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4話 幼なじみと恋人の境界線とは

「ちょっと、どこに行くんですか!離して下さい!」


 水場がありそうな所でも何でもない所まで連れられ、私は思い切り手を振り払って立ち止まった。力強く掴まれていた手首は赤くなりズキズキと鈍い痛みが走る。


「……しないでよ」

「えっ?」


 私に背を向ける桃園先輩の肩がわなわなと揺れている。そして振り向いて私を睨み付けた。


「邪魔しないでって言ってんの!」

「邪魔って、桃園先輩の方が後から来た――ッつ!」


 言い終わる前に桃園先輩に両肩を強く掴まれる。思いのほか力が強く、肩に食い込む指に私は顔を顰めた。


「私には蓮くんしかいないのよ!」


(どういう意味……?)


 桃園先輩の顔には怯えのような影が走っていた。彼女の表情と言葉に何となく引っ掛かりを感じるもそれも一瞬であった。


「ねぇ、貴女……蓮くんに告るつもりでしょ?」

「なっ」


 何で知ってるの――!?


 動揺を隠しきれず私はあわあわと口をもごつかせ、ようやく出てきた言葉はよくある捨て台詞のようであった。


「も、桃園先輩には関係ありませんから!」


 これ以上一緒にいる理由もなく踵を返して蓮の元へ戻ろうとした。


「告るのやめといた方がいいわよ。だって私、貴女の事どう思ってるか蓮くんに聞いたもの」


(蓮が私を……?)


 背後から聞こえた言葉に思わず立ち止まって耳を傾けてしまう。


()()()()()()()――蓮くんそう言ってたわよ」


 ガンっと頭に衝撃が走り、目の前が真っ白になっていく。


「た、ただの……幼なじみ……」


 茫然としながら桃園先輩の言葉を只々反復する。まるで壊れたロボットのように呟いている私に、容赦ない言葉が飛んで来る。


「親切心で教えてあげてるんだから感謝してね。でも貴女さぁ、蓮くんに避けられてたよねぇ?何で告ろうなんて思っちゃったわけ?あっ!もしかして~!?避けられてる事に気付いてなかったとか?」


 だったらヤバイから~と、無邪気に桃園先輩が笑う。振り向くと嘲笑うような視線が突き刺ささり私は思わず俯いた。


「蓮くんって気の毒よね~。()()()()()()()なのに、貴女の面倒を押し付けられちゃって。今日だって親に頼まれたから仕方なくなんでしょ?可哀想だわ」


 ハッとして顔を上げると桃園先輩は肩をすくめている。蓮は私を迎えに行くと話していたけど、確かに葵さんの店に行くためだと話していた。てっきり蓮の意志で誘われたと勘違いをして、さらには誕生日を一緒に過ごしてくれるのかと期待までしていた。


(今まで避けられていたのに、そんなはずないじゃない……ばかみたい)


「幼なじみだからって、いつまでも貴女のお守をさせられているなんて……いい加減に蓮くんを解放してあげてよ。それにね、私と蓮くんもうすぐ付き合うの!だからぁ、幼なじみってだけで、しゃしゃり出てこられると迷惑なのよねぇ」

「え……」

「知らなかったって顔ね。ふふっ、あんなに噂になっているのに」


(それなら蓮の話って……桃園先輩と付き合うって事を私に話すつもりだったって事?)


 熱のこもった蓮の眼差しを思い起こして胸が苦しくなる。あれは、桃園先輩を想っての表情であったと理解すると、ぐらっと視界が歪んでいくようであった。

 勝ち誇ったように笑う桃園先輩から離れて、フラフラと蓮のいる方向ではない方へと歩き出す。さっきまで会いたいと思っていた人に今は会いたくない。


(私、もう二度と蓮に会えなくなるくらいの間違い(告白)をする所だった。


 蓮と桃園先輩が付き合う……雑誌を切り抜いたような素敵な二人には、きっと誰もがお似合いだと称するはず。そんな想像をしてはあてもなく呆然と歩いていると、すれ違う人とぶつかり後ろへと転んでしまった。


