君のいる教室
9場
タケシ、何も持たずに登場。
ユリエ「この、バカアニキぃぃぃぃっ!」
ユリエ、拳を固めてタケシを殴る。アッパーカット。タケシ、尻餅をつく。
タケシ「殴られた! 妹にグーで殴られた! 痛い…」
ユリエ「そりゃあ痛いでしょうね。あたしの手だって痛いんだよ!」
タケシ「ユリエの手が痛いってことは、この世のものが幽霊に作用したら反作用がくるってことか?」
ユリエ「あんなことして、爆発しちゃたらどうするの! ミジンコになっちゃうんだよ!」
タケシ「幽霊もコッパミジンになるのか? まあ、ものが持てるってことは幽霊の行動がこの世のものに作用するってことだし。ん? なんか混乱してきたぞ。…あれ、なんで会話ができるんだ? やっぱりきょうだいだからか? それとも味方なのか?」
ユリエ「さっきから、何をわけのわからないことを言ってるの!」
タケシ「今朝、呼び止めたのに返事をしなかったじゃないか!」
ユリエ「きのうカズキさんに色々言われてあたしが困ってたときに、味方してくれなかったからだよ!」
タケシ「じゃあさっき、カズキといっしょに教室に入ったときは…」
ユリエ「カズキさんにさんざん自分のことを言われてるのに、あんたが何も反論しなかったから、そっちを見るのもいやだったんだよ!」
タケシ「じゃあおまえ、おれの姿が見えるのか?」
ユリエ「当たり前じゃない!」
タケシ「だけどこいつら(アヤメ・サクラ・モモカ)には、おれの姿が見えてないぞ! 話しかけるどころか、おれの方を見ようともしなかったし」
サクラ「あたしは、先生に『大声で独り言を言ってる人の方を見るな』って言われたし、タケシがやたらブツブツ言っているから、アブナイ奴に関わりたくないと思って…」
アヤメ「あたしは、昨日のユカリちゃんの扱いにハラが立ったから、タケシの方を見ないようにしてたんだけど」
モモカ「あたしは、タケシがなんか面白い勘違いをしてるみたいだから、ほっといたらもっと面白いかなと」
タケシ「そんな…、幽霊ってそんなにたくさんの人に見えるものなのか? それじゃ生きてるヒトと変わらないじゃないか! カズキは…おれの姿が見えてたな。やっぱり味方だからか? ハヤトは…、あいつとはほとんどしゃべらないし、もともと無口だし、おれの敵だから見えないのか?」
モモカ「まだ面白い勘違いをしてる…」
ユリエ「(アヤメ・サクラ・モモカに)あんたたちもひどすぎるでしょう!」
タケシ「先生!」
田中 「なんだ」
タケシ「おれが見えますか?」
田中 「見えるな」
タケシ「さっきここに入ってきたとき、おれもいたのに、ユカリに『おまえ(・・・)だけ(・・)か(・)』って言ったじゃないですか!」
田中 「あのときおれは、カズキを探していた。カズキとおまえが教室にいると、サクラから聞いた。だけどあのとき教室には『おまえ』しかいなかった。だから『おまえだけ』って言ったんだ。だいたい、ユリエさんみたいな、ほとんど知らない中等部の生徒をいきなり『おまえ』呼びするか?」
タケシ「だけど授業中、おれが教科書を出していないのにスル―したり、おれがあたる順番をとばしたりしましたよね。だいいち、現代文は山本先生でしょ。先生は理科の教師じゃなかったですか?」
田中 「山本先生がオタフクかぜで休んでしまったので、おれが補欠に入ったんだ。山本先生からは、ただ教科書を読ませてくれればいいと言われたが、三島の文章に独自の解釈を加えてみた」
モモカ「独自すぎるでしょ…」
タケシ「(田中に)授業中、おれをスル―したのはなぜですか?」
田中 「大声でブツブツ言ってる奴が気持ち悪かったからだ!」
ユリエ「ひどい! それでも教師なの!」
田中 「授業が終わったら呼んで話をしようと思っていた! だけどゴミ箱に花瓶が放り込んであるのを見つけて…、そうだ…。だれだ、菓子の除湿剤なんかゴミ箱に捨てたのは! 火事になったんだぞ!」
