【番外編】お姉様!!!!!
なんか弱々しかった男爵令嬢(姉)が生気に満ち満ちてとても楽しそうに毎日を過ごしている。
いいことだと思うけど、身近な人で妄想するのは意外と気付かれるからやめなさいね、とだけ忠告しといた。
ええ、元気なのはいいことだから気にしないことにしたわ。
頭を切り替えて。
私は十七歳。ノーチェは十二歳になった。
伯爵家の小僧はまだ厨房に入り浸っているし、ノーチェは手作りを食べていないし、伯爵家の問題もまったく片付いていない。
実はそっちの問題が解決してからにしようと先送りにしていた問題があったけれど、これは長くなりそうだと察して先に動くことにした。
「ということで、私の旦那はアンタに決めたわ」
「え」
私は相手の前に仁王立ちして、手にした扇子をビシィッと相手に突きつけた。
突きつけられた侯爵子息は、立ったまま書類片手に目を丸くしている。
彼はロビン・ファヴィー侯爵子息。私の後ろ盾の一人だ。
流石の私も派手に動き回るには後ろ盾がいる。ビビッと目につく才能を持った令嬢や子息を引っこ抜くには金の力だけでは足りない。私は子爵令嬢なので、私が強気に動くには私を守ってくれる後ろ盾が必要だった。
本来それは婚約者に求めるものだが、私は複数の商売を抱えていた。だからその方向で繋がりを得て、複数の上位貴族に後ろ盾となって貰っていた。
勿論タダじゃない。恩義を売ったり商売で繋がったり様々だが、ファヴィー侯爵家は恩義でも商売でも繋がっている。
というのも、ファヴィー侯爵令嬢(妹)も私が引っこ抜いた一人。
彼女は侯爵令嬢でありながらドレス作りが大好きだった。
実際に作っていたわけではなく、デザインするのが好きな子だった。
自分がデザインしたドレスを作ってくれるお針子を探していたが上手くいかず、騙されてデザインが盗まれてしまった。訴えたが侯爵令嬢がドレスのデザインなどできるわけがないと信じて貰えず、悔しい思いをしていた。
興味を持った私は彼女の描いたデザインを見せて貰い、大変好みだったので引っこ抜いた。この時子爵家にお針子部隊はなかったけれど、彼女を切っ掛けに設立した。
ノーチェ、服飾には興味がなかったのよ。私はそういったアイデアは浮かばないので、もっぱらよそから引っこ抜いているわ。
そうしたら、でるわでるわ噴水のようにでるわデザインの噴流。
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、怒濤のデザイン画が吹き荒れた。どれもこれも私好みで、大変満足だったわ。
彼女がデザインしたドレスを着て、私が夜会に参加する。それだけでとても宣伝になった。
私、目立っているから。
子爵令嬢のくせに目立つ私が気に食わない令嬢はたくさんいるけれど、私があまりに利益を生み出しすぎていて、手が出せない。排除するよりお近付きになった方がお得だものね。わかるわ~。
おほほ。全部私が生み出しているわけではないけれど、売り出しているのは私だから。その頃はもうしっかり根回しして後ろ盾も複数いた。表立って文句を言える人はいなかった。
頭のいい人ほど私の利用価値がわかる。私は子爵令嬢だけど、つつけば背後に控える上位貴族を敵に回す厄介な令嬢になっていたわ。
ちなみにこの頃には被っていた猫も全て放り投げ、でっかい虎を一頭従えていた。うふふ。女狐と呼ばれても誇らしいだけね。
パートナー? その時々で変わっていたわ。
後ろ盾の子息貴族か、商い契約した貴族か。そのときの宣伝効果で相手を選んでいたので、すっかり私が男好きの悪女のように噂されている。
おほほ。愉快。篩い落としに丁度いいからもっとさえずってくれていいのよ。
自ら口臭を放つなんて腐り始めがわかりやすくて楽だわ。
そんな私の評判を聞いたらしい伯爵家の末っ子は、私をじっとり観察していたけれど、たとえ悪女だったとしてもあんたらみたいなヒヨコに興味はないわって言ったら憤慨してきた。
頭がいいからプライドが高い高い。小賢しい小僧の高い鼻は、ノーチェ達が気付く前にそいやっとぽきっと折ってあげたわ。
大人げない? 子供に現実を教えるのが大人の役目よね。
おかげさまで目の敵にされているけれど、小犬がキャンキャン吠えているようにしか見えないわ。おほほほほ!
