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第四章 闘気法講義

 帰り血まみれで街を出たら、兵たちに引かれた。

「第一小隊と第二小隊は町中に転がっている死体を回収して中央広場に運べ。第三から第五小隊は流血の後始末だ」

 命令だけ出して後は放置と言う訳にもいかないので俺も広場に陣取って陳情を受ける。

「死体を火葬にするので廃材を供出して欲しい」

 この国では土葬が一般的だが、罪人や非業の死を遂げた人間は恨みを持って蘇るとされるので、火葬にして復活を阻止する習わしだ。

 町の有力者たちとの相談により、例の盗賊たちが屯していた酒場を解体して薪として利用することになった。この解体作業に二個小隊を差し向ける。

 すべての後片付けを終えて、五個小隊を残して治安維持活動に当たらせるた上で帰路に着く。まだ北と南に送った部隊の回収があるので仕事は終わっていない。

 一度城に戻ってから、北と南に東と同数の小隊を送って、入れ替わりで部隊を引き揚げさせる。それぞれの中隊も数名の盗賊を捕らえて連れ帰った。これで東と合わせて六十五名の懲罰兵を獲得した。

「さて兵権はお返しするが、二点ほど提案がある」

 一つは東の街の防衛強化。向こうの参事会とも面談したが、自警団の結成も視野に入れるべきだ。町の規模を考慮すれば駐屯兵を二百、自警団を三百の規模が妥当と思われる。

「駐屯兵の募集と訓練はこちらで引き受ける」

 第二点は四つの街を結ぶ街道の整備だ。現状は中央のアターリ城とそれぞれの街だけを結んでいるが、北と東、東と南と言う風に隣り合う町同士にも街道を設けて交通の便を良くすべきである。そしてこの環状街道を巡回する騎馬部隊を別途創設する。規模については今後の課題だ。

「同時にこの城と俺の城とを直接結ぶ街道も欲しいが、この費用はこちらで出すので、設置の許可だけもらいたい」

 つまり状況に応じてコバース城からいつでも迅速に援軍を派遣できる状況を作りたいのである。街道の工事については今回獲得した懲罰兵を主軸に考えている。

「それは心強いですね」

 と義姉が応じてくれたので話はまとまった。

 これで帰れると思ったのだが、

「もう一度言え」

「自分の旗下で戦った兵たちが我々と同行したいと要望しているのです」

 とギヨムが復唱する。

「無理だ」

 理由は二つ。俺は既に兵権を返還しているので勝手に連れて行くわけには行かない。何より、今の子爵家では維持する金が無い。当面は五百の兵を目指すとは言ったが、現状では百が限界だろう。既にアンニバーレの傭兵団で定員の半分が埋まっている。

「では軍務経験者だけならば」

 とアンニバーレの副長マゴン。

「それは余計に拙い。伯爵家から精兵だけを引き抜くことになる」

「子爵領で訓練を施して返してもらえばいい」

 と兄が調停案を示してきた。所属はあくまでも伯爵家で、その人件費も伯爵家で持つ。

「そう言う事ならば断わる理由も無さそうだが」

 義姉も同意を示したので話はまとまった。


「増えていますね」

 出迎えた二人は苦笑している。特に家政を預かるジルベールは渋い顔だが、

「伯爵家所属の五十名については半年分の穀物を貰ってきたので、これでやり繰りしてくれ」

 と言うと、

「なんとかやってみましょう」

 難しいほどやりがいを感じるタイプだ。

 訓練は明日から始めるとして、

「アルベール大尉、闘気法は使えるな?」

「ええ」

「では剣に闘気を通してみてくれ」

 隻腕の元大尉は残った右腕に握った剣に闘気を纏わせる。

「では次だ」

 大尉の失われた左腕の代わりに操り人形の左腕を取り付ける。

「これに気を込めてみろ」

 先ほどの剣よりも時間は掛かったが全体が気で覆われる。

「どうだ?」

「腕の感覚があります」

 アルベールは指を一本ずつ動かす。関節と言ってもただ中に糸を通してあるだけのシンプルな構造なのでどの方向にも動くはずだが、気を通して操作すると本来あるべき方向にしか動かせない。

