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魔法少女壱湖は戦わない  作者: 大西 憩
6/10

魔法少女は理解する

 息がし辛かった。壱湖の脳が情報を拒否しているのが分かった。


 壱湖は自室の隅でうずくまるようにしていた。何も考えたくない。ただひたすらそう思った。

 額からばしゃばしゃとあふれるように汗が流れてくるも、体はひどく冷たく寒い。

 これは恐怖からくる感覚なのか怒りからくる感覚なのか、8割がたパニック状態な壱湖には理解しがたかった。


「今感じているこの恐ろしいという気持ちも、あふれる汗だって作られたモノ?ドキドキと脈打つこの心臓ですら、人工的に作られたというのだろうか」


 壱湖は”あの日”。悪魔のような笑みを崩さない”捌幡舞衣”と対峙した日、自分の成り立ちについて理解した。いや、理解させられた。


 ===


「クローンって、なに」


 壱湖はうまく回らない頭のまま、舞衣に尋ねた。


「壱湖、勘違いしないで。君を造るのにはもちろん”(もと)”の身体から媒介しているから。ほぼオリジナルと同じ成分でできてるってわけ。まあー…戦闘用の鎧を着ているとでも思ってよ」


 へらへらをした表情のまま舞衣は話し続けた。

 その話を聞いているうちに壱湖はだんだんとぼやけて見えてきた。意識が遠のきそうだった。

 壱湖は自分が何に不快感を覚えているのか、言葉にするのも難しいと感じた。

 腹の底にぐつぐつと煮えたぎるような気持ち悪さを抱えたまま、壱湖は舞衣を強くにらんだ。舞衣は睨まれた理由がわからないとでもいうように狐のように閉じた瞳、かわいらしい小さな口元に笑みを携えた。


 自分が人から自然に生まれた肉体でないこと、オリジナルと呼ばれる本来の自分が別に存在していて、今ここに立っている自分はオリジナルを基に造られたクローン。

 そして自分というニセモノは戦いのためだけに作られた使い捨ての駒の身体であること。

 記憶を映したとしても自分が人間から生まれた体ではないという事実がどうしても信じられなかった。


 しほりが心配そうに壱湖の手を握った。


「壱湖、壱湖。大丈夫?」


 壱湖はしほりの手を振り払った。

 しほりはそんな壱湖の反応に驚いたように後ずさった。壱湖はしほりを気にする余裕がどんどんなくなり、そのまま踵を返して乱暴に扉を開けると、そのまま部屋から出てこれまた乱暴に扉を閉めた。

 視界端に見えたしほりはうつむいていた。


 壱湖は、しほりの後なんてついてこなければよかったと思った。

 今思い返せば、しほりと関わるとろくなことがない。

 きっと私が、私というクローンが生まれたことさえしほりが原因のはずだ。だって、医療機関に運ばれた日に一緒にいたのだと本人が言ったのだから。

 …壱湖は頭の中でぐだぐだとしほりに冷たくした言い訳をつらつらと述べ、脳や腹が沸騰するこの気持ちの悪い感覚をどうにかしたいと頭を振り、地下廊下の武骨なコンクリート壁を思い切り殴った。



 一番初め、壱湖がしほりに近付いた理由は”哀憐(あいれん)”からだった。


 最後の少女として奉られるように機関に受け入れられた壱湖は、自分の傍に来ずぽつんと窓際に突っ立っているしほりが嫌に目についた。

 目に光もなく、呆然と言った様相で立ち尽くしている彼女が嫌に目に入りそれを眺めていると、ほかの魔法少女に「関わらないほうがいい」と釘を刺された。

 その瞬間、壱湖はしほりに興味を持った。

 他者から腫物のように扱われ、”4”という忌み数を背負って生まれてきたばかりに生き方も他社との関わりも制限されている憐れなしほりに。


 過去を思い出しながら壱湖はエレベーターに向かう。地下の廊下で壱湖の靴音が嫌に響く。


 壱湖が声をかけた日、しほりは怪訝そうな、それでいて心底迷惑そうな瞳で壱湖を見た。

 しほりと関りを持とうと隣に座りこみ、あれやこれやしほりの世話を焼き始めた壱湖にしほりはこういった。


「私と関わると不幸になる」


 壱湖はしほりの言葉を聞いてより彼女のことを面白いと感じた。

 そんなわけがない。

 彼女は人を不幸にする能力を持って生まれたわけではない。

 ただの筋力増強能力を持った戦闘特化の魔法少女だ。他者を不幸にする、そんな便利な能力があるのならば宇宙にでも放って敵陣地にでも浮かべておけばいいはずだ、と壱湖は思った。


