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3話 かき氷はいちご味

 蓮を振り切って無我夢中で走り、気付くと私は海にいた。


「痛っ」


 下駄の鼻緒で擦れた指がズキズキ痛む。浴衣は汚れ、髪とメイクも汗と涙でくずれている。


 遠くの海面には白く浮かぶ満月が見え、月明りだけが仄かに照らす静かな夜だ。そんな夜の海は、私の不安な気持ちを一層掻き立てる。


 湿気を帯びた海風が頬を撫で、ほつれた髪とリボンをなびかせた。


「桃園先輩と付き合っちゃうのかな……」


 ぽつりとつぶやいた弱気な声は波音にかき消されていく。


 この時――私が海岸(ここ)に足を運んだのは、不思議な縁を結ぶための導きであったのかもしれない。


 祭囃子に盛り上がる見物客、活気のある出店の呼び込み。いつも暮らしている静かな街はたくさんの人で溢れて、神社へと続く行燈の灯る長い階段はたくさんの参拝客で行列が出来ている。

 

皆で一通り出店などを回り()()()()だと、ユリちゃんが目くばせをした。私と蓮を二人きりにするための作戦の開始だ。祭りの雰囲気で蓮ともう少し打ち解けれるかと思いきや、普段と変わらず特に会話らしい会話もない状態が続いていた。


(このまま二人きりは、さすがに気まずいよ~~!)


 屋台に立ち寄る蓮の背中の陰で、私は必死に首を振ってまだ帰らないでとユリちゃんにアイコンタクト(熱視線)を送る。けれど、ユリちゃんからは切れのいいサムズアップが返ってきただけだった。


「蓮〜そろそろ咲良と二人で回りたいからぬけるな」


(ちょ!芹田くん!?)


 芹田君を見ると満面の笑顔でピースをしている。そして、芹田君の声を合図に蓮と二人きり作戦が火ぶたを切ってしまった。もちろん、そんな事を知らない蓮は快く応じる。


「おう、分かった」

「私もそろそろ帰るわ。本庄、ちゃんと奈月を送って帰るのよ」


 あぁっと蓮が短く返事をしてユリちゃんがヒラっと手を振る。


「ユリちゃん……咲良ちゃん……」


 私の弱弱しい声にもお構いなしで二人はガッツポーズをして行ってしまった。溜息をついてどうしようかと思案していると、突然、蓮から買ったばかりのかき氷を手渡される。


「え?」

「疲れたんだろ?さっきからぼうっとしてる」

「あ……ありがとう!」


 驚きながら受け取ったかき氷に目を向ける。すると、氷にかけられた赤色のシロップが目に入り思わず笑みがこぼれた。


「これ、いちご味?私の好きな味だ」

「知ってる」

「ん?なに?」


 蓮が何かを言っていた気がしたが、祭りの喧噪で聞こえず聞き返す。


「……いや何でもない。それより、早く食わないと溶けるぞ」


 口調はそっけないけど、蓮は食べ終わるのを隣で待ってくれている。かき氷をすくって口に運ぶと、氷の冷たさが緊張していた気持ちをもすっきりとさせた。


「だいぶ顔色よくなったな」

「え?」


 思わぬ蓮の言葉でぱっと横を見る――と、私の顔を覗いていたらしい蓮の顔と距離が近く、慌てて互いに顔を背ける。


「そ……そんなに、顔色悪かった?」

「お、おう、この世の終わりって顔してたぞ」


 なんと、そんな顔をしていただなんて……告白の事を考えて緊張しまくっていたからだ。どうりでユリちゃんに何度も「顔保つ!」と注意されていたわけだ。納得。


「この世の終わりって、そんな酷い顔になってた?」


 ユリちゃんと咲良ちゃんからプレゼントしてもらった香水とグロスをつけ、綺麗に着付けてもらったのに何だかもったいない事をしてしまった気分になり落ち込む。


「……そこまででもねぇよ。つか、()じゃなくて、()()な。そもそも今日は浴衣でかわい……いや、いつもと違うし……良い匂いするし、調子狂う」


 急にそっぽを向いてごにょごにょと口ごもって話す蓮が、どんな表情をしているのか分からない。その代わりのように、蓮の頭に乗る黄色いモンスターのお面が私を笑顔で見ている。


 浴衣という言葉がかろうじて聞こえた私は、そういえばっと口を開いた。


「この浴衣さ、私のママとアイママの二人からの誕生日プレゼントなんだよ」


 アイビーこと蓮のママとうちのママが贈ってくれた浴衣は、青地に白の紫陽花の柄が描かれている可愛い浴衣だ。


「そうか……」

 

