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第二部序章 誕生会

 俺が子爵領を賜ってから四ヵ月。秋の収穫期を迎えて、領地の経営にも少し余裕が出来た。

「国税の負担が無くなったのが大きいですね」

 と元代官、現在家令を務めるジルベール・ダンテス。この生真面目過ぎる男が忠実に国税を収め続けた所為で領地は疲弊したのだが、その金が現王の勝利に繋がったと思えば文句も言えない。が、内乱があと一年続いていたらこの子爵領は破綻していただろう。

 俺の手元にある兵力はやっと二百になった。目標の五百まではまだ足りない。そもそもも直轄兵は七十で、残りの百三十は伯爵家からの出向兵だ。我が子爵領へ攻め込むには隣の伯爵領を通るしかないのだが、その伯爵家の兵権も実質的に俺が握っている。そちらの兵力は俺が来てから倍増して四千になった。こちらは五千が目標だ。伯爵領の経済状況なら一万まで維持できるが、あまり増やし過ぎると余計な疑念を招く。

「さて出発しようか」

 俺は兵六十を連れて伯爵領アターリ城へ向かう。

「これだけで良いんですか?」

 とエルキュール・ブノワ侍従長。

「別に敵地に行く訳ではないからね」

 直轄兵は二十名だがすべて騎兵で率いるのは元傭兵団副長のマゴンだ。彼は特に騎乗が得意なので騎兵隊長に任命した。元上司のアンニバーレは参謀長だ。残りの四十名が伯爵家からの出向兵なのは、今回の目的の一つが出向兵の入れ替えであるからだ。最初期に迎えた五十名の内四十名までが三ヵ月で闘気法の覚醒に至ったのは嬉しい誤算だ。次の交代は半年後の予定だが、さてその時には何名を交代させらるだろうか。

 俺が伯爵家に進言した東西南北四つの街を相互につなぐ街道は整備が進んでいる。特に司教座のある西のサン・ナーブルと北のミョスヴィル、南のラムセールを結ぶ街道は教会主導により既に完成している。そして我がコーバス城とアターリ城を結ぶ街道はミョスヴィルとサン・ナーブルを結ぶ街道と交差する地点まではこちらの主導で完成した。そしてその先は教会がご丁寧に気を利かせて作ってくれたのでこちらも開通している。この行軍の第二の目的はこの街道の検分だ。

「報告は受けていたが、思ったよりも立派だな」

 街道の終着点、アターリ城の北西部に張り出した城堡が作られて、街道と通じる門が付けられている。俺が逗留するために増築された防御拠点で、コーバス出丸と命名された。独立して防衛が可能。もしアターリの中央城砦が陥落したら伯爵は地下道でここへ逃げ込む、予定である。地下道の開通まではまだ数か月掛かりそうだ。

 出丸には百名まで収容できるが、今は交代要員の四十名だけが詰めていた。これを連れてきた四十名の歩兵と交代させる。子爵領帰りの第一号である彼らは今後伯爵の軍で重要な地位を占めることになるだろう。新規の四十名は古参譜代の兵士と、新規採用の元正規兵が半々だと言う。

「お久しぶりです、大佐殿」

 その中に見知った顔が一人。

「コーディ少佐じゃないか」

 クローディス伯爵家の世継ぎで、士官学校では一期下。内乱の初期にはともに第一王子の旗下に有って俺の上官だったのだが、第一王子の急死により陣営は解体。俺は旗下の中隊を引き連れて旧友であったルイ・ドルレアン侯爵の元へ馳せ参じ、子爵は実家に戻って第三王子シャルル殿下に与した。ルイ侯爵が勝ち残って新王ルイ・オーギュストとして即位すると、伯爵家は取り潰しとなったが、俺の仲介で命だけは長らえた。息子の少佐は元々持っていた子爵の称号はそのままに旧領の一部を捨扶持として与えられて、家族を引き取った。

