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虚構の守り手 〜二つの日本の物語〜  作者: 扶桑かつみ


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15/31

第五章「醜き世界」-3

 ・一九五〇年七月十八日 大連



 玄界灘から帰ってきた立花は、新聞を読みながら久々の休日の朝を自宅で迎えていた。

 

 大連の街は、軍人の数が系数的に増えこそすれ、戦争の影はあまりなかった。

 少なくとも砲火や爆撃で破壊されていないのは最高だった。

 

 新京もこの街と旅順の重要性は認識していたので、釜山の二の舞を避けるべく重要度の低い場所の防衛を切り捨ててでも防空戦闘機の増加を行っていた。

 そればかりか、ソ連から数百機という数のミグ15供与を認めさせ、多くを重要都市と前線に配備する事を決めていた。

 

 そんな夏の大連の空をサロンのロッキングチェアーから眺めていると、瀟洒な丸テーブルを挟んだ向こうから平たい声が響いてきた。

 

「大丈夫です少将閣下。モスクワの判断では、アメリカンスキーはこれ以上アトミックボムを使うことはないとのことです。大統領のデューイも、市民からの支持率が一気に10%も下がったとかで真っ青だそうですよ」


 見事なまでの標準語。

 日本人の自分でもここまで完璧な発音は難しいだろう。

 

 しかし目の前の人物は、髪と瞳と肌すべてが典型的なロシア人だった。

 容姿や背丈も、ありきたりや標準という言葉でしか表現できなかった。

 モスクワの街を歩くなら、誰も見向きもしないような外見の中年男。

 それだけだ。

 

 もっとも彼は、NKVDに属し政治士官として少佐の階級章を付けた軍服を着用していた。

 帝国陸軍とよく似たカーキ色の軍服だが、赤い帝国の政治将校というよりは、出世街道から脱落したうだつのあがらない主計将校ぐらいにしか見えない。

 

(ほんとにこんなんが、モスクワと深くつながるエリートさんなのか)

 そんなことを感じた立花だったが、彼の訪問は事前にソ連軍の連絡将校が来るという以外受けていなかっただけに奇襲に近かった。

 

 今も、気分を誤魔化すべく紅茶入りのウォッカ(逆ではない)とタバコを交互にやっている。

 

 たとえ平凡な外見をしていても相手はプロの諜報員。

 立花の内心などとうにお見通しだろうが、自身を誤魔化すにはそれしか思いつかなかった。

 今は、仕事の話と言うことで家族も女中も下がらせ、二人きりで対面しているから尚更だ。

 

 そして自らをイワンと名乗ったNKVDの政治将校は、形ばかりの報告とソ連側の情報を伝えると本題に入った。

 

 まずは、彼に付き添ってきた従兵が部屋の「掃除」を完璧に済ませ、外には誰にも気付かれないように見張りが居ることも立花に伝えた。

 

(そこまでして、軍人の私に何をさせたいんだ?)


 心を持ち直した彼は、目の前の男を見据えると、彼の口が開くのを待った。

 

「提督、まずはもう少し警戒を解いていただけませんか。我々が閣下に伝えたい、また伝えなくてはならない事は、閣下とこの国にとって有益なお話です。しかもこれは、人民陸軍の良識派も了解されています。北九州で活躍され先ほど凱旋された陸軍の西少将もご存じの事ですよ」


 西少将が釜山の難を逃れたということに少しホッとした立花だったが、それを表に出さないように次を即した。

 

 立花の無面目の頷きを確認した彼も続ける。

 

「釜山爆撃は、ただの爆撃ではありません。もちろん兵器の技術や規模という意味ではありません。アメリカからの重要な政治メッセージだとモスクワは判断しているのです。同時にモスクワは、これ以上大東亜人民共和国の国威低下を望んではおりません」

「で、その心は?」


 問いかけた立花は、心の中でもう一度クーデターか、それとも日本列島の連中に諸手をあげて降参しろってのかと問いかけた。

 

 立花の内心を知ったかのように彼は続ける。

 

「失礼、閣下。あいにく私は日本の伝統芸能や遊びには精通しておりません。だから気の利いたお返事はできません。ただし、これからお話することは、閣下を信頼しているということを心の隅にお留めください」


 そうして切り出した彼の言葉、今日二度目の奇襲となった。

 

 彼は、モスクワとワシントンがこの数日で対馬海峡を挟んだ政治ゲームの決着を付けてしまったと断言したのだ。

 

 結論は、互いにカード一枚を得ることでの妥協。

 

