第七章「対決」-2
同じ時期、西たちのケンカ相手も勝つための様々な算段を行っていた。
人民軍のクリスマス攻勢(日本人からはプリンス攻勢とも呼ばれた)を航空優勢により比較的簡単にしのいだ国連軍は、冬の間陣地固守に終始。
戦線から離れた後方で軍の再編成と反撃戦力の蓄積に力を注いだ。
そして三ヶ月。
準備していた艦艇、船舶、航空機、そしてさまざまな地上部隊の多くが、九州から最も近い国際港を抱える大阪湾へと集結しつつあった。
実戦部隊の一部は、施設の関係から呉や柱島近辺にたむろしていたが、無防備な船団は空襲の危険を考慮しての配慮だった。
またアメリカが、何を考えたのか歩兵部隊を巨大客船で送りつけたため、これが接岸できる港が横浜か神戸しかなかったという理由もある。
そして横浜は部隊集結点には遠すぎた。
おかげで神戸とその周辺部は、五一年の秋口ぐらいから外国人で溢れかえっていた。
神戸や大阪にある外国人にも対応したホテル・旅館などは、高級将校や外国の民間人によって常に満員御礼状態だ。
既存だけでは足りずに、俄に増築されたり建設中の西洋型ホテルも多数あるほどだ。
歓楽街も飲食店街も商売繁盛。
その上、長期来日する人々のため外人居留区のような地区が作られ、キリスト教教会が俄に立派になったり新しく建設されたりもしている。
しかも大阪は、陸軍最大の兵器生産工場が都心部にあるため、今や軍需景気と外資投入の中心部と化していた。
賑わいは、首都東京を完全に圧倒しているほどだった。
そんな象徴が、神戸港の大型船用の突堤に停泊していた。
アメリカ海軍所属・戦艦「インディアナ」だ。
その艦橋構造物から神戸港を眺めていたアーレイ・バーク中将は、彼の上司から新たな辞令をもらった後、気分を紛らわすためデッキで風に当たっていた。
辞令は、彼が日本に長く関わりすぎたため、内観戦武官と連絡将校を兼ねたような地位を伝えるもの。
呉の海上自衛軍との調整役だ。
しかし、反撃作戦が決行されれば、日本の艦艇に乗る機会もある。
バークはその時出来れば「大和」に日本海軍が司令部を置くこと、もしくは米海軍が「大和」と艦隊行動を取ることを期待した。
そうすれば彼女に座乗して、最後になるかもしれない水上戦闘を体験できる可能性があるからだ。
本来なら米艦艇への勤務を希望したいところだが、「武蔵」打倒に燃えている米太平洋艦隊は、余分な者の乗艦を許可してくれなかった。
(噂じゃ、半ダースも現役復帰させたバトルワゴンを持ち込むっていうのにケチなものだ。これは何としても松田提督に「大和」に座乗してもらわないといけないな)
埠頭から出ていく、戦車や装甲車を満載したLSTの出港を見送りながら、考えているのはそんな事ばかりだ。
先月に改装中の「大和」を目にしてからは、最後の戦闘ばかりが気になっていた。
しかも「武蔵」も、旅順沖で改装後の演習姿が偵察写真で捉えられていた。
加えて、ソ連極東艦隊が「大東亜義勇艦隊」へと名称を変更し、朝鮮半島北東部に入り込んでいる。
彼らの次の作戦か、こちらの攻撃に呼応して出撃してくるだろう。
そうなれば、史上最後となるかもしれない戦艦同士の殴り合いが見られるかもしれない。
思えば思うほど、水上戦への期待が高まっていた。
不謹慎この上ない事だが、最後のチャンスという予測が理性を押しのける。
けっきょくバークは、そうした感情を内心抑えることのできないまま、やって来たランチに飛び乗り、鉄路呉へと舞い戻ることにした。
「辞令はもらった。後は好きにするさ」
うそぶいたバークの口振りは、まるで子どもが遠足にでも行くようだった。
・一九五二年六月六日 対馬海峡
この日、人民軍は何か行動を起こす。
国連軍による様々な偵察情報がそれを伝えていた。
偵察型に改装されたB36による長距離偵察。
