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彼女はアカイロ

作者: N通-

 大好きな彼女の基本カラーが赤だった。


 だからどうした、そんな事如きで俺の彼女に対する気持ちが変わるものか。東洋人である俺は生まれたときからイエローじゃないか、と益体も無いことを思いつつも、世間の評価はやはり難しいもののようである。


 ある日、彼女がお勧めの本があると持ってきた「チェ・ゲバラの半生」を見た時には眩暈が起きた。人間には思想信条の自由があり、この日本では幸いにもそれが憲法で保証されている。だからといって、何故よりにもよってゲバラなのだ。その系統ならマルクスの原本を持ってきて欲しかった。それでも蒋介石等と言い出さないだけまだマシなのかもしれない。


 どこをどうすればそのような事態になったのか解らないものの、気が付けば俺は彼女と付き合い始めることになった。どうやら、彼女の思想信条に対して一歩引いた冷静な意見を述べているウチに俺に考えを改めさせようと躍起になり、なし崩し的な感じでそのままお付き合い、という事だ。きっかけがなんであれ、その事実に俺は当然舞い上がった。彼女が好きなのだから。


 だから初めてのデートで良くわからないデモに参加させられたとしても、まあ仕方ないと割り切る事が出来た。海外旅行に行きたいと言い出せば、ああ、ベトナムかキューバとか行きたいのだろうと冷静に構えることも出来る。だが出来ればキューバは辞めて欲しい。暑いところは苦手なのだ。


 今日は彼女の実家にお呼ばれだ。初めて彼女のご家族にご挨拶、ということで俺は柄にもなく緊張し、普段よりもよっぽど気を使った服装で挑んだ。大丈夫、ウチの親気さくだから、と彼女が笑っているが、俺はがちがちに緊張してしまっていた。それにある種の心配もあった。それは彼女の親も、そういう感じなのだろうか、という事だ。そうなると玄関先の郵便ポストが赤いのまで作為的に見えてしまって、ああ、自分はかなり動揺しているのだと改めて思う。そんなはずがないだろう。


 蓋を開けてみると彼女の両親は至ってまともだった。彼女が一人娘ということで、それなりに甘やかして育てたような事をほのめかしていた。まあ、若干そうだろうな、と思う節はあったものの、常識を逸脱するような奇行は未だに覚えが無いので、彼女の両親はちゃんと娘を育ててきたのだろう。


 その席上、彼女が若干席を外す場面があった。彼女の親父さんがタバコを切らしたので、すぐそこの自販機まで買ってきてくれ、と頼んだのだ。俺はその頼みに何かしらの意図を感じたものの、親の頼みを素直に聞いた彼女はすぐに買いに出る。それを確認した親父さんから、ほとほと困り果てたように切り出された。




 曰く彼女の思想信条について、何とかしてやってくれというものだった。ここからは親父さんの弁になるものの、彼女は中学を卒業するまでは至って普通の、部活にせいを出す活発な女の子だったらしい。それがどうしたことか、高校に入ってすぐ、地歴の教師に何某か吹き込まれて以来、どっぷりとそっちの世界にはまってしまったのだという。彼女の両親はそういう政治的活動をうさんくさいものと思っているようで、娘が可哀想だとまで言い出した。


 そりゃ俺にもその気はないので、彼女の両親の痛切な訴えは理解できる。だからと言って、彼女がそれを言って聞くような者なら、主体思想について熱く語ったりはしなかっただろう。その時彼女が帰ってきて、俺達は強制的にその話を打ち切った。素早くくれぐれも頼む、とまで言われた。俺にどうしろと言うのだ。


 何度かの季節が巡り、俺達はお互いに就職して、そして結婚した。何度か喧嘩する事もあったが、却ってそれが絆を深める事になったのかもしれない。彼女の思想信条においては、まあそれも含めて彼女のメンタリティなのだろう、と諦めがついた。ただ、もし子供が出来たときは教育方針を巡って係争があるかもしれない。その時は彼女の両親に味方についてもらおう。


 結婚してもしばらくは共働きをしていた。その中で、俺は実に奇妙な事に気がついた。正確に言えば結婚する前から薄々感じていたのだが、あれだけ社会主義に染まっている彼女が、その経済観念の根底が全くの資本主義的だったのだ。ある日、デートの時に冗談めかして全て割り勘で、と言うと彼女がそんなあなたボーナス出たじゃないの、とまあこう言うのだ。家計は家計で、別にしっかりと計上している。


 彼女は正に、現代日本の資本主義的社会主義者だったのだ。俺は結婚してからしばらくもその大いなる矛盾に悩んでいたが、やがてある一つの解に達した。つまりは、彼女はよそはよそ、うちはうち、という事なのだろう。


 ああ、資本主義的社会主義者に栄光あれ!!

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