魔法少女は信じない
しばらく家に引きこもり泥のように眠っていた壱湖だったが、真っ暗な部屋で通信機器の画面がパッと光るのを見て、体を起こした。
通信機器を見ると無機質に『8』とだけ画面に表示がされていた。
「…はい、もしもし」
「ああ、壱湖?この内線であっていたかな。捌幡舞衣だよ」
電子伝いに舞衣の声を聞いて、壱湖は心臓をきゅっと掴まれた気分だった。
舞衣の高くてかわいらしい声がひどく不気味に壱湖は聞こえた。
「…なに」
「まだこの前のことを怒っているの?…謝るからさ、今は少し話を聞いてほしいんだ」
しょんぼりと落ち込んだような声を舞衣が出した。
壱湖は思ったよりも繊細な奴なのかもしれないと、なんだか申し訳ない気分になり「…いいよ。」と小声で答えた。
「あ、そう?嬉しいよ、じゃあ今日の昼までにぼくの部屋に集合ね。はい、よろしく。」
壱湖の答えを聞くや否や淡々と舞衣はそう言って、壱湖の返事も聞かずに通信を切ってしまった。
壱湖は「いいよ」なんて軽々しく言わなければよかったと多少イラつきを覚えたが、この数日ずっと家にこもっていたので家を出る理由にもなったし、別にいいか。と思った。
***
機関の地下にやってきた壱湖は、寒気を覚えた。
どの扉が舞衣の部屋だったか、と壱湖は廊下を見渡した。前はしほりが顔を出したのでなんとなく入れたが、正直覚えていない。
扉に耳をつけるも何も音は聞こえないし、壱湖はお手上げだった。別に壱湖は舞衣に用はないし、なんあら別に会いたくもない。不気味だし神経を逆なですることを言ってくる奴だと認識しているからだ。
壱湖の頭には一瞬帰ることも頭に浮かんだが、一応約束をしたわけだからと根が真面目な壱湖は改めて扉を探した。
しばらく壱湖は廊下を行ったり来たりうろうろしたものの、どれも似たり寄ったりなコンクリートの扉が並んでいてお手上げだ。
「奥から順に開けるか。」
と、壱湖は探索をあきらめ廊下奥の扉に手を掛けた。
その扉は鍵がかかっていて開かず、壱湖は「ここじゃないな。」と、思った。
しかし、他の扉を比べるとなんともさびれた扉で、ドアノブも錆び切っている。鍵穴も大きく、壱湖は鍵穴から中を少し覗いてみることにした。
中には青白い光が漂っており、うすぼんやりと室内は照らされていた。
部屋の真ん中になにか、人ほどのサイズの置物があるようだった。だがそれがなんなのか壱湖にはわからなかった。
気を取り直して壱湖が隣の扉を引くと、中には舞衣が苔蒸したコンクリートの上に寝ころんでいた。
「お、遅かったじゃないか。あれ、早かった?」
時間の感覚が弱いのか舞衣は自問自答しながら不思議そうに眉を八の字に曲げた。舞衣は寝ころんだままにっこりと壱湖に笑いかけた。
「隣の部屋、何があんの?」
「え?」
「ここの隣の部屋、ほかの扉に比べて錆びてて、なんかあんのかと思って」
ゆったりと苔むしたコンクリートの床の上から舞衣は起き上がると、うっすらと目を開けて壱湖のことを見た。
「あの部屋は…、」
と、舞衣は歯切れが悪い。
まずい部屋だったのか?と壱湖は思い「いいよ、どうしても聞きたいわけじゃ…。」と舞衣の言葉を遮るように言った。
「あそこは屍がいるよ」
舞衣はそんな壱湖の言葉をもっと遮った。
その言葉と一緒に、舞衣は壱湖に背を向けてゆらりと立ち上がった。同時にじゃらりと手枷に繋がった鎖が鳴り、部屋に響いた。
「…屍?」
「屍さ、もう自分ひとりじゃ物も考えられない、人形が一人でいるだけさ」
壱湖は舞衣のいっている意味が一つもわからなかったが、いつもの飄々としている舞衣の様子が少しおかしかった。壱湖はこの話を掘り下げるのはやめようと思った。
「そういえば話って」
「ああ、そうだった」
さっきまでの雰囲気が嘘のようににこにこと舞衣は微笑んで振り向いた。
「前、しほりに言ったんだけど。そろそろ強めの宙人が発生すると思うんだ」
