2 人生は食事で決まる
ご飯が美味しければ人生なんとかなるものだ。
それは前世から掲げるノーチェの持論だった。
イヤなことがあっても、挫折しても、酷い目に遭っても、それでも食事が美味しければ生きる気力が湧いてくる。
食いしん坊ですか? そうです。
美味しい物で自分の機嫌をとるの、確実だし健全だと思います。
そりゃあ味がわからなくなるくらい辛いことだってあるけれど、それでも美味しい料理は彩りも鮮やか。味だけでなく、見た目でも心が癒やされる。
特に前世では「映え」を意識した料理が多彩で、ちょっと調べれば目に新しい料理がたくさん溢れていた。実際食べに行ったものもあるし、いつか食べに行きたいと狙っていた料理もある。もう食べにいけないのは残念だけど、そんなわけで味だけでなく見た目でも美味しい料理はノーチェを慰めた。
そしてそれは、今世でも。
「ふぉおおおおお! 料理長料理長! お花です! お皿にお花が咲いています!」
「お嬢様が仰っていた飾り切りに挑戦しました。如何ですか?」
「素晴らしいです! 最高です! うちの料理長は世界一です!」
「お嬢様ってば褒め上手!」
「びゅーてぃふぉーで、でりしゃすですー!」
前世を思い出したノーチェが真っ先にしたのは、厨房スタッフと仲良くなることだった。
小さな足を一生懸命動かして厨房に行き、一食ごとに感想を伝えた。子供の拙い語彙力で頬を真っ赤にしながら懸命に美味しいを伝えた。だって美味しかった。嘘じゃない。異世界人の舌が満足できるおいしさだった。褒め称えねばならねぇ。
お魚さん美味しかったのよ。サラダの彩りが綺麗で崩すのが勿体なかったの。スープはもしかして隠し味があったのかしら。デザートはね、もうちょっと多くてもいいと思うの。
そんなことを毎食繰り返せば、恐れ多いと慄いていた厨房スタッフ達もお嬢様の感想が楽しみになってくる。てちてち歩いてきて、入り口からひょっこり顔を出し、顔を真っ赤にしながら「あのね、今日はね、ピーマン食べられたのよ!」と嬉しそうに報告されれば相好が崩れて仕方がないというものだ。そっかー! やったねぇー!
だから必然的に、ノーチェの「こういうのが食べたい」という要求にも厨房スタッフは力を入れるようになっていた。
あれが食べたいこれが食べたいと我が儘三昧ならともかく、ノーチェの要求は「お野菜お花にできる?」とか「あのね、林檎は兎さんがいいの」などと些細なものだ。前世と遜色ないお味だが、やはり「映え」は前世が圧倒的。見て楽しい料理を求めてノーチェはあれやこれやと注文した。
お嬢様の望みを叶えるべく、子爵家の厨房スタッフは必要以上に彩り豊かな盛り付けをするようになっていた。
ノーチェはきゃっきゃと喜び、両親は一皿を楽しむようになり、姉は目を光らせた。
この彩りや飾りはお菓子でも通用すると察したのだ。
「品種改良して甘さを増したフルーツ…食べて貰わないと始まらないんだから、誰もが目を引く形で売り出すべきよね。フルーツタルトだって果物を載せるだけだと味気ないわ。ここは果物の切り方、飾り方を研究し直す必要があるわ…!」
コストがかからない程度に頑張って欲しい。
主役の果物一つ、特別感を出すカットをするだけでも違うと思う。
(前世で流行った動物のカップケーキとか教えたら喜ぶかなぁ。私も食べたいし、落書き帳にこういうケーキが食べたいって描いてみよう)
結果、姉は「子供の発想力は大人の夢!」と叫んでノーチェの落書き帳を奪取した。
ノーチェの落書き帳…。
落書き帳は新しいものを渡された。
ノーチェの落書き帳…。
「まあ、ノーチェは面白いことを考えるわね」
「子供はこういうのが好きかぁ」
「子供が好きな物は大人も好きよ! これは売れるわ! 大人だって子供の頃夢見たケーキがあったら買うでしょ!」
「そうね、そのとおりねぇ」
「試しに作ってみて、量産できそうなら売ってみようか。デザインはノーチェだから、ノーチェが名前を考えるかい?」
「チェックするけど好きに考えていいのよ」
「はわわ…?」
気付けばデザイン担当になっていた。ちなみにカップケーキは「もりのどうぶつさんふぁみりー」と子供らしさ全開のものに決定した。いいの? それでいいの?
こんな感じでアルディーヤ子爵家はとても平和だった。