「痛い……」


 転んだ拍子に手をつき擦ってしまう。新しい浴衣には、いちごシロップの染みがつきじわっと涙の膜がはってくる。


「ママ達からのプレゼントなのに……」


 私が蓮に告白する事を知っていた二人から、エールのこもったプレゼントだった。他にも、ユリちゃんと咲良ちゃん、芹田君の協力してくれた皆の顔が浮かんでくる。

 彼等は、逃げ出す私をどう思うだろうか。ぽたっと涙が一筋落ちた時、聞き慣れた声が頭上から聞こえた。


「奈月!」


 顔を上げるとそこには、息を切らせた蓮が立っていた。 


「大丈夫か!?」


 座り込む私を立たせようと蓮が手を伸ばす。自分の今の姿が恥ずかしく咄嗟に蓮の手をパシッと払ってしまった。


「奈月?」


 蓮が目を見開いて困惑している。私は立ち上がってすぐに俯いて蓮の顔を見れずにいた。


「どうしたんだよ?なかなか戻って来ないから心配したんだぞ」


 俯いて無言の私に蓮は気遣わしげに声をかける。


「本当にどうしたんだ?怪我でもしたのか?」


 奈月――と、私の肩に手をそっと置いたその瞬間、桃園先輩の言葉が反すうする。


『ただの幼なじみ、そう言ってたわよ』


 切なくて苦しい思いにグッと眉を寄せ、肩に置かれた温かく大きな手を振り払う。

 

「やめて!ずっと避けてたくせに急に優しくしないで!あの時、突然、蓮に避けられ始めて……私がどんな思いでいたかなんて……蓮には分からないでしょ!?」


 堰を切ったように言葉が溢れ出てくる。零れた涙は止まることなく、私の頬をぽろぽろと濡らしていく。


「奈月……」


 蓮の榛色の瞳が揺れ動き、虚空をさまよう手は下ろせずにいた。


「なになに?ケンカ?」

「えー女の子が泣いてる。別れ話かな」


 いつの間にか集まった野次馬が、好奇な視線を私に向ける。好き勝手な雑言と"蓮の幼なじみ"を値踏みする過去の無遠慮の批判と重なり合って頭に響いてくる。

 

 私は耳を塞いで頭の声が聞こえないように叫んだ。


「もうやめて……これ以上何も聞きたくない……!」


 胸は張り裂けそうなくらい苦しく、視界を滲ませる涙が溢れ出る。


「奈月!落ち着けって!!」

「離して!」

 

 蓮に両腕を掴まれて身じろぎをすると、逃がさまいと腕を引かれ力強く抱きしめられてしまう。逞しい腕が私を包み込み、すっかり男性へと成長した胸元が抱きとめる。じわじわと全身が熱を帯びていき、腕の中で硬直してしまった。胸から聞こえる心臓の鼓動は速く、蓮も私と同じく早鐘を打っているのが分かる。


 冷静さを取り戻した頃、おずおずと顔を上げてみると蓮の表情を見て私は息をのんだ。


「どうして――」

 

 どうして蓮が泣きそうな顔するの……?


 記憶の中に残る()()()の蓮の顔と交差する。けれど、今の私を見下ろす蓮の表情はもっと切実で、まるで抑えきれないものを堪えているようにも見える。


「俺は……俺はずっと……」


 蓮が何かを伝えようとしているけど、その瞳に吸い寄せられるように目を離せない。まるで魔術にかかったように身じろぎ一つ出来なくなる。一瞬の出来事であったはず。けれど長い間そうしていたかの如く、私達の刻は止まっていた。


「そんな!蓮くん……どうして」


 突然聞こえた声にハッと我に返るとそこには、桃園先輩が立ち尽くしていた。彼女はショックを隠しきれていない表情を浮かべ、二人の仲を邪魔しているような自分の立ち位置に自嘲の笑みが浮かぶ。

 