「私は、そうは思わないよ」


 壱湖はそう言って、しほりの隣に座った。

 しほりは困ったように長いまつげを伏せ、少しほつれた自分の手袋を指先でいじった。しほりは初めての対応に困惑しているようで、それから何も言わなかった。


 これが、壱湖の頭に張り付いた一番古いしほりとの記憶だ。


 ===


 壱湖はまっすぐ自宅に戻った。帰りに何度も倒れそうになるほどの眩暈、吐き気を催したがどうにかそんな体を引きずって帰宅を果たし、倒れるようにベッドに横になると、八割れの猫がそばに寄ってくる。

 猫はぐりぐりと体を壱湖にこすりつけると、満足したように壱湖の隣で丸くなった。


「お前は、私が私でないといってもこうやって傍にいてくれる?」


 壱湖の問いに猫は答えなかったが、代わりに大きなあくびをした。

 そんな猫を眺めていたら、なんだか今日あった嫌な気持ちが溶けてしまう気がした。自分の口元がほころぶ感覚を覚え、あんなことがあったすぐでも動物を見ると笑顔になれるのは不思議だ、と壱湖は思った。


 しばらく猫と寄り添うように突っ伏していたしていた壱湖だったが、自室に煌々と日差しが入ってくるのを見て、窓際に移動した。

 猫はいまだベッドで丸まっている。


 強い西日が壱湖の部屋に照り付けている。この日差しに当たればどんな家具も色あせてしまいそうだ。

 照った西日に向かって右手を向けると、手のひらを縁取るように赤く透けた。

「この血液も、造られたもの」

 壱湖はそうつぶやくと、自分の体全部、節々まで気持ちが悪い気がした。

 …壱湖は自分の右手を抱きしめるようにして、壱湖はその場でうずくまった。

 心臓がバクバクと脈打ち、全身が打楽器にても鳴ったような気分だった。そして同時に、血管の中でもぞもぞとミミズが這っているような気持ち悪さが全身にあった。

「何が嫌なのか、わからないのが、嫌だ」

 壱湖はそうつぶやいて、その場でうずくまるだけでは足りず、ずるずると崩れるように縮こまって倒れた。耐えようと思っても涙と鼻水が出てくる。

 息が浅くなる。壱湖は唇をかんで耐えようと努力するも、唇と歯の隙間から嗚咽が漏れる。

 そんな壱湖を心配したように、先ほどまで静かに眠っていた猫が再び寄り添ってきた。


 壱湖は自分の記憶が張り付いているような違和感の正体を理解した。

 自分が自分じゃないこと、宙人との戦争が終われば自分は用なしとなること、そしてその後、自分がどうなるのかわからないということ。


 考えれば考えるほど、壱湖は自分が追いつめられるとわかっていた。けど考えることを止められない。

 しばらく流れる涙や鼻水をそのままに寝そべっていたが、じりじり照り付ける西日が熱くなりふらふらと起き上がった。そんな壱湖を見て、猫は一声「にゃぁ」と鳴いた。

 窓に壱湖は目を向けると、自分の涙の乱反射もあって目が明けられないほどまぶしかった。


「私は戦わない。」


 壱湖の凛としたその声は自室に響き、西日に溶けてしまった。


 ===


 壱湖が飛び出していった舞衣の部屋でしほりはまた、本を読んでいた。

 三角座りをして、ぺらぺらとページをめくる音だけが部屋に響く。


「…しほり、ぼくは元来こういうことは気にしない質なんだけど、君は今どんな感情でそこに座っているの?」


 舞衣は腕を適当に動かし鎖を揺らした。じゃらじゃらとした金属音でしほりの気を向かそうとしているようだ。


「どんな?」


 舞衣の問いに顔を上げたしほりは不思議そうに首を傾げた。

 そして、そんなしほりをみて舞衣は苦笑し「首を傾げたいのは、こっちなんだけど」と漏らした。


「ほら、魔法少女のクローンの話。初耳だったろ」