 具体的には、ワシントンは大東亜人民共和国から切り離される朝鮮半島の新たな政治組織を黙認という形で認め、モスクワは台湾に落ち延びた中華民国を黙認することで、それぞれアジアでゲームする際のカードを得るのだ。

 

 これによりモスクワは人民政府とは違う政府を朝鮮半島に持つことで、彼らにとっても戦略的重要性を増している地域(大陸日本=満州)の緩衝地帯を得る。

 ワシントンは、大陸から共産主義者に叩き出された蒋介石に、より有効な状況を用意できる。

 

 ただし実行するためには、双方の日本人の政府はもう少し戦力を消耗する必要があり、さらに大東亜人民政府側の強硬な主戦派を減らす必要性がある、ということだった。

 

 そして戦争を泥沼の消耗状態に持ち込むための一つの方策として、二つの日本の海軍力が行動を制約されるのが一番。

 列島の方は、アメリカが大規模な技術供与による近代改装で艦艇の過半の自由を長期間奪う。

 こちら側は、初戦の損害の修理とソ連側の技術団を交えた徹底した調査という名目で動きを封じるのだ。

 もちろん出来る限りの改装工事も行う。

 

 これにより以後一年間、日本人は朝鮮半島南部と九州北部で消耗戦をする事が決められていた。

 

 また、人民政府が朝鮮を切り離すことを中央政府に認めさせるには、北九州侵攻軍が帰ることもできずに降伏を余儀なくされ、その責任として軍の中央で主戦派をパージ。

 また政府は、多くの戦災を与えた代償として、朝鮮半島住民に独立を提供するということになる。

 東亜の解放が国是なのだから、一民族をまとめて独立させることで、国際的得点も稼げるだろう。

 後々には、国連の議席を得られるかもしれない。

 

 なお今回の戦争の副産物として、双方で自らの戦争による軍需生産による戦争景気が発生すると予測された。

 しかし米ソ両国は、そんな事よりも新たなバッファー・ゾーンの安定を求めた。

 それが覇権国家だからだ。

 

(そして覇権国家じゃなくなった日本人は、代わりに血を流し続けるってことか)


 あきらめにも似た気持ちで、目の前の人物を見つめ続けた。

 

 彼が立花に話を持ちかけたと言うことは、立花を動かすだけのカードを彼の属する組織はもっているということだ。

 まあ、家族が実質的な人質に取られたようなものだから、それだけでぐうの音もでない。

 

 だから、わざとらしくため息をつくと言いはなった。

 

「本職は軍人だ。国家と国民のためならばなんだってしよう。ただし、戦場では何が起こるか分からない。これだけは肝に銘じておいてくれ。八百長なんてする余裕はないからな」

「ええ、もちろんです。一年後、数週間前の戦い以上の戦闘が起きるかもしれませんが、その時は武人の本懐を成し遂げてください。モスクワも大いに期待しています」


 立花の言葉に応えた笑顔は、間違いなく死神の微笑。

 イワンというあからさまな偽名の政治将校は、できれば戦場で華々しく死んでくれと笑っていた。

 彼らにとって気骨のある軍人なんてものは、額縁の中で飾られるか、教科書の中で歴史的英雄となっているだけで十分なのだ。

 


 不愉快な休日を過ごした翌日、立花は旅順軍港へと足を運んでいた。

 

 クーデターのあった三年前はまだ工事の真っ最中だったが、今はそれなりに施設も整っていた。

 

 工場を構成するガントリークレーンを初めとする機械の多くがドイツでの捕獲品やお下がりだとしても、施設そのものは立派だった。

 外国製ばかりなのを嘆くものもいたが、彼は構わないと考えている。

 なんとかと鋏は使いようなのだ。

 

 依然としてアメリカ製が主流を占める機動車を従兵に運転させながら、何もかもが借り物である軍港の景色を眺めていた。

 

 十九世紀半ば清王朝が最初に建設した旅順要塞と軍港は、一九〇四年までにポート・アーサーと改名されロシア人の手によって近代要塞へと変貌した。

 そして日露戦役では数万の将兵の血と代償に、日本が支配権を獲得した。

 

 もっともその後、軍港としての旅順の重要性は低下。

 商業港としての大連が著しく発展したにも関わらず、旅順は時代から取り残されていた。

 

 再び脚光を浴びるようになったのは、ほんの十一年前の日本軍の大量造反と北東アジア全域の実効支配後だ。

 