 いまだにそっぽを向いたままの蓮は、小さく返事をするとそのまま押し黙ってしまった。再び私達の間に沈黙が流れていく。食べ頃を逃したかき氷が溶けていき、私の手の平を冷たくする。


「俺、奈月を迎えに行くつもりだったんだ」


 突然、沈黙をさいて蓮は口を切る。その言葉の意味に疑問符を浮かべて横を向くと、今度は黄色いモンスターのお面ではなく蓮の綺麗な横顔が目に映った。


「私を迎えにって……どうして?」


 ずっと、私を避けていたはずなのに。その関係を自ら縮めるような蓮の言動に、期待をこめて問いかける。

 

「今日、奈月の誕生日だろ?芹田とはすぐに解散して、奈月を父さんの店に連れて行こうと思ってたんだ。けど、ここ(祭り)に奈月がいて……めっちゃ動揺した」


 さっき芹田君に詰め寄っていたのも私がいる事を嫌がったからではなく、家にいるはずだと思っていた私がここ(祭り)にいて動揺したからだと分かりほっとする。


 もしかして――


(私の誕生日を一緒に過ごしてくれようとしたの?)


 そう考えた瞬間、ドキンッと胸が弾み始めた。


「あのさ、奈月……お前に話しておきたい事があるんだ」


 いつになく真剣な声色で、蓮の榛色の瞳が間近に迫ってくる。私は息をするのも忘れて熱の籠った蓮の視線から目を離せずにいた。


――私も蓮に話したい事(告白)があるの。


 蓮への想いが溢れ出し、つい口を衝いて出そうになった時であった。

 

「蓮くん!!」


 ふわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐったと思った瞬間、私と蓮の間に人影が入り込んだ。


(桃園先輩……!?)


「キャッ蓮くんに会えるなんて嬉しい!お祭り一緒に行きたくて誘ったのに蓮くんったら断っちゃうからショックだったんだよー。でもこうして会えて嬉しい!!」


 どこからともなく急に現れた桃園先輩に驚いて茫然とする。蓮も同様にきゃきゃとはしゃぎながら話す桃園先輩にたじろいでいた。


「見て見て!あそこのカップル美男美女だね」

「ほんとだ素敵~お似合いね」


 見目の良い二人は目立つので、少しずつ周囲の人々が注目してざわつき始めた。そんな事も隣にいる私の事も"眼中にない"桃園先輩は、しきりに上目遣いで蓮()()を見つめている。

 白と紫色の大人っぽい浴衣が似合っている彼女は、髪飾りのビーズがキラキラと揺れて目線も仕草も全ての"可愛い"が彼女に集まっているようだ。


「ねぇねぇ蓮くん、今日すっごくカッコいいね。髪型もいつもと違うし私こっちのほうが好きかも。てか、そのお面何~?」


 クスクスと笑い声を上げながら、桃園先輩は蓮の髪に手を伸ばす。


(やめて――触らないで!)


 ざわりと全身に不快感と焦慮感が広がった私は、パシッと桃園先輩の手を掴んで止めた。

 

 一瞬驚きに目を見開いた桃園先輩は、すぐに眉を寄せて私を睨み付ける。


「は?何なの!?」


 イラ立ち気に手を振り払うと私の前に対峙する。これ以上、蓮に触れて欲しくないがための咄嗟の行動であったけど後悔はしていない。私もぐっと唇に力を入れて桃園先輩を見据えた、その時――


「おーす蓮!あれ?芹田達と一緒じゃないのか?」

「蓮クン☆ヤッホー!あっ、桃チャン先輩ってばここにいた!急に走りだしちゃったからビックリしたっスよ~」


 思いがけない人達の登場により、ピリッとした空気が一瞬で散布する。


「タケと藤、お前らまでどうしたんだ?」


 立て続けに現れる知り合いに蓮が思わず声をあげた。


 タケ君と藤君は二人とも蓮の友達で、芹田君も含め彼らはいつも四人で行動している事が多い。バスケ部のエースであるタケ君は、蓮と同じくらいの高身長で笑顔の絶えない明るい男の子だ。藤君は見た目も話し方もチャラい男の子だけど、実は学年一位の秀才である。


