11 得意分野は人それぞれ
お姉様とオルカの会話は、ノーチェにはさっぱり理解出来なかった。
さっぱり理解できないが、ノーチェの知らないところで大人達が…いや、お姉様やオルカも含め、たくさんの人たちがノーチェを守ってくれていたようだ。
でも一体何から?
私が危険なら、ベスティは? もしかして会えなかったのは危険な目に遭っているから?
じわじわ不安になってきて、眉が下がる。
そんなノーチェの頬を、隣のお姉様が擽った。
「大丈夫よノーチェ。怖いことはお姉様に任せて、それなりに頑張ってる小僧に会って、話し合ってきなさい」
「怖いこと、お姉様に任せてしまっていいの? 私が頑張らないといけないことじゃないの?」
「いいのよ。お姉様はいつもノーチェに助けられているんだから。いつかノーチェが頑張らなくちゃいけないときが来るけど、まだいいの。それに今日は頑張りどころが違うだけで、ノーチェも頑張らないといけないのよ」
「そうなの? なにかあるの?」
「言ったでしょうノーチェ」
お姉様は強気に、悪そうなお顔で笑った。
「小僧と話し合ってきなさい」
それの何が頑張りどころなのかわからず、ノーチェはやっぱり首を傾げた。
対面するオルカは、魔女を見るような目付きでお姉様を見ていた。
予定より早く戻って来た馬車を、伯爵家はなんの動揺もなく受け入れた。
馬車に乗っていたのがオルカだけでなく、子爵家の姉妹が増えていたことも当然のように受け入れられた。
その事実に苦い顔をしたのはオルカだった。
「本当に根回しが終わっているんですね…」
「ええそうよ。だからさっさと案内しなさい。ほらその箱は誰かに渡して、ベイアー伯爵令息はレディをエスコートしてくださらない?」
「エスコートするならお姉様がいい…」
「奇遇ね私も【お姉様】なのよ。さっさと行くわよ」
「うう…お前達、お姉様を…ノーチェ様をお兄様のところに案内して」
「かしこまりました」
オルカは呻きながらドーナツの入った箱を従僕に預け、ノーチェをベスティのところに案内するように指示を出す。幼いオルカの命令に頭を下げた使用人達は、音もなく動き出した。
何故ここで別行動になるのか。姉のいっていた怖いことがなんなのか、ノーチェにはわからない。
わからないが、姉とは別のところでノーチェも頑張らねばならないらしい。
よくわからないが、ベスティと会うには頑張らないといけないらしい。それなら頑張ってみようと、ノーチェは案内されるまま歩き出した。
ノーチェの背中を見送った二人は、示し合わせたかのように視線を合わせる。見下ろし、見上げなければ交わらない視線。
見下ろしていた側は、軽い口調で問いかけた。
「それで、アンタはお願いしなくてよかったの?」
「僕のお願いはもう終わっているので、お姉様がそれを覚えてくださっていればそれでいいです」
「あら、そうなの。でもあの子のんびりしているから、明確にいわないとゆるーく誤解したりするわよ」
「別に構いませんよ。僕からのお願いは強制じゃないので」
そう言って、オルカは腕を差し出した。
身長差から不格好になるが、望まれたからには貴族の紳士として、エスコートをしなくてはならない。
「それでは行きましょう魔女様」
「あら使い魔にされたいの?」
「僕には荷が重すぎます。どうぞ他を当たってください」
「いわれなくてもそうするわ」
二人は歩幅を合わせることなく、競うように廊下を進んだ。
歪だが、その足取りに迷いはなかった。
案内された道を進んだノーチェは…伯爵家の厨房にいた。
あれぇ?