舞衣はその場にドスンと座り、床をつつく小鳥を優しくなでた。小鳥は舞衣に懐いているようで舞衣の傍に近寄ってくる。
「そこでしほりは、大きなけがをする。下手すれば、死ぬ」
「…なんでそんな」
「ぼくには予知の能力がある、って前言ったよね。言わなかったっけ。どっちでもいいや。まあ予知したわけ。それで機関の人間として今しほりに死なれると困る。これは最後の戦いじゃないんだ」
舞衣は指に小鳥を乗せると、目線に小鳥を持ってきて、ふうっと息を吹きかけた。驚いた様子の小鳥は飛び立ち地下室の天井を旋回した。
「あの子はクローン体じゃないからね。代わりがない。これまで何回もしほりのクローン作りをしてるんだけど、どうしても能力を引き継げないんだよね」
舞衣はペラリペラリと「能力の引継ぎさせるためのコードがあるんだけどしほりの能力には合わないんだよね。もうこれまで80通りは試してるのになかなか難しい子だよ。これまで作っちゃったクローンちゃんの処理も大変だったし…」と早口で話した。
「…で、何が言いたいわけ」
そんな舞衣のオタクトークを遮り、壱湖は舞衣をにらむように見た。
「お、ごめんごめん。壱湖にはさ、しほりが無理をしないように見といてあげてほしいんだよ」
と、舞衣はにへっと笑った。愛らしく見える笑顔だが、壱湖には不気味に見えた。
「それは、どういう頼み?」
「へ?」
「しほりの友達として?それとも、クローン体の親、として?」
「なにいってんだか、同胞…魔法少女として、だよ」
舞衣は「契約したろ。これは仕事だ。」と優しく言った。
壱湖は基本温厚な方だが、舞衣と話すと自分の血管が沸騰するような気持ちがした。
「クローンが作れないから大切にしろって。おかしいんじゃないのか」
「…はて、それはどうして」
「クローンは死んでもいいのか」
「まぁー…、そのために作っているからね」
にんまり顔で舞衣は当たり前のことを告げるように言った。
「私も、私だって、生きてるのに…!」
壱湖は、漏れ出るように舞衣に言った。
舞衣は感情を露わにした壱湖に驚いたとでもいうように、ぱっちりと目を開けた。
こんなに舞衣の瞳は大きかったのか。と壱湖は思った。
「わははは!面白いね。そんなの分かってるよ」
「なに、笑ってんだよ!」
「死にたくないなら必死こいて死なないように自分で頑張るんだね。そこはオリジナルと同じだろ」
「…もしこの戦いを生き抜いたとしても、オリジナルが目を覚ましたら、クローンである私たちはどうなる?」
「…処理だろうね」
「そんなの、勝手すぎるとは思わないのか…」
壱湖はふつふつと湧き上がる怒りが止まらなかった。
しほり以外の魔法少女のほとんどがクローン体だというのなら、壱湖がこれまで過ごし、関わってきた少女たちは戦いの終わりと同時に処理され、いなくなってしまうのだ。
「使い捨ての人間を作るなんて…」
「うーん、少し話がズレてしまったね」
舞衣は怒っている壱湖なんてなんのその…今にもつかみかかりそうな壱湖のことは目にも入っていないようでまったくの無視だった。
壱湖はそんな舞衣にも腹が立ち、「聞いてるの!?」と声を荒げてしまった。
「聞いてるさ、そんなの百も承知だよ。…だから感情のあるクローン体をつくるのはやめようってぼくはいったんだ…」
頭をぽりぽりと掻いて、舞衣は困ったようにため息を吐いた。
「メディア露出とかがあるから意識や感情もクローンに入れたいといったのは機関側の研究者、まあお偉いさんさ。ぼくは優しいし面倒だから戦うだけの肉人形にしようと提案したのにさ」
困ったもんだよね~と舞衣は、まるで壱湖と意気投合でもしたように何度も頷き、ほがらかに話した。
のらりくらりとした舞衣の言動に壱湖は意気消沈してしまった。舞衣はどれだけ壱湖が感情的に話をしたとして、理解できないのだろう。
「さてと、話を戻してもいい?しほりの話だけど」