「マネージャーに祭りに一緒に来てくれって頼まれたんだ。俺と藤は元々一緒に行く予定だったけど。な?」

「そ~そ~、桃チャン先輩いて本当に良かったよ~。タケちゃんと男二人きりなんてキツイじゃん!」

「そうだ、蓮!マネージャーがお前に話があるって探してたんだよ。お前スマホ見てないだろ?何回か連絡したんだぞ」

「マジで?全然気付かなかった」


 蓮達はそのまま立ち話を始めてしまい、私は何気なく桃園先輩の方に視線を向けた。するとバチッと目が合ってしまい、フンッと桃園先輩がそっぽを向く。

 そして、蓮の浴衣の袖をちょいちょいと引っ張り甘えかかるような声を出した。


「ねぇねぇ、蓮くんってばぁ。もう芹田くん達と解散したなら私たちと一緒にいようよ〜」

 

 桃園先輩の幼くあざとい仕草は計算であったとしても、彼女がやるからとても可愛いく絆されそうになる。こんな人が毎日、蓮の傍にいるだなんて……チリッとした胸の痛みに私は眉を動かす。


「そうだよ蓮!もうすぐ山車行列はじまるから一緒に観ようぜ」

「春田チャンも一緒に観ちゃおうヨ~」


 気安げに蓮の肩に腕を乗せたタケ君が誘い、藤君も気を遣ってくれているのか私にも声をかけてくれる。


「あ、いや……私は……」


(せっかく蓮と二人きりだったのに)


 モヤモヤとした気持ちで答えに困惑していると、突然「えっ!?」というタケ君の驚嘆する声が上がった。


「今、春田って言った!?春田ってあの春田?いつもと何か違くない??マジで分かんなかったんだけど」


 気付いてなかったのかと、藤君のツッコミが聞こえる。そして次の瞬間には、私の視界いっぱいにタケ君の顔が迫っていた。


「――――――ッ!!?」

「うーん、何が違うんだ……?」

 

 悲鳴を飲み込んだ私は後ろに後退りした。タケ君は真剣に普段との差を見つけようとしているのか、腕を組んで首を傾げながら迫って来る。ちなみに私とタケ君は、普段から顔をまじまじと見つめ合うような関係ではない。だからいくら見ても分からないはずなのに、天然でやっているタケ君の行動に困惑する。

 

「うぐっ」

 

 急に呻き声を上げたかと思うと、ピタッとタケ君の動きが止まった。


「ちけーよタケ」

 

 少し怒りのまじる蓮の声が聞こえ、さらにタケ君の首根っこを掴んでいるようだ。


「なんだよー蓮!」

「タケちゃん距離感なさすぎっしょ~」


 蓮はぶすっとした顔をしてタケ君から手を離し、藤君は笑いながらタケ君の肩をバシバシと叩いていた。ゴホンと蓮は咳払いをひとつついて、皆の提案に断りを入れる。


「山車行列はお前らだけで観て来て。俺らこれから親父の店に行くんだ」

「そうなんだ。分かった」

「オッケー☆」


 二人はすぐに分かったと言って納得するも一人だけ、血相を変えた人物が蓮に詰めよった。


「俺らって……この子の事!?なんで?どうして蓮くんと一緒に行くの!!?」


 蓮は一瞬戸惑いをみせるも、首に片手を当てて少し照れくさそうに口を開いた。


「桃園先輩……今日、奈月の誕生日なんだよ。だから一緒にいてやりたいんだ」

「誕生日……」


 か細く呟いた桃園先輩の声は周りの喧噪に消え、さらに藤君とタケ君の声で上書きされてしまう。


「春田チャン誕生日なんだ!おめでとう☆」

「そっかそっか、おめでとうな春田!」


 藤君がウィンクをしてタケ君が満面の笑顔を向けてくれ、明るい二人につられて口角が自然と上がる。


「ありが……きゃっ」


 お礼を言おうとしたその時、ドンっと思いきり肩がぶつかり人が走り去って行く。手に持っていた溶けたかき氷が、浴衣を濡らして容器を落とす。メインイベントの山車行列を観に沢山の人が動き出し始めたのだ。沿道には人が大勢集まりごった返している。


「奈月!大丈夫か!?」


 慌てた様子の蓮が私に駆け寄ろうとするもタイミング悪く、私達の間を団体の行列が通り足止めされてしまった。


「大変!早く洗わなきゃ」


 二の足を踏んでいると突然、桃園先輩に手首を掴まれて引っ張られる。私は蓮達とあっという間に離されて人混みに紛れてしまった。


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