化け物を愛した男
『化け物を愛した男』
これは『愛』を知らずに生きてきた男が、化け物を通して『愛』を得る物語である。
二度と引き返せない帰り道、僕はこの世で最も醜悪な生き物に出会った。
最初に気づいたのは、それが放つ堪え難い悪臭だ。
まるで腐った生ごみに糞尿をかけて熟成させたような、濃密なまでの臭いが辺りに漂っていた。
まともな神経を持つ人間であれば、一刻も早く離れようとしただろう。
だけど、僕は近づいた。
僕という人間に、この悪臭を咎める権利なんて無いと思ったからだ。
近づけば、それの正体が目に入る。
驚いたのは、それが生き物だったということだ。
黒くて粘性のある体は、明らかに生命の脈動を打っていた。
僕は思わず、胃の中のものを全てぶちまける。
そして喚き散らし、逃げ出したい気持ちに駆られた。
こんなにおぞましいものが、この世に存在するなんて思いもしなかった。
何度も何度も吐き、もう吐き出せるものなど何もなくなってからも、僕は嗚咽を漏らした。
やがて、疲れ果てた僕は目の前にある醜悪に再び目を向ける。
視界に入れれば、本能的な嫌悪感を嫌というほど掻き立てられた。
例えるならば、風呂場で大きなゴキブリを見つけた時を想像してみてほしい。
大抵の人はゾッとすると思うが、この醜悪な存在はその百倍はおぞましい気持ちを掻き立てるのだ。
どんな奇怪な趣向を持つ人間であれど、これに近寄るのは正気の沙汰ではないと思うだろう。
ただ、僕は違った。
この醜悪な存在を気持ち悪いと切り捨てる権利なんて、僕には無いと思った。
だから本能の拒絶反応を押し切って、この生き物に目を向けた。
観察していると、僕はあることに気がついた。
この化け物は、死にかけている。
そう思った理由に説明できるような根拠はない。
ただ僕は直感として理解した。
このおぞましい生き物は、今まさに死に瀕しているのだと。
だから何だという話ではある。
こんな生き物が死んだところで、困る人間などいないだろう。
むしろ死んだ方が、世のため人の為になるのかもしれない。
まともな人間なら誰だって助けない。
これはそういう存在だ。
だけど、僕は助けた。
それは僕が善人だからじゃない。
僕が醜悪な人間だからこそ、これを見捨てる資格は無いと思ったのだ。
僕は人の頭ほどの大きさのそれを、両手で持ち上げて胸に抱えた。
これを助けよう。
それが僕にできる、最後の善行だから。
*
僕は醜悪なそれを持って帰り、机の上に下ろした。
胸元と腕は未知の汚物に穢され、鼻は馬鹿になっている。
それでも僕は服を脱ぐことも、風呂に入ることもせず、醜悪なそれに水をあげた。
どこが口かわからないし、口があるのかもわからない。
だから植物にあげるように、ジョウロで水をかける。
黒いネバネバの艶が増えた気がする。
服を着替えて風呂に入ってから、僕は買い物に出かけた。
あれが何を食べるのかわからないので、色んな食べ物を買ってきた。
通りすがった人たちは僕を見て顔をしかめた。
多分、染み付いた臭いが消せ切れていなかったのだと思う。
突き刺さる視線が怖かったので、僕は急ぎ足で買い物を済ませた。
家に帰り、買ってきたものを取り出す。
最初に選んだのは食パンだ。
醜悪な塊の前に千切って置いてみた。
反応は無い、何をすればいいのかわからないのかもしれない。
僕は食べられるものだと教えるために、目の前でパンをかじった。
臭いと相まって吐き気が込み上げるが、何とか耐える。
それから黒い塊の前にもう一度置いてみた。
今度は反応が違った。
黒い触手のようなものが伸びてきて、パンをつついた。
つついて、つついて、何度かつついてから、黒い塊はそれを持ち上げ、飲み込んだ。
消化器官とかあるのだろうか。