 蓮の腕が緩んだ隙にすり抜けて立ち去ろうとすると、また腕を取られて立ち止まる。


「行くな、奈月。俺の話を聞いて」


 私の腕を握る蓮の手が少し震えていた。


「ちょっと蓮くん!どうしてこの子を構うの?ただの幼なじみなんでしょ!?」


 予想外の蓮の行動に焦った桃園先輩が詰め寄る。


「これは俺達の問題だ。先輩は口を挟まないで」


 蓮は桃園先輩を一瞥する事なく語気を強め、桃園先輩はびくっと立ち止まる。


 そんな蓮の言葉に、私は反論するように口を開いた。


 「何にも問題なんてないじゃない……だって私達は()()()()()()()前も(過去)今も(現在)この先(未来)も私達の間には――何も起きないよ」


 蓮は悲しみに打ちひしがれ、ショックを隠しきれていない表情で私を見つめた。そんな表情をする蓮にズキっと胸に痛みが走る。


 でも、もうこれ以上、蓮の優しさを知りたくない……次に避けられたら私は二度と立ち直れなくなる。


「奈月待っ――」

「どうしてっ!どうして、いつも中途半端に優しくするのよ!!」


 人混みをかき分けて走り続けた。蓮の声が聞こえなくなるまで。


♢♢♢♢♢


 まともに目を合わせたのは、何年ぶりだっただろうか――


 芹田に誘われて行った夏祭りに奈月がいた。

子供の頃とは全然違う、17歳になった奈月の浴衣姿。思わず惚けて見つめてしまう。薄く化粧をして、柔らかそうな唇にはグロスが塗られ、ほのかに香る甘い香りに引き寄せられそうなのをぐっと我慢する。

 いつも以上に可愛い奈月の姿に理性を失いそうで、芹田に文句を言って誤魔化そうとした。けど芹田にはバレれてて、目が合う度に鼻で笑われる。


 奈月が傍に寄ってくれない。ずっと避けていたから当たり前か……でも、奈月を見る男共が多くぴったり横を歩いて牽制していく。黄色いモンスターの面は効果抜群だ。これを着けたデカい男に皆引いている。

 

 隣で歩く奈月を横目で見ると、髪に結われた青いリボンがひらひらと揺れている。子供の頃に奈月の誕生日に俺が贈ったリボンだ。

 夏の空と同じ色。夏に生まれた奈月の色――当時、一目見て気に入ったリボンだ。父さんの店で手伝いをして、コツコツ小遣いを貯めて買った。

 

 まだ持っていてくれてたなんて……心の奥に無理やり仕舞い込んだ想いが、一気に溢れ出てきそうになる。


 どことなくぼうっとしてる奈月にイチゴ味のかき氷を渡す。奈月は子供の頃からイチゴ味しか食べない。好きな物、嫌いな物、奈月の事は俺は何でも知っている。


 つい父さんをダシに使ってしまったが、奈月の誕生日の今日は一緒に過ごすと決めていた。プレゼントも既に用意している。

 

 全てを――これまでの全てを打ち明けようと、覚悟を決めていたんだ。それなのに……


 今まで行ってきた振る舞いが、仇となって返ってくる。


「ちょっと待って蓮くん!まさかあの子を追いかける気!?」


奈月を追いかけようとすると、桃園先輩が俺の腕を掴んで引き留める。


「先輩、離して」

 

 奈月の小さな身体を思わず抱きしめてしまい、ひた隠しにしていた想いが激しい流れとなって全身を駆けめぐる。もう奈月を避けて過ごす日々には戻れない。


「そんな……私の気持ち……知ってるよね?」

 

 苦痛に眉を寄せる桃園先輩の顔が俺を見据える。


前も(過去)今も(現在)この先(未来)も私達の間には――何も起きないよ』


 奈月が俺を拒否した。俺は、脳天から電撃を受けたように打ちのめされた。

 

 今までの俺の行動から奈月がそう思うのは当然だが、そんな事(俺を拒否する)は絶対に認めない。


「先輩の気持ちには応えられないと話したはずだ」

「いやよ!ようやく……ようやく貴方を見つけたの!!もう私から離れて行かないで」


 桃園先輩の不可解な言葉とあまりの必死な形相に、言い知れない違和感を感じた。


「あっいたいた~!蓮!マネージャー!」

「春田チャンは見つかったの?」


 タイミング良くタケと藤が合流し、奈月を探しに行くと説明をする。けれど取り乱す桃園先輩が、俺の腕に縋り付いて離れない。苛立ちに任せて手を退けると、彼女は絶望に満ちた表情をして立ち尽くす。


「先輩、ごめん。でも俺の心には、昔から……」


 その時ワッとひと際大きな歓声が上がり、山車行列のお囃子の音や掛け声がそこかしこから木霊する。


 俺の声はかき消され、何かを叫ぶ彼女の声もかき消されていく。もう自分の気持ちを押し殺して生きていけない。


 俺は走り出した――自分の生き方を変えてしまう程の大きな出会いが待っているとも知らず。


** 

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