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君のいる教室  作者: 恵梨奈孝彦


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2/3

魂だけになったとしても

暗転中

タケシ「おれは制靴をはいて、ユリエが開けっ放しにしていた玄関を抜けて外に出た。おれはふらふら歩きながら学校に行った。なんだか、雲の上を歩いているようだった」


5場 朝の教室

田中が教卓について立っている。タケシを含んだ生徒たちは座っている。

田中 「…それから、最近不審者がこの辺りに出没しているらしい。大声でブツブツ独り言を言っている人を見かけても、ジロジロ見たりするなよ、特に女子! 話しかけたり目を合わせたりしないでそのままやり過ごせ。『魔法のサングラスを知っているか』と聞かれて、『知らない』って答えたら刺されたっていう事件もあったしな」

モモカ「『魔法のサングラス』って何だろうね…」

アヤメ「それをかけると服が透けて見えるとか?」

モモカ「きゃー、エッチ!」

田中 「そういう風に、相手になるなと言ってるんだ。だいたい不謹慎だろ!」

モモカ「『知ってる』って言ったら、刺されなかったってことなのかな?」

田中 「(いきなりキレる)そういう問題じゃねえ! いいか、そういう危ない奴に絶対話しかけたりするんじゃねえぞ! うっ…、興奮したら心臓が…。グリセリンを飲まなければ…」

モモカ「グリセリン?」

田中 「ニトログリセリンだ」

サクラ「どっかで聞いたことがある!」

田中 「アルフレッド・ノーベルがダイナマイトを作った時の原料…」

サクラ「ええと…、任天堂・グル―サムっていったっけ?」

アヤメ「ニとグしか合ってないけど…」

モモカ「新しいホラーゲームみたいね」

サクラ「ニコチン・グリース・レイン?」

モモカ「煙草と整髪料が降って来るの?」

アヤメ「ニとグとンは合ってるね」

サクラ「ニトリ・グラサン・コイン?」

アヤメ「こうなるともう何もわからないね」

モモカ「そうじゃなくて、火薬だよ」

アヤメ「火薬って…。体の中で破裂させて、そのショックで心臓を動かすのかな」

田中 「やかましい!」

   田中、胸を押さえて退場。

タケシ「(独白)何となく習慣でここに来たけれど、おれは何のためにここにいるんだろう。先生もみんなもいつもどおりだ。本当におれは死んだんだろうか」

   タケシは座ったまま。カズキが退場する。

サクラ「向こうから気持ちわるさが漂ってくる…。」

アヤメ「あのねえ、サクラ。異臭騒ぎじゃないんだから、ほっとけばいいでしょ」

モモカ「何か面白そうだし」

カズキが菊の花を生けた花瓶をもって再登場する。全員がカズキを見る。

   カズキ、タケシが座っている机に花瓶を置く。全員がカズキに注目する。

カズキ「なんであんなにいい奴が…。どうか安らかに眠って下さい…」

   カズキ、手のひらで涙を拭うふりをする。

   タケシ、手のひらで涙を拭う。

カズキ「泣いているのか…。おれも泣いているぞ…。おれはおまえがいなくなって、本当に悲しい」

タケシ「そうか…」

カズキ「ユリエちゃんのことはおれが引き受けたから、安心してほしい…」

タケシ「それだけは不安だけど…」

   ハヤト、机をぶっ叩き、勢いよく立ち上がる。カズキの体を乱暴にどけて花瓶を持ち上げると、ゴミ箱の中にたたき込む。

タケシ「(独白)おれはこの時に気がついた…。この教室にも、おれの敵もいれば味方もいたということに」

   全員、タケシの方を見たりはしない。

   田中登場。

カズキ「起立」

   全員立つ。タケシもいっしょに立つ。

カズキ「気をつけ…、礼…、着席」

   全員で、礼をして着席する。

田中 「それじゃあ現代文の教科書の360ページを開けろ…。三島由紀夫の、『小説とは何か』だったな…」

タケシ「(独白)どうやら、気がつく前とはずいぶん時間が経っているらしい。たしか現代文では、『こころ』をやっていたはずなのに。それにうちの担任は理科の教師だったと思うが、何かこの世界はおかしい…」

