6話 魔術士アスター・デライト
――グロキシニア魔術帝国
三つの王国を束ねる巨大な魔術帝国。
皇帝ハオルシア・レジェ・グロキシニアが統治し、優れた能力を持つ魔術士たちが日々襲いくる魔獣たちと戦い、帝国全土を守っている。
剣や武器に長けている者が魔術と組み合わせて戦う――グロキシニア魔術騎士団。
そして帝国、各王国より最も魔術に長けた実力者のみが入団できる――グロキシニア魔術士団。
グロキシニア魔術士団、団長であるレオノティス・グロキシニアは、皇帝ハオルシアの弟であり第二皇子である。
レオノティスとハオルシアの甥、アスター・デライトは初代皇帝の再来といわれる程の魔術の才能を持つ魔術士だ。19歳の時に副団長に任命され、前線でアスターの魔術を見た者たちは口々にこう語るのであった。
"アスター・デライトは魔術の天才"だと。
「アスター!生きてたか!!」
レオノティスの雄叫びが辺りを木霊すると、周囲の魔術士達は一斉に拍手喝采の歓声を上げる。
アスターが王女と共に消えてからレオノティス団長率いるグロキシニア魔術士団の魔術士達は、アスターが魔術を展開させて転移したとみて調査にあたっていた。
魔術は使用すると必ず痕跡が残る。アスターと王女がどこへ転移したのか、その痕跡を辿り救出するべく皆動いていたのだ。
そんな時、二人が姿を消した現場から"声"が聞こえた。
【よほど俺は悪運が強いようです。カンティアーナ王女も大量の魔力を浴びた事による"魔力中毒"で眠りについていますが一晩で目を覚ますはずです】
アスターがグロキシニアと交信するために繋いだ"声"は、レオノティスをひどく安堵させる物であった。
「そうかそうか!悪運が強くてなによりだ。とにかくお前ら、本当に無事でよかった……」
転移の魔術もさることながら、転移先から魔術で交信をするなど天賦の才を持つ甥だからなせる業だ。お陰で助かったのだと、レオノティスは両腕を祈るように握りしめアスターの才を有難く思うのだった。
「王女サンは魔力中毒になっちまったか。中毒症状は一晩で抜けるからとりあえず問題は無いが……問題は王女サンの父親の方だな……」
【ユーフォルビア国王の事ですか?】
「そうだ。実はさっきまで娘を助けに行くって、ユーフォルビアが大暴れしてたんだ。戦闘に特化した光属性の担い手を抑えるのはめんどくせぇに尽きる。イベリスに相手させてようやく収拾した。もうほんとアイツめんどくせぇから元気だって言っとくかんな」
レオノティスと巻き添えを食った魔術士達はげっそりと溜息を吐いた。カンティアーナ王女の父、ユーフォルビア国王(娘命)の対応を魔術騎士団で一、二を争う凄腕の剣士イベリスに丸投げした結果、二人の戦闘は凄まじいものとなり見るも無残に辺りは瓦礫の山と化している。
【そうですかイベリスが……。ティア……王女は俺が命を懸けて必ず連れ帰ると、国王に伝えて下さい】
「……分かった。必ず伝えるよ」
アスターの真摯な声色を聞いて、レオノティスは憂いを浮かべる。アスターとカンティアーナ、愛し合う二人を引き裂いた事件の結末は文字通り、アスターが命を懸けてカンティアーナ王女を守る事で解決した。
【所で叔父上、さっきまでというのは、俺達が転移してからそれほど経過していないという事ですか?】
「あぁそうだな。ユーフォルビアのせいでかなり混乱していたからな。正確な時間は分からんが、数時間程度だと思うぞ」
【成程。それじゃ、時間軸のズレはさほどなさそうだな……あとの問題は魔素と魔力か】
アスターの独り言にレオノティスとその場の面々は、事態の異常性を察しざわつき出す。
「おいおいアスターちょっと待て!お前一体どこまで飛んでったんだ!?魔術の痕跡を解析してるが、なかなか辿り着けないと解析者が嘆いていたが」
【ここは、二ホンという所です】
「二ホン……?そんな名称の国は聞いた事がないな……オイ!誰か知っている奴はいないか!?辺境の地または未開の地かもしれない」
レオノティスは大声で周囲に呼びかけるが、皆ざわめいて首を振ったり傾げるだけだ。
【叔父上、二ホンは我々の世界では存在しない国です】
ざわめきの中でアスターが発した言葉で一斉に場が静まりかえる。
「……は?一体どういう意味だアスター」
【俺達が転移した先は、異世界です】
♢♢♢♢♢♢
「その魔獣とか魔術とかのある世界からアスターさんは来たんだよな?」
「アスターと呼んでくれて構わない、レン。そう、ここは俺がいた世界と全く異なる世界のようだ」
アスターを連れて俺は二人が現れた海辺へと移動した。転移して現れた場所から魔術の痕跡を辿り、元いた世界へ連絡をとるというのだ。奈月は未だ眠り続けているカンティアーナの側にいると言って残った。離れる事を気にかけていた様子のアスターが、ほっと表情を柔らかくさせていたのが印象的であった。
言語情報を会得したアスターから話を聞くと、剣や魔術といった異世界から、こっちでいう逆トリップっていうやつをしてしまったのではと考える。俺も奈月も実際に目の前で見てしまったのだから疑いようもない事実だ。