「義足では既に使用例があって、義手でも行けるのではと思ったのだが」

「まだ思い通りとは行きませんが」

「後は訓練でどこまで使いこなせるかだな」

 実証実験もあるので訓練日誌を書いてもらう事にした。

「それにしてもこのままでは日常生活を過ごすのに少々見栄えが悪いですね」

 アルベールが気を高めると外観が普通の腕に変わった。

「偽装術とは珍しいな」

 とエルキュール。偽装術とは闘気を込めた物体の外見を変化させる非常に稀有な副次効果だ。

「あまり使い道のないものだと思っていましたが」

「生体に使えれば変装に使えるだろうに」

「髪の毛の色を変えることは出来ますけどね」

 髪の毛は死んだ細胞なので偽装術が効果を表す。

「服装は偽装で変えられるし、仮面を付ければ変装が可能ですよ」

 とギヨムが思いつく。

「まずはこの左手が自由に操れるようになってからですね」

 アルベールが情報作戦将校として活動を始めるのは半年後の事である。


 傭兵団五十人と伯爵領からの出向兵五十人、合わせて百名が中央広場に集合している。

「闘気法を使えるものはどれくらいいる?」

 傭兵団で数名、出向兵はゼロだった。

「そもそも闘気法と言うのは貴族しか使えないのでは?」

 と言う疑問が上がる。

「それは偽情報だ。俺は男爵家の三男に生まれたが、父は爵位を金で買った元平民だ。血統だけが条件であれば俺が闘気法を使えるはずがない」

 ある程度納得してもらえたようだ。

「闘気法と言うのは人間の生命力を根源とするので、ある程度健康な者ならだれでも使えるようになる。この健康と言うのがミソで、喰うに困っている平民よりも、飽食の貴族の方が闘気法に適していると言う訳だ。古代には闘気法を使える人間が国を打ち立てて貴族なり王族として君臨したのだろう」

 貴族の家に生まれると周囲に闘気法を使える人間が一人二人いるもので、自然と闘気法を学ぶ機会も増える。昔は貴族しか将校に成れなかったが、今は士官学校を卒業できれば将校に成れる。そして闘気法は士官学校では必須科目で、これが使えなければ任官できない。貴族の生まれでも、闘気法が使えずに任官できないものが一定数居た。

「実際の効果としては、身体能力が全体として底上げされる。個人差はあるだろうが俺の体感としては三割り増しくらいかな」

 反応は微妙だ。

「それは覚醒した時期にもよりますね」

 とエルキュール。

「私が闘気法を身に着けたのは体が出来上がった後だったので、もっと劇的に力が増した感じでしたね。子爵が覚醒したのは士官学校時代のいわば成長期でしょう?」

「第二の効果は自然治癒力の上昇。将校の傷の治りの速さは見て感じた人間もいるだろう?」

 これは食いつきが良かった。

「そして武器に闘気を纏わせる戦闘術だが、これは選ぶ武器によって特徴付けられる」

 それは追々説明するとして、

「最大の特徴は闘気法に身に付く事がある副次効果だ」

 既に登場しているのはエルキュールの活性。闘気を流し込んで自己治癒能力を高める効果であるが、普通は他人の闘気は害にしかならない。普通はその性質を攻撃に用いるのだが、活性使いは闘気による直接攻撃が出来ないのである。

 ギヨムの持つ副次効果は吸収と反射。ダメージを受け止めて、それを自分の攻撃に乗せる事が出来る。俺があいつと初めて遣り合った時は、俺の攻撃があいつの吸収限界を超えていたので勝てたが、今本気でやりあったら危ないかもしれない。

 ちなみに俺の副次効果は拡散。通常なら自分の体かそれに接した持ち物だけにしか影響しない闘気を広範囲に広げる事が出来る。攻撃に際しては剣撃に乗せて飛ばせるが、むしろその真価は防御である。闘気を広げればその範囲内の事象をすべて把握できる。俺がコーバス城での奇襲を回避できたのもこれがあったからだ。俺の率いる部隊は奇襲を受けたことが無い。

 使い勝手は良いが無敵と言う訳でも無い。闘気使いを相手にする接近戦では使えないし、広範囲に広げて探知を掛けると自力では動けないのだ。騎馬や馬車で移動すればその弱点はカバーできるが。

「闘気法を俺たちに教えて平気なんですか?」

「良い質問だ。士官学校では兵卒に教えるなとは言われなかったが、教えると拙いのは直感的に判る。貴族・将校だけが闘気法を使えればこそ、平民・兵卒に睨みが利かせられる訳だ。俺も現役軍人だった頃には教えたことは無い」

 だが内戦を経て事情は一変した。没落した貴族、職を失った将校が大量に出たころで闘気法は一部の階級の独占的な知識では無くなった。これからは兵卒も闘気法を使えないと役に立たないだろう。