田中 「全員教科書を出して開けよ…」

   田中、机間巡視を始める。

タケシ「(独白)今のおれに、ものを取り出すことができるのか? やってみればすぐにわかる。だけど試してみるのが怖い!」

田中 「ハヤト、教科書を出せ」

   田中、教科書を出していないハヤトに注意して出させる。しかし同じように教科書を出していないタケシをスル―する。

田中 「サクラ、読んでみろ」

サクラ「『ふと裏口の方より足音して来る者あるを見れば、亡くなりし老女なり。平生腰かがみてきものの裾の引きずるを、三角に取り上げて前に縫い付けてありしが…』」

   サクラ、急に読むのをやめる。

田中 「どうした」

サクラ「気持ち悪くなってきました」

田中 「じゃあ、保健室に…」

サクラ「いえ、幽霊の話はちょっと…」

アヤメ「どこまで怖がりなのよ…」

タケシ「(独白)サクラはきっと、今のおれも気持ち悪いと思うだろうな…」

田中 「じゃあアヤメ、読んでくれ」

アヤメ「へいじょうごし…」

田中 「へいぜいと読め」

アヤメ「へいぜいごし、かがみ、てき、もののけ…」

田中 「『へいぜい、こしかがみて、きものの裾』だ」

モモカ「あんたも読めないじゃん」

アヤメ「やかましい!」

田中 「(アヤメに)ああ、もういいよ」

   席からいえばタケシの番だが、田中はタケシをスル―してカズキを当てる。

田中 「じゃあカズキ、『平生~』から読んでみろ」

カズキ「『平生腰かがみてきものの裾の引きずるを、三角に取り上げて前に縫い付けてありしが、まざまざとその通りにて、縞目にも見覚えあり』」

タケシ「(独白)なるほど、幽霊っていうのは、生きてる時と同じ格好をしてるわけだな」

カズキ「『あなやと思う間もなく、二人の女の座れる炉の脇を通り行くとて、裾にて炭取りにさわりしに、丸き炭取りなればくるくるとまわりたり』」

田中 「三島由紀夫がこの炭取りがまわることが大事だって言っている」

サクラ「炭取りって何? 相撲取り?」

モモカ「それは関取だ…」

田中 「関取を廻すって、どんなおばあさんだよ。囲炉裏のそばに置いてある、炭をいれておくための竹で編んだ入れ物だ。これに幽霊がさわったら廻ったっていうことは、霊はこの世のものに物理的な作用をもたらすことができる。三島がここで言いたかったのはそういうことだ」

モモカ「そうかなあ…」

田中 「そうはっきり書いてある」

タケシ「(独白)ならおれももしかして、教科書を持てるかもしれない」

   タケシ、机の中から教科書を出す。

タケシ「(独白)持てた…。だけどこれにどんな意味があるんだろう。おれに物を持つことができることに何の意味があるんだろう」

   田中、机間巡視をしていて、ゴミ箱を見る。

田中 「おいっ! だれだゴミ箱に花瓶をぶちこんだやつは!」

ハヤト「(立ち上がる)おれだ!」

田中 「……ハヤト、ちょっと来い! 他の者は自習をしとけ! うっ…、心臓が…」

   暗転。


暗転中

タケシ「どうやらおれは死んでいるらしい。幽霊になっているらしい。だけど、死んだら幽霊になるものなら、お母さんはなぜおれのところに出てこなかったんだろうか。  

    もしかしたら、お母さんはユリエのところには出ているのか? 

そんなことはないか。ユリエはそんなことを一度も言ったことがないし。

    いや……、味方だったカズキに幽霊のおれが見えて、敵だったハヤトにはおれの姿が見えない。

    …もしかしたら、お母さんはユリエの味方だったからユリエには見えておれには見えないんじゃないか?

    ユリエが何も言わないのは、お母さんがおれの味方ではなかったことを言いたくないからじゃないか?

