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第一章 コーバス子爵

 俺は手順を誤ったのだろう。まさか自分の城で自分の兵に襲われるとは。民兵と侮って閲兵を後回しにした事が悔やまれる。入城と同時に兵権を完全に掌握しておけばこの事態は避けられたはずだ。

「お怪我はありませんか?」

 とエルキュール元大尉。

「問題ないよ。それにしても…」

 封土に入って一日目。まだ恨みを買うようなことは何もしていない筈だが。

「実際に動いているのは襲ってきたこの五名だけのようですね」

 子爵領は国税の負担で疲弊している。そんな中、城を守る民兵は割の良い仕事であったため、代官の私兵と化していた。俺たちを襲撃した五名はその中でも腕利きの部類だったが、実際の戦場を経験していた俺たちの敵では無かった。

 俺は剣を鞘に収めつつ、

「過剰に反応し過ぎたな」

 幸いにも民兵組織を挙げての反乱では無かった訳だが、

「戦場では常に最悪を想定して動くものですから」

 戦術上の観点から指示を出している男を真っ先に討ったのだが、こうなると全貌を把握するのが難しいかもしれない。三名は返り討ちにして、捕縛した生き残った二名を問い質したが、俺が代官を処罰すると勘違いしたらしい。

「中央へ帰らせない方が安全かな」

 と言った俺の言葉を聞いて誤解をしたようだ。

「代官殿を捕らえました」

 囲みを破って代官を追っていたギヨム元曹長が戦果を挙げて戻ってきた。抵抗したのだろう、かなりの深手を負っているようだ。

「殺すなと言った筈だが」

「逃がさないことを優先しましたので」

 この城は意外に堅牢で攻め口は一つしかない。逆に逃げ出すには不便だ。抜け道も作られている筈だが、文官である彼はそれを把握して居なかった。彼が武官なら真っ先に調べていただろうに。

「何故俺たちを殺そうとしたのですか?」

「私は知らない。何も命じていないんです」

 と息も絶え絶えの代官。

「では彼らが勝手にやったとでも?」

「陛下が直接任じた子爵様に害を為せば、只では済まない事は判っています」

「では何故貴方は逃げようとしたのですか?」

「子爵様が殺されれば、どの道罪に問われると思ったので」

 つまり逃げを打ったのは俺が襲われていると知ってからと言う事か。

「副官。彼の手当てをしてくれ。尋問は日を改めよう」

 俺は代官をエルキュールに任せると、

「民兵を全員集めてくれ」

 とギヨムに指示を出した。

 民兵は全部で百名。昨晩の事件で五名欠けている。

「全員剣を腰から外して己の前に置け。そして一歩下がってその場に座れ」

 とかつての鬼軍曹が指示を出す。彼らが腰に帯びているのは官給品のショートソードだ。襲撃者たちも同様で、俺たち三人が使うロングソードとは間合いも性能も劣る。民兵たちの主な武器は槍であり、剣術を習っている人間は少ない。

