9話 異世界人さん街へ行く
異なる世界を越える為には膨大な魔素と魔力が必要で、どちらも存在しない私達の世界では異世界から帰還の道筋をつくってもらうしか方法がなく――ただそれを待つしかない。
「その魔素と魔力がたくさん入った魔石っていうのをアスターさんの世界の人達が取りに行くってこと?」
「ダンジョンっていう迷宮回廊にレアな魔物がいるらしく、そいつが持つ魔石でないとアスター達をグロキシニアに戻せないんだってよ。んで、それをアスターの叔父さんが獲りに行くって言ってた」
「叔父さんってグロキシニア魔術士団の団長さんなんだよね。どんな人なんだろ」
「デカくて厳ついイケメン」
「え?なんで蓮が知ってるの?」
「え、あっ……なんとなく声で聞いたイメージ」
「なにそれ」
魔術の影響でグロキシニアの言語を翻訳して聞けるようになってしまった蓮は、グロキシニアとの交信内容を教えてくれている。ちなみにグロキシニアの言葉を話す方は出来ないそうだ。
そして今現在、私達は本庄家のソファに座っていて、蓮はスマホゲームをしながら私にもたれかかっている。朝から蓮に翻弄されている私は心臓が爆発寸前。今も私の肩に蓮の頭があって髪から柑橘系の良い匂いが漂ってきている。そんな私達の前を通った葵さんは笑顔で、今までの反動だから仕方ないと言って去って行った。
「ほんまにめっちゃ男前やんなぁ?スミレちゃん」
「そうねぇアスター君カッコいいわね〜。ティアちゃんもとっても美人さんね〜」
ママ達の賑やかな声がリビングに響く。旅行から帰ってきて早々、アスターさんとティアを囲んであれこれ質問攻めにしているのだ。私だったらうんざりするような状況なのに、二人共一つ一つの質問を丁寧に返している。
葵さん然り、ママ達も異世界からの転移者を普通に受け入れているし、単身赴任中のパパも会えない事を残念がっていた。蓮と私の家族は似たもの家族なんだなと改めて思う。
「でもレアな魔物って事は、物凄く強そうだね……」
私は蓮の話からものすごく大きな怪物を想像して青くなっていた。
「ツインアイというひとつ目の魔物だ。目に魔力のエネルギー核となる魔石を持ち、心臓に魔素のエネルギー核を持っている。そしてこいつは分裂するんだ」
アスターさんが魔物の説明をしながらティアと一緒に私達の元へとやって来る。ママ達はキッチンで何かの準備をしているようだ。
「うわっ、なんかそいつ面倒くさそうな奴じゃねぇの?」
アスターさんの説明を聞いて蓮が眉を寄せる。私もだけどティアも分からなかったようで一緒に首を傾げた。そんな私達を見てくすっと笑いアスターさんが説明してくれる。
「レンの言う通りツインアイはかなり厄介な魔物だ。自らの体を二体に分裂させ魔石を共有するんだ。攻撃も防御も強力で一筋縄ではいかないだろう。だがそれよりも問題なのは……ここ数十年遭遇したという報告が無いんだ。ダンジョンのかなり深い階層にいると言われているんだが……」
「数……十年」
「それって……」
アスターさん達が帰還する為に必要な魔石が見つからないかもしれない。蓮も私と同じ事を思ったみたいでその場に沈黙が流れた。
「まぁ暗なってもしゃあないやん。アスター君は副団長の仕事でずっと休んでなかったんやろ?ここでたくさん羽伸ばしたらええんちゃう?」
「そうよ~せっかく異世界に来たんだから、とことん楽しんで行けばいいのよ~」
「異世界の人達は一か月で帰還の準備を整えると話してたんだろ?約束まで一か月もあるんだ。アスターくんの部下と叔父さんを信じて待とうよ。もし上手くいかなくても、うちにずっといてくれて大丈夫だからさ」
いつの間にか傍に来ていたママ達と葵さんが励ます。アスターさんは、ぐっとこらえるように眉を寄せて頭を下げながら敬意を称するように礼をした。
「アオイ、アイビー、スミレ……恩に着る。俺で出来る事があれば何でも言ってくれ」