 造反に際しては、上級幹部はほぼ皆無だが海軍のかなりの数を取り込みに成功したのだが、大陸にはまともな軍港がなかった。

 それどころか、大型戦艦の入れる港は大連ぐらいしかなかった。

 

 だから旅順の大改造が決定したのだ。

 

 工事開始から五年。

 ソ連に頼みついて大量の工作機械を貸してもらい、拡張工事と徹底した近代化が今も続いている。

 

 大和級戦艦も入られる三百メートル以上ある巨大ドックを中心に、ドックだけで大小三本。

 全てが整備・補修用だったが、人民海軍の規模にあわせた必要十分な規模だった。

 

 何しろ人民海軍は、当初は戦艦、重巡洋艦ともに三隻、その他駆逐艦など若干数で発足。

 その後もソ連から購入した潜水艦など少しばかり規模は増えていたが、設備の整った軍港一つで十分な規模だった。

 

 守るべき海岸線は、満州から朝鮮半島全域と広かったが、日本海側はソ連極東艦隊の担当だし、半島南部は小型の高速艇を用いた警備艦隊で十分と判断されていた。

 

 半島南部がおざなりなのは、日本列島にある政府が自ら攻めてくる可能性は極めて低く、アメリカが本気で攻めて来たら何をどうしようが海上での防衛など不可能だからだ。

 一種の開き直りでしかないが、いつしか「旅順艦隊」と呼ばれるようになった人民海軍第一艦隊は、黄海の主として君臨。

 いつの日にか日本本土へ舞い戻るときのための訓練に明け暮れていた。

 

 しかし東側で数少ない有力艦隊の存在を西側は非常に重要視し、最初の軍港名称アーサーにかけて、「旅順艦隊」の各艦を円卓の騎士達の武器の名で呼ぶのが戦中に定着するほどだった。

 ちなみに、アーサー王が持った聖剣エクスカリバーのコードネームが与えられたのが「武蔵」だ。

 他、ランスロットやパーシバルなどの名も見受けられる。

 

 また、軍港を取り巻くような台地で構成された旅順要塞は、今は単に部外者から軍施設内部を見せないための壁としての役割を果たしていた。

 もちろん旧要塞地区には、大量の高射砲や新型の対空誘導弾も配備されていたが、防空のほとんどは大連近郊の空軍が果たしている。

 また、米軍が本気でここを爆撃しようと思えば、少しばかり防御兵器を配備したところで効果は知れていた。

 オーバー・キルで全て吹き飛ばされるぐらいなら、余計にお金をかける必要もない。

 国民に見えるように、見栄えの良い兵器がいくつか並んでいればよいのだ。

 

 だが、国内外に向けての宣伝は思いの外効果が高いらしく、ソ連各地の要塞軍港に匹敵する評価を西側は下しているらしい。

 

(もっとも、今建設の進んでいるブンカーや洞窟型ドックができない限り、要塞にはほど遠いけどな)


 敵の評価をあざ笑った立花は、自らの乗艦のあるドックへと足をすすめた。

 

 そこはすでに見慣れた情景で、様々な出身の民族が一丸となって働いていた。

 日本人技術者にドイツ人顧問、賃金の分だけ積極的に働く漢人工員という組み合わせが、立花の気分を満足させるだけのプロフェッショナリズムにあふれた軍港を演出しているのだ。

 

(けど、少しばかり凝りすぎだな)


 彼がそう思った象徴が、このドックに鎮座している「武蔵」だった。

 入渠当初は、戦闘で受けた至近弾の影響を調べるため緊急にドック入りして点検しているだけだった。

 それだけなら、すぐにも出渠できるだろう。

 

 だが、今は色々な機材がドックのまわりに積み上げられていた。

 満州鉄道の支線から直接運び込まれた物資の中には、大柄な梱包や資材の山も見える。

 キリル文字の派手なペインティングを読んでみると、はるばる欧州ロシアからシベリア鉄道でやって来たものもある。

 

 ご苦労なこって。

 そう感じたが、取りあえず「おやっさん」ことドック長を探すのが先決だった。

 彼に聞けば、このドックの事全てが分かる筈だ。

 

 そうしてキョロキョロと視線をさまよわせていると、聞き慣れた胴間声が響いてきた。

 おやっさんだ。

 ひどい剣幕で部下達を指図している。

 どうやら、急に大量の資材が運び込まれたらしく、てんてこ舞いのようだった。

 とてもではないが声を掛ける気にはなれない。

 