「さて、今朝何が起こったのか既に知っている人間も多いだろう」

 と前置いて、

「この襲撃事件を事前に知っていたものは右手を上げろ。襲撃に加わらないかと誘われたものは左手を挙げろ」

 手は挙がらない。

「今なら罪は問わない。後で嘘だと判れば極刑に処す」

 と脅すと二名が右手を挙げた。

「手を挙げた二名は立って前に出ろ」

 と列から外れて俺の前に立つ二名に、

「どうやって知ったか?」

「話を偶然に聞いてしまって」

「それを報告しようと思わなかったのか?」

「仲間を裏切る事は出来ません」

「新王陛下自ら任じられた子爵である俺を襲う事は国家に対する反逆だ。反逆罪は極刑であることを肝に銘じておけ」

 と威圧して、

「もう一度だけ聞く。事前に襲撃計画を聞き知っていたモノ、計画に誘われたものは手を挙げろ」

 二名が恐る恐る名乗り出た。

「立ってこちらへ来い」

 と言って呼び寄せた後、

「この民兵団は解散とする。貴様らの処遇は追って指示する」

「待って下さい。俺たちナシでどうやってこの城を守ると言うのですか」

 俺は黙って剣を抜いて闘気を込めて横に薙ぎ払った。剣圧が遥か後方にある城壁に届き、黒い焦げ跡を生じさせた。

「見ての通り。俺はこの一閃でお前たち全員の首を飛ばせる。素人の民兵百人など戦場では戦力として数えるに値しないと言う事だ」

 これは大袈裟ではない。

「ついでに言うと、俺の隣にいる男は一対一なら俺よりも強い。こいつ一人を門の前に立たせておけばお前たちは不要だ」

 ここでギヨムが動く。民兵たちの列の中をうろうろして、数人の肩を叩いていく。それが終わったところで、

「今肩を叩かれたもの以外は部屋に戻れ。ああ、剣は置いて行けよ」

 残ったのは肩を叩かれた五名と列外へ外れた四名、そして九十五本のショートソードである。

「そちらの七名はギヨムの指揮下に入って剣術の指南を受けるように」

 初めに手を挙げた二人は、

「お前たち二人は武官としての素養は無いから文官として登用する。まあ初めは雑用からだが」

「後片付けはこちらでやっておきます」

 と言うので二人を引き連れてエルキュールの部屋へ向かう。

「代官の具合はどうだ?」

 エルキュールの能力は攻撃よりも防御向きで、闘気を纏って攻撃を弾いたり、味方に気を注いで治癒力を高めたり出来る。あくまでも自然治癒の補助なので見る間に傷がふさがったりする訳ではない。刀傷のような場合には初めに傷口を縫い合わせておく必要がある。ギヨムもエルキュールの能力を計算に入れて攻撃をしている筈だ。

「さて改めて質問する」

 俺は代官への口調を改めた。

「城から逃げてどこへ行くつもりだった?」

「隣の伯爵領に老母が居ます。取り敢えずはそこへ向かう心算でした」

 隣と言うとアターリ伯爵領か。俺が貰ったこのコーバス子爵の旧主である。まあ俺は王から直接爵位を賜ったので今は無関係だが。

「まあ伯爵領へ逃げ込まれればこちらとしても追いかける訳には行かなかったな」

 これで中央に戻らずにここに居続けたい理由も説明が付くが、

「それならば、子爵家に仕えてもらおう。中央への根回しも俺の方でやる。母親も呼び寄せて城内で一緒に暮らせばいい」

「そこまでは」

 と言いかけて、

「なるほど。人質ですか」

 代官はむしろすっきりした表情で、

「万事お任せします」

 と頭を下げた。

「では早速働いてもらおうか」

 国庫への納入が無くなるので、その分を減税できる。

「民兵はすべて解雇されるそうですね」

「城を守るだけなら良いが、今後は王命で兵を動かすこともあるだろうから。その時には正規兵で無いと使い物にならない」

「兵力はどの程度を目標に?」

「俺は軍隊時代には連隊長として千から二千の兵を率いていたが、取り敢えずはその半分。五百程度は揃えたい」

 軍へ呼び戻されるとすれば正規兵を付けてもらえるだろうから、直営部隊としてはその程度で十分だ。内乱が収束して兵は余る。これを一気に解雇すれば社会不安を生じるので徐々に行うだろうが、それに合わせて直轄兵を集めて行けば良い。

「当面は民力の回復が優先なので働いてもらうぞ」

 部屋を出ようとして、

「ああ名前を聞き忘れていた」

「ジルベール・ド・ロッシュと申します」


 最後に俺の襲撃に失敗して生き残った二人について。

「これを付けてもらう」

 かつてギヨムも付けていたことがある首輪だ。これは付けた相手が死ぬと自動的に締まる。

「まさかこれを付けさせる側に廻るとは」

「お前をこの城の憲兵隊長に任じる。当面兵の増員は無いから部下を合わせて十人で回してくれ」

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