「皆さまのお心遣いに感謝いたします。ナツキとレンもこれからよろしくね」
アスターさんに続き、ティアも頭を下げて深くカーテシーをするとその後涙ぐみながら微笑んだ。私達はそれぞれ歓迎の言葉を口にし、異世界人の二人を改めて迎える事となった。
「ほんなら始めよか。奈月ちゃんこっちに来て」
「え、何?どうしたの?」
アイママの手招きでダイニングテーブルへ行くとそこには、ホールケーキが用意されていた。
「これって葵さんのケーキ?」
「そうだよ。昨日は結局お祝いできなかったからね、リベンジだよ」
パチッとウインクをした葵さんが、17本のロウソクに火を灯していく。改めてケーキを見ると、カラフルなフルーツでデコレーションされていて"Happy Birthday Natuki"とメッセージが書かれていた。私は嬉しくて口元に手を当てる。
「ナツキ、俺達のせいで誕生日を祝えなかったのか。すまない」
「ごめんなさいナツキ」
私の肩に手を置いたアスターさんと、私の手を取るティアの二人が眉を下げて謝罪をする。
「二人のせいじゃないから謝らないで!今日こうやって皆にお祝いしてもらえてむしろラッキーだよ」
皆の中には蓮もいる。これまで私を守るために自ら距離を置いていた蓮が私の横にいてくれる。アスターさんの温かい大きな手が頭を撫ですこし照れながら蓮を見ると、仕方ねぇなといった表情をして口角を上げていた。
「奈月、ロウソク吹き消せよ」
蓮が親指でくいっとケーキを指さす。私は笑顔で頷くと、皆に見守られながらロウソクの火を消した。
「おめでとう」
皆の優しい声が心に響いて、私は目に嬉し涙をためながらその声に答える。
「ありがとう!」
♢♢♢♢♢
「アスター様!魔導列車ですわ!」
駅のホームでティアの可憐な声が響く。周りの人達は驚いた顔でアスターさんとティアに注目している。
「ティアこれは、魔導列車ではなくて、電車という乗り物みたいだ」
「デンシャ……?」
片言の日本語でこてんと首をかしげる姿に私は胸を撃ち抜かれる。同じ事を思ったのかアスターさんもティアを後ろから抱きしめると耳元で囁くように話した。
「この世界は魔術がないからね、電気というエネルギーで動かしているようだよ」
アスターさんは後ろからティアを抱きしめて、さらに耳元で囁くように話す。ティアは真っ赤になってあわあわとしている。
これから私達は電車に乗ってアスターさんとティアの服を買いに行くところだ。しばらくこっちに滞在するのだから、服や下着といった必要な物を揃えてきなさいとママ達に促され街へと向かっている。
蓮の服を着ているアスターさんは白いTシャツに少しだぼっとした黒ズボンをはいていて、こういうスタイルもとても似合っていた。髪は高めの位置に結んで黒のキャップを目深くかぶりサングラスもしている。そのせいかどことなくお忍びの芸能人感が拭えない。さらには蓮と並んで歩くと高身長も相まって、道行く女性達の視線を集めている。
一方、私の服を着ているティアはノースリーブのカットソーにパンツスタイルだ。こちらも帽子とサングラスを着けている。サイドに纏めている金の髪がふわふわと揺れる度に輝いて足を止めて見惚れる男性がちらほら。その度にアスターさんがティアをエスコートして牽制するから周りからは感嘆のため息が聞こえる。
「さっき魔導列車って言ってたけど、グロキシニアにも電車みたいのがあるのか?」
ホームにきた電車に乗車すると、蓮は隣に立つアスターさんに話しかける。
「魔石と魔術のエネルギーを使った魔導列車というのがある。だが二ホンのように市民の交通手段としての使用ではなく、富裕層が遠方に行く際に使われる長距離用に運用されているものだ」
つり革が顔に当たりそうな背の高いアスターさんは、つり革のバーに片手を置いて体を預けるように立つ。電車の乗り方一つとっても様になるのが凄い。
「魔導列車はアスター様のお父上のアドニス様がお造りになられたのよ」