怒りが多少鎮火した様子の壱湖をみて、舞衣は話を続けた。
「しほりはね、元々自分の死が分かると無茶な戦闘は避けるタイプなんだ。当たり前だよね。機関の戦闘力の中枢だとここに来た時から教え込まれてるんだから」
舞衣はどこからかチョークを取り出し、コンクリートの床にゴリゴリとしほりと壱湖らしき人物を描いた。
「けどあの子、君のことになると無茶しまくり。前、君のオリジナルが怪我した時も、無理やり君を救出して、大けがしたんだ」
ぐりぐりと赤いチョークで舞衣はしほりのイラストを塗りつぶした。壱湖はその戦闘のことはなに一つ覚えていなかった。
「その戦闘で、私は死んだの?」
「死んでないよ、死んでたら君作れないじゃん。けどまあ、死にかけ?たかな。だし、オリジナルの肉体は復帰に半年はかかるんじゃないかな。現在修復中」
舞衣はぴーっと壱湖のイラストに一本線を入れた。縦に切り裂かれたように壱湖は見えた。
「君の次の任務はしほりを守ることだよ」
舞衣はそう言い切ると、ぐしゃぐしゃと床に描かれたしほりと壱湖のチョーク画を、踏み消した。
赤と白のチョークが混ざり合い、汚らしいと壱湖は思った。
「あの子は唯一この機関内の魔法少女の中、オリジナルの肉体で動いている」
「…唯一?」
舞衣の落書きをぼんやり眺め、立ち尽くしている壱湖の肩に一羽の小鳥が止まった。
とてもつぶらな瞳の丸々と太った小鳥で、壱湖はこんなコンクリート打ちっぱなしの部屋で、どうやって暮らしているのだろうと疑問を抱いた。
「君も、僕も。ほかの魔法少女もいざというときに供えて基本的に稼働しているのはクローン体さ」
そういって舞衣は、突然服を脱いだ。
壱湖は一瞬驚いたが、はらりと落ちた服の中、舞衣の背の首元に小さく『a』と入れ墨が入っているのがわかった。
「それって」
「クローン体には分かりやすくするために彫ってるんだよ。オリジナルは何も書かれてない」
舞衣はそういってさっさと服を着た。肋骨の浮き痩せたわき腹が静かにしまわれた。
そして舞衣はクローンの説明を始めた。
基本的にクローンは1人のオリジナルから26体までしか作成ができない。それは少女の能力抽出の限界だと仮説が立てられている。
魔法少女の能力は無限ではない。
少女の髄液に含まれている能力の記憶を抽出する。そしてそこから能力の遺伝子言語を解明し、少女の細胞を利用して超能力を培養し、別途造った肉人形へ移しているというのだ。
現在母体であるオリジナルの魔法少女たちは、コールドスリープの状態で眠っており、そんな彼女たちの皮膚や髄液を必要分だけ抽出し、機関はクローンを作成しているのだ。
どうして作成に限度があるか、というと数値で見るに10体目を作るのを境にクローン単の能力に著しい低下がみられているらしい。
そこから逆算、計算すれば26体が能力抽出の限界なのだという。
「今、平均的には皆3~5人目のクローン体が戦地に向かってる。これまでの戦いでそれだけ死ぬ場面があった、ということだよ」
舞衣はそういって部屋の電気を消し、壁一面にプロジェクターで映像を映した。「案外ハイテクな部屋でしょ」と、舞衣は笑ったが、壱湖は壁に写った映像にかじりついた。
そこには魔法少女たち全員のクローン情報が記されており、これまでのクローン体の死因も記されていた。あまりの悍ましい文面に壱湖はまっすぐ画面を見ていられなくなり、スクリーンから目をそらした。
「…そらすなよ。みんな懸命に生きたんだ」
舞衣はそういって、スクリーンに映る魔法少女たちの名前を指でなぞった。
「…私と、舞衣、そして蝶華はクローン1人目なんだな」
「まあ、ぼくと蝶華はあんまり戦地に赴かないし、基地からのバックアップ担当だからね」
壱湖は基本的に自宅や機関から結界作成を頼まれることが多い。
