第2話 掴みはバッチリですわ!
「ここがタラン様がおさめる領地になるのですか?」
「そうだ」
数台の馬車がハリシム王国の王都から程近くにある街を行く。
これからタラン様はアリシア様と結婚して、ハリシム王国から子爵の位を賜る。
いよいよタラン様はハリシム王国の貴族としての活動が始まるのだ。
「大丈夫だミレット」
「...タラン様」
一体何が大丈夫というのか?
「必ず役目を果たしてみせる、それまで辛いだろうが頼む」
「分かりました」
タラン様はミシム王国繁栄の為に来たのだ。
だから両国の友好関係を損ねてはならない、私に頑張って欲しいって事だな。
「大丈夫です、上手くやってみせますよ」
「...ミレット」
フンと力こぶを見せる。
私はこう見えても辛抱強い方なのよ、例え意地悪されても平気だからね。
「だからタラン様もアリシア様と仲良くして下さいね」
「...無理だろう」
「大丈夫ですって」
力無く笑うタラン様。
そんな態度ではダメだ。
先日アリシア様と王宮で初顔合わせするはずだったが、一方的にドタキャンされたばかり。
『すまぬ、アリシアの体調が優れぬ様でな』
そうハリシムの国王陛下は謝ったそうだ。
私はその場に居なかったから、詳しく知らない。
「着いたぞ」
「ここですか」
一軒の立派な屋敷前で馬車が止まる。
扉を開けると、十数人の人達が一斉に私達を見た。
「遠路はるばるご苦労様でした。
私が当屋敷で執事長を務めます、ハリスと申します」
「うむタランだ、宜しく頼む」
進み出た一人の男性とタラン様が挨拶を交わす。
その後ろに控えていた人達は無言で頭を下げた。
「メイドのミレットだ」
「ミレットです、宜しくお願いします」
タラン様の紹介に続いて頭を下げる。
初対面って緊張するわね。
「では早速荷物を下ろしましょう」
「...え?」
ハリスさんを始めとする使用人全員が私を無視する。
どうやら私は歓迎されていない。
「では私も」
こんな事で挫ける私では無いぞ。
着ていたメイド服の袖をたくしあげた。
私は黒縁の伊達眼鏡を掛け、髪を三つ編みにし、胸を下着の下で強く押さえている。
こうした方が良いとタラン様が言ったのだ。
「いけません、荷物に何かありましたら大変です」
「大丈夫です」
丁寧な言葉とは裏腹に使用人が私を押し退ける。
見くびって貰っては困る、こう見えても農作業で鍛えた力は自信があるのだ。
「よいしょ」
荷台に積まれていた鏡台を担ぎ上げる。
ちょっと重いが、大丈夫だ。
「す...凄い」
「なんて力だ...」
なにやら使用人達が騒がしい。
これくらい男なら誰でも持てるんじゃないの?
お父さんなら、これの倍位でも軽いのに。
「俺も手伝う」
「タラン様...」
当主がそんな事して大丈夫なの?
「見てるだけでは退屈だ」
「それじゃベッドをお願いします」
「任せろ」
苦笑いのタラン様は上着を脱ぎ捨てる。
シャツ越しでもハッキリ分かる逞しいタラン様の身体。
王族のタラン様だけど、彼は身体を動かすのが大好きなんだ。
一通りの荷物を屋敷内に運び終える。
使用人達はみんな肩で息をしているが、そんなに大変だったかな?
おそらく調度品が高価な物だから、大切に扱って気疲れをしたのかもしれない。
「腹が減ったな」
「そうですね」
上着を羽織りながらタラン様が呟いた、私も腹ペコだ。
「いや...少し待っていただけませんか」
数人の使用人が困った顔で私達を見る。
彼等は食器や調味料を運んでいたから、きっと屋敷の料理人かな?
「それでは私が」
「...な」
「勝手な真似をされては困る」
少し睨まれてしまった。
気持ちも分かる、いきなりメイドが料理をするなんて言ったら、彼等の立場を無くしかねない。
「大丈夫です、お屋敷の調理場は使いません。
まだ荷解きもしてませんしね」
馬車の中で別にしていた荷物を下ろす。
中は私が愛用している料理道具一式が入っていた。
「タラン様」
「ああ」
タラン様は庭の隅に置かれていたスコップで穴を掘り始める。
竈を作り、火をおこすのだ。
「タラン様いけません、勝手な事をされては」
「ここは枯れ草を焼く場所だろ、何か不味いのか?」
「そうですが、当主たるお方がそのようは振る舞いを」
なにやらハリス様がぶつぶつ言っている。
私達は無視を決め込み、手早く料理の準備を続けた。
ここに来る途中で買い求めて来た食材を切り分け、調味料を手早く合わせる。
今回は簡単な肉料理にしよう。
「...何て早さだ」
「あれは何の調味料なんだ?
見たことが無いな」
料理人の言葉を受け流し、タラン様が肉を焼いて行く。
立ち上る良い香り、畑仕事の後よく食べられるミシム王国の名物田舎料理。
「お前達も食え」
「どうぞ、お口に合えば良いですが」
パンを切り、焼き上がった肉に挟んで行く。
「いや私達は...」
「いいから食え、俺達だけでは食いきれん」
「そうですか、では」
タラン様は使用人達に直接手渡して行く。
「旨い!」
「なんだこの味は、初めて食べるぞ?」
皆口々に叫びだす。
どうやら上手く出来たみたい。
「ハリスも食え」
「は...ありがとうございます」
ハリス様もようやく受け取ってくれた。
「なんと...これは」
「旨いだろ」
「...そうですな」
ハリス様も気にいってくれたみたい、立派な口髭に肉汁が付くのも構わず食べている。
「酒もあるぞ、今日は無礼講と行こうではないか!」
タラン様の言葉に私は再び馬車に戻り、酒の沢山入った籠を下ろす。
しっかり味わって欲しい、ミシム王国が世界に誇る名酒達なんだから。
「たまんねえ!」
「こりゃ最高だ!!」
酒が進むと砕けて行くのは世界共通、楽しい宴に、いつの間にか屋敷の人間以外の人も加わっていた。
「これでヨシ」
満足そうにタラン様が微笑みを浮かべた。
どうやら上手く溶け込めたみたい。
「ハリス様、今日はお疲れ様でした」
ハリス様の肩に手を当てる。
最後の仕上げと行きますか。
「何を?」
「良いから、さっきから気になっていたんです」
「気に?」
「ええ」
ハリス様は時折首に手を当て、肩を上下させていたから。
「やっぱり」
軽く擦る、カチカチではないか、これは慢性的な肩凝りだ、辛かっただろうな。
「随分凝ってます...ね!!」
一気に力を入れるのでは無い、コツがあるのだ。
筋を痛めない力加減、これは説明のしようが無い。
「あ...アアァァァアああ!!」
恍惚の表情を浮かべるハリス様の叫び声は敷地の外まで響いた。
次は閑話