わからないが、とりあえず食べた。
臭いがひどいので、換気をしながら別の食べ物をあげることにした。
今度はレタスだ。
いや、キャベツだったかもしれない。
まあどっちでもいい、僕は野菜を千切って目の前に置いた。
黒い塊はパンにしたように何度かつついてから、また触手を伸ばして飲み込んだ。
少し齧ったが、他の部分は吐き出した。
おいしくなかったのだろうか。
野菜の口をつけた跡を見ると、黒く爛れていた。
なんておぞましいのだろうか。
今度は生ハムを取り出して置いた。
一枚つまんで食べてみるが、この悪臭の中では最悪の味がする。
僕はティッシュに吐いて捨てた。
黒い塊は触手を伸ばして食べた。
今までで一番食いつきがいいので、好きなのかもしれない。
僕はメモ帳を取り出して、黒い塊がハムが好きだと記入した。
それから色々とあげてみたが、やはり一番好きなのはハムのようだ。
それと焼肉も食いつきが良かった。
この黒い塊は肉食なのだろうか。
そもそも何の生き物なのかわからないけど。
水と食事をあげていたら、黒い塊が前よりもツヤツヤになった。
どす黒い汚物の塊から、薄汚いコーヒーゼリーぐらいにはなった気がする。
触るとタプタプと揺れた。
持って帰るときは気づかなかったが、触ると仄かに暖かい。
黒い塊が黒い汁を出した。
ただでさえ臭いのに、黒い汁は失神しそうなぐらい強烈だ。
排泄物なのだろうか。
取り敢えず雑巾で拭き取ってゴミとして捨てた。
これからはボウルか何かに入れておくことにしよう。
黒い塊に名前をつけることにした。
真っ先に浮かんだのは『ナマゴミ』だが、それはあんまりな気がしたのでやめた。
『クロ』は安直だし、『コーヒーゼリー』は長いし、迷う。
名前を決めるのは苦手だ。
結局、『クロ』と『コーヒーゼリー』を合わせて『クロコ』と呼ぶことにした。
感情があるのかは分からないが、クロコと言うと少しプルプルする。
今日もクロコはとても臭い。
ボウルの底に黒い液体が溜まっていた。
僕の体の一部に黒い斑点が浮かんできた。
痛みはないけど、腐ってるみたいで気持ちが悪い。
クロコは毒を持っているのだろうか。
まあ、それで死ぬなら別にいいさ。
僕にはお似合いの最期だ。
クロコが大きくなった気がする。
体重を測ったら三キロだった。
成長しているなら今後も増えるかもしれない。
あと臭いが原因で苦情が来た。
消臭剤を多めに買っておこう。
基本的にクロコは何もしないが、触る時に触手を絡ませるようになった。
最初は食べられるのかと思ってヒヤヒヤしたが、どうやら挨拶のようなものらしい。
触手を掴んだら、叩かれて手が切れた。
触られると嫌な部分もあるようだ。
僕の身体に斑点が増えた。
手の傷口も黒くなっている。
痛くはないけど、放っておいたら外には出られなくなりそうだ。
病院に行った方がいいのかな。
いや、僕が病院に行く資格なんてないか。
消臭剤を置いていたが、臭いは防げていなかったようで警察が来た。
僕の斑点だらけの体を見て驚いていた。
家の中を調べられ、クロコが見つかった。
これは何だと聞かれたが、僕にもよくわからないと答えた。
何重にも重ねたゴミ袋に詰められ、クロコが捨てられた。
僕は事情聴取されたが、病気だと言われて帰された。
クロコを探しにゴミ捨て場を漁る。
幸いにも臭いが強いのですぐに見つかった。
というよりも、クロコはゴミ袋を破って外に出ていた。
どうやったのだろうか。
クロコを抱えたまま途方に暮れて散歩する。
家には置いておけないし、捨てることもしたくない。
僕は林の中に入り、誰もいないベンチの上で泣いた。
クロコが触手を伸ばして僕の顔をつついた。
慰めてくれているのだろうか。
ネットで小さなテントを注文し、林の中に設置した。
