第二部第一章 王都
王都から勅使が来た。来月に開かれる予定のルイ・オーギュスト陛下の即位一周年記念式典へ参加するようにとのお達しだ。
「子爵ごときにわざわざ勅使を送って下さるとは光栄の極みです」
と慇懃無礼に対応したら、
「そういうのは他の人間には辞めてくださいね大隊長」
と苦笑された。
「俺も相手は選ぶよ」
勅使として来たのは俺の元部下だ。大貴族の傍系で王の近辺を守護する十二人の宮殿騎士の一人でもある。
「宮廷では子爵殿に対して様々な意見があります。無欲な忠義モノと評価する声がある一方で、王を生み出した黒幕とする見方もありますから」
「それは実に不敬だな。陛下が無能だと言っているに等しい」
俺はただ陛下の背中を押したに過ぎない。王を生み出したものとは過大評価過ぎる。
「ともあれ王都でお待ちしていますよ」
俺は子爵領を貰った時点で領地に引き籠る算段だったのだが、そう出来ないように様々な手を打ってきたのは王の方だ。これで黒幕呼ばわりとはお笑いである。
さて誰を連れていくか。ギヨムは俺の家中で最強の男だが、王都での政治駆け引きには向いていない。世慣れしていると言う点を考慮してアンニバーレ・カルツを随行指揮官に据えよう。あと一人、コーディ子爵ケヴィンは是非とも連れていきたい。彼の実家クローディス伯爵家の再興への第一歩となるだろう。
「まさか随行者二人だけで行くお心算ですか?」
と呆れ顔のエルキュールに、
「子爵風情がぞろぞろと兵を引き連れて上洛したらそれこそ政治問題が起こるぞ」
そもそも我が子爵家は王都に屋敷を持っていない。大勢で行っても泊まる場所が無いのだ。
「子爵云々と言われるならば、ケヴィン殿も子爵ですが」
とアンニバーレ。
「実家のクローディス伯爵家は王都に屋敷を持っていたけれど、今は接収されてしまったからなあ」
と残念そうなケヴィン子爵。
「誰かを先発させて宿を確保する必要がありますね」
「なるほど。斥候部隊か」
「そう言う事なら自分にお命じ下さい」
とアルベールが手を挙げる。
だがその作戦は不要になった。
「それならばアターリ伯爵家の王都別邸を使ってください」
と義姉から申し入れがあったのだ。
「伯爵家からも誰かを?」
「当然当主であるアンリが行きます。子爵には介添えをお願いしようと思っていたのですが」
「義姉上は同行されないのですか?」
と言う訳で俺は伯爵家の親子に同道する形で王都へ向かう事にした。
初めて伯爵領の外に出た幼いアンリは楽しそうだ。お供としてロベールとリュシアンも居る。三人はすっかり馴染んでいる。アンリは最初に会った当時よりも表情が豊かになり、ロベールとリュシアンも義姉の仕込みによってお行儀が良くなった。
王都から子爵領まで下るときは騎馬で一週間ほどかかったが、今回は馬車を交えてゆっくりと進むので、同じ道を十日で進んだ。
王都へ続く道中の途中に、オルレアン侯爵領がある。南部と北部の結節点で、その当主は今や志尊の地位にある。
「士官学校で侯爵家の嫡男と友人になったとき、自分に仕えて城代家老にならないかと言われたことがある。内乱が無ければ、俺はこの城で余生を過ごしてたかもしれないな」
「余生を語るには早過ぎますよ」
とアンニバーレ。
「なんでこれから世に出ようと言う士官学校生がそんな余生の話をしていたのだか」
とケヴィンもやや呆れ顔だ。
余勢を過ごすかもしれなかった城が、出世の起点になるとは、当時は思いもしなかった。
建国当時の王国には東西南北に巨大な公爵家が存在した。それは外の敵に対する壁として機能していたが、中央集権化の過程で討ち滅ぼされて爵位は王族に与えられる単なる称号に変わり、その名称も東西南北の地域圏を意味する普通名詞と化している。
