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第二部第二章 オーエン侯爵家

 オーエン侯爵邸は王宮の近くにある。規模は離宮となったオルレアン邸と同程度だ。

「オーエン侯爵かご令嬢にお目に掛かりたい」

 と門番に取り次ぎを頼むが、

「お約束の無い者は通せない」

 まあ予想通りの対応だが、

「コーバス子爵アルチュール・ド・モーリスが来たと伝えてもらいたい。この名を聞けば必ず会って戴けるはずだ。俺を追い返したと後で知られた場合、お叱りを受けるのは君たちだと思うが」

 と押すと、

「伺ってくるので少し待って欲しい」

 と年嵩の方の門番が対応を見せた。

 しばらくして、

「殿がお会いになるそうです」

 と門を通されて屋敷の正面では無く通用口へと案内される。

「こちらの方が殿の居室に近いので」

 と言い訳されるが、

「構わないよ。急に来て対応してもらえるだけでありがたい」

 扉を開けるとメイドが二人待っていて、

「腰のモノをお預かりします」

 剣を鞘ごと抜いて差し出すと、若い方のメイドが両手で押し頂くように受け取った。俺の剣は通常よりは長めの片手半剣なのだが、メイドは特に懼れる様子もなく慣れた手付きで扱っている。

 年配の方が先を行き、若い方が剣を抱いて俺の後に付いてくる。

「この部屋でお待ちください」

 通された部屋は暖炉が焚かれて暖かい。火をじっと見ていると、

「お待たせした。私が当館の主ユベール・ド・オーエンです」

 奥の扉から寝間着姿のままで現れた侯爵に、

「コーバス子爵アルチュールです。お休みの所失礼しました」

 と一礼する。着替える時間はあったと思うが、あえてそのまま出てきたのだろうか。

「子爵がお見えになったと言う事は、例の系図についての回答をお持ちになったと拝察するが」

 話が早くて助かる。

「ええ。最善の解決法をお示ししましょう」

 俺はそう言って系図を暖炉に放り込んだ。

「それは、当家に縁付く心算は無いと言う事でよろしいかな」

 声のトーンは落ち着いているが、怒りの感情がヒシヒシと伝わってくる。

「少し違います。俺を評価するのであれば、血統では無く実績でお願いしたい。と言う事です」

 いや、別に侯爵家の婿になる気は全く無かったので、怒らせたままでも良かったのだが、

「なるほど。それは失礼なことをした」

 と素直に非を認める。これはなかなかの人物だ。話が戻らないうちに引き上げようとしたのだが、

「お待ちください」

 と言って退路を断つように俺の入ってきたドアから入ってきた女性が一人。

「ラシェル」

 あれ、

「俺の剣を受け取ったメイド、では?」

 衣装は着替えているが、

「先程は失礼しました。是非ともお顔を確認したかったので」

 と言って胸に抱いていた肖像画を俺に見せてくる。

「この絵は?」

「当家に唯一残った初代モーリス伯の肖像画です」

 恐らくは二十代の半ば、つまり今の俺と同年くらいだろうか。三百年の経年劣化を経ているが、俺に似て居なくもない。三百年経っているのだから、末裔であっても似ているとは限らないのだが、

「取り敢えず座ってくれないかな、子爵。ラシェル、お前も」

 俺は侯爵の対面に座り、ラシェル令嬢は父親の隣に寄り添う。

「当家に残る記録によれば、初代モーリス伯シモン・ド・オーエンは二十歳で初陣を飾って、約十年間戦い、三十一歳で伯爵となった。その絵は、伯爵が二十四歳の時に書かれたモノと伝わっている」

 伯爵に関する品々はモーリス城陥落の際にすべて焼失してもはや残っていないという。

「私は幼い頃からこの絵を見て育ち、この方に添いたいと夢見て参りました」

 侯爵がモーリス家の末裔を探していたのはその為か。無茶な話だが、侯爵には娘一人しかいない。オーエン伯釈家ともなれば、傍系を探れば跡を継げる人間はいくらでも見つかるだろうが、自身の直系に家を残したいと思うのは自然の感情だ。

