第三章 アターリ城と四辺の街
アンニバーレ隊長旗下の傭兵隊を加えて以後は、遠巻きにこちらをうかがう一団が居たものの、特に危険も無くアターリ城下に辿り着く事が出来た。今回は兄の仲介もあって門で止められると言う事も無く内城まで無事に辿り着く。
「貴方がもう一人の叔父上ですか」
まだ四歳のアターリ伯爵が出迎えてくれる。
「ああ。小さな兄上がいるな」
「私も同じことを思ったよ」
アンリ長兄の面影が見える。その隣に座っている黒装束の女性が義姉なのだろう。義姉と言っても年は俺よりも一つ下の二十四歳だと言う。兄上も若い嫁さん貰って頑張り過ぎたのだろうか。
「アリエノール・ダターリです。初めまして、アルチュール子爵殿」
若干の南部訛りがある。まあ南部人に言わせれば、訛っているのは北部の方と言う事になるのだろうが。
「後の事は家宰に任せてあるので宜しく」
と言って息子を連れて部屋に下がってしまう。
俺とリシャール兄は伯爵家の家宰とテーブルを挟んで対峙する。家宰の背後には南部風の派手な衣装を着た騎士が二名控えている。
「初めに伯爵家の現有兵力を確認しておきたいのだが」
と切り出したら、
「当家の兵権を奪う心算か」
と返されたので、
「兄さん、俺は帰らせてもらうよ。どうも話が通じていない様だ」
と言って席を立った。
「済まない。どうやら私が先走り過ぎた様だ」
と言って兄も俺に倣う。
「ちょっとお待ちを」
騎士二人が俺たちの前に立ちふさがるが、俺が二人の肩に手を置いて闘気を込めて押し下げるとあっさりと膝を折った。
「使えないなあ。兵力を調べるまでも無いか」
と苦笑し、
「これでは伯爵領は遠からず無法地帯になるな。そうなったら陛下から真っ先に平定指令が来るだろうし、伯爵領を戴くのはそれからでも良いか」
「あまり不穏当な発言をするな」
と窘める兄だが、
「領内が混乱すると私も困る。その時には私の方から救援要請を出すから頼むよ」
「お前たちは兄弟で我が伯爵領を乗っ取る心算か」
と家宰が叫ぶと、
「それは聞き捨て成りませんね」
と言ってきたのは義姉である。
「お嬢様?」
「この伯爵家はいつ我が物になったのでしょうか?」
と詰め寄る。
慌てて逃げようとする家宰だが、逃走経路にギヨムが現れた。
「そいつを捕らえろ」
と命じ、
「これでご満足でしょうか」
と兄と義姉に向き直って一礼する。
「若き未亡人と子供なら、自分の意のままに操れるとでも思ったのかしらねえ」
「義姉上もお人が悪い。ネズミを追い立てるのに、こんな大掛かりな仕掛けをするなんて」
とリシャール兄が苦笑する。
「御免なさいね。横領の証拠が見つからなかったので」
「無礼討ちに持ち込もうと思ったのに我が弟は思いのほか我慢強くなった」
「今更ですが、一から説明してくれますか?」
話をまとめるとこうである。
家宰は三代目。祖父は極めて有能で、その息子もそこそこの力を持っているので後を任せたのだが、三代目は家宰の地位を既得権益と考える無能だった。
「それこそ横領でもしていれば馘にする理由になったのに、そういう積極的なタイプでもない」
兵の一部を抱き込んでしまったので、内乱の影響で領内が荒れてもうかつに兵を動かせない有様だっと言う。
「兄上が死んだ直後に中央へ嘆願書を出した。即位して余裕が出来た陛下が満を持して差し向けてきたのがお前だったと言う訳だ」
「俺は何も聞いていないんだが?」
「お前が軍に残る事を選んでいたら、将軍として最初の任務がこのアターリ伯領の治安回復だったと思う。子爵領はいずれにしてもお前に与えられることになっただろうな」
「では残る宿題を片付けましょうかねえ」
城内に詰めている兵を中庭に集合させる。数にしておよそ二千。俺が直接指揮する兵数としては過去最大だ。
「コーバス子爵アルチュールだ。伯爵よりこの城の兵の指揮権を託された。異議のあるものは前に出ろ」
取り敢えず第一段階はクリアだ。
「では従軍経験のある人間は前へ集まれ。無い者は後ろに下がれ」
百名ほどが名乗り出た。ほとんどが兵長でたまに伍長が混じる。軍曹が居れば助かったのだが、軍曹まで行けばそのまま職業軍人で過ごすことが多いので仕方がない。が士官が二人混じっていた。一人は中尉。騎士の家柄で、実家を継いでいた兄が急逝して退役して家督を継いだらしい。もう一人は大尉。何故辞めたのか訊くまでも無い。戦傷で左手を失っていたのだ。
「アンニバーレ。この元大尉を君の下に付けるから、代わりに君の副長をギヨムに貸してくれないか」
ギヨムは単体では強いが指揮経験が無い。かと言って元大尉をギヨムの下に付ける訳にもいかない。傭兵隊長のアンニバーレは佐官級、その副官は尉官級とみなしての人材交換だ。
「了解です」