バリア補助能力も遠隔で行えるため、正直戦地にまで赴かなくてもそこそこの距離を保ったままのバックアップは可能だが、基本的には戦場に赴いていたが加入時期が最近、というのが理由だろう。
「ここの機関メディア露出を異様に大切にしているでしょ。それで、何人か魔法少女が画面にいないと華が無いんだって、ほんとはあんなぼこすか魔法少女たちを1つの戦地に向かわせるのは非効率だよ。遠隔魔法を使える子が何人いることか」
そういって、舞衣は「死んだ理由、馬鹿馬鹿しいだろ。」と笑った。
「けど、君のオリジナルがけがをしたときはそんな理由じゃなかったよ。」
にっこりと舞衣は微笑み、スクリーンを消した。
暗い部屋の中で、舞衣は一歩ずつ壱湖に近付いた。
「あの日、3人くらいだったかな…、戦闘用の魔法少女が招集された。けど現地に向かったのはしほり一人だった。招集されてはいなかったけど、しほりを憐れんでか君のオリジナルはしほりの元へ行った」
「…時々ある、馬鹿げたいじめか」
「まあそうなんだけど、あの日はしほり、なんか泣いてたんだよね」
壱湖はまったく記憶が無かった。そんな戦いが本当にこれまでにあったのだろうか。
「それで君は、機関に許可もとらず戦地に向かってさ、しほりの元へ行ったんだ」
しみじみ語る舞衣だったはすぐに調子を変えて「ぼくなんだか、少女漫画を読んでいるような気分って、こんなかなーって思ったよ」と自分を抱きふざけるように言った。
「…君がただ可哀想だと思ってしほりに関わっていたのは知ってる。君の考えることなんて僕にはオミトオシさ」
ぱちっと部屋の電気がつく。舞衣は壱湖に顔をぐっと近づける。舞衣の瞳はぱっちりと見開かれ、壱湖は舞衣のいうように本当にすべてを見透かされているんじゃないかと感じた。
「けど、しほりはどうかな。君に可哀想だと思われてるとわかったら、どう思うだろう」
だんまりと、壱湖は舞衣を見つめた。
舞衣の淡い琥珀色をした瞳は、砂漠のようにからからに乾いているようにも見えたし、オアシスのように今にもこぼれそうなくらい、水分を含んでいるようにも見えた。
「…だったら何」
「君には責任をとれ、と言いたいんだよ。最後までしほりを死なさない。死んでもいい僕や、君たちとは違うんだ」
「死んでもいい奴なんていない、私も、お前も」
「死んでもいいように私が作ったのさ。しほりは"人類が救われるまで""宙人の完全殲滅"までは死なれては困るんだよ」
そういって、舞衣はまた壱湖から距離をとった。舞衣の表情は笑ってはいるもののひどく不気味だ。
「戦いが終わっても、しほりは死んでもいいわけじゃない」
「ああ、失言だったね。最低限、死なれちゃ困るさ」
舞衣はくるりとその場で回ると、ぱっと手を天井に向けて広げた。
「この部屋の天井に、空を描こうとこの前しほりが言っていた」
にこにこと舞衣は笑い、話した。舞衣の頭には楽し気に小鳥が集まる。
「ぼくはそんなもの別に要らないといったんだけど、しほりは嫌でないなら描こうといって、聞かないんだ」
舞衣は頭に乗った小鳥の一匹をわしづかみにして、ゴキリと首を折り、殺した。
他の数羽の先ほどまで懐いてすり寄っていた舞衣の傍から小鳥は逃げるように飛び立った。
「壱湖、しほりのことをよろしく頼んだよ。ぼくの能力では、あの子を守ってやれない。クローンの一つも、まともにつくってやれないんだ」
舞衣は死んだ小鳥を自分の枕に優しく乗せ、枕ごと小鳥を大切そうに抱きしめた。
===
壱湖は舞衣の地下部屋からの帰り道、3番の少女【参納多満子】と鉢合わせた。多満子はすこし口角を上げて「こんにちは。」と壱湖にあいさつした。
そのまますれ違うというところで、壱湖は「ねえ、今から時間ってある?」と多摩子に声をかけた。多摩子は不思議そうに首を傾げたが「大丈夫だよ」と微笑み答えた。
二人は機関の中庭にやってきた。外は晴れ渡っていて、気持ちのいい風が吹いていた。