 兵を下がらせて部屋で二人きりになると、

「子爵とは出世したな。アル」

 と愛称で呼ばれた。

「男爵家の三男に生まれた俺と、伯爵家のご長男であるケヴィン殿が、今や同じ子爵とはねえ」

「殿は止してくれ。君も指摘した通り、今や爵位では同格なのだから」

「それにしても何故この伯爵領へ?」

「流石に喰えなくて、陛下に軍務復帰を願い出たらここを紹介された」

 今は復興のために軍縮を推し進めている最中だ。

「陛下も人が悪い」

 子爵の称号が無ければ子爵領(うち)で雇いたいところではあるが、

「子爵とは名乗らずに元少佐として雇ってもらった」

 少佐と言うのは俺と袂を分かった時点の階級だが、実家に戻ってからは爵位の方が通りが良かったのだろう。

「あの時、君の意見を入れて共に行動していれば、今頃は実家を継いで伯爵に、いや陞爵を受けて侯爵もありえただろうなあ」

「その代わり、クローディス領はシャルル殿下に蹂躙を受けた」

「いや。実家にはまだ幼い弟も居たし、私を廃嫡にしてでも生き延びただろう。実際、実家に戻った時に父に『何故戻って来た』と叱責されたよ」

 シャルル殿下が勝てば万々歳だが、負けたら伯爵家は滅びる。それよりも嫡男が別行動を取っていれば、どちらかが生き残って伯爵家は存続できる。

「それが名門貴族の処世術か。個人より家と言う考えは、理解は出来ても俺には選択できないな」

「そういう考え方があると知っておくのは今後の参考になると思うよ。君もこの伯爵家の縁者としてこちらの世界に足を突っ込んだのだから」

 さて。軍装から礼装に着替えて中央城へ向かう。今回の行軍の最大の目的が待っている。甥のアターリ伯アンリの五歳の誕生会だ。

 長テーブルの正面に今日の主役である幼いアンリ伯爵。その左隣に母のアリエノール。そして兄のリシャール司教。その隣が俺の席らしいが、

「久しぶりですね。父上」

 反対側の列に座るのは十年ぶりにある父モーリス男爵アンリだ。するとその隣に座る少年は、

「紹介しよう。お前の弟のロベールだ。ロベール、これがお前の兄上だよ」

「弟はあと一人居たのでは?」

「下のアルフォンスはまだ幼いので母親と留守番だよ」

 なるほど。一家揃って引っ越してきた訳では無いのだな。

「ご立派になったわねえ」

 と些か角のある物言いをしてきたのは、

「姉上もお変わりなく」

 父にとっては唯一の娘になるジャンヌ。そして隣にはその夫であるオトン・ド・シェッド男爵。父親が男爵位を買っから生まれた二代目で、兄二人を押しのけて家を継いだ。姉との縁談が決め手になったらしく、長男は軍隊に入って戦死、次男は出家して地元の修道院長(実家のシェッド家と我がモーリス家の寄進を受けて田舎にしては立派なものらしい)に収まったと聞いている。

「その子はモーリス、にしては小さいような」

 姉の長男は俺が出生の時にはもう生まれていたから十歳になる。この子はまだ五歳くらいか。

「この子は三男のリュシアンよ。モーリスと次男のジェロームは留守番しているわ」

「甥のアンリ伯爵や叔父のロベールと年が近いから連れてきたんだ」

 と義兄が言い添える。

「武者修行に出そうと思って」

 と姉。

「はい?」

「うちのロベールとリュシアンをアンリの話し相手としてここに置くと言う話だ」

 と父が総括した。

「既に伯爵家は了承済みだよ」

 と兄のリシャールが言ったので俺としては特に口を挟む理由はないが、

「リュシアンは軍人志望なので、目を掛けてやってね」

 と姉が言ってきた。

「ロベールも同様だ」

 と父も乗ってくる。

「男爵家の跡取りは?」

「まだ下にアルフォンスもいるし、そもそも俺が一代で築いたものだから、跡取りは居ても居なくてもどちらでも良いさ」

 とさっぱりしたものだ。

「貴方は良くても若い奥方は困るでしょう」

「マルグリットにはすでに十分なものを渡してある」

「継母は爵位とかにはあまり興味が無さそうだったよ」

 と兄も口添えしてくる。異母弟のロベールが着ているモノも小奇麗だが、華美ではない。

「男爵夫人と言う称号も商売に便利だから使っているようだが、これがもっと上の爵位になると逆に商業の邪魔になるらしくてなあ」

 俺の軍功の余禄で父にも陞爵の打診が言ったらしいが丁重に断ったそうだ。代わりに母の実家のキューカス家が男爵位を授かったらしい。俺の軍功が会った事もない従弟にまで及んでいるとは。