その中にダンボールを置き、クロコを入れた。
隣にはハムやパンの乗った皿も置いておく。
また明日も来るよ。
新しい家を探した。
クロコと暮らせる場所であれば、利便性は二の次だ。
しばらく探したら、いい感じのボロ屋が田舎にあった。
築五十年とかで、辺りは畑ばかりだ。
最寄り駅には車でも二十分近く掛かる。
他は空室らしく、誰も住んでいないらしい。
不便だが、ここならクロコといても迷惑にはならないだろう。
林のテントを片付けて、クロコを車に乗せて新居に越した。
荷物はほとんど無いので、引越し業者に頼む必要はなかった。
クロコを抱えて家に入ると、触手を上に伸ばしていた。
喜んでいるように見えたのが微笑ましかった。
クロコと一緒に映画を観た。
クロコが見ているかは分からないが、時折僕の抱えているポテトチップスを触手で掴んで食べていた。
そういえば、クロコに性別とかはあるのだろうか。
買い物は不便になったが、ここなら気兼ねなく過ごせていい。
僕は車を一時間近く飛ばしてスーパーに行く。
出発前には風呂と消臭スプレーをかけるのだが、あまり隠せている気がしない。
身体の斑点がえげつないことになってきた。
普通の人が見たら間違いなく卒倒すると思う。
とはいえ不調なところは何もない。
これって放っておいたら死ぬのだろうか。
クロコに聞いたら、フルフルと揺れていた。
意味はよく分からない。
クロコがさらに大きくなった。
体重を測ったら十キロくらいある。
通りで最近持ち上げるのが重いはずだ。
ハムを食べる量も増えてきたし、このままじゃ養えなくなってしまうかもしれない。
貯金がなくなれば、僕は死ぬしかないのだから。
クロコを抱えて、家の近くに食べられるものがあるか探してみた。
石をもって近づけたら、触手で下に落とされた。
よくわからない雑草は少し食べたが、おいしくないのか落とされた。
芋虫を近づけたら、最初は戸惑っていたが食べた。
虫なら食べられるのかもしれない。
それから色々と試した。
蟻は微妙、カエルはまあまあ、蛇は微妙、兎の死骸はおいしそうに食べた。
野草やキノコはほとんど食べないが、食べられるのもあった。
僕は食べたものの写真を撮り、袋に詰めて帰った。
クロコが一人になっても生きていけるように、調べておこう。
クロコが這うように動き始めた。
最初は置物のようにじっとしているだけだったが、今ではゆっくりと移動する。
タブレットを弄っていたら、僕の膝の上に乗ってきた。
ひどい臭いにも、今では慣れている。
僕はコーヒーゼリーみたいはクロコの身体を撫でた。
ちなみに排泄の際は、勝手にボウルに戻ってしてくれる。
クロコは結構、賢いと思う。
最近は独り言が多くなった気がする。
クロコが聞いてくれているのであれば独り言ではないけど、返事を返してはくれないのでやはり独り言なのだろう。
クロコとキャッチボールをした。
ボールを転がすと、クロコは触手を、伸ばして僕の方に弾き返した。
要領を覚えてからは楽しくなったのか、ずっと僕にボールを投げてきた。
クロコが窓際にいた。
何をしているのかと思ったら、外にいる猫を見ていたらしい。
白と茶色の猫だった。
クロコと友達になれたらいいけど、この臭いじゃ寄り付かないかな。
クロコの形が変わっていた。
足のようなものが生えているが、立つのは難しいらしい。
疲れたのか、すぐにいつもの塊に戻った。
あれから毎日、足を生やす練習をしている。
変形とかできるのだろうか。
だとしたら、見てみたい。
クロコの参考になるかもしれないので、写真集と模型を注文した。
何になりたいのか分からないので、取り敢えずは猫と人間と鳥の三種類を揃えてみた。
クロコの前に置くと、触手を使ってページをめくり、模型を持ち上げて眺めていた。