 不用意に声を掛けようものなら、立場や階級に関係なく雷が落ちることは間違いなかった。

 

 やむなく立花は一度退散し、もう少し落ち着いているであろう工員食堂を目指すことにした。

 そこなら、もしかしたら暇な高等技官や役職付きの技術者がいるかもしれない。

 

 かくして彼の期待はかなえられ、一人の白人技術者がコーヒーを飲んでいた。

 

「グーテンモーゲン、ドクトル・シャハト」

「これは、立花提督。確か昼まで休暇だったのでは?」


 少しクセはあるが、十分な日本語が返ってくる。

 彼に比べれば立花のドイツ語はまるっきりの日本語発音だ。

 もっとも当の立花は気にせず日本語に変えて会話を続ける。

 

「ドックが見たくてこっちに先に来てね。出頭はおっしゃる通り昼からの予定だ。それにしても一番ドックはまるで戦場だな」

「まったく。私も今ようやく抜け出してきたばかりですよ。昨日の夕方、やっと整備が終わったと思ったら、突然の命令書といっしょに大量の資材が運び込まれてきました。しかも機密に類する事なのでって、触れる者は全て追い出されてしまいました。もう、おやっさんはカンカンですよ」

「遠くで見たよ。雷が怖くて逃げてきたしだいだ」


 その言葉に、私も同じようなものですと相手も軽く笑った。

 

 このシャハト博士と呼ばれた人物は、旅順工廠に務めるドイツ人顧問だ。

 ソ連侵攻の際、ダンツィヒ脱出の際に逃げ遅れてソ連軍の捕虜になる。

 その後、捕虜としてウクライナやレニングラードの造船所で色々働かされていたところ、日本行きの志願者を求めたNKVDの誘いに真っ先に乗った口だった。

 

 ダンツィヒから逃げ遅れたように責任感の強い人物で、旅順に来たのもかつての部下達が奴隷のようにこき使われるのを見かね、元同盟国の残党の国なら少しは待遇がマシなのではと、大陸日本に来たのだ。

 

 もっとも彼の予想以上に大陸日本での待遇は良く、工作機械に精通した博士は、まるで貴族のような待遇を受けていた。

 技術を持つ元部下達も相応の扱いを受けている。

 待遇を良くすることで満州の大地に永住させようとしているみたいだと、シャハト博士は知己となった立花に語ったものだ。

 

 そして博士は笑い終えると、周りを気遣う素振りをして少し声を低くして会話を再開した。

 

「立花さん。司令部で何か聞いたら教えてくれませんか。私が見た書類の中に、スターリンのサインを見かけたんですよ」

「スターリンって、あの?」

「そう、ソ連最高指導者です。どうやら最優先命令で、ソ連領内から資材が急ぎ運び込まれたらしいですよ」


 その言葉に昨日の会話が思い出された立花だったが口にはせず、短く分かりましたとだけ伝え次を促した。

 今回の件にソ連が深く関わっているのは二人とも実感していたが、とりあえずそんな事はどうでもよかった。

 彼らにとっては、当面一隻の軍艦の方が重要だ。

 

「で、実際何をされそうなんですか博士」

「出来る限りの強化と言うことになりますが、閣下少しお耳を」


 そう言ったシャハトは立花の耳元でささやいた。

 

 明らかに「武蔵」とは似て非なる艦、つまり「大和」の改装図面が書類に含まれていた、と。

 

 その言葉に、さすがの立花も口をあんぐりすると同時に、今まで何度か接触してきたソ連の諜報組織に背筋が凍る思いだった。

 

 そのあと博士は、再び普通の口調と態度に戻ると、恐らく防御力の強化が主になるでしょう。

 隔壁強化用と思われる鋼材らしきものを見かけましたと続けた。

 

 そして一通り聞き終えると、その日は当たり障りない業務を行い夜を待った。

 


 その夜、おやっさんを誘った立花は、ちょっとした喧噪の中にあった。

 

 喧噪といっても周囲の雰囲気は異常なまでに明るく、隣の者と会話するのも難しいほどだ。

 

 そこは日本風の小さな居酒屋。

 職場から家路に向かうはずの男たちの懐を痛まない程度に軽くして、そのかわりに心を少しばかり心を癒してくれる憩いの場だったからだ。

 

 二人用の席を占領すると、大陸日本で一般的な老酒、贅沢品の清酒をそれぞれ注文し、それに適当なつまみを持ってこさせた。

 

 小さな瀬戸物に注いだ魂の水で互いの労をねぎらった二人は小さく乾杯した。

 