そしてユリエ、おまえはおれの味方じゃなかったのか…」


6場 学校の廊下。

   カズキが歩いているのを、後ろからタケシが声をかける。

タケシ「カズキ、待ってくれ!」

   カズヤ、無視して行こうとする。

タケシ「待ってくれ! 聞こえているんじゃないのか? まってくれ!」

   カズヤ、いやそうに足を止める。

カズキ「なんだよ」

タケシ「…聞こえているのか」

カズキ「別におまえの声なんか聞きたくないが」

タケシ「それは…、そうだろうな。気持ち悪いもんな」

カズキ「当たり前だ」

タケシ「それでも、花をありがとう」

カズキ「…やっぱりおまえは気持ち悪い」

タケシ「それでも話してくれてうれしい。今のおれには、おまえ以外に話ができる人間がひとりもいないんだ!」

カズキ「だから、気持ち悪いことを言うな!」

タケシ「そんな言葉でも、おれに言葉をかけてくれるのはおまえだけだ」

カズキ「おれはこれからユカリと話す。ついてくるんじゃないぞ」

タケシ「見捨てないでくれ! おれはおまえ以外に話ができる奴がいないんだ!」

カズキ「知るかよ」

タケシ「たのむよ!」

カズキ「……一言もしゃべらないでいられるか?」

タケシ「おまえがそう言うなら、そうする」

カズキ「おれはおまえを完全にいない者として扱う。ユカリには言いたいことを全部言う。それでもおまえは何も言わずにいられるか?」

タケシ「いいよ。もうおれは、ユカリとしゃべることなんてできないんだ…」


7場 教室。

   ユカリが弁当箱を持って立っている。そこにカズヤが入ってくる。つづいてタケシも入ってくる。

   ユカリ、驚く。

ユカリ「カズキさん、ごめんなさい。このあいだの告白のことは…」

カズキ「いいよ。それよりも、このままじゃ君は、だれともつきあえないんじゃ

ないかな」

ユカリ「どういうことですか?」

カズキ「君はタケシの呪いにかかっている」

ユカリ「アニキがわたしを呪ったりしない」

カズキ「まあ、たとえなわけだけれど、もともと君は風景の写真を撮りたいんだろう?」

ユカリ「今はそうでもないですけど」

カズキ「撮りたかったのはたしかだろう。だけど外の風景を撮りにいく時間もなかった。タケシの世話をしなけりゃならないからだ」

ユカリ「それはアニキにイタズラしてストレス発散をしたり…」

カズキ「タケシはこの間もそんな君に感謝するどころか、『つまらん。何もしたくない。生きていても楽しくない。むしろ苦しい』とか言っていた」

タケシ「今は違う。自分にも敵も味方もいることがわかった。カズキ、君のおかげだ」

カズキ「(タケシに)皮肉か?」

タケシ「違う。君があの花瓶を…」

カズキ「だまってろって言ったろ」

タケシ「すまん…」

カズキ「(ユカリに)だから君は、タケシの呪いから自由になるべきだ。たしかにタケシに母親はいない。だけどそんなの、今の世の中珍しくもない。もっと不幸な奴は、うちの学校の中にもいくらでもいる。だけどタケシは、君のようなよくできた妹がいるのに、何も感謝していないじゃないか」

   サクラ登場するが、教室の空気を読みとって、そのまま退場。

カズキ「(ユカリに)君はタケシみたいな、自分がいつ死んでもいいみたいなことを言ってた奴から自由にならなければ、だれともつきあうことはできないよ」

ユカリ「いいんです。わたしはだれともつき合うつもりはないですから。お腹がすいたので、ちょっと失礼します」

   ユカリ、女の子には大きすぎる弁当箱を開いて食べ始める。

タケシ「女も腹が減るんだな…」

   ユカリ、ピクリとするがそのまま食べ続ける。

カズキ「何言ってるんだ」

タケシ「女って、おしゃべりするために飯を食うんだと思ってた。男は何か食べないと死ぬから飯を食うけれど」

カズキ「おまえは女を何だと思ってるんだ」

タケシ「ぜんぜん腹が減らない。おれはもう男ですらない」

カズキ「どう見ても女ではないな」

ユリエ「(カズキに)とにかくわたしは、だれともつき合いません」

カズキ「まだ中学生だし今はいいだろう。しかし…」

タケシ「おれは今、『生きていてもつまらない』とか、そんなことを言っていたことを後悔している。毎日楽しいことなんかなくても、毎日面倒くさいことばかりでも、いやなことばかりあっても、友達がひとりもいなくても、恋人なんかいなくても、生きていられるだけでもすばらしいことが、今になってようやくわかった! ……今になってそれをわからせるだなんて、神様はなんて残酷なんだ!」