諜報組織からの敵国内部の様々な情報。
後方から前線に向けての物資の流れ。
前線での激しい攻勢。
そして海軍と輸送船舶の根こそぎ動員。
すべての情報を複合した結果、国連軍は上陸の難しい長崎もしくは佐世保方面に対する強襲上陸と、陸上からの二面作戦による同方面の無力化。
人民軍はそれを目指していると判断した。
全ての兵力の動きが示している。
もちろん異論もある。
一番のものは、北九州の人民軍に長期の攻勢に出るだけの備蓄物資はないというものだ。
しかし、短期的な長崎、佐世保方面の攻略による敵物資の奪取と、安定した港湾の確保にあるという反論を前に沈黙した。
開戦以来、人民軍が略奪的攻撃を企てたことは一度や二度ではない。
ロクな渡洋作戦能力もないのにと、アメリカ軍は馬鹿にしたものだ。
逆に、一年以上に渡りそれなりの戦力を維持しながら居座り続けた事には高い評価も下していた。
特に、人民空軍と人民海軍には高い敬意と敵意を抱いていた。
彼らこそが、侵攻と北九州制圧と維持を可能とした本当の原動力だからだ。
だから、今回彼らの総力が出撃してきたことは、国連軍は敵海空戦力殲滅の千載一遇の好機と判断していた。
次の戦闘で敵海空戦力さえ殲滅してしまえば、北九州に残された人民軍は根無し草となり、降伏するより他なくなれば戦争も手打ちだ。
当初予測した以上の成果を以て、戦争を終わらせる事ができるだろう。
そうした楽観論と期待が、米軍を主とする国連軍を安易な迎撃作戦へと動かしていた。
そしてこの中で、一つだけ国連軍が間違っていない事がある。
それはあと三日以内に戦争の帰趨を決するような戦闘が発生するということだ。
おそらくは六月六日がDディだ。
なぜなら、彼らが欲しいのは政治的な勝利だからだ。
でなければ、わざわざこの日に事を起こす理由がない。
剣呑な海を「大和」は航行していた。
後ろには、戦後の軍縮を何とか生き抜いた愛宕級と妙高級混成の重巡洋艦群、左舷には比較的新しい駆逐艦による水雷戦隊が見える。
また右舷には、アメリカ海軍の「インディアナ」「ノースカロライナ」が大戦後に就役したデ・モイン級の新型重巡洋艦を引き連れていた。
もちろんその向こうには、日本海軍に倍する駆逐艦を抱える水雷戦隊も見える。
だが、米艦隊は徐々に遠ざかっている。
「大和」とアメリカ製の防空装備で身を固めた高雄級、妙高級重巡洋艦を中核とする日本艦隊の方が、この海域から離れつつあるのだ。
そして東シナ海には、贅沢極まりない編成の日米の空母機動部隊がなんと三群。
その少し後方には、日本の空母群よりさらに小さいイギリスの空母機動部隊も控えている。
また日本海側には、ソ連義勇艦隊を牽制するためのアメリカ海軍を主力とする打撃艦隊。
北九州沿岸を包囲するように配備された駆逐艦を中心とする封鎖艦隊。
柱島には、緊急事態に備えたアメリカ海軍の打撃艦隊がさらに控えている。
圧倒的戦力と言うべきだ。
何しろ相手は、多めに見ても人民海軍の戦艦「武蔵」とソ連義勇艦隊の巡洋戦艦「セヴァストポリ」、「クロンシュタット」だけ。
実は戦艦「扶桑」はソ連から船体などが返還されて人民海軍籍に残されているが、主砲、機関その他を撤去して代わりにダミーの張りぼてを付けた記念艦にすぎない。
他に日本列島生まれの巡洋艦が数隻いるが、戦艦と空母多数を抱える国連艦隊の敵ではない。
問題は「武蔵」だが、いかに巨大戦艦とて空と海からの飽和攻撃にはひとたまりもない。
また、開戦以来約一年にわたりミグ回廊を形成していた人民空軍も、このところ完全に息切れしていた。
今回の攻勢作戦で無理を押して出撃しているが、それも圧倒的多数となった国連空軍の横合いから空母機動部隊が殴りかかれば、十分息の根を止められるだろうと判断していた。