 今日は、異なる立場で苦労を共にしてきた二人の小さな祝勝会だ。

 焼きたての魚も、控えめな湯気を立てて共に祝っているようだった。

 

 しばらく二人して黙って呑みながら、ホッケをつつき枝豆を剥いていた。

 

 そうすると、おやっさんの方からポツポツと話し始めた。

 最初は「お疲れさん」ただそれだけ。

 答える立花も「ええ」と言葉短い。

 

 しばらくは淡々としたやり取りが続いたが、立花が意を決したように口火を切った。

 

「おやっさん。今回の「武蔵」の急の改装決定。どう思われますか」


 周りの喧噪に負けないという理由もあったが、言葉に全く遠慮がない。

 

 当然だ。

 ここなら、どんな諜報組織でも盗聴などできない。

 ましてやソ連製のマイクロホンでは、雑音の集合体しか収集できないだろう。

 

 だからこそ、ちょっとした秘め事を話すときは、こういった場が使われるのが常。

 下には下の智恵があるということだ。

 

「取りあえず思った事を言うぜ」


 そう言うと、立花の返答も待たずに始めた。

 

 彼の見たところ、今回ソ連側は今までの技術者ばかりか、設計担当者や火砲製造の権威のような人間まで呼んでいる。

 ソ連の軍人や技術者も必死。

 スターリンによほど強く言われたんだろう、と。

 

 言葉が終わると、立花が何となく感想をいれた。

 

「まるで「武蔵」を複製しに来たみたいですね」


 その言葉に二人して沈黙してしまった。

 

 そう、ソ連の偉大なる指導者スターリンは、先の「武蔵」の大活躍を前に同じ玩具が欲しくなった。

 それが二人の結論だった。

 

 恐らくスターリンは、開戦当初の戦闘とアメリカの対応から、アメリカが必要以上に戦艦、特に「武蔵」を恐れていると感じてしまったのだ。

 

 これには、時代に逆行するように、戦艦に関わっている二人も絶句するしかなかった。

 

 独裁者ってヤツの頭の中は分からないな、と。

 

 小さな沈黙のあと、おやっさんが再び口を開いた。

 

「次は、技術的なことでいいか?」


 ええ、お願いします。

 今度は、立花に即されるようにおやっさんは答えた。

 

「今回の改装、技術家としては面白い点も多い。平賀不譲の馬鹿が減らした水密防御を充実させて、隔壁の厚さを増やすってのは利にかなっているぜ。さすがアメ公の設計だ。スキがねえ」


 「だがな、」そう言葉を続けた東雲の言葉はトーンダウンする。

 自分たちの技術レベルと相手の技術レベルの差をこれ以上ないぐらい見せつけられたからだ。

 

 溶接や冶金の事ならなんとかなる。

 冶金なら露助からぶんどった技術のおかげで、むしろこっちが優れているぐらいだ。

 が、弱電じゃ露助とアメ公はケンカにもならねえ。

 基礎的な技術面で露助の下っ端状態の俺達じゃ勝負にもなんねぇぜ。

 

 彼はそう表現した。

 

 もっとも立花は、あまり気にしなかった。

 

 先の戦争でもアメリカとの技術差には泣かされた。

 今回も同じだからといって驚くに値しない、むしろ今更の問題だからだ。

 

 しかし技術者として東雲は確約した。

 

 出来る限りの事はする。

 露助もやる気だ。

 少なくとも簡単に沈まないよう改装できそうだ。

 だから生きて帰ってこい。「それが今回俺っちが苦労する事への、てめえさんが払う代金だぜ」と。

 


 荷物が運び込まれてから数ヶ月間、「武蔵」はドック内に鎮座したままとなった。

 急な改装工事で身動きが取れなくなったからだ。

 

 ソ連側の技官が旅順第一ドックの技術者にさせたのが、「武蔵」の装甲甲板すらはがしたオーバーホールと改装に他ならなかったからだ。

 

 見た目上、新しい対空兵器や電探、そして最新の対艦兵器を搭載予定としていたが、実際はソ連の技術者の勉強会みたいなものだった。

 

 おかげで冬になっても身動きができなかった。

 

 状況が改善されたのは、立花が練度に問題が出ると半ば脅した事と、列島日本の軍事力が急速に拡大している圧力によってだった。

 

 米ソがいかに政治的に妥協して八百長のような取引をしたとしても、戦争は生き物。

 そう証明するかのような歴史の動きがそこにはあった。

 


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