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閑話 私の仕える主人

 タラン様がミシム王国からハリシム王国に来られて二年が過ぎようとしていた。


 当初はハリシムの人間とミシムから来たタラン様が上手くやれるか心配だった。

 しかしタラン様の人柄に私達使用人を始め、領民達もすっかり慕うようになり、その心配は完全な杞憂に終わった。


 数々の屋敷で執事をしてきた私だが、タラン様は今までの主人と明らかに違う。


 他国から来た領主に我が国の領民は少なからず差別意識を持っているのだ。

 全く下らない、ハリシム王国が栄えていたのは百年前迄で、今は過去の栄光に過ぎない。


 そんな領民に対し、他国から来た領主は卑屈な態度を取るか、逆に尊大な態度を取るかのどちらか。


 しかしタラン様はそのどちらも選択しなかった。

 領主でありながら、自ら鍬を取り、土にまみれる道を取ったのだ。


 そんなタラン様を領民は

『王族と言っても所詮はミシムの田舎者』とか、

『没落すれば、誇りすら失う物なのか』等と嘲笑していた。


『そうかもしれんな』

 タラン様は全く気にする素振りも見せず、そう呟かれた。


『私の両親もそうですから』

 共に畑を耕していたメイドのミレットもそう言って笑っていた。


 ミシム王国は農耕と牧畜が主な産業。

 その国王ミシム一世は元々ハリシム王国の忠実な家臣であった。


 50年前、経済が行き詰まったハリシム王国を救う為、ミシム一世は領地を莫大な金銭で買い取り、独立した経緯があった。


 この事は一部ハリシム関係者しか知らない。

 事情を知らぬハリシムの国民はミシムを未だに見下しているのだから、呆れた話だ。


 ミシム王国が貧くなったのはその時に世界から借り入れた借財を返す為だ。

 しかし今やミシムの農産物や肉、その加工品は品質の高さから世界で珍重されている。


 だからミシムとの友好を一層固め、その交易で多大な金銭を得る為、アリシア王女とタラン様の婚姻だったのに...


「さて、今日も行きましょう」


 ベッドから身体を起こし、洗面所に向かう。

 隣で寝ていた筈の妻は既に居ない。

 妻はメイド長をしているので、私より先に起き、仕事を始めている。


「よし」


 洗顔を済ませ、口髭を整える。

 体調は万全、鏡に映る髭は私の健康度を測るのにうってつけなのだ。


 昨夜の内に用意していた執事服に着替え、朝食を摂る為使用人の食堂に向かう。

 部屋を出る、美しく掃除された廊下、そして調度品に置かれた花瓶には美しい花が飾られていた。


 この花はミレットが定期的に取り替えている。

 最初は何も感じなかったが、最近は楽しみになって来た。

 妻も気に入っている様で、次はどの花にするか、私にまで相談してくるようになった。


「おはよう皆さん」


「「「おはようございます、ハリス様」」」


 私が食堂に入ると使用人達は一斉に頭を下げる。

 皆良い顔をしている、屋敷の雰囲気がそうさせるのだろう。


「おやミレット、嬉しそうですね?」


 ミシム王国から来たメイドのミレットの笑顔がいつもより眩しい。

 もちろん、その理由は知っています。


「そ...そうですか?」


 少し慌てた様子のミレットを見る使用人達、皆笑顔ですね。


「そりゃタラン様がお戻りになりますからね」


「そうでした」


「あ...そんな事は...」


 使用人に言い当てられ、真っ赤な顔でミレットがうつ向く。

 1ヶ月前からタラン様は見回りの為、屋敷を留守にしている。


 タラン様は自分の領民の人間だけでなく、近隣の領民からも頼りにされているのだ。


 治水や農地改良、新しい苗等、その知識を惜しみなく与えておられ、皆がタラン様を慕っているが、ミレットはそこに愛情が加わっているから尚更だろう。


「おいミレット」


「マキシマ様、また腰が痛みますか?」


 調理場から料理長のマキシマがミレットを呼ぶ。

 彼も私と同じく、マキシマも王国からこの屋敷に派遣されて来た人間だ。


 酷い腰痛を抱えていたが、ミレットのマッサージですっかり元気になった。

 今やミレットがするマッサージを知らぬ者はこの屋敷に居ない。


 最近では領民達もその世話になっており、その忙しさに本来の仕事であるメイドに支障が出ないか身体が心配だと、妻が言っていた。


「違うよ、味をみて欲しいんだ」


「分かりました!!」


 調理場に向かうミレット。

 料理人まで彼女の腕には一目置いている。

 ハリシム王国料理とミシムの料理、互いに良いところが合わさり、毎回の食事が楽しみなのだ。


「万能メイドか...」


 全てに素晴らしい能力を持ったミレットと人格者のタラン様。

 本当に素晴らしい人がハリシム王国に来てくれた。

 ハリシム王国はそれで良いのだろうが...


「ミレット」


「はい」


 妻が食堂に顔を出す。

 少し怒りを滲ませたその表情に何があったか想像が着く。


「アリシア様がお呼びです」


「畏まりました、直ぐ参ります」


 やはりアリシア様か。

 タラン様がここに戻られるので、アリシア様は王都に逃げるつもりなのだ。


「...また土産を用意しなきゃな」


「ああ、大変だ」


 使用人達の表情が曇る。

 アリシア様は毎回王都に沢山の土産を持って行くのだ。

 それは全て彼女の小遣いとなるのだが、結構な損失になっていた。


「タラン様もよく我慢されてるぜ」


「ああ、ずっと蔑ろにされて...」


「止めなさい」


 使用人の言葉を止める。

 誰かに聞かれでもしたら大変な事になる。

 おそらく屋敷には私の他に王国から密命を受け、遣わされた人間が居るに違いないのだ。


「あなた、王国より手紙が」


「うむ」


 1日の仕事が終わり、自室へ戻ると妻が一通の封書を差し出す。

 中は見ずとも分かる、タラン様の身辺を伝えよと書かれているのだ。


「...ふむ」


 一気にペンを走らせる。

 アリシア様との夫婦仲をそのまま伝える訳に行かない。

 なにしろ二人の心は完全に離れているのだ。

 タラン様が歩み寄ろうにも、アリシア様がアレでは無駄だ。


「あなた...」


 妻がお茶を淹れてくれる。


「何かな?」


「...ミレットの願いを」


「分かっているさ」


 全部言わなくとも理解している。

 子供の無い私達にとってミレットは家族、いや娘の様な物。

 なんとか願いを叶えてやりたい。


 今まで培った人脈を全て使い、タラン様とミレット、そして領民の幸せを模索するのだった。

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