 改めてみるとこの二人、親子にしては年が離れ 三百年経っているのだから、末裔であっても似ているとは限らない。

る儀ている気がするのだが、

「失礼ですが、侯爵は今おいくつですか?」

 娘の方に年を訊くのは失礼にあたるので父親の方に探りを入れる。

「六十になるな」

 侯爵はこちらの意図を察したらしく、

「娘が生まれたのは私が四十の年だった」

 つまりラシェル嬢は二十歳と言う事になる。落ち着き具合から見るともう少し上かとも思ったが、

「系図を男爵から譲り受けたのは七年前だ。嫡男は既に既婚者で、次男は聖職者。それでなくても顔の系統は違うと聞いた。それで三男の君を調べていたのだが」

 そんな以前から目を付けられていたのか。

「君と陛下は同年だが」

「ええ士官学校の同期で懇意にして戴きました」

 任官前に先代の侯爵が亡くなったので、任官せずに家督を継いだ。

「その後も手紙で連絡は取り合っていましたし、王都の屋敷もご領地の城も何度か泊めて戴いたことがあります」

「ではその時に作戦を練っていたのかな?」

「軍事の話はしませんでしたね。主に俎上に上がったのは統治と経営」

 領地が自給自足できる最低限の面積と人口。そして商品経済の運用等々。ルイは侯爵領でそれを試し、その成果を今俺は自分の所領で実践している。

「その先に国盗りを考えたか」

「第一王子のジャン殿下が健在なら俺たちの出番は来なかったですよ」

「王位継承の第一候補だったジャン殿下は隠してはいたが健康面に若干の不安があった。ブロワ侯爵は殿下の義父になる予定で、だからこそ即位に異論を唱えたようだが、その気遣いが殿下の感情を害して不幸な戦いを招いてしまった」

 それは初耳だ。

「予定というのは?」

 殿下は既に三十半ばだ。結婚していてもおかしくないというかしていないと拙いと思うのだが。

「侯爵家は王を選ぶ立場にあるので、継承権のある王族との婚姻は不文律で控えている。即位した後でなら問題ないのだがな」

「なるほど。それで裏切り者ですか」

 殿下が陣中でブロワ侯爵の事を裏切り者と呼んでいて、王座に就くことを邪魔されただけにしては過剰な反応だと思っていたが。

「殿下の怒りは自らの死を招いたが、その後を受けて君が侯爵を王位継承の戦いに引っ張り出した時は、判断に迷った。即座に支持を表明しようかとも思ったのだが、娘の意見を入れて様子を見ることにした」

 え、今更っと重要な事を言ったが、ラシェル嬢はしれっとしている。

「速攻で王都を確保すれば、オーエン侯爵はこちらに味方してくれると踏んでいたのですが」

 挙兵直後、俺とルイ殿下は王都を強襲した。王都とそこにいたシャルル王子の身柄を押さえればそれで即詰みの筈だった。第一王子亡き後、王位継承の有力候補は先王の第三王子であるシャルル殿下と、姉の息子であったオルレアン侯爵ルイの二人。シャルル殿下に王位を辞退させればほぼ無欠での天下取りが完成する。

 シャルル殿下が王都に籠城してくれれば、多少時間は掛かっても勝利は確定だった。だが王都の市民からの信望が無かった殿下は俺たちの包囲網が完成する前に王都を脱出していた。

 俺はシャルル殿下の捜索を行い、ルイ殿下は王都の参事会の支持を取り付けた。これで玉座への第一条件はクリアされた。殿下の捜索には一ケ月を費やしたが、一方でオーエン候爵以外の二侯爵の動きを探るべく斥候部隊を送ってあった。王子が逃げ込むとすればどちらかの領地しかない。王子を探して国内をあてどなく探るよりは必要は無い。

 シャルル殿下が逃げ込んだのは北部のアランソン侯爵領。王都からの距離的にこちらの第一候補でもあった。殿下と言う旗印を得た侯爵は兵を挙げて王都に真っ直ぐ迫ってきた。もう一人、東部のディジョン侯爵には動きが無い。

「最悪の事態は二人に合流される事でしたが、それは無さそうですね」

「ディジョン侯爵は何故動かない?」

 とルイ殿下。

「合流すれば勝率は格段に上がりますが、戦後の主導権は玉を握っているアランソン候爵のモノ。アランソン侯爵には確か妙齢の令嬢が居ましたね」

 シャルル陛下にアランソン家の王妃と言う事になる。

「こちらの勝利条件は挙兵当時とほぼ同じ。今回はシャルル殿下とアランソン侯爵の首と言う事になります。王都は動かないけれど侯爵は動く。その分だけ難易度は高いけれど、侯爵は真っ直ぐこちらに向かってくるから動きは予測しやすいですね」