ユリエ「ごまかそうとするな!」
田中 「除湿剤を捨てたのはだれだ!」
ユリエ「(田中に)いや、まず解決すべきなのは、アニキに対して…」
アヤメ「(田中に)モモカが捨てました」
モモカ「あっ…。裏切り者!」
アヤメ「あんたさっき、一人だけ逃げようとしたでしょ!」
モモカ「(田中に)だけど昨日、お菓子を教室に持ち込んだのはサクラです!」
サクラ「何であたしに…。アヤメだってお菓子持ってきてたじゃん!」
ユリエ「いやだから、ここでまず話題にしなきゃならないのは…」
アヤメ「(サクラに)あれはお菓子じゃなくて、カロリーメイト」
モモカ「カロリーの友だち…」
アヤメ「嫌な言い方するね」
モモカ「カロリーでも、友だちはいた方がいいでしょ」
アヤメ「そんな友達とは絶縁…」
モモカ「できてないじゃん」
アヤメ「ケンカ売ってるの、あんた?」
タケシ「(ユリエに)おまえがきのう飲んでたサラダオイルも、やっぱりカロリーオフなのか?」
ユリエ、タケシを殴る。
田中 「だいたいなんで昨日のゴミが今日もあるんだ!」
アヤメ「昨日のゴミ出し当番はモモカです」
モモカ「ああっ、また裏切った!」
田中 「おまえら…」
アヤメ「あたし、消火器を片付けてきます!」
モモカ「あたしも…」
サクラ「あたしも…」
アヤメが退場しようとするのを、サクラとモモカ、大して大きくもない消火器を無理やり手伝って運んで退場。田中、それを追おうとする。
10場
田中が退場しかけたとき、ハヤトがカズキの腕をひっぱって登場する。
ハヤト「先生、やっと見つけてきたぜ!」
ハヤト、カズキを無理やり正座させる。
カズキ「何でおれが正座なんかしなきゃならないんだ」
ハヤト「何でだと? おまえタケシに、葬式ごっこみたいなことをしたじゃねえか!」
タケシ「は? …ごっこ?」
ハヤト「机の上に花瓶なんか置きやがって! 何が安らかに眠れだ! 何がいなくなって悲しいだ! タチの悪いイジメだ!」
カズキ「イジメっていうのは、徒党を組んでそういうことをすることだ。おれは全部ひとりでやった! やらなきゃならなかったんだ! こいつは、いつ死んでもいいみたいなことをいつもいつも言っていた! とんでもないことだ! 世の中には生きたくても生きられない人がたくさんいるのに! だから死者として扱われたらどんな気持ちになるか教えてやったんだ! ええっ、おれは間違ってるか!」
ユカリ「カズキさん、アニキにそんなことをしたんだ。サイッテー!」
カズキ「(ひるむ。しかし話を続ける)だけどじっさい、こいつは生きていられることの大切さに気がついたんだ!」
タケシ「(ユリエに)おまえいつのまにか、うちのクラスの批評家みたいになってるな」
カズキ「タケシが気がついたのは、おれが机の上に花瓶を置いたおかげだ!」
タケシ「それはちょっと違うんだけど…」
ハヤト「(カズキに)おまえにそんなことをする権利があるのか? そんなことを言って、じつはタケシの妹にふられた腹いせをしたかっただけなんじゃねえのか?」
カズキ「いやだねえ、何でも色恋沙汰で考える奴は。発想が低俗すぎる」
ハヤト、カズキの胸倉をつかむ。
ハヤト「なんだと!」
カズキ「おまえこそ、何の権利があっておれを正座させてるんだよ」
ハヤト「おまえみたいな奴よりはマシな人間だからだ!」
カズキ「笑わせるなあ、服装と言葉遣いを先生にしょっちゅう怒られてる奴が。マシな人間だと!」
ハヤト「てめえ…」
田中 「やめろ! 二人とも来い! 一人ずつ話を聞く!」
田中、ハヤトとカズキを促して退場しようとする。
田中 「うっ…。心臓が…」
タケシ「さっきのコップをもってきましょうか?」
田中 「おまえはそんなにおれをミジンコにしたいのか!?」
ハヤトとカズキ退場。田中も退場しかけるがもどってくる。