そしてその下に位置するのが建国以来王家を支えてきた五大侯爵家。建国以前には同格の家が多数存在したのだが、建国の過程で滅ぼされて残ったのが五つと言う訳だ。
新王はこの五大侯爵家の承認によって決まると言うのが建国以来の不文律であったのだが、先王の第一王の即位に侯爵の一人が反対したことから今回の内乱が勃発した。第一王子はこの拒否権発動を王権に対する叛逆行為とみなして直ちに討伐を実行。しかし勝利の果実を味わうことなく第一王子は急死した。
二人の侯爵が新たに第三王子を新王として推挙したが、王家に繋がるオルレアン侯爵が俺の進言を入れて対立王として立ち上がった。第三王子派の二人の侯爵は、一人は王子に殉じ、一人は譜代の伯爵の戦線離脱により抵抗を断念した。この伯爵こそクローディス家である。
俺がクローディス家の助命を進言したのは、それが主筋のディジョン侯爵の抗戦を断念させて内戦の早期終結に繋がると考えたからだ。ルイ・ド・オルレアン侯爵がその進言を入れたのは、東部の名門であるディジョン侯爵の背後に控える外国勢力の介入を未然に防ぐ為であった。
ディジョン家が生き残った以上、その譜代のクローディス伯爵家も元通りとは行かなくとも復権すべきだ。但し今度は王家に忠実な、侯爵家に対する抑えとして機能するが理想であるが。
「なかなかに立派なものだ」
無事に王都に到着し伯爵邸に入ると、既に迎えの使者が待ち構えていた。
「コーバス子爵をお連れするように申し使っております」
俺は一人で案内を受けた。
「王宮へ行くんじゃないのか?」
俺は王都の地理には詳しくないが、この道は見覚えがある。
「陛下はオルレアンの離宮にてお待ちです」
何のことは無い。かつてのオルレアン侯爵邸が一部改装されて離宮として使われているのだ。俺も士官学校時代に一度だけ訪れたことがある。
「陛下は職務の無い時には慣れ親しんだこの離宮で過ごされています」
迎えの使者はここまで。離宮内では見慣れたメイドが案内を代わる。
「内装はそのままなんだな」
メイドは無言でしかし微笑んで応じた。
「こちらへどうぞ」
中では寛いだ服装の国王が居た。
「約一年ぶりだな」
俺が儀礼に則った挨拶をしようとするのを止めて、
「ここではそういうのは無しだ」
と言って正面のソファーを勧めてくる。
「俺をのんきな田舎暮らしから引きずり出してくれた礼をしないとな」
「あまりのんきでは無かったように見えるが」
「密偵でも送り込んでいるのか?」
まあ別に防諜対策は特に執っていないので調べようと思えば容易だろう。
「なあに、お前を警戒している一団がご丁寧に報告してくるんだよ」
「俺がキングメーカーなら、国王との連絡方法を何か持っていないといけないのだけれどなあ」
「代官を一人引き抜いただろう。お前の敵にはあれが連絡網の構築に見えた様だ」
と苦笑する。
「何か出てきたのかな?」
「元代官、子爵領の家令と元上司や同僚たちを通じて連絡を取るだろうと網を張ったようだが、転属願い以降の通信が全くない」
ジルベール家令は只の仕事人間で、王都に親しい人間など居なかったのだろうなあ。
「俺たちの間に秘密の連絡手段など何もないのに、出てこないからこそ疑わしいと言うのだから手に負えない」
「パイプがあるなら、勅使なんて目立つ手段で呼び出しを掛ける必要も無いのになあ」
と共に大笑した。
「さあて、そろそろ本題に入ってくれないかな」
「うむ。オーエン侯爵家は知っているだろう?」
オーエン侯爵家は初代王を真っ先に支持したことで知られ、別名「王を作る家」とまで言われる。今回の内乱では第一王子を支持していたが、王子が急逝すると中立を決め込んで決着がつくまで沈黙していた。アンニバーレの傭兵団を雇っていた例の大貴族である。
「昨年の俺の戴冠式には代理を送ってきたが、今回は一人娘を伴って参内している」
