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序章 退役

 俺は成金男爵家の三男坊に生まれた。

 男爵家と言うのは貴族階級では最下層であるが、金で買える身分でもあって、子爵はおろかその上の伯爵家よりも裕福なこともある。俺の父は商売で成功を収めて男爵位を買った。俺が生まれたのは父が男爵位を買った直後なので、俺は兄二人と違って生まれながらの貴族だと言える。

 貴族のしきたりに則って、長男は跡継ぎ、次男は聖職者となり、三男である俺は軍隊へ入った。十歳の時に幼年学校に入り、十五歳から士官学校で学び、十八歳で少尉に任官して軍歴を始めた。国内の動乱に乗じて功績を積み上げて、二十五歳で大佐まで上り詰めた。

「さて、卿には二つの選択肢がある」

 と玉座の主が告げる。

「一つは将軍として余と共に覇業の道を進むこと。もう一つは退役して田舎に引っ込むことだ」

「もはや国内に陛下の敵はおりません。この上は陛下の御威光によってもたらされたこの平和を享受したいと思います」

「まあそう言うと思って、手頃な子爵領を見繕っておいた」

 新王はそう言って笑うと、

「予備役への編入を許す。息災に過ごせ」

 予備役?

 俺は侍従より二通の勅諚を賜った。一通は予備役准将に任じると言う辞令。准将とは聞きなれない階級だが、俺の為に特別に設けたのだと言う。そしてもう一通は子爵に封じると言う冊封令である。男爵には爵位に伴う封土は無いが、子爵以上には封土が付随する。子爵は一代限りで子供に相続させることはできないが、取り敢えず結婚の予定もないので問題はない。

 宮中より下がると、二人の元部下が駆け寄ってきた。一人は俺の副官で十歳年長のエルキュール大尉。俺の初陣以来の付き合いで、当時はまだ曹長だった。一兵卒上がりの叩き上げで、俺の出世と共に彼の役割も変化した。もう一人は元盗賊で懲罰によって前線に送り込まれたギヨムだ。五年の兵役を終えて既に自由の身なのだが、物好きにも俺に付いてくると言う。

「陛下はすんなり辞めさせてくれましたか?」

 とエルキュール。

「すんなりでは無いな。予備役編入にされた」

「俺たちもですよ」

 エルキュールは予備役少佐に、ギヨム曹長も予備役准尉の辞令を受けたという。ベテランの大尉は判らなくも無いが、元懲罰兵を准尉にするとか、いろいろとあり得ないだろう。

「呼び戻されるときは連隊長とセットでしょうから」

「連隊長は止せ。呼ぶなら子爵様だな」

「子爵とはまた微妙な線ですね」

 子爵と言うのは王国にとって外様の封臣である伯爵を監視するために派遣された副伯を起源とする。その後、伯爵家の家臣を直臣として取り立てる際にもこの爵位が用いられ、今では伯爵家の跡取り息子も子爵を名乗るようになっている。

 内乱で多くの封建領主が空席になっており、俺の与えられた子爵領もその一つである。

「まあ取り敢えず行ってみようじゃないか」


 コーバス子爵領と言うのが俺の与えられた封土だ。交通の要衝からは少し外れた辺鄙な場所だ。

「あまり豊かな土地ではありませんな」

「あの陛下の事だから、領地経営をあきらめて軍務に戻りたくなるように仕向けたのかもしれないなあ」

 しかしながら城の造りは古い様式ながらも立派だ。戦乱で荒れただけで元は豊かな土地だったのかもしれない。そうだとすれば俺の経営手腕を試しているのかもしれない。

「陛下とは士官学校時代の同期なんですよね」

「あの当時はまさか将来王位に就くなんて想像も出来なかったけどなあ」

 内乱を経て国内に王位継承権を持つ貴族が彼一人になってしまった訳だが、彼自身の軍事的実績も擁立された理由の一つである。

「コーバス子爵に任じられたアルチュール・ド・モーリスである。代官に面談を申し込む」

 門番とひと悶着あったが、程なくして代官との面談にこぎつけた。

「取り敢えずここ五年間の帳簿を見せてください」

 代官は中央直轄で子爵家の家臣ではないので下手に出ておく。

「私はどうなるのでしょうか?」

「引き継ぎが済み次第中央へ呼び戻されるでしょう。中央は官僚不足なのですぐに出世できますよ」

 代官は少し首を捻って、

「ここへ残る事は出来ないでしょうか?」

「それは子爵家に仕官し直すと?」

 中央に戻りたくない、あるいはここに残りたい理由があるのかもしれないが、

「いずれにしても一度中央へ戻って手続きを踏んでもらわないと」

 俺が勝手に引き抜きを掛ける訳にもいかない。

「ともかく帳簿は拝見します」

 と言って下がらせた。

「どうだい?」

 帳簿の精査をさせているギヨムの返答は、

「帳簿を見る限り不正はないですね。それどころか極めて優秀ですよ。中央の立場から言えばですけれど」

「どういう意味だ?」

 とエルキュールが詰め寄る。

「この五年間、一定量の税を国庫に納入し続けているんですよ」

「それで領民が疲弊していたのか」

 内乱が続く五年の間、滞りなく国税を修め続けた子爵領となれば豊かだろうと想像できる。

「それで手頃な子爵領か」

 陛下も現地は見ていないのだろうな。

「中央へ帰らせない方が安全かな」

 この土地の実態を知ったら、面子が潰されたと思った陛下がどんな反応をするか、容易に想像がつく。

 だが、俺のこの言葉は誤解されて、思わぬ悲劇を生む事になる。

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