国連軍はそれだけの戦力を整えたのであり、また準備もしてきたのだ。
兵士の中にも、すでに勝利したような気分があふれている。
そして国連軍は、膨大な動員軍を用いて行う最後の戦争を楽しもうと、勇躍戦闘配置につきつつあった。
「で、あんな場所に陣取るのはいいが、ホントに「武蔵」は来ると思うか? 巌流島はゴメンだぞ」
「大和」の第一艦橋では、第一戦隊司令の有賀幸作将補がすっかりくさっていた。
有賀を「大和」艦長の能村一佐がなだめるというのが、ここ数日の日常となった光景だ。
「いくら名前が武蔵だからって、遅れて来るって事はないでしょう。それより私は来るかどうかより、展開水域の危険度の高さが気になります」
「連中の飛行機も飛ぶ対馬海峡の外れだからな。しかし空からは来んだろ。ソ連の義勇パイロットが多数南朝鮮に居るというが、向こうに戦艦を攻撃する余裕はない。そんな余力があるなら、どこか地上を爆撃してる筈だ」
「確かに。しかし、アメリカさんも去年の事がよほど悔しいんでしょうね。この百キロ圏内に彼らの戦艦だけで四隻。作戦全体じゃあ本艦と「長門」も含めて九隻ですからね。これでは向こうも簡単には手は出せないでしょう」
「まあ、普通ならな。しかし、来なければ北九州で暴れている連中は見殺しだ。作戦が動いている以上、海での動きがないというのはあり得ない。連中は来るよ。どこに来るかは、文字通り「神」のみぞ知るかもしれんがな」
「そりゃいい。神の旦那なら、必ずどこかに艦隊を突っ込ませそうだ」
「まったくだ」
そういって笑った二人だが、大きな期待は抱いていなかった。
人民軍が攻勢に出る気で博多に来るなら、一週間前に来ていなければいけない。
機雷で半分も機能していないとはいえ博多は荷揚げ港であり、補給物資や地上部隊を下ろす北九州全体の橋頭堡だからだ。「大和」を中心とするタスクフォースが危険度の高い対馬海峡の西側に展開するのも、後詰めというより念のための海上封鎖の強化という意味が強い。
もしくは、最新鋭の電子機器を搭載して強化された索敵機能を買われ、打たれ強い斥候艦の役割が期待されていた。
有賀や能村にしてみれば、改装がかえって仇となったような気分だった。
そうして時間はいたずらに流れ、六月七日に事態は激変する。
いまだ九州中部の各地では激しい攻防戦が続いていたが、状況は徐々に国連軍が優位になりつつあった。
案の定、虎の群が一度長崎方面の前線を食い破りM4による戦車大隊を粉砕した。
だがそれも、局地的な事象でしかなかった。
攻撃後すぐに引き下がったし、後続の攻撃がほとんど続かなかったからだ。
あれほど激しく長崎方面での突破戦闘をしかけてきた敵の攻勢に陰りが見えた何よりの証拠だ。
熊本方面など、中遠距離からの砲撃が時折行われるだけで攻勢の気配もない。
昨日の昼の段階では、熊本市後方に待機している精鋭の機甲部隊を投入するのも時間の問題という報告もあった。
特に米軍の第一騎兵師団は、最新鋭のM47戦車を持ち込んでやる気満々だったほどだ。
だが、それから半日が経過したとき、国連軍全体としては反撃開始どころではなくなっていた。
人民軍にまんまと裏をかかれたのだ。
今まで人民軍は、補給線として常に黄海と東シナ海の側のルートを主に使ってきた。
日本時代に整備された優良港湾施設が多数存在したからだ。
特に国際港として整備された遼東半島先端部の大連の存在は大きかった。
だが今回、彼らは日本海側からやってきた。
しかも昨晩、国連軍のスキを突いた数十隻の大船団が博多に入港していた。
この船団を見落とした理由は色々ある。
人民軍は日本海ルートを補助的なものとしてしか使わないという先入観。
国連軍が、ソ連に遠慮して日本海北部への偵察をあえて疎かにしていた事。