やけに一人娘を強調したので、
「娘を王妃にとでも言われたのか?」
もし王妃を国内から選ぶとすれば間違いなく第一候補に挙がる相手だ。
「それならばむしろ話は簡単なのだがなあ」
となぜか頭を抱える。
「侯爵の希望は、この式典に集まる貴族の中から娘の婿を見つけたいと言うものだった」
一人娘と言う事だからその婿は侯爵家の跡継ぎと言う事になる。
「興味深い話だが、それと俺に何の関係が?」
「お前は、お前の家系がオーエン侯爵家の血統に繋がると言う話を聞いたことがあるか?」
「うちは平民で、父が商売で成功して男爵位を買った。としか知らない」
「初代王の軍事的な右腕としてモーリス伯と言う人物が居た。この人物は時のオーエン侯爵の四男で、父の意志で王に仕えたとも、逆にこの人物が王に仕えたことがきっかけて侯爵家が王を支持したとも言われる」
「俺の姓と同じだが、モーリス伯なんて聞いたことが無いな」
「モーリスと言うのは、この人物が戦後に与えられた領地の名前で、伯爵は中央の官職をすべて断ってこの地に隠遁した」
どこかで聞いたような話だが、
「モーリスと言うのは西部に通じる要衝で、その当時は西の公爵家は健在だった。が、伯爵の孫の代に西の公爵家の反乱があって、三代目はこれを撃退して壮絶に散った。そして三人居たとされる息子も行方知れずとなり、モーリス伯家も歴史から消えた」
「で、俺の家系がその消えたモーリス伯爵家の末裔だと?」
俺は失笑したが、
「これが証拠品、かもしれない系図だ」
と言って巻物が出てきたので、
「まさか。偽物だろう」
「これはお前の祖父が持っていたモノらしい」
王はこの巻物の来歴を語りだす。
「お前の祖父は自分がモーリス伯爵家の末裔だと信じ込んでいた節がある。お前の父はそんな父親と喧嘩して家を飛び出して商売で一旗揚げて男爵位を買うに至った訳だが」
父は男爵位を得てすぐに父親の元へと向かった。だが父親は既に亡くなっており、後を継いだ兄も死んでその息子が出迎えてくれたと言う。
「哀れに思った男爵は幾ばくかの金を与えた」
「あの人にしては珍しい」
「その時に、いくらかの金になるかもしれないと渡されたのがこの系図だ」
「本家の従兄もその系図を信じていなかった訳だ」
「そうだろうな。彼は受け取った金がもとで、強盗に襲われて亡くなったらしい。お前の父は、中途半端な情けは不幸を招くと悟ったそうだ」
なるほど。あの父の性格はそうして出来たのか。
「この不幸な事件に喰い付いたのがオーエン家だ。モーリス伯の子孫を探していた侯爵はこの事件を調べて系図の存在を知り男爵に接触した。男爵から系図を貰った侯爵はこれをあらゆる方面から精査した。系図がいつ作られたものか、そしてその内容に信憑性はあるのか。出た結論は、真偽不明だった。最後の伯爵と、今のモーリス家を結ぶ人物の実在が確定できなかったのだ」
「侯爵はそんな真偽不明の系図をどうして王家に持ち込んだんですか?」
「初代王とモーリス伯の逸話が俺たちと通じるからだよ」
王とその王を生み出した剣か。
「オーエン侯爵としてはこの系図を本物にしたいらしい。それには王家のお墨付きがあれば良い訳だ」
おいおい王を生み出したものと噂される俺が、王を作る家を継ぐとか、何の冗談だ。
「本人次第と言っておいたから、決まったら報告してくれ」
と丸投げしてきたので、
「これは貰っておいていいかな」
と系図を引き取って退席した。
伯爵家へ帰って執事に頼みごとをする。
「どれくらいで用意できる?」
「一日お待ち頂ければ」
翌日の昼過ぎ、頼んだ品を受け取ってオーエン侯爵邸へと向かった。
ストーリーを膨らませながら、それっぽい名前を適当に振っています。
更新は月一にしようかと思いましたが、思ったよりも筆が進んだので月二回にします。