと観に行くと、
焼却炉に並べて
石窯が置いてある。
どうやらこの窯でピザを焼いているらしい。
「これで5枚、やな」
鈴子は悠斗に言い、
「中入ろか。ワインもビールも、酒も寿司もあるから」
なんでだか上機嫌。
「ピザだけでは足らんやろと、寿司も買ってきた」
テーブルの上には4枚のピザと
寿司折がセットしてあった。
「これは社長の手作りのピザですか?」
遅れて入って来た薫が聞く。
宅配ピザを味見していたのは、この為か?
「うちは食材調達しただけや。料理したのは桜木さんやで」
「なんと、これは有り難い。おいしそうですね」
鈴森は犬2匹とともにソファの端に座った。
「社長、自家製のピザが食べたいと、石窯を買ったんですか?」
薫はピザを一切れ手に取り、鈴子に聞いた。
聖は、なんとなく、それは無いだろうと思う。
「違うで。石窯はな、ハムスターやら小鳥用に、丁度ええと思ってな。かわいらしい女の子がハムスター持ってきたやろ。それで考えてみたんや」
聞いて、薫の手は止まった。
やはりそうかと聖は納得。
焼却炉の横に並べて設置してある。
ペットを焼く為の装置、なのだ。
「へ。……つまり石窯で小動物の火葬?」
薫の手は止まっている。
ピザは口へ運ばれない。
小動物の死骸を焼いている窯で
これは焼かれたのかと驚いている。
聖は躊躇せず、ピザを頬張る。
「メチャ、美味いですよ。コレ、チーズが上等なんですね」
剥製作成の作業室は調理にも使っている。
冷凍庫も電子レンジも調理台も。
滅菌さえ怠らなければ化学的に問題は無い。
小動物を火葬の石窯に偏見はない。
しかし、普通は感じ悪い。
鈴森も目をまん丸にして戸惑っている。
犬に構い、ピザに手を伸ばしていない。
「火葬はこれからです」
悠斗が綺麗な笑顔で言う。
「石窯は小動物の火葬用に購入しましたが、本来の役目はピザを焼く、装置です。社長は道具にも心があると。ピザ焼く為の石窯なので、一番最初はピザを焼こうと」
悠斗の説明に薫は安心したように
ピザを口に入れた。
「あの子がハムスター持って来たからな。おかげで、小動物は、大きな焼却炉では火加減が難しいとわかった。動物霊園には小さい焼却炉も必要やと教わったんや」
聖は、
数万払って、小型インコやハムスターを火葬埋葬する客は
滅多に居ないだろうと思う。
エリカが唯一で、この先無いかも知れない。
そんなコト、鈴子だって分かっている筈。
それでもわざわざ石窯を購入した。
聖は、鈴子はエリカに死の影を見たのだと
今になって気がついた。
悠斗は鈴子の指示でエリカを送迎したと行っていた。
温かいココアを出したのも鈴子の指示かも知れない。
華奢でどことなく寂しげな若い女が、
ハムスター4匹(ミイラ状態もあり)持って来た。
みれば背後に死の影。
近々死ぬ運命と分かっても運命は変えられない。
助ける力は無い。
「あの子がハムスターもってきたからな、それで思いついたんや」
鈴子は楽しい思い出のように、
同じフレーズを繰りかえす。
この先も、石窯の話になればエリカのエピソードを語るのだろう。
(ハムスターもってきた可愛い子)
鈴子は、
エリカを憶えていたいのだ。
最後まで読んで頂き有り難うございました。
仙堂ルリコ