とにかく、私は目立つから、私が着るドレスも注目される。
そこから誰がデザインしたのか話題になって、侯爵令嬢はファッション界で頭角を現すようになった。
その流れで過去に揉めたデザイナーは失脚したけれど、悪いことをしたのだから当然よね。
おかげさまで娘の名誉は回復し、服飾関係で仲良くなった伯爵家に嫁入りが決まり、私は侯爵にしっかり気に入って貰えて、後ろ盾の一つになって貰えた。
その取り次ぎをしてくれたのが、妹の行く末を案じていた侯爵家の次男である彼。
ロビン・ファヴィー侯爵子息。
その出会いからまだ一年だけど、結婚するなら彼がいい。
私の断言に驚いたらしいロビンは無言で瞬きを繰り返し、書類を机に置いた。
「突然だね。決め手を聞いてもいい?」
私の周囲にはたくさんの婿候補がいたから彼がそう聞いてくるのもわかる。だから私はきっぱり言い切った。
「私がアンタを好きだから」
「そ…れは、光栄だな」
彼の白い頬が赤く染まる。照れたように視線を彷徨わせ、結局私を見て柔らかく笑った。
この裏のなさそうな、素直な動作も好ましいところ。
「ちなみに好きなところを一つ一つ挙げていったら夜が明けそうだけど聞きたい?」
「思ったより熱烈で愧死しそうだ。ちょっと待ってくれ」
「妥協に妥協を重ねたとしても、私は私と幸せになってくれそうな相手じゃないと求婚しないわよ。私が幸せにならないと、私を愛し育ててくれた両親が可哀想だし、私が引っこ抜いた子達が色々気にしちゃうじゃない。誰かを助けるなら、まず自分が幸福の手本を見せないと。私は全力で幸せになるわ。その為に私が好きなアンタが旦那として必要なの。わかる?」
「私が待ってくれと言っているのは聞こえているか?」
「肯定が返って来るまで口説くに決まっているじゃない。待たないわよ。いけると思ったら攻め抜けって既婚者の使用人が言っていたから、経験者のアドバイスに従うわ」
「子爵家の使用人達は愉快で距離が近いな…!」
真っ赤な顔で照れているから結果は分かりきっているけれど油断は禁物。
私の気持ちを疑われないようしっかり伝えないと。
両想いと油断していると、思わぬ行き違いで悲劇が起るんだから。
私は令嬢として背が高い方だけど、彼は男性として背が高いので引っ張らないと視線が合わない。私はつかつか近寄って、彼のアスコットタイを引っ張った。
「いつも私を見守って、好きにさせてくれるアンタが好きよ。私が疲れたことに気付いてくれるアンタの特別であり続けたい。だから私の旦那様になって」
「…本当に待たないな、君は」
私はノーチェと違って鈍くないから、誰に秋波を向けられているかはなんとなくわかった。だから彼からも、嫌われていないのはわかっていた。
それでも、彼からの気持ちにだけはちょっと自信が持てなくて、随分情報収集をしたけれど…自惚れも含めていけると思ったから押すわ!
だって私は、隣に並んでくれる人でも、前に立って庇ってくれる人でも、私が守ってあげないといけない人でもない。私を見守って、私が疲れたときに包み込んでくれる人が欲しい。
お姉様だって、疲れるときは疲れるの。
でもってその疲れている私に気付いたのが彼だった。
あ、好きだわって思ったら、もうそれが答えなの。
さあさっさとお返事しなさい! と攻めの姿勢を崩さない私に、彼は仕方がないなぁって目を細めて笑った。
その唇が、私の額に触れる。
「愛しているよレオーネ。太陽のような君。私に君を抱きしめる権利を授けてくれ」
…最後の最後で年上らしく、余裕を感じさせつつ、私に主導権を持たせることをやめない姿勢、好きよ。
ちょっとだけ負けた気分になったけど、彼の首に腕を回して「アンタだけに許すわ!」と叫んで、私は彼に強く抱きしめられた。
こうして私は、愛する旦那(予定)を手に入れた。
「…でも婚約するのはノーチェが婚約してからだから」
「え、生殺し?」
※この二人、結婚の約束こそしたが訳あってあと三年婚約できないのである―――――!
お姉様の名前が出ました。
レオーネ・アルディーヤ様。
名前が出ましたがお姉様はお姉様です。
そして子爵家は愛に溢れた家なので、血縁者のお姉様も愛に溢れています。
好きだと思ったら正直にまっすぐ行く血筋。駆け引き? ガンガンいこうぜ!!!!!
ノーチェとの違いは自覚しているかしていないか。




