1 転生先のご飯が美味しい!
新連載です。
あっさり読めるお話の予定。
(…ご飯が美味しい!)
転生したと気付いた私の一番の感想は、その一言に尽きた。
(美味しい…ご飯、美味しいわ!)
なんて素晴らしいことだろう。
五歳になった私、ノーチェ・アルディーヤ子爵令嬢は家族との食事中に感激で打ち震えた。
そもそも前世の記憶を思い出したのはつい先刻のこと。
お腹空いたな、今日の夕飯は何かな。そう思いを馳せた私は「おでんが食べたいな」と漠然と考えた。そろそろ寒い季節だから、温まるような料理が食べたいなって考えて、あれ? と子供特有の大きな頭を傾げた。
あっという間に重心が傾いて転がった。
ころりと柔らかな絨毯の上を転がりながら、大きな目を瞬かせる。
「おでん」ってなにかしら。
みたこともきいたこともないわ。
ぱちりと瞬きしながら考えて、五歳の柔らかい頭の中に「おでん」のイメージ映像と湯気の香り、出汁の味、野菜の柔らかさが広がって小さい口が涎で溢れた。
じゅるり。
「おでん」食べたい。
でもでも私は、ノーチェは「おでん」を食べたことがない。
それなのに、知っていた。美味しい食べ物だと知っていた。
そこでようやく気が付いた。
(わたし…転生してるー!)
知ってる! 前世の知識でグルメ無双する話が好きでよく読んだから知ってる! 嗜んでましたー!
床に転がったまま涎を溢れさせる小さい令嬢は、目をまん丸にして前世の記憶に驚いた。
まぁまぁお嬢様ったらと微笑ましげに抱き起こされるまで、ノーチェはどうしたらおでんが食べられるだろうかと転がったまま考えていた。
こんにゃくはある? 卵は新鮮? 根菜は揃っているかしら。練り物はある? 餅巾着は?
もしかして無双? グルメ無双しないとおでん食べられない?
出汁の取り方から研究するの? 海藻類は食べられますか。
転生したグルメ無双物語の世界では、たいてい現地の料理は壊滅的だ。
今まで何も感じていなかったけれど、前世の記憶を取り戻したノーチェの舌は現地の味に満足できるだろうか。
そんな不安を抱えながらご飯ですよと侍女に抱っこされて食堂に運ばれたノーチェは…。
(美味しー!)
全くの杞憂だったと笑顔全開でご飯を食べていた。
ご飯はハンバーグだった。コロリと丸いハンバーグ。多分豚肉のハンバーグ。
五歳のノーチェはまだ手が小さくて上手くナイフとフォークが使えないけれど、せっせと肉を左側から切っていく。
全部切ってはいけない。肉汁を逃がさないため、一口分だけ切り分けるのがポイントだ。
ちょっと大きく切りすぎてしまったけれどご愛敬。ノーチェはお口を大きく開けてフォークにかぶりつく。もごもご口を動かせば、ニンニクや胡椒の下味と濃いソースの味わいが口いっぱいに広がる。
美味しい。前世の食事と遜色ないお味。
「でりしゃすーっ」
「まあノーチェったら」
「うちの子は美味しそうに食べるねぇ」
「お野菜も残さず食べるのよ」
「はい!」
マナーが未熟な子供は子供部屋で食べるのが習わしだが、ノーチェの生まれたアルディーヤ子爵家は三食全て、家族で揃って食堂で食べていた。
ほんわかした母と、のんびりした父。しっかり者の姉と、元気いっぱいなノーチェの四人家族はとても仲がよい。
のんびり者ながら切れ者らしい父は立派な実業家で、そこらの貴族よりお金を持っている。ほんわかした母は庶民の出だが実家が商人で、そこから更に商会を作って儲けているらしい。詳しいことは知らないが、五つ年上の姉は十歳ながら商人としての才覚を現し品種改良した果物を使ってお菓子屋さんを作ろうと計画中だ。じゅるり。美味しいお話。そう、お食事美味しい。
甘く処理されたニンジンを食べながら、なんの心配もなかった食事事情に心底安堵した。
(思い出したけど、冬にはお鍋食べてたわ…きっとグルメ無双が終わったあとの世界に転生したんだわ! ありがとう先人! 御利益に与り美味しく食事を頂きます!)
「でりしゃすー!」
「あら全部食べて偉いわね」
「料理長も喜ぶねぇ」
「美味しいのはわかったからお口を拭きなさい!」
「はい!」
転生を自覚したけれど、なんの問題もなくノーチェはその日の夕食を平らげた。