田中 「タケシ、そんなに自分に価値がないみたいに考えるな。あのコップを外に出すことは、本当はおれがやらなければならなかったんだ。あれをする前におまえは、『なぜ自分がここにいるか、なぜ自分に物がもてるかようやく気がついた』って言ってたな…。あのときおれはどうしても体が動かなかった。家族のためだったとか、カッコつけたことは言わないよ。死ぬのが怖かっただけだ。おれはあの時のおまえに、本物の勇気のきらめきを見た」
タケシ「やけになっただけです。勇気をふりしぼったわけじゃありません。おれは生きていくのが怖いような弱虫ですよ」
田中 「神埼タケシは、この豪胆な男は、爆薬の入ったコップを握りながらピクリとも震えなかった。おまえに価値がないなら、おれたちみんなに価値がないことになってしまう。本当はおれは、『危険なことをするな』ってお前を怒らなきゃならないけれど、どうしてもできない。…タケシ、おれとみんなの命を助けてくれて、ありがとう」
田中、タケシに一礼して退場する。
11場
タケシ「(ユカリに)まだわからないことがあるぞ。なんで今朝おれは洗面所のそばで寝ていたんだ」
ユリエ「おぼえてないの? きのうアニキがあたしを追いかけてきて、踏切で追いついたと思ったら、そのまま熱中症で倒れちゃったじゃないの。だからあたしが家までひきずってきたんだよ! さすがに部屋まで入れるのは大変だから、玄関に置いといたんだ」
タケシ「置いといたって…」
ユカリ「じゃあ、『寝かしといた』かな?」
タケシ「なんか朝から、体がフワフワしてるんだけど」
ユリエ、タケシの額にぴとっと手を当てる。
ユリエ「熱があるでしょ、これは。夕べ玄関で寝ちゃったから、夏風邪をひいたみたいね」
タケシ「じゃあ、朝から何も食べてないのに腹が減らないのは…」
ユリエ「それも熱のせいでしょ!」
タケシ「トイレにも行きたくならなかったけど」
ユリエ「水も飲んでないからじゃないの?」
タケシ「そうだ! おれは鏡に映らなくなった! 絶対に見間違いじゃない!」
ユリエ、手鏡をポケットから出してタケシに向ける。
ユリエ「何が映ってる?」
タケシ「おれだ。…だけど確かに家の洗面所の鏡には映ってなかったぞ!」
ユリエ「ああ、あれはあたしのイタズラ」
タケシ「いたずらぁぁぁっ?」
ユリエ「デジカメで家の中の『風景』を撮って実寸大に伸ばして鏡に貼り付けたの」
タケシ「なんでそんな手のこんだことを!」
ユリエ「昨日、からし入りたこやきにひっかかってくれなかったから、写真部の腕にかけてリベンジしたの。驚いたでしょ」
タケシ「驚いたよ!」
間。
タケシ「ということは…、おれは生きているのか?」
ユリエ「当たり前じゃないの! 思い込みが激しいのもいい加減にしなさいよ!」
タケシ「(泣く)生きている…。生きているんだ。おれはいま、生きている!」
ユリエ「どうしたの?」
タケシ「うれしいんだよ! おれは明日になれば、また生きているのがめんどくさいとか、生きるのがつらいとか、いつ死んでもいいとか言いだすのかもしれない。それでも、今ははっきりとこう言える! 神さま…、ありがとう!」
間。
タケシ「いまさらだけど、なんだか腹が減ってきたな」
ユリエ「生きているからお腹もすくんだよ。…先生はああ言っていたけれど、あたしはあんたに勇気なんかなくていい。勇気があって死んじゃうよりは、妹に玄関まで運んでもらうような弱虫でも、生きていてほしい」
ユカリ、タケシにくるりと背中を向ける。
ユリエ「お兄ちゃん、あたしはあなたのために死んだりしないからね」
タケシ「当たり前だ。おまえが死ぬことが、何よりもおれのためにならない」
ユリエ「……いつか消しゴムをもらったときは、本当にうれしかった」
タケシ「そんなこと、まだおぼえてたのか」
ユリエ「まだ持ってるよ」
ユリエ、向き直って、タケシの腕に自分の腕をからめる。
ユリエ「帰ろう、アニキ。カレーつくってあげるよ」
タケシとユリエ、歩き出す。
閉幕