気に入ってくれたなら嬉しい。
練習の成果が出たのか、クロコが四本の足で立っていた。
不格好だが、かろうじて猫だとわかる。
僕は嬉しくて手を叩いた。
クロコを褒めて抱きしめた。
人間と鳥はまだ難しいらしいが、時間をかければできるようになるかもしれない。
預金残高を見てため息をこぼす。
安い家だけど、生きるだけでお金はかかる。
あまり長くはいられないかもしれないな。
死ぬのはいいけど、クロコを一人にするのは心配だ。
ネットでサバイバル術について色々と調べ始めた。
食べられる野草や、飲み水の探し方。
火の起こし方とか、泥と藁で家を作る方法なんてものもあった。
全く興味なかったのだが、調べてみると面白い。
人間は色んな試行錯誤を経て発展してきたのだと感じる。
僕が長生きしたいとは思わないが、クロコが一人でも生きていけるくらいの知識は教えてあげたい。
クロコが十五キロになった。
猫のクオリティもだいぶ上がり、たどたどしいが歩けるようになっていた。
だけど猫にしては大分大きい。
十五キロの猫なんて、そうそういないだろう。
外を出歩き、サバイバル術で勉強したことを実践してみる。
試しに野草を見分けようとしたが、中々上手くいかない。
ただ、五キロほど歩いたところに川があったので、水は何とかできそうだ。
魚もいたので、釣りができれば生きていけるかも知れない。
僕は夕暮れを眺めながらのんびり家に戻った。
クロコが居なくなっていた。
僕は慌てて名前を呼び、家中を探した。
しばらくすると、クロコが猫の姿で戻ってきた。
尻尾を動かして外の木を指す。
あそこに行っていたらしい。
何事もなくて安心した。
クロコが二十キロに成長した。
猫の姿もかなり上達して、短時間なら走り回ったり跳んだりもできるみたい。
よく見たら、外に落ちてる枝を包み込んで骨格にしているようだった。
賢いな、クロコは。
僕の身体が真っ黒になっていた。
黒人とかそういう次元じゃない、影人間みたいだ。
ここまで来れば、全身タイツだと言って誤魔化せる気もする。
ただ、少し身体が重い。
痛いとか苦しいとかじゃないけど、石になっていく感じがした。
タブレットを使っていると、クロコが横から手を出すようになった。
画面をスクロールしたり、画像をタップしたりする。
試しに自由にさせたら、検索ボックスで触手が止まった。
どうやって調べればいいのか分からないらしい。
するとクロコはプレゼントした写真集を持ってきた。
表紙に写っているものを触手でつつく。
これを調べたいと言っているのだろうか。
僕は検索窓に『人間』と打ち込んだ。
クロコはタブレットを持ち上げて、興味深そうに画面を見ていた。
それからクロコは色んな写真を僕に検索させた。
『服』とか、『靴』とか、『髪型』とか、沢山だ。
クロコは勉強をしたいらしい。
僕はクロコが調べやすいように、写真の全てに名詞を書き込んだ。
それから教育用の図鑑や辞典を揃えた。
かなりお金は無くなったが、クロコは喜んでくれた。
クロコが映画を見ながら人間になる練習をしていた。
ハムを横に置くと、不定形の塊に戻って勢いよく食べる。
クロコは本当にハムが好きだね。
クロコと一緒に出かけた。
クロコは言葉を話せないけど、頭は良いので教えることはできるだろう。
僕の勉強したサバイバルの知識や、川の場所や畑の場所、車の乗り方やテントの張り方なんかを教えた。
猫の頭で頷いていたので、理解してくれたと思う。
廃材置き場に鉄パイプがあったので、クロコの骨格用にいくつかもって帰った。
クロコが二本の足で立てるようになった。
身体の大部分が足で、とても人間と呼べるものではないが、それでも二本の足で立っていた。