さて。まずはギヨムに五百の兵を選ばせる。軍務経験者は半分の五十名まで。これを第一大隊とする。大隊長は佐官クラスの職なので本来ならギヨムには荷が重い役目ではあるが。第二大隊を率いるのはもちろんアンニバーレで、彼は既に五十名の直轄兵を持っているので、軍務未経験者から四百五十名を選ばせる。
「第一大隊はここから北にある街へ進軍して駐屯しろ。第二大隊は南の街だ。編成が終わったら直ちに出発しろ」
残りは未経験者千名と経験者五十名である。
「経験者五十名は小隊長に任ずるので、互いに話し合って二十名ずつを指揮下に置け。元中尉は助言を与えろ」
俺は中庭が見える部屋を貰ってそこで作戦を練りながら編成の様子をうかがう。
「北の街へ兵を送るのは判るのだが、もう一軍は南よりも東の方が良いのではないか?」
と兄。
「兄上が兵法にも通じているとは知りませんでしたよ」
「いや。内戦の英雄殿に余計な口出しだとは思うのだが」
北の街が最優先なのは素人でも分かる。アターリ領内には盗賊の拠点になりそうな大きな町がぞれぞれ東西南北に一つずつある。西のサン・ナーブルは司教座が置かれ聖堂騎士が警護しているので盗賊が入り込むのは不可能だ。北の街は王都へ繋がる街道上にあり、またアターリから北西にあるコーバスへも間道が伸びている。大まかに言うとコーバスとサン・ナーブル、北の街とこのアターリがほぼ正方形を描くと考えてよい。但し、コーバスへ続く道はどちらも緩やかな上り坂になっている。
残るは東の街と南の街である。東の街の先は隣国で、南の街は港町で海に面している。国境に近い東の街の方が重要に思えるかもしれないが、
「俺の作戦は盗賊が集まりそうな三つの街の内、二つを押さえて、残った街に盗賊を誘導して一網打尽にする。東の街を残したのは、歩兵だけで包囲が可能だからですよ。海に面した南の街では海路で逃げられてしまうでしょう」
「しかし街をぐるりと囲んで逃げ場を塞ぐのは愚策ではないか?」
「兄上はにわかに兵法書を学ばれたようですが、戦術論としてはそれで正しいですよ」
今回の作戦は盗賊を逃がさない事が重要なのだ。
北と南への進駐が完了したと伝令が到着した時点で俺の本隊が東へ向かう。俺の真意を察知した聡い奴ならとっくに領外へ逃げ去っただろう。その連中は行先で対応してもらえば良い。俺としても無益な殺生は好まない。
千余りの兵で東の街をぐるりと取り囲む。
「俺が出てくるまで誰も町から出すな」
とそれだけを命じて単身で街に乗り込む。
「この街に潜伏する盗賊団の取り締まりを行う。罪無き者はその場に座って目を塞げ。立っているもの、動いているものは賊とみなして誅伐する」
敢えて古めかしい言い回しで宣言する。
盗賊たちが徒党を組んで向かって来れば俺一人では対処できない。だが抵抗しなければ助かると知れば、姑息な連中は自分だけは助かろうと考える。これで各個撃破が可能だ。
誤って無実の町民を殺さないように、一度だけ警告をする。闘気を込めて威圧を掛ければ、大概の人間は膝を付く。ここで目を閉じれば助ける。抵抗しようと睨み返してきたものは容赦なく斬り捨てた。
民家を一軒一軒回り、一度確認した相手は左手で肩を叩いてマーキングする。懲罰兵に付ける首輪と同じ原理だが、媒介が無いので効果は約一日で切れる。
斬り進めていくうちに抵抗をあきらめて投稿してきた盗賊には首輪をつけて中央広場に留まる様に命じる。この状況下で営業している酒場がある。カウンターで飲んでいるの三名は見るからに盗賊風である。
「一度だけ警告する。膝を折って謝れば生かしてやる」
だが一笑に付されたので、剣の一閃で三人の首を吹き飛ばす。
「店長。彼らは常連かな?」
「は、はい」
「では同行してもらおう。君なら盗賊を一目で見抜けるだろうから」
店長の面通しで盗賊探しは順調に進んだ。三十人ほどを斬り、五十人ほどを首輪で拘引した。
民家の探索を終えて広場に戻ると、
「仲間ごとに集まれ」
と盗賊たちに指示を出す。
塊は四つ。
「それぞれのボスは誰だ」
「既に貴方に斬られました」
酒場の店主にも確認したが三人までは既に討ち果たした後らしい。
「あと一人は。お前たちのボスは逃げたのか?」
「いいえ。俺たちのボスはそこに」
彼らが指差したのは俺が連れていた店主である。
「嘘です。私は只の酒場の店主で」
俺は盗賊たちに、
「嘘は言うな」
と命じてもう一度だけ聞く。
「この男がお前たちのボスなのか」
「間違いありません」
「この裏切り者」
店主が叫ぶのと同時に、俺は最後の一人を頭の天辺から一刀両断にした。
「さて。任務終了だな」
後片付けが大変だが。
ここまでで初めに想定したキャラは総登場しました。
三兄弟の設定。長兄がすでに死んで、二人の弟が長男の遺児を補佐すると言う設定は某戦国大名をモチーフにしています。
兄弟の役割分担は西洋風で、名前はフランス語をベースにしています。