しかも日本海側の警戒部隊が、必要以上に南下してきたソ連義勇艦隊に気を取られていた事。
そして、ソ連から大量の高速大型船が、朝鮮半島北東部に義勇部隊として多数来ていたのを見落としていた事。
春以降の楽観的な戦争展開を前にした油断といってしまえば簡単だが、そのツケは大きかった。
大船団の博多入港で本格的な地上での反撃作戦は吹き飛び、昨日から各部隊は敵の本格的攻勢を警戒して陣地に籠もりきりとなっている。
加えて、敵船団を撃滅すべき海空軍の活動も低調となっていた。
海軍の主な理由は燃料不足。
六月六日にあわせて行動していたため、主に軽艦艇の燃料が不足し、拠点や補給ポイントに引き返している部隊が多かった。
特に空母機動部隊が、本格的投入の機会のないまま燃料補給のため下がったのは痛かった。
向こう半日の洋上戦力は、半分以下に低下している。
いっぽう空軍の方は、ここ数日の向こう側の形振り構わないような航空殲滅戦を前に息切れしていた。
なまじ損害率やローテーション、補給状態を気にしたため、博多上空から釜山にかけての制空権に対する挑戦は、自らの損害を無視しない限り、あと二十四時間は不可能となっていた。
しかも船団が博多港に入られたら、海軍は海上封鎖以外の役には立たない。
突破船団が引き返すときが汚名返上のチャンスだが、それも突破船団の平均速度が十四ノット以上という報告を前にかすんでいた。
十四ノットということは、半日で博多から釜山に逃げ込まれてしまうのだ。
しかもいつ引き返すかは全く分からない。
もしかしたら、そのまま全て博多湾で朽ち果てるつもりかもしれない。
「カミカゼ・アタック」を繰り返してきた人民軍なら、その程度のこと平気でするだろうと考える者も少なくなった。
そうして国連軍首脳部が、これからの地上戦の短期的見通しについて途方に暮れた翌日の早朝、さらに事態が変化する。
「船団に動きあり」と。
しかも決死の思いで強行偵察してきた者たちの報告が正しければ、全ての船の喫水は深く荷物を満載している事になる。
埠頭での動きも極めて活発だ。
そして一日経ったというのに喫水が深いと言うことは、下ろしているのではなく積み込んでいるのだ。
ここでようやく国連軍は悟った。
人民軍は攻勢など考えていない。
全てを抱えたまま、勝ったまま満州の穴蔵に引き上げるつもりなのだ、と。
そう考えて見れば、様々な事象が攻勢でなく、撤退のための攻撃もしくは偽装と分析できた。
だが気付いた所で、地上からの攻撃では彼らの九州退去を止めることはできなかった。
人民軍の決死部隊が、交通の各要衝で死守線を張っていた。
ゲリラ化もいつも以上。
場所によってはどこに隠されていたのか、それとも今回運ばれて来たものなのか、使い捨てのカチューシャが断続的に猛烈な砲撃をしかけて攻勢や進撃どころではなかった。
短期的な死傷者数も鰻登りだ。
空軍も、事が博多上空と対馬海峡とあっては、まだ手が出せない。
いかなる犠牲を払おうとも、というレベルの命令がない限り、今の戦力で対馬海峡に突っ込むことはできない。
となると、事態は海軍に委ねるしかなくなる。
かくして国連軍司令部は命令を発した。
いわく、「戦艦の巨砲で船団を粉砕せよ」。
それで戦争に実質的決着が付く筈だった。
幸いして国連軍最強の「大和」が、封鎖任務で東シナ海東部を遊弋中だった。
ほかにも米戦艦二隻からなる艦隊が、船団を捕捉できそうな海域に展開している。
しかしカードはこれだけ。
他の戦艦は、一隊がソ連義勇艦隊の追いかけっこを一旦切り上げて舞鶴で補給中。
別の一隊は、空母部隊の護衛として動いたため後方に位置しすぎていて、残念ながら作戦参加は難しい。
戦艦以外には、敵を捕捉可能な二つの艦隊に対して、無理にでもエアカバーをかけるべく空母部隊が一つ動いていた。
