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8話 別に触りたかっただけ

「……キ様……ナツキ様……」


 遠くから澄んだ声が聞こえる。瞼を開けるとお伽話から飛び出してきたのかお姫様が目の前に。


「可愛いお姫様……」


 半分しか開いてない瞼を擦りながらぼーっとしていると、だんだんと覚醒していき目の前のお姫様がカンティアーナさんだという事に気付く。


「あ、あの……ナツキ様ですよね……?」


 カンティアーナさんは寝ぼけている私に困った顔で話しかけてくる。碧色の大きな瞳に見つめられて一気に覚醒した私は飛び起きて正座をした。


「はい、奈月です!カンティアーナさん良かった、目が覚めたんですね。体は大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫ですわ。アスター様の施して下さった魔術で大体の事は把握しております。ナツキ様、この度は突然現れた私達を助けて下さりありがとうございます」


 カンティアーナさんは私の手を取るとぎゅっと握りしめてお礼を言う。その手は温かく心がすーっとする不思議な清涼感を感じた。                                  

 

――昨夜、葵さんの車で帰宅すると、私のベットにカンティアーナさんを寝かせて様子を見る事となった。


 アスターさんによると、カンティアーナさんは大量の魔力を受けた事による"魔力中毒"という状態で、余分な魔力が体から抜けていけば一晩で目を覚ますという。目覚めた時にカンティアーナさんが混乱しないようにとアスターさんは、日本語と状況を説明した魔術を施していった。


 蓮に魔術って便利だねと話すと、アスターが凄いだけだからと何故か微妙な反応をしていた。

 

 アスターさんは疲労からか顔色があまり良くなく、私達が休んで欲しいと言ってもカンティアーナさんの傍にいると言ってなかなか離れなかった。私がついているからと説得してようやく納得してもらい、いつの間にか気安くアスターさんと話す仲となっていた蓮が本庄家に連れ帰って行った。

 蓮は帰り際に、部屋に飾っていた黄色のモンスターのグッズを見て「ほんとにまだ持ってたんだな」と照れくさそうに頬を染めるという爆弾を置いていき、私の心臓は何度目か分からない鼓動を打ち鳴らし暫く寝れなかった。


 そして今、私の目の前ではカンティアーナさんが少し不安気な表情を浮かべていた。それもそうだろう、目が覚めたら知らない場でしかも異世界にいるのだ。ひとまず安心してもらおうと笑顔で話しかけてみた。


「カンティアーナさん、私の事は奈月と呼んで下さい。それに敬語でなくて良いです」

「分かったわ、ナツキと呼ばせてもらうわね。ナツキも私の事はティアって呼んでね。もちろん敬語はいらないわ」

「それじゃ早速だけどティア、着替えない?私の服で申し訳ないけど、そのドレスでいるのは日本ではちょっと目立つから」

「あっ、そのようね……本当にここは、わたくしがいた世界とは違う世界なのね」


 ティアは私の着る寝間着を見てさらに部屋をぐるっと見回して、昨日のアスターさんと同じ初めて見る物ばかりといった顔をした。


「着替えたら蓮の家、あっ、隣の家なんだけど、そこにアスターさんがいるから会いに行こう。ものすっごく心配してたから早く顔見せてあげなきゃね」

「アスター様が……」


 アスターさんの名前を聞いた瞬間にティアが頬を染めて俯く。そのあまりの可憐さにティアに抱き着きそうになるのをぐっと堪えた。庇護欲をそそる姿を目の当たりにすると、昨日アスターさんが離れたくなさそうだったのが理解できる。


「えっと、とりあえず着替えよっか」


 私達は身支度を整えて、蓮の家へ向かう事にした。


♢♢♢♢♢


 「夢だったんだよな……」


 額に腕をあてて自分の部屋の天井をぼうっと眺める。夢の中ではカンティアーナらしき少女が俺を見て"アスター"と言っていた。

 夢は鮮明でしかも俺はアスター自身となって魔術を使い、カンティアーナを慰め、皇帝や国王……それにレオノティスと会話をしていた。


「夢にしてはリアルすぎんだろ」


 天井に向かって呟いたら、ちょうど部屋をノックする音が室内に響く。


「レン、起きているか?」

「起きてる。入って」


 体を起こしてベットに座ると、部屋に入ってきたアスターが俺の前に立った。昨夜より顔色も良くなっているアスターは、俺が貸した黒いTシャツとグレーのスエットという何てことない部屋着を着ていた。レオノティスのような強靭そうな体格とは違って細身に見えるけど、今はその体躯が鍛えられているのがよく分かる。


「ティアの様子を見に行きたいのだが、スマホというのでナツキに連絡してもらいたいんだ。頼めるか」

「もち、分かった。所でアスターよく寝れたか?」

「あぁ、十分休めた……」


 スマホを操作しながら見上げると、口元に手をあて何故か俺を見て難しい顔をしている。


「どうした?やっぱ寝れなかったのか?」

「いや、そういう訳ではなくて実は夢を見たんだが……」


 その時、玄関のインターホンが鳴り、俺はドアの前まで行って立ち止まる。


「誰か来たみたいだからちょっと見てくるな」

「あぁ」


 アスターの言いかけた夢という言葉が気になったが、階段を下りて玄関へ行き扉を開けた。


「おはよう蓮」

「お、おう」


 まさか奈月がいるとは思わず動揺する。昨日の髪を結いあげて化粧をした姿とは違い、いつもの髪を下ろした素顔の奈月だ。どっちも可愛いが俺は素顔の奈月が一番好みらしい。そんな事に今さら気づいてドキドキとして挙動不審になる。


