3 よそのお家のお菓子も美味しい
お金持ちの子爵家は、いろんなお家にお呼ばれした。お金持ちの子爵家とお近付きになって、儲けたい貴族はたくさんいるということだ。
子爵家には娘が二人いるので、結婚して繋がりたいと考える家もある。七歳になったノーチェもしっかり狙われていた。
十二歳の姉はそのあたりを理解してよそのお家に行くときはピリピリしていたが、ノーチェはよそのお家のお菓子に興味津々で全然気付いていなかった。
その日も、お呼ばれした伯爵家でノーチェはお菓子に目を輝かせていた。アルディーヤ子爵家だけでなく、年の近い子供を持つ貴族を集めたお茶会が開かれた。
大人達は大人達、子供達は子供達で楽しみなさいと分けられた会場。大人達はテラスでティータイムを楽しみ、子供達は中庭でお菓子を楽しんだ。
お菓子より走り回ったり、遊具に夢中になったりする子供も多かったが、ノーチェはお菓子一択。よいしょっとテーブルの上を確認した。
子供の集まりなので、一口で食べられる小さなお菓子が多い。ジャムを載せてあるクッキーや、プチカップケーキ。小さなシュークリームが積み上がったクロカンブッシュまである。
(はわわわわわ。どれも美味しそう~!)
どれを取ればいいか迷ったので、控えていた使用人にちょっとずつ載せてくださいとお願いした。デザートプレートに少しずつ載せられたお菓子。ノーチェは大きな青い目をキラキラ輝かせて盛り付けられたプレートを見た。
お礼を言って受け取り、小さなフォークを握りしめる。
(いただきま~す! はむ! このクッキーについたジャムはサクランボ! プチカップケーキの中身はチョコ! シュークリームの中身はカスタードだわ! なんてこと! シュークリーム、中身がそれぞれ違う! こっちは生クリームだわ!)
「んん~っでりしゃすです!」
「…そんなにおいしいの?」
小動物のようにはむはむ食べていたノーチェのそばに、同じ年頃の女の子が近寄ってくる。ちらちらとクッキーを見るその子に、ノーチェは笑顔で頷いた。
「美味しいです! 一緒に食べましょう!」
「う、うん」
「シュークリームは中身が全部違うのです。食べ比べると楽しいですよ!」
「そうなの? チョコあるかしら」
「チョコなら、こっちのカップケーキもチョコでした!」
「わあいっ」
「チョコ? どこ?」
「私も食べようかしら」
わらわらと、誘われるように飲食スペースに子供達が集まる。
一人が食べているとやけに美味しそうに見えて、自分も食べたくなるものだ。その子が笑顔でおいでおいでと誘えば、いつも腹ぺこな子供達はふらふらとお菓子に群がった。
ノーチェは笑顔で頷く。
(皆で食べる方が美味しいです!)
そのとき、にゅっと伸びた手がシュークリームを掴み、そのままぽいっとその子の口に放り込まれた。
傍にいた子供がぎょっと素手で食べた子を見る。
その子は黒髪黒い目の男の子だった。同じ年頃の子供達の中で一番小さい。その子はもう一度手を伸ばし、素手でカップケーキを掴んだ。
「ちょっと、あなた行儀が悪いわ」
「手で食べていいのはクッキーだけだぞ」
子供達が食べやすいように一口サイズにされているとは言え、子供の口は小さい。
クッキーは例外として、貴族はお菓子にかぶりつくことはない。必ず切り分けて食べる。シュークリームもナイフで切って食べるのが普通で、プチシューは切り分けるほどの大きさではないが、フォークで食べるのがマナーとして教えられていた。
それを素手で行った少年は、傍にいた少年少女に行儀を指摘されて固まった。プチカップケーキを片手に青ざめる。
あら、とノーチェは声を上げた。
「パウアー様とディーン様、お食事のマナーをきちんと覚えているのですね。流石です!」
「ま、まあね!」
「これくらい当然だし…! で、ですし!」
何度か顔を合わせたことがある子だったので名前を知っていた。どちらも子爵家で、以前までフォークの持ち方が危うかった子達だ。
青ざめて固まる子は、今日初めて見る。ノーチェはにっこり笑った。
「このお菓子、美味しいの!」
「えっ」
「急がなくても大丈夫なのよ。まだたくさんあるの! 一緒に食べましょう!」
「え、あ、おれ」
もごもごする子を誘導して隣に座らせる。先程行儀を指摘したパウアー令嬢とディーン令息はもう他のお菓子に夢中だ。プチカップケーキを抱えたままの男の子は、窺うようにノーチェを見ている。
「大丈夫なのよ。美味しく食べるのが一番のマナーなの。シュークリーム、美味しかったでしょう?」
「う、うん」
「なら大丈夫よ。それも食べていいの。食べやすいように食べましょう! まずは美味しく食べるのが一番なのよ! 綺麗に食べるのは練習が必要だから、今度挑戦しましょう」
弾ける笑顔でそういったノーチェ。
口をもごもご動かした男の子は、こっくり頷いた。