真っ暗な砂浜をスマホのライトを照らしながら目的の場所へと到着する。さっきまで奈月といた場所で、それにアスター達が突然現れた場所だ。アスターは懐から何かを取り出してそれを確認するようにじっと眺めた。
「アスターその持ってるやつ何?」
「これはマナポットという魔素を保管しておく魔道具だ」
アスターから手渡された物は銀細工で出来た懐中時計のような物で、表には羅針盤のようなメモリがついていてそのメモリも少し減っているように見える。そして中央には赤い石が嵌め込まれていた。
「この石は?」
「魔石だ。エネルギー源として魔道具に内蔵されている」
魔道具はこっちでいう電化製品みたいな物で、アスターの世界でも魔道具は人々の生活に欠かせない物だそうだ。
「魔石は鉱山や魔獣の体から取れる。滅多に出現しない幻の魔獣が持つ高濃度の魔石や、ダンジョンの秘宝で取れる稀有な魔石などもある」
「レアモンスターにダンジョン攻略……ますますRPGな世界だな。それでこのマナポットを使って今から何すんだ?てか、魔素って何?」
マナポットをアスターに返しながら、気になったことを次々と質問する。
「魔術を展開するには空気中に含まれる魔素を使う。だが、この世界は魔素のない世界のようだな。だから魔術展開するには、これに保管された魔素を使用しなければならない」
アスターが握るマナポットからは僅かな光が漂い身体を包みこんでいる。月明りだけの暗闇の海にいるから見える仄かな光だ。
「これが魔素……」
「俺が展開した魔術の痕跡を探ればあちらと交信くらいは出来ると思うのだが……」
手をかざし何かを探るように目を瞑る。すると、すぐにアスターの目の前でバチッと青白い小さな稲妻が弾けた。
「繋がった」
アスターは目を開くと、何もない空間に手をかざしたまま話しかける。空間にはパチパチと線香花火のような小さな稲妻が弾けていた。
真っ暗な海の風景に豪快な口調の男の声が響き、他にもアスターが無事である事を喜ぶ歓声まで聞こえてくる。続けて異世界転移をしたと説明をすると、絶叫とも言える様々な驚きの声が聞こえてきた。
そんな中で団長と呼ばれる人だけは「どんだけ規格外の魔力量持ってんだよ!」と豪傑に大爆笑していた。
その後、アスターは冷静に現状報告をして協力を仰ぐ。相手先からは動揺の声が聞こえてきたが、団長は絶対に救済すると力強く宣言をしていた。
アスターの叔父さんでもある団長は、会話を聞いているだけでも懐の深さが伺える人であった。それにこの人は何が何でも約束を守ってくれる、そんな絶対的に信用出来る人のようにも感じた。
「レン殿、どうか宜しく頼みます」
交信を終える少し前には、団長が俺に向かって話しかけてきた。その声には心配が滲んでいたし向こうで頭を下げているような、そんな光景が不思議と浮かんだ。さっきまで笑い飛ばしていたのは、アスターや周りに不安にさせない為の気遣いだったのかもしれない。アスターは団長の想いを察して「叔父上……」と小さく呟いていた。
そして俺は二人がこの世界にいる間のサポートを約束し交信を終えた。
「アスター……俺、グロキシニアの言葉でやり取り出来てたんだけど……なんで?」
奈月達の待つレストランへと帰る道すがら、もうずっと気になって仕方が無かった事をアスターに問いかける。アスターがグロキシニアに交信し始めていた時から、言葉が分かると内心めちゃくちゃ驚いていた。
「……何故だろうな」
アスターは少し考える素振りを見せた後に首を傾げた。
「えっアスターでも分かんねぇの?」
「あぁ。推測だがレンに展開した魔術の影響で、俺の記憶が混入したのかもしれない」
「言語情報をスキャンしたってやつ?それって何度かやってる魔術なんだろ?他の人も知らない言語喋っちゃたりとかしてたのか?」
めっちゃ便利な翻訳ツールじゃんと思ったのも束の間、アスターの口から思いもよらない返答が返ってきた。
「一度もやった事がない」
「は……?」
俺は驚いて足を止める。そんな俺にアスターは至極冷静に言い放った。
「初めて使った魔術だ」
アスターの魔術が規格外だと、わーわーと騒いでた魔術士達の声がリフレインする。
「もしかして……アスターってさ、向こうで"天才"とかって言われてないか?」
「そうだな、そのように大袈裟に言う者がいるのも事実だな」
自分の天才ぶりを自覚していないのか、サラッと何てことないようにアスターは答える。
「まぁ天才って、こうだよな……」
溜息混じりに独り言を言うと、腕を伸ばして知らない内に緊張して強張っていた体をほぐす。夏の夜の蒸し暑い空気であっても深呼吸する事で頭が冴えてくるようだった。
アスター・デライトという魔術士は、きっと後世に語り継がれるような稀代の魔術士なのだろう。
男から見ても美しく綺麗な顔立ちに、長い黒髪がさらに魅力を惹きたてている。俺よりも頭一つ分高い高身長に均等の取れた肉体。惹き付けてやまないカリスマ性を感じる。
こっちにはいない、フィクションの世界から飛び出してきた高スペックな異世界人。
(そんな人が、なんで異世界転移をする羽目になったんだ……?)