「蓮?どうしたの?」

「いや、何でもない。入れよ」


 奈月を招くために扉を大きく開けた時だった。もう一人の人物に驚いて俺は目を開く。


「カンティアーナ……」


 俺の背後から声がして後ろを振り向くと、階段を降りてきていたアスターが唖然と立ち尽くしていた。


「アスター様!!」


 アスターを呼ぶ鈴を鳴らしたような声は夢で聞いたのと同じ声だ。カンティアーナが駆け寄るとアスターはかき抱くように力強く抱き締めて、二人はその場に崩れ落ちる。


「カンティアーナ……あぁ……ティア……」

「アスターさ……ま……うぅっ……」


 奈月と目配せをし、そっと外へと出る。扉を閉める時に聞こえた二人の泣き声と絞り出すような声に、胸が締め付けられるようなせつない気持ちになった。


「なんか感動しちゃった」


 横にいる奈月を見ると涙ぐんでいるのか目を潤ませている。


(え、かわいい……)


 昨夜、奈月に今まで避けていた理由を打ち明け、誤解を解くことができた。これからも守っていくためにはどうすればいいか、まだ考える事はたくさんある。だが、その問題は一旦置いておいて。


(もう我慢しないで存分に見れる)


 その事が嬉しくてニヤつく口元を必死で引き締めながら奈月をじっと見る。俺に見られている事が気まずいのか、奈月はだんだんと頬が赤くなっていき目をきょろきょろとさせ始めた。


「蓮……あの、見すぎだよ」


 ついには耐えきれなくなり横を向いてしまい、俺は仕方なく目の前にある奈月の髪をすくって指に絡めて弄ぶ。奈月の黒髪のストレートヘアはサラサラしていて、風になびく姿を遠くで見ていた時は思う存分触りたいと思っていた。


「ちょっと蓮、ほんとにどうしたの?」

「別に、触りたかったから」

「そっそそそんな理由で……」

「だめか?」

「……ダメじゃないけど」


 小さな声で呟いてようやく顔を向けた奈月は耳まで赤く染まっていた。可愛いすぎてもう耐えられなくなった俺は無意識に奈月に顔を寄せる。


「はわわわっ蓮!ダメだよ!」


 ぐっと目の前に手が伸びてきて俺を制止した。さすがにがっつき過ぎかと、しかも玄関前だしぐっと堪えて伸びてきた奈月の手を取る。そこで目に入った手の平が擦り剝けて怪我をしているのに気づいた。


「これどうしたんだよ?怪我してんじゃん」

「へっ!?あ、昨日転んじゃって」

「転……あっ」


 混雑する祭り客の中で、地面に手をついて転んでいた奈月の姿を思い出し俺は眉を寄せる。


「あの時のか。足の靴ずれの方は大丈夫なのか?」

「うん、どっちも大したことないし大丈夫だよ」


 それから汚れてしまった浴衣も染み抜きをして何とかなったと奈月が話す。

レストランで俺達の到着を待っていた親父が、奈月のボロボロの姿を見て何かあったと察して俺に苦言を呈した。


『蓮、何があったか聞かないけど、もういい加減に奈月ちゃんを泣かせるような事したらアイビーだけじゃなくて俺も黙ってないからな』

『……分かってる。母さん達がよく俺に言う"愚行"を奈月に話して分かってもらえた。俺もこれ以上……もう奈月を避け続けるのは耐えられない。だからこそ、これからの事を考えて外野対策を何とか考えないと……』


 話しの途中で親父の温かい手がふわっと頭に乗る。


『お前は昔から考えすぎなんだよ、一人で抱え込まずに周りを頼れよ。それにもっと感情のまま、衝動的に動いちゃっても良いんじゃないか?』


 親父の不敵に笑う()()()()の雰囲気に一瞬驚く。ヨーロッパから日本旅行に来ていた母さんに一目惚れして、あれこれ手を回して口説き落としたと言っていた。これまで我慢していた分、親父の意見を参考にしたいままに攻めていこうと決意する。


「あの蓮……」


 俺を呼びかける声にはっと我に返ると、目の前で困った顔をしている奈月がいた。


「どうした?」

「あの……手を……」

「ん?手がどうかしたのか?」


 いまだ奈月の手を握ったまま離さないでいると、顔を真っ赤にさせた奈月があたふたと慌てていた。すぐに恥ずかしがるのが可愛くて、昔からこうやってすぐに揶揄ってたんだよな。


「手を……そろそろ離して」

「俺と手つなぐの嫌なんだ」

「違うよ!むしろ嬉し……っじゃなくて!もう心臓がもたないの!!」


 勢いよく叫んだ奈月が自分の発言に驚いて、俺と繋いでいない方の手で口を押さえる。本音は嫌がっていなくて、むしろ好意を持っていると知って自然と口角が上がる。


「じゃ、こうすると奈月の心臓って……どうなっちゃうんだ?」


 奈月の手をそっと口に持っていき、手の平にチュッと音を鳴らしてキスをした。視線だけ動かして奈月を見ると恥ずかしそうに、けれど瞳をとろんとさせている目と合う。その堪らない表情に耐えられなくなって、抱き寄せようとした所で玄関の扉が開いた。扉を開けてこちらを見るアスターと、俺達二人は互いに目を合わせて固まる。


「レンすまない……また邪魔してしまった」


 俺達の良い感じだった雰囲気を察したアスターが、顔を手で覆って謝罪をする。俺と奈月は顔を見合わせてから、どちらからともなく噴き出して笑った。


「なんか、俺らアスターには変なとこばっか見られてんな」

「マジで……すまん」


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