 父と姉夫妻はそれぞれの子供を置いて帰っていった。俺も誕生会が終わったらすぐに引き上げる心算だったのだが、こういう状況ではしばらく留まるしかない。伯爵領を通らないと俺の領地は攻められないのだから、兵だけ戻す意味も無い。急いで帰っても片付ける仕事など無いし、騎兵を伝令で送ったら、

「ごゆっくり」

 と返された。

「もっと頻繁に顔を出すべきだったんだよ」

 とリシャール兄は言うが、

「俺はリシャール兄と違ってアンリ兄に似ているからな」

 亡き夫を思い出して悲しませるのではないかと気遣ったのだが、

「私としてはそれだから適任だと思ったのだが」

 次兄は俺を義姉とくっ付ける算段だったらしい。確かに義姉は美人だが、長兄の面影を俺に投影されるのは俺としては辛い。

「それもそうだな」

 次兄もそれ以上は深追いせず、自分の領地へと戻っていった。

 出丸は俺のやり方で闘気法を教えるには狭すぎる。だからと言って城の方で大々的にやるのは対外的に拙い。と言う訳で武術教練だけをさせることにした。となれば格好の教官がいるではないか。ケヴィン・ド・コーディは一対一なら俺よりも強い。

「闘気法は教えなくても良いんだな」

「すでに使える人間を鍛える分には構わないけど」

 彼の副次効果は電撃。闘気を電気に変換できるので、武器で相手に触れるだけで倒すことができる。そんな彼が選んだのはレイピアとマンゴーシュの二刀流である。双剣との違いは左右の役割が明確な事と、双剣よりも間合いが遠い事だ。右のレイピアの突きでも、左のマンゴーシュの受けでも電撃効果を与えられるので厄介だ。

 威力を調整すればかなり効率よく覚醒さえられるだろうが、ここでコーディ子爵の弟子が増えると後処理が面倒になる。彼が平民なら忠誠の儀を行えば済むのだけれど、まだ子爵であるケヴィンにそれを要求できるのは王都にいる陛下だけだ。

 出丸の兵をケヴィンとマゴンに任せて、俺は中央城砦へ通う事になった。

 親元離れたロベールとリュシアンは特に寂しがる様子もない。一人きりでは無く二人居ると言うのが大きいのだろう。迎えるアンリの方も年の近い友人が出来て単純に喜んでいる。

「まだ武術は教えないの?」

 三人は木の棒を持ってチャンバラ遊びに興じている。

「五歳児に武術を教えても意味がありませんから」

 誰しも体に合った武術と言うのがある。まだ体が出来上がっていない五歳児には最適な武術の選択は出来ない。

「士官学校には五歳から武術を習っていたと言う天才も居ましたけれど、それはたまたま体と武術が合致しただけ。まあ武門の家系であれば親の武術を子に継がせればあまり失敗は無いんですけどね」

 アターリ家は部門に優れた家系ではないし、亡くなった兄も武術は得意では無かった。俺自身、武術は一通りかじったが、そもそも一対一の戦いで勝つと言う道は早い段階で捨てた。俺の副次効果が一騎打ち向きでは無かったからだ。

「学問ならば早いに越したことは無いですが、それは俺の受け持ちではありませんね」

 三人は実によく似ている。三人とも父の顔立ちを受け継いでいる。違いは髪の色で、アンリだけが母親譲りの黒髪なのに対してロベールとリュシアンはブロンドである。

「髪を染めれば区別がつかないわね」

 と義姉が笑う。

「似ていると言えば、貴方もシェッド夫人も義父似なのね」

「ええ。兄弟ではリシャール兄だけが母親似で」

「子爵はご結婚されないの?」

「しないと決めている訳ではありませんが、主君がまだ未婚なのでねえ」

 俺の子爵位は一代限りで子供には継がせられないので、自活できる程度の持参金を持っていることが第一条件になる。

「陛下の御結婚となると政治問題なので、簡単ではありませんねえ」

 国内をまとめるために貴族から選ぶか、あるいは外交を重視して国外の王族に目を向けるか。

 この時は全くの他人事だったが、後にこの王妃問題で一役買う羽目になる。それはまた別の話。


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