時間的には「大和」が対馬海峡に突入する頃に、ぎりぎりエアカバーを提供できるタイミングだ。
ただし、戦闘機だけ出せる無理矢理の出撃なため、これまで何度も船団攻撃で効果的だった対艦攻撃は期待できなかった。
そんな追いつめられた状況だが、「大和」艦長の能村次郎一佐は昨日とは打って変わって我が世の春とばかりに上機嫌だった。
いっぽう、戦隊司令の有賀将補も誰に邪魔されること無く戦艦同士の殴り合いができるので上機嫌かと思いきや、いささか複雑な表情を浮かべている。
見方によっては思い詰めていると言っても良いだろう。
「どうした、有賀提督」
そんな二人の少し後ろから声がひびいた。
キングス・イングリッシュとは違う訛が少し感じられる。
しかし丁寧な発音の英語だ。
「いや、色々思うところがありまして、バーク提督」
声の主はアーレイ・バーク中将。
彼は、今回の急な出撃に際して観戦武官として、今したがヘリで「大和」に来たばかりだった。
早朝までは日本艦隊の旗艦として鹿児島湾に停泊していた旗艦大淀で松田千秋大将と共にあったのだが、米海軍司令部から「いいから見てこい」とばかりの命令で派遣されたものだ。
彼以外にも、佐官クラスの者が数名付き合わされていた。
佐官の中には、突然死地に送り込まれたような顔をしている者もいる。
もっともバーク提督は、どちらかといえばご機嫌の部類の表情だ。
「色々……やはり、出てくる可能性の高い敵の事か」
「そう、敵……です。人民軍の発表が正しければ、今回も立花さんが「武蔵」に乗っている筈ですよ」
「今や世界一有名な艦長だな。少将にして人民英雄。しかも二隻も新型戦艦を沈め、史上最強の戦艦を一方的に撃破した史上最強のファイター」
「撃破と言うが、どっちも不意打ちだ」
「そうだが、短時間で有効弾を与えた手腕が見事な事に違いない」
有賀の少し荒げた言葉に、バークが冷静な一言を加える。
「確かに、近距離砲戦を極めた腕はたいしたもんです。だが八年ほど前の停戦直後話した内容から推察すれば、彼は家族や一族を守るため造反したという雰囲気を感じました。そして私は、彼の造反を止めることが出来たかもしれないのです」
「ほう、それは初耳だな。いや、情報部の報告書にそんなものがあったか……だが、もう過ぎた事だ。君が悔いる事ではあるまい」
「確かにそうです。ですが、彼は家族や一族を守るためだけに造反したというのは、軍人として受け入れられません。言うまでもありませんが、軍人とは国家にこそ従属しなければならんのです」
「そうだな。だが、彼にとっての国とは、家族・一族の安寧にあるのだろう。理解はできるよ。それに……」
「それに?」
「ウン。彼らが建国を宣言してから早や七年。満州国建国から数えたら約二〇年にも達している。向こうに住めば、向こうの生活や人間関係もあるだろう。長く離れている本土の人間よりも関係が深い事も多いはずだ」
「つまり、連中は違う国の人間と思えと?」
「それもある。ただし私が言いたいのは、彼らにも守るべきものがあるのでは、と言うことだ。そして守るべきものがある者は強い。それを私達は、先の戦争であなた達から学ばされたよ」
「なるほど、言われてみれば十年ほど前と何ら変わらんかもしれませんなぁ」
バークの言葉に、有賀は日本語で独白してしまった。
おかげでバークが軽く首を捻っている。
「ああ、失礼。言いたいことはよく分かりました。これは我々も、その……フンドシを締めてかかりたいと思います」
「フンドシ? ああ、気合いを入れるね」
バークは日本人らしい物言いに軽く笑い、そして付け加えた。
「そう、対等の立場にある敵手には、最高の敬意と持てる力の全てをぶつけるべきだ」
いっぽう、その敵手たちは、大わらわな友軍の傍観者だった。