ふいに頭に浮き上がった疑問は、聞き慣れた声によってかき消された。
「蓮、アスターさん!おかえり~!」
レストランの入り口で待っていた奈月が手を振っているのが見えた。奈月の姿を見てほっとすると、それを見ていたアスターがふいに声をかけてくる。
「ナツキはレンの恋人なのか?」
「えっ!?いや、まだ違うんだ。俺たちは幼なじみで……」
俺は反射的に"幼なじみ"という常套句を使って誤魔化そうとしたが、アスターは首を傾げて不思議そうな顔をした。
「そうなのか?口付けていたからてっきり恋人関係なのかと……」
「口づ……ちょちょっストップ!マジかよ、アスター見えてたのか!?」
「あぁマジだ。転移して初めて見た光景だった」
「マジかよ!めっちゃ光ってたから見えてねぇかと思って油断してた……つーか、アスター達が急に現れたから……未遂なんだよ……」
「マジか……すまない、レン」
気まずそうに眉を下げるアスターに、俺は首を横に振って大丈夫だと話す。
「俺、あの時、幼なじみの関係をマジで壊しにかかってたんだ」
未遂で終わったけどな、と続けるとアスターが片手で顔を覆って益々気まずそうにした。
「レン……マジで申し訳ない」
「ふっ、はははっ!マジをマスターしてんじゃんか!アスター」
"マジ"を使うアスターが面白く、つい連発していた俺はアスターの肩に手を置いて笑う。するとアスターもふわっと笑った。男でも見惚れてしまうその表情に、奈月がコロッと堕ちないか少し不安になる。
「奈月にあんまその表情見せないでくれよ」
アスターは一瞬目を開いて驚いた様子であったが、すぐに少し意地悪そうな顔を見せた。
「フッそんなに心配なら、まだなんて言っている場合ではないのではないか?」
背中をポンッと手でたたかれる。もしも兄という存在がいたらこんな感じなのだろうか、そう思いながら俺は頭をガシガシとかいた。
「親父達と同じ事言うなよ……色々あったんだよ」
その時、奈月が手を振って呼びかける声が響いた。
「蓮~!何してるの?葵さんが車で待ってるよ~」
俺は奈月に向かって片手を上げて返事をすると、宣言をするように話し続けた。
「けど、奈月がよそ見できないくらい、これからガン攻めしてくつもりだ」
「奇遇だな。俺もティアへの好意をもう我慢しない。同じくガン攻めだな」
真顔でしれっと口走るアスターに少しドキっとする。俺が女だったらイチコロだ。
「でも、二人こそ既に恋人同士なんだろ?」
カンティアーナを見つめるアスターの眼差しは、恋人に送るような情のこもったものであった。だから二人は想い合っているんだと疑いようもなく聞いてしまった。
「……元婚約者だ」
立ち止まったアスターの口から意外な答えが返ってくると、俺は驚いて振り向いた。
「元?元婚約者って、今は違うって事なのか?」
アスターが俯き、俺達の間にしばらく沈黙が続いた。
「俺はティアを見ると殺す呪いをかけられていたんだ」
やがて、顔を上げたアスターが真っすぐに俺を見つめる。その向けられた薄紫の瞳が揺れているのを見て、アスターとカンティアーナが異世界転移した事情には、とんでもない理由があるのだと確信した。
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