「えっ!じゃアスターさんのお父さんって凄いエンジニアなんですね」
エンジニア?と前に立つアスターさんと、横に座るティアが私を見て首を傾げた。何て説明すれば良いか考えていると蓮が代わりに答えてくれる。
「大雑把に言うと物を造る人のことだな。つか、親父さんも皇帝の弟なんだろ?なんで魔導列車を作ったんだ?」
「父は二ホンの言葉で言うところの魔道具オタクってやつなんだ。早々に皇位継承権は放棄してて、母の生家であるデライト家に婿養子に入っている。当主としての仕事は母が担い、父は魔道具の研究に明け暮れている。父は思いついた物を作っているだけなのだが、結果的にそれが帝国民の支えとなっているようだな」
「アドニス様は本当に凄い方なんです。私達の生活に欠かせない魔道具をたくさん生み出して下さっています」
そして、自分達が帰還するために必要な転移装置を、恐らくアドニスさんが制作するのではとアスターさんが続けた。
それからは車窓から見える街並みに二人は興味深々で口元を綻ばせる。自然と会話も弾みその間に目的地の駅に電車が到着した。
「ねぇ蓮!せっかくだし服見る前に遊んでかない?」
都心にまで出て来たので服だけ見て帰るのは何だかもったいない。私の提案に蓮は一つ返事で頷いた。
「そうだな、魔術のない異世界の遊びを知っておくのも悪くないよな」
蓮がそう言って指さしたのは大型ゲームセンターのポスターだった。
立ち寄った大型ゲームセンターは、アスターさんとティアを喜ばせる事に成功した。まず、車のレースゲームに夢中になる蓮とアスターさん。勝負は蓮が勝ったけど殆ど僅差で、アスターさんの飲み込みの早さにびっくりする。他にもシューティングゲームをする二人はとても目立ち、いつの間にか人で囲まれていて驚くハプニングも。
私とティアは穴から出るイカをハンマーで叩くゲソゲソパニックやドラムの達人で遊び、ティアのリズム感の良さに盛り上がった。コインゲームやクレーンゲームをわいわいと楽しみ、最後には四人でプリクラを撮る。ハートの指サインを二人に教え四人でポーズを決めて大満足の仕上がりとなった。
帰宅後は本庄家に集まって皆で夕食を囲み、アスターさんとティアの異世界でのそれぞれの生活を聞いて驚いたり、笑ったりと終始楽しい時間を過ごした。ちなみにアスターさんはこのまま本庄家に滞在し、ティアはうちで滞在する事となった。
私は先にお暇して隣の自分の家に帰るところだ。ティアはまだアスターさんと一緒にいたそうだったのであとを任せて私だけ先に出て来た。
「あぁ~楽しかったぁ!」
「奈月とああやって遊ぶのも久しぶりだったな」
「そうだね、小学生の頃はしょっちゅうどこかに遊びに行ってたよね」
家はすぐ隣なのに暗いからと送ってくれている蓮の横顔を見上げる。異世界から来た二人を案内する名目だけど、蓮と一日中一緒にいれて今も傍にいる。夏休み前には考えられなかった光景だ。
「これ、取ってくれてありがとう」
私は黄色いモンスターのぬいぐるみを少し持ち上げると蓮にお礼を言う。パネルの数字を揃えるバッティングゲームで蓮がゲットした景品の大きなぬいぐるみだ。
「苦労して持って帰ってきたんだから大事にしろよ」
蓮がそう言いながらぬいぐるみの頭をぽんぽんと撫でた。その手を無意識で追いかけていると、私の頭にも乗せられて同じようにぽんぽんと撫でられる。目が合うと蓮はふっと笑みを浮かべ、その表情にドキンと胸が弾む。
「も、もちろんだよ!」
ぱっと目を逸らして熱くなる頬を隠すようにぬいぐるみに顔をうずめる。そうこうしている内にあっと言う間に家に着いてしまった。
もう少し一緒にいたい……
玄関の前で立ち止まって振り向くと、ポケットに手を入れた蓮が私をじっと見つめていた。
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