 少し先走り過ぎたが、

「平気かと言う質問の答えだが、闘気法を伝授する過程でその悪用を防ぐ方法がある。懲罰兵に掛けられる首輪を知っているだろう。原理はあれと同じだ」

 首輪は掛ける人間の闘気で稼働を始めて、本人の生命力の一部を吸って維持される。あれと同じように人体に直接闘気を注ぐことによって対象の闘気を覚醒させる。すると注いだ人間の闘気が対象の中に残り続けて相手を心理的に拘束する事が出来るのだ。

「これは相互に利益をもたらす。似通った闘気を持つ者同士には共鳴反応が起こるが、闘気を注いだ相手とは必然的にそれが起こる。つまり俺と俺が闘気を注いだ相手は近くにいるだけで力が増す。これは俺が闘気を注いだ相手同士でも生じる」

 同一起源を持つ闘気兵の集団は相当に強いだろう。

「我々傭兵団も子爵様の闘気を戴くことになるのでしょうか?」

「アンニバーレ隊長にやってもらっても良いけれど」

「いえ。自分に可能であればとっくにやっていますよ。そうすれば部下を減らさずに済んだのに」

「では闘気法について少しレクチャーしよう」

 闘気法とは生命力を戦闘に利用する技術である。戦闘技術は別個に学ぶ必要があるので、士官学校では武術と並行して学ぶ。闘気法を修める前提条件として戦闘用に鍛えた肉体を備えている必要があるが、ここにいる面子はそれはクリアしていると考えてよい。士官学校では闘気法と相性の良い武器武術をいくつか推奨していて、俺はそれを一通り修めているが、それ以外の武器でも闘気法と合わせて使えるものがあるだろう。代表的な武器に関しては俺より得意な人間がいるのでそちらに任せる。

「闘気覚醒のトリガーは二つ。一つは生命の危機。追い込まれた時に発揮される底力を常時意識的に使えるのが闘気法だと考えてよい。そして重要なのが呼び水となる闘気。闘気使いと戦って追い込まれることで習得させるのが士官学校流なのだが」

 それだと手が足りない。

「戦場を経験している人間ならば一度や二度生命の危機を感じたことがあるだろう。目を閉じて頭の中でイメージしてもらう」

 そこへ第二の条件を付加する。つまり俺の副次効果を使って俺の闘気の影響下に置くのだ。

「まさかこんなに簡単に」

 狙い通り数名が覚醒を果たす。俺の闘気で覚醒したモノは俺と共鳴するのでその分だけ闘気の威力が増す。俺自身の負荷が減る上に連鎖的な覚醒が起こった。

「今日はこんなものかな」

 一気に三十名、傭兵団の半数二十二人と出向組から八名、が闘気を獲得した。

「後はそれぞれの武器に合わせて闘気の使い方を学ぶように」

 傭兵団は団長のアンニバーレに合わせて剣盾(右手に剣、左手に盾のオーソドックスなスタイル)が最多で十五名。アンニバーレ一人では対応しきれないので覚醒済みの三名を加えて四名で対応する。この三名は入団後の覚醒らしい。

 入団前に闘気法を使えたものが三名。これはスタイルがバラバラだった。一人は槍と盾を持つ(槍盾と呼称する)正規兵崩れ。傭兵団には居なかったが出向兵の半数に当たる四名が彼に師事する。次に王国では珍しい斧槍使い。傭兵団に二名いて、出向兵で一番の巨漢が槍盾からの鞍替えで加わった。最後の一人はヒーラーなので除外。

 傭兵団の副長であるマゴンが使うのが双剣。両手に長さの同じ短めの剣を持つスタイルで、傭兵団では二人、出向兵も少数がこれを希望した。そしてギヨムの使う大剣。両手持ちの剣で傭兵団から三名、出向兵から二名となった。

「武術訓練を始める前に副長以下七名の主従契約を済ませておこうか」

 アンニバーレ団長については先に契約を結んで闘気を交換していた。残りの七名にも俺の闘気を入れることで全体の統合を図りたい。

「あの儀式ってそう言う意味もあったのですね」

「そうだよ。俺も子爵への叙任に際して儀式を行って闘気の一部を戴いているからね」

 まあ陛下とは同門で元々闘気の相性が良かったのだけれど。

「今回覚醒に至らなかったものは、単純に戦闘経験が足りないだけだ。自分のスタイルに合った闘気使いとの訓練で徐々に力を付けて行ってくれ」


第一部完。

次からは更新ペースを落とします。

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