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死のうと思ったあの日のこと

作者: たみすけ

ある朝、死のうと思った。


僕はうつを患っている。

30歳になった現在はほぼ寛解し、抑うつ気分が出ることは少なくなったが、発症して間もない大学生の頃は本当に辛かった。


まずひとりで外に出られなくなった。外の世界の話し声が、みんな自分への陰口に聞こえた。大学にも通えなくなり、友人の時間割に無理やり合わせて、なんとか一緒に通ってもらった。


夜は眠れず、朝は起きられなくなった。精神科に通い、強い睡眠薬をもらうと、気絶するように眠り、ますます朝に弱くなった。



そんな自分が、嫌だった。

だから死のうと思った。



10年前のある朝、母親に大学に行く、といって家を出た。

自室の布団には遺書、とまではいかないが、両親と妹への感謝の手紙を置いた。


電車を乗り継いで、なんとなく梅田に来た。

死に場所を探すこの日だけ、ひとりで街をうろつくことは不思議と怖くなかった。


どこで人生を終えようか。

変に助かるのは嫌だから、確実に死ねる場所がいいな。


気が付けば僕は、大阪駅の環状線のホームにいた。

次の外回り電車にしよう、と決めた。


電車が入線するまでの間、いろいろなことを考えた。

僕には何もない。何もできない。未来が見えない。

これ以上周りの人に迷惑をかけるのはごめんだ。

僕は死後の世界は信じない。すべて無になるのならそれでいいかな。




線路の向こうにオレンジ色の車体が見えた。

白線の外側へ一歩踏み出す。今だ。




すると刹那、向かいから強い風が吹いた。身体が大きく揺れる。

身体がホームの方へ戻される感覚があった。バランスを崩し、ぺたん、と点字ブロックの上に尻もちをつく。


その瞬間、心にいたもうひとりの僕が身体を抜け出して線路へ飛び込んでいくのが見えた。

電車の非常ブレーキ音が頭の中に響く。乗客の悲鳴、阿鼻叫喚。地獄絵図。

もうひとりの僕は、線路で電車に轢かれた後、そのまま砂のように散り散りになり、音もなく消えていった。そんな景色を、見ていた。


環状線、外回り電車は定刻通り、無事大阪駅に到着した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そのまま家に帰り、母親にすべてを話した。

母親は泣きながら僕を抱きしめて「生きていてくれて、本当にありがとう」と言ってくれた。


布団に置いた置き手紙はその後破って捨てた。


「なんのために生きているかわからへんねん」とぼくがぽつりとこぼした時、母親が言った。

「私にとっては大切な息子やねんから、お母さんのために生きてあげて、お願い」


この言葉が、あれから10年経った今でも心に残っている。






今の僕は死ねなかった人生を10年歩んできた。うつは寛解した。無事社会人になり、大切な人と出会い、結婚した。結婚式には大切な友人達がたくさん来てくれた。


でも、「もうひとりの死にたかった僕」はあの日死んだ、と思った。

というか、「誰かのために生きる僕」に生まれ変わったんだ、と思っている。


今、どこかで死のうと思っている人を励ましたり、救うことは僕にはできない。

でも、こんな人生もあるということは知ってもらえたらとは思う。


あの日があったから、僕は今日も、大切な誰かのために生きている。

ー完ー


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― 新着の感想 ―
[良い点] もう一人の僕が線路に飛び出した場面で起きた現象。 やっぱりどこかで死にたくない気持ちがあるんじゃないのかな・・と思いました。これからも元気でいてください、応援しています。
2022/12/17 14:48 退会済み
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