カズキ「あれだけ恵まれた生活をしていて今までそれに気づかなかったことを、神様のせいにするな」

タケシ「そうだな…」


8場

   教室の外から田中の声。

田中 「カズキ! カズキはいないか!」

   カズキ、何も言わずに退場。

   田中、登場。

田中 「何だ、おまえ(・・・)だけ(・・)か…。心臓が…、水を持って来い」

   タケシ、動かない。ユカリが立ち上がって退場する。田中、ポケットから薬の包みを取り出す。

   ユカリ、水が入ったコップを持って登場する。

田中 「ああいや、申し訳ない。すみません。ごめんなさい…」

   ユカリ、コップを机の上に置く。

ユカリ「どうぞ」

田中 「ありがとう」

   田中、いくつかの薬の包みをすべてコップの中にぶちまけてしまう。

田中 「あーっ、あーっ、あーっ!」

ユカリ「先生、心臓は…」

   ユカリ、コップを取ろうとする。

田中 「触らないで! いまこのコップの中は…」

ユカリ「心臓の薬でしょ!」

田中 「違う…、爆薬だ!」

ユカリ「ええっ!」

田中 「ニトログリセリンは、心臓の薬にも使われるけれど、もともとはダイナマイトの原料なんだ…。というより、ニトロを簡単に爆発しないようにしたのがダイナマイトなんだ! そのままのニトログリセリンはちょっとした刺激で、…そよ風がふいただけで爆発する! ノーベルがニトロの研究をしていたときは、湖に浮かべた船の上で実験をして、他人を巻き込まないようにしてたくらいなんだ!」

ユカリ「船の上の方がゆれるんじゃ…」

田中 「モモカみたいな理屈を言うな! とにかく触らないようにして…」

   間。

タケシ「火事だ!」

   ユカリ、ゴミ箱を見る。舞台のホリゾンドが赤くなる。

ユカリ「先生、ゴミ箱が燃えてる! あっ…、カーテンに燃え移った!」

田中 「まずい! これじゃあ、向こう側に逃げられない!」

ユカリ「だけど、なんでゴミ箱なんか…」

田中 「菓子の袋なんかに入っている除湿剤が水を含むと、発火することがあるんだ!」

   アヤメ、サクラ、モモカ、消火器を持って登場。

アヤメ「火事ってここなの! きゃあああっ!」

   アヤメ、消火器のホースをゴミ箱に向ける。

田中 「待て! 消火剤がかかってコップが倒れたら…」

ユリエ「どうなるの?」

田中 「人ひとり完全に吹っ飛ぶ!」

ユリエ「そんな…」

田中 「あれには一か月分のニトロが溶けてるんだ!」

ユリエ「そんな、ひと月ぶんの薬なんか出るの?」

田中 「高血圧の薬なんかでも、一か月分ぐらい出る。睡眠薬じゃないから、大量に飲んでも死なないからな」

モモカ「そんなことどうでもいいんじゃ…」

ユリエ「(田中に)どうするの!」

田中 「このままじゃおれたちは教室の外に逃げられない。だけどいずれ、ニトロに火が移って爆発する! (アヤメたちに)おまえら外に出て、なるべく離れてろ…」

モモカ「逃げるよ、みんな!」

サクラ「どうしよう、腰が抜けた。怖くて動けない…」

アヤメ「あたしがおぶっていくよ!」

モモカ「あたし、先に行くからね!」

   アヤメ、モモカの腕をがしっとつかむ。

アヤメ「一人で逃げるなんてずるい!」

モモカ「離せえ! 命がかかってるんだ!」

田中 「(ユリエに)君は、なるべくコップから離れて伏せていろ…。おれがなんとか火をくぐりぬけてあそこまでたどりついたら、刺激を与えないように、コップを外に出す!」

ユリエ「もし刺激が加わったら?」

田中 「毒を以て毒を制すだ。爆風で火事は消える」

ユリエ「先生は?」

田中 「コッパミジン…。ミジンコだ!」

ユリエ「だめだよそんなの!」

   ユリエ、田中の袖をつかむ。

田中 「他に方法がない!」

ユリエ「アニキから聞いたよ! 先生にはかわいい奥さんと先月生まれたベビーちゃんがいるんでしょ! 先生がミジンコになっちゃったら、だれが奥さんと赤ちゃんを守るの!」

田中 「教師なんだ! おれは生徒をまもらにゃならん! (アヤメたちに)おまえら、さっさと外に出ろ!」

   田中、ユリエの手をふりほどく。

田中 「…。うーん。やっぱりこわい」

ユリエ「当たり前でしょ!」

タケシ「(独白)おれは今気がついた! なぜ自分がここにいるかに。なぜ自分が物を持つことができるかに。死に二度はない。神様が、こんなおれに、大事な妹を守る機会を与えてくれたんだ!」

   タケシ、机に近づき、コップをしっかりと握る。

タケシ「おまえがおれの味方でなくてもいい。おれは死んでもおまえの味方だ」

タケシ、そのままコップを持ち上げ、ゆっくりと、そしてしっかりとした足取りで歩いていく。その間、全員がコップを凝視している。タケシ、そのまま退場。

   しばらくの間。

田中 「(気がついたように)消火!」

   アヤメ、消火器のホースをゴミ箱に向けて消火。ユリエと田中の二人がゴホゴホいいながらアヤメたちのそばに近づいていく。



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