博多湾口に仮泊する「武蔵」は、撤退船団の博多入港で混乱する国連軍の目を盗んで、今日の黎明に博多へと入っていた。
いの一番に、重量物の積み込みが開始された。
舷側が門扉のようになった改造船が多数接岸して、人や物資を飲み込んでいる様が見える。
いっぽう砂浜では、今し方前線から戻ってきたばかりの鋼鉄の虎たちが、戦車揚陸艦にソロリソロリと歩みを進めている。
まるで、檻の中に戻るサーカスの猛獣のようだ。
そんな光景を、立花はぼんやりと眺めていた。
第一艦橋は、人材の限られる人民海軍の現状を現すように、いまだ立花の支配するところだ。
もっともこの場の最上級者は彼ではない。
彼の側には、中将の階級章を付けた神重徳が、仁王立ちで周囲の情景を見つめている。
彼は司令部次長の地位にありながら、自らの作戦を見届けるのが義務だと言い張り、前線まで出張ってきたのだ。
(次長も物好きだねぇ)
立花は、神にそれほどの不快感は持っていなかった。
司令部で命令だけするか、兵棋演習しか知らない秀才馬鹿よりはるかにマシだからだ。
そんな風にぼんやり眺めていたせいか、神の方から声をかけてきた。
視線は向けていない。
「艦長、何が出てくると思うかね」
「ハイ。一番可能性が高いのが「サウスダコタ」と「ワシントン」でしょう」
「ほう、第三次ソロモン海戦の復讐戦ができそうだな。他には」
「偵察や無線情報が正しければ、「大和」が近海を遊弋中です」
「……それはやっかいだな。つい最近近代改装を行ったんだったな」
「そうです。こちらもしましたが、入手された情報を見る限り向こうの方が強力です。しかも電子装備では大人と子供」
「電子装備か……攪乱片などで無力化できんか」
神の言葉に立花は少し眉間にしわを寄せた。
「難しいでしょう。周波数が分からないと効果はうすい筈です。それに電子妨害なら向こうの方が遙かに上手です。米軍は全周波数帯で妨害をかけてくると、ドイツ人技官が言ってました」
「全周波数帯か、アメリカ製は贅沢なもんだ。……もし戦わねばならないなら、晴天の昼間を願うしかないな」
「天気晴朗なれど波高し、という状況が最高ですね。「大和」相手でも五分だし、アメリカの戦艦相手なら波が高ければ優位になれるかもしれない」
「秋山閣下にでも願うか」
神がいつになく冗談を返して笑った。
どうやら気分が高揚しているらしい。
戦艦という玩具を前に内心はしゃいでいるようだ。
立花はそうあたりを付けたが、大きな間違いはなかった。
この作戦で神は、旗艦は最も残存性の高い艦である方が相応しいという、もっともらしい理由でこの場にあった。
だが、最後になるかもしれない戦艦同士の殴り合いを見るために「武蔵」に旗艦を定めたのだ。
もちろん、当人以外は誰も真実を知る事はない。
そして神の気分にあてられた立花も、それに合わせようと思った。
「それより次長、ソ連がくれた近距離無線装置ですが、通信の連中が面白いことを言ってました」
「面白い? 盗聴でもできるか?」
「半分正解です。実は、向こうの周波数を掴んだので、その気になれば向こうと肉声で会話ができるそうです」
「ホウ。相手に啖呵切りながら砲撃戦ができるというわけか。そりゃ悪趣味だ」
「司令部の計略よりマシでしょう」
「ま、確かに。ところで、「大和」に誰が乗っているか分かるか?」
「向こうの人事異動が正しければ、能村が向こうの艦長です。強敵ですよ。あと戦隊司令は有賀です」
「有賀さんか、因縁だな。これは本気で話してみる必要があるかもな」
そう言った神は、腕組みをして考え込んでしまった。
どうやら本気で交戦相手と話してみる価値を考えているらしい。
(おいおい待ってくれよ。話した相手と殺し合いなんて出来るもんじゃないぞ)
そう思う立花だったが、いっぽうで話してみたいという感情が沸き立つのも感じていた。