「こちらの選択肢は、ここで待ち受けるか、討って出るかの二つだな」

「殿下が王都に籠っている限りこちらに負けはありません。が勝利条件を満たす為には討って出るしかありません」

「何故だ?」

 これは軍議に参加している将軍の一人。だから俺も敬語を使っている。

「侯爵はともかく、王子殿下を討つのはオルレアン侯爵殿下にお願いするしかありません。王族殺しは大罪ですからね」

「王子が陣中に居ないと言う可能性は?」

 と別の将軍。

「その可能性が皆無とは言いませんが、王子を同行させないと王都を攻める事がそもそも出来ません」

 臣下が王都に兵を差し向けるのは大逆罪に等しいのだ。

「挙兵直後の我々の勝利条件が、そのまま今回のシャルル=アランソン同盟軍に当てはまるのです」

「初手と違ってシャルルを生かして捕らえると言う選択肢は無いんだな?」

 とルイが確認してくる。

「ありません。前回は王都の確保が第一目標で、殿下の身柄は第二目標でした。今回は殿下の首が第一目標で、侯爵はその次です」

「では侯爵は殺さずに捕らえても良いのか?」

「逃がさないことが必須ですので、生け捕りを命ずるよりも殺害を命じる方が戦術的に有利です。殿下が殺したくないとおっしゃるのであれば構いません」

「いいや。兵の損失を考えれば殺害を命じて、降伏した場合にのみ捕縛を許可するとしよう」

 侯爵が死ねば、アランソン家の旗本は別として、付き従っている正規兵はこちらに取り込める。そうすれば次にして最後のディジョン侯爵との戦いも優位に運べる。

 決戦はアランソン領と王都を繋ぐ街道の隘路。街道に添った高台に兵を伏せて侯爵の本陣を狙う。アランソン侯爵とシャルル王子はほぼ同時に死を迎えた。

 アランソン家の旗本は侯爵の遺体を受け取って領地へ引き上げ、正規兵はルイ・ド・オルレアン侯爵に忠誠を誓った。

 残るディジョン侯爵対策について、

「オーエン侯爵に調停を依頼してはどうだろうか」

 という意見が出た。

「侯爵の方から申し入れがあれば考えるが、こちらから頼むことはしない」

 とルイが断じた。

 シャルルと言う神輿を失えばディジョン侯爵もすぐに抗戦を辞めると思ったのだが、

「アランソン侯爵を討った事が悪手に成ったな」

 とオーエン侯爵が指摘する。

「それ以上に、父親の死を知った令嬢が自害したことがディジョン侯爵を追い詰めた様です」

 ディジョン侯爵領に兵を入れるのは明らかに愚策だ。兵の損失も痛いが、領民までも敵に回すリスクは避けたい。そこで選んだのが家臣筋の伯爵、特に主戦派と思われる数人の所領を攻める事。正しくは攻めると見せかけて決戦に誘い込む事である。

「主戦派を消して敵の士気を削ぐのですか?」

 将軍たちの口調も今までよりは丁重だ。

「いいえ、逆です。主戦派の伯爵たちを捕らえて助命することで殿下の寛容さを示すのが目的です」

 もはやこちらの勝利は確定している。後は如何にして戦争を終わらせるかだ。

 戦いよりも交渉の方が長いこの最後の局面で、侯爵家の判断を誤らせたとして伯爵家がいくつか取り潰しとなった。クローディス家もその一つだが、ディジョン侯爵自身も領地を一度王家に献上し、一部を改めて下賜されるという形で忠誠を示した。

 元は同格だったオルレアン侯爵を新たに王として戴くための通過儀礼だったのだろう。そして最後まで動かなかったオーエン侯爵だけが無傷で残った。

「言い訳になるかもしれないが、君の繰り出す戦略があまりに迅速過ぎて、当家が介入する隙が無かったというのが実情だ」

 と愚痴る侯爵に、

「こちらとしてはオーエン侯爵の腹の内が読めなくて、介入させないように先手を打ち続けた結果です」

 話は戦略論から政略論へと移る。戦場での駆け引きなら引けを取らないが、政治となるとやはり侯爵に分がある。そして俺たちの議論を何故かうっとりと聞いているラシェル嬢である。

「侯爵が即位式に欠席されたのは何か意図が?」

「単純に娘が体調を崩していたからだ。君の活躍を後から知って、私一人でも出席して君と関係を築くべきだったと後悔したが」

「モーリス伯と同じく田舎に所領を得て引っ込んでしまったと聞いてますますお会いしてみたくなりました」

 とラシェル嬢が迫ってくる。

「お食事の支度が整いました」

 とメイドが報せてくる。

「それでは」

 と引き上げようとするが、

「一緒に食べて行くと良い」

 と侯爵に言われ、

「子爵様の分も用意してございますが」

 と言われたので、

「それでは」

 と受けたが、

「二人分ですか?」

「侯爵様は自室で召し上がられますので」

 と言う訳でラシェル令嬢と二人で食事を摂ることになった。


細かく考えていなかった”内戦”について書き出してみたら、

「これだと五年も掛からないよなあ」

と自分でツッコミを入れてしまう結果に。



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