「壱湖が私を誘うなんて珍しいね、何かあったの?」
えへへ、と声を漏らしながら多摩子は嬉しそうに笑った。
壱湖はそんな多摩子をみてほっと胸が安堵するのを感じた。しかし、彼女もクローン体であるのかと思ったら同時にずんっと重い気分になった。
「いやぁ、色々考えてて…」
「…うんうん、そういう日って、あるよね」
多摩子ははぐらかすでもなく、無視するでもなく適度な距離間で壱湖の隣に座り話相手になっていた。壱湖もそんな多摩子の傍にいることに心地よさを感じ、目を瞑って風を感じた。
「…今、地下にはこの風も、感じられない人がたくさんいるんだよね」
「そうだねえ、みんなに、風を取り戻して、あげたいね」
しばらく二人の間に沈黙があり、多摩子は少し困ったように笑った。
「壱湖がこんなに悩んでるなんて初めてだね」
「…多摩子は、8番の魔法少女に会ったことある?」
「8…?うーんと…そう言われれば8と10の子にはあったことないなあ」
多摩子の返事を聞いて、壱湖は確かに自分も10の少女に会ったことが無いと思った。
「なんかその二人は、能力が突出してるとかで研究棟に住み込みしてるって聞いたことあるけど…」
壱湖が顔を上げて興味深げに話を聞くものだから、多摩子はなんだか少しうれしくなった。
「…興味あるの?この話し…」
そんな多満子の問いかけに壱湖はこくりこくりと頷いた。
「ウワサ程度でしか知らないけど…」と、多摩子は話を続けた。
初めて産まれ、乳児の頃に宙人がやってくることを予言したという原初の魔法少女が10番目。名前すら魔法少女たちの中には浸透していないし、9番しか10番とはあったことが無い。
極めて正確な予知能力をもっており、他にも星を滅ぼすほどの強大な能力があるといわれている。
「蝶華は10番に出会ったことがあるの…?」
「らしいよ。直々に彼女も能力を持っているって任命されたとかで」
ふーん、と壱湖は返事をし、その原初の魔法少女と言うものに少し興味が湧いてきた。
大きな能力を持っているというのならどうして出てこないのか、たいして話にも上がらずまるでいないかのように機関内では扱われているのか。
「けど、10番死亡説も魔法少女内ではささやかれててね…」
多満子も楽しくなってきたのか、まるで都市伝説でも話すかのようにこそこそと壱湖の耳元に顔を寄せてに言った。
「実はもう10番は死んでて、本当は10番だけで人類を救えたはずなのに…、しくじっちゃったんだって、それで10番は能力を散布し、それぞれの魔法少女に力を分け与えてる~…みたいな」
「それはほんとに、ウワサ、だな」
「そう、だね…」
多摩子は我に返ったのか、耳まで赤く染めるとえへへ…と声を漏らして恥ずかしそうにうつむいた。
「8番のうわさはないの?」
「んー、研究員に紛れてるんじゃないか、とかそんな程度のウワサしか聞いたことないな」
壱湖は「そっかぁ…」と返事し、大きく伸びをした。
今思えば、舞衣のいうことは本当に正しいかわからないし、機関の大人たちに「アナタはクローンです」と言い渡されたわけでもないんだから、とりあえずこんなことで悩むのはやめよう、と無理に明るく思った。
「少し、表情明るくなったね」
多満子がそういって微笑む。壱湖も答えるように微笑み「話し聞かせてくれてありがとう」と答えた。
「うん、私これから勉強室でちょっと予定があるの、またお話ししようね。」
そういって多摩子が立ち上がり、壱湖に背を向けると、大きな風が吹いた。
「わっ」と多摩子が顔を風から庇う。その様子を壱湖は後ろから見ていて、多満子の背、服の隙間から小さく『e』という入れ墨が入っているのが見えた。
「すごい風、びっくりしたね」
多摩子は改めてそういうと、服や髪を整え「じゃあね」と中庭から去っていった。
中庭に取り残された壱湖は、瞳に焼け付いた舞衣の背中にあった小さな入れ墨を思い起こしていた。