触手を天辺から生やして小刻みに揺らしている。
心なしか、その姿が誇らし気に見えた。
クロコの体重が三十キロになった。
もう僕一人で持ち上げるのはしんどいが、クロコは自力で移動できるので苦労するようなことは何もない。
むしろ僕の方が、クロコよりノロマなくらいだ。
最近は本当に体が重い。
おじいちゃんにでもなった気分だ。
クロコが猫と遊んでいた。
あの猫はクロコの臭いが平気なのかな。
僕はもう何も感じないけど、もしかしたら臭いなんて無くなってるのかもしれないな。
友達が増えたなら嬉しい。
クロコが小さな子供のような姿に、なれるようになった。
男の子なのか女の子なのかは分からないが、以前よりもずっと人間に近い。
僕はクロコの進歩を喜んで小躍りした。
二人でお祝いにハムを食べた。
身体は重いが、この嬉しさの前では些細なことだ。
思い切って人間の骨格標本と義眼を注文した。
他にも、服や靴やカツラも買った。
お金は底を尽きたが、これでクロコは人間になれるかもしれない。
どうでもいいけど、今はカツラをウィッグとか言うらしい。
最近の世の中のことは全然わからない。
クロコが人間の姿になった。
肌の質感はコーヒーゼリーのままだが、それ以外は人間の姿だ。
男になったり、女になったりしていた。
クロコは迷っていたが、最終的には女性の形がしっくりきたらしい。
僕があげた白いワンピースを着て、安い靴に安いアクセサリーを身につける。
それから、しっかりとした足取りで歩き出した。
クロコは僕の元までやってきて、両手を広げる。
僕は涙を流して、クロコを抱きしめた。
こんなに嬉しいのは人生で初めてだった。
すごいねクロコ。
おめでとうクロコ。
僕達は手を繋いで外を歩く。
誰もいない田舎で、黒い手が二つ繋がっていた。
側から見たら、僕達はどう見えたのだろう。
兄妹、友達、親子、それとも、恋人か。
なんだって構わない。
僕達を見る者は、この場所にはいないのだから。
僕は石になった。
体が全く言うことを利かない。
座ったまま、夕暮れを眺めた。
動かない僕を、クロコは抱きしめる。
ああ、温かいな。
クロコの瞳から熱いものが流れていた。
僕はこれからどうなるのだろう。
世界が遠のいていくのを感じる。
君に会えなくなるとしたら、とても寂しい。
誰かを愛したのは、初めてのことだったから。
ああ、僕は怖いよ。
僕なんてこの世界に要らないと思っていた。
でも、やっと気づいたんだ。
クロコ、君と一緒にいたいよ。
クロコ、君を愛してる。
――――――
――――
――
―
消えゆく意識の尻尾を、ひとつの声が掴んだ。
それは初めて聞いた筈なのに、ずっと前から知っているような響きだった。
『私もあなたを、愛してる』
*
化け物とは何であろうか。
見た目が醜い事か、はたまた心が醜い事か。
どちらも間違ってはいないのだろう、それでも私はこう思う。
――――化け物とは、愛を知らないということだ。
愛することを知らず、愛されることを知らない。
それは、どんな姿の者をも化け物に変える呪いだ。
世界に巣食う悲しき病だ。
「だからね、あなたも誰かを愛しなさい」
静かな公園のベンチで、母親はお団子を食べる子供に言った。
子供はタレを両の頬に付けながら、お日様のように明るい声で返す。
「私は大丈夫、だってお母さんに愛されているもの!」
そんな我が子の頬を、母親はハンカチで拭った。
「そうね、私はずっとあなたを愛しているわ」
「お母さんも化け物になんてならないよ!だって私が愛しているもん!」
「ふふ、ありがとう」
優しい時を過ごしていれば、向こう側から一人の男がやってくる。
彼は慈愛に溢れた目で二人を見て、朗らかに微笑んだ。
「お待たせ、今日はハムを食べたいな」