「ああ、」


 しほりは読んでいた本を閉じると、自分のあごに手を当て「うーん」と唸りながら舞衣への返事少し考えた。

 舞衣はそんな唸るような質問だったか?と疑問に感じたが、しほりの返事を待った。


「効率的だと思ったけど、私のクローンがいないのは残念だと思った」


 しほりはあっけらかんと答え、舞衣はそんなしほりにあっけにとられた。


「…あ、っそ。大好きな壱湖がショック受けてたけど、それに関しては?」

「まあ、驚きはするんじゃないのかな」


 舞衣は、こう、もっと、大好きな壱湖をいじめないで~!とか、もっとしほりが感情的になるんじゃないかと想像していた。壱湖はこの機関内でしほりが心を許している数少ない”友人”だと舞衣は認識していたからだ。


「それに、安心したの」


 しほりはそう続けると、再び本を開き読書を始めた。


「私が死なせかけた壱湖じゃないんだ、って。また、私は壱湖を守ればいいんだって」


 しほりは満足そうな表情でそう言った。

 彼女のその返事を聞いて、舞衣は大きなため息を吐いた。

 少し微笑んだような表情のまましほりは再び本の世界へと没入しているようだ。彼女は真剣になりすぎると人の話が聞こえなくなることがあるが、没入するまでの時間が早すぎると舞衣は思っていた。そのせいでしほりといると、退屈な時間が多い。


「こりゃ、かなり重症ですな」


 舞衣はそうつぶやくと部屋の真ん中に大きく寝ころび、足を投げ出した。

 そんな舞衣をみて、しほりは部屋脇でくしゃくしゃに丸め込まれたブランケットを拾い、舞衣にかけてやった。


 しほりが本を読みだして1時間程度たったころ、舞衣は退屈しのぎで行っていた知恵の輪が解けてしまった。装丁箱には『最難関!』と書かれており期待していた分、舞衣は残念に思った。

「しほり、しほり~」

 舞衣は寝ころんだまましほりを呼ぶ。しほりは「ん」と生返事だけした。

「大きな戦いの予言について、もっと話してもいい?」

 舞衣は続けたが、しほりはもう生返事すらしない。あまり興味がない話なのだろう。

「壱湖がケガするかもしんないんだけど」

 ぼそっと舞衣がいうと、しほりは本を閉じ「聞こうかな」と舞衣に微笑んだ。

 舞衣は「現金な奴」としほりにいうと、しほりは小さく笑った。


「で、どんな話?」

 しほりが首を傾げると、舞衣はニマニマと笑ったまま何も話さない。そんな舞衣をしほりは見つめていたが、数分経っても話し出さない。しほりは細くため息を吐くと「特に追記はない、のね」と言って、本を再び開いた。


 しほりが再び本の世界に入ったころ、舞衣は自分の部屋に飛び交う蝶々を指先に停まらせ遊んでいた。


「なんか、ぼく、壱湖みてるといらいらしちゃうんだよね」

 舞衣がそういうと、しほりはちらっと舞衣をみて「自由に過ごしてるから?」と質問を舞衣へ投げた。

「うーん、ぼくの欲しいものを、持っているからかな」

 舞衣の答えを聞いて、しほりは少し笑うと「今この人類で一番多くを得ている魔法少女の中でも、優劣があるのね」と言った。

 そんなしほりに舞衣は目をやると、もうしほりは本を読むのをやめていた。

 機関内でも無視され、死を伴う戦場の前線に立たされるしほりが生存を目的とした人類の中でいうなれば一番の”劣”であったし、それをしほり自身も理解している。

 しほりの発言は一種の自虐めいたジョークだと舞衣は気が付いていたものの、これといった返事が思いつかず、舞衣はそのまま顔を伏せて眠ることにした。



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