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有稜の支配を受けた者達は、老若男女問わず有稜に対して絶対的な忠誠を誓い、彼の命令を徹底的に遵守、場合によっては有稜のために自身の命を擲つ事すら微塵も躊躇わない狂信的な尖兵と化していた。
人類存亡の危機にまで追い詰められていたにも関わらず、トウキョウに集いし人々は瞬く間に玖魔褸靡が産み出した四聖獣達を駆逐していったのだが、これには有稜の"黄金支配"による強制結束以外の要因があった。
王の威光を称える玉座に、悠然と鎮座する有稜。
そんな彼の傍らに、一人の人物が佇んでいた。
現在のトウキョウにおいて、唯一無二にして神聖不可侵の絶対的な王となった黎明殿 有稜を前にしているにも関わらず、その男は微塵もかしずく様子を見せなかった。
現在この場にいるのが有稜と男の二人きりとはいえ、他の第三者が見れば、あまりの不敬ぶりに憤慨しそうな光景である。
だが、当の有稜は特に気にした様子もなく――されど、諌めの言葉だけを口にする。
「他の者がこの光景を目にすれば、不敬の謗りを受ける事になるぞ、義時よ。……我に対する忠誠は絶対的とはいえ、貴様自身は単なる臣下の一人に過ぎないのだからな」
それに対しても、義時と呼ばれた男は有稜の方に顔を向ける事もなく――どことなく哀愁を帯びた声で答える。
「僕は今さらそんなものを気にしたりしない。もとより十二将に名を連ねる資格もない"裏切り"こそが、この僕の真実なのだから。……そういう意味では、復活した君にすぐに始末される事になると思っていたよ……有稜」
有稜を呼び捨てにする、という現在のこの国において信じられない事を平然としてみせる男。
男は、シルバーのトレンチコート風の狩衣を身に纏い、呪文とも模様ともいえそうなモノが刻まれた白い布を垂らすようにして顔を隠す、という異様な風貌をしていた。
だがその格好が奇抜にも関わらず、一見冷徹そうに振る舞いながらも、柔和な物腰や本来の穏やかな気性が秘められた喋り方などから、不思議と『芯のある誠実な青年』という印象を人に抱かせる事に成功していた。
この人物こそが、検非違使達を纏めあげる最高幹部・『禁中近衛十二将』の第九席である影津 義時――まさにその人であった。
義時の呟きに対して、ほんの一瞬間を置きながら――すぐに有稜が答えを返す。
「……あの"玖魔褸靡"という邪神が無尽蔵に産み出す化外共に対して、単なる非力な凡夫を一心不乱にぶつけたところでロクな戦果は見込めんからな。……ゆえに現状、貴様の能力も活用せざるをえない。ただ、それだけの事だ」
それに対して、「あぁ、分かっているさ……」と、簡潔に答える義時。
現在の義時が司る属性は『時』、もたらす効果は『解放』。
これらが示す権能を用いて義時は、有稜の支配の効果を最大限に発現させ、その支配を受けた者達の潜在能力を最大限に発揮させる事により、彼らを自分達十二将のように……とはいかないまでも、検非違使並の戦闘力の持ち主に変貌させる事に成功していた。
有稜と義時の能力の重ね掛けにより、彼らはまさに"神狩り"と称されてもおかしくないほどの活躍を見せていた。
そう、全ては戦局に必要なため、残しているに過ぎない――。
それ以外の理由など、ありはしないしあってはならない――という想いを、有稜と義時はこの短いやり取りの中に込めていた。
二人が互いに"友"という言葉を口にするには――長い年月の間にあまりにも多くのモノが失われ、あまりにも現在の立場が違いすぎていた。
これ以上、私怨にかかずらう暇などないと言わんばかりに、有稜は義時に対して戦局の話を切り出す。
「現状、あの"玖魔褸靡"という邪神に何か動きはあるか?」
「……怪物達を産み出す以外は、武器を手にしているにも関わらず不気味なくらいに何の動きも見せていない。ただ、僕が思うにあの"玖魔褸靡"という神格は……」
「それならば、おおよその検討はつく。男神でありながら、単体で生命を産み出す特性。そして、天地を解離する事を可能にする大神の大鎌を有している。……ならば、答えは自ずと一つに絞られる」
そうして、有稜は忌まわしき世界の敵の本質――その真名を口にする。
「偽りの救世神:玖魔褸靡大権現。……その神格は文字通り、遠いメソポタミアの地に伝わる神話において、主から王権を簒奪した反逆神:"クマルビ"に他ならない……!!」
簒奪神:クマルビ。
『メソポタミア神話』において、クマルビは次のような所業を行ったとされている。
曰く、クマルビは天空を司る偉大なる神:アヌの息子として生まれ、彼を補佐する大臣となりながら、野心から彼の王権を奪い、逃げゆくアヌの性器を噛み千切る、という凶行に走ったとされる。
王位に就いたクマルビだったが、アヌの神気を体内に取り込んだ事によって、男神でありながら三柱の神を産み落とす事になる。
クマルビは産み落とした息子の一人にして、成長を遂げた天候神:テシュブによって、己が父であるアヌにした仕打ちのように玉座を追放される事となったのである。
「厳密に言えば、クマルビは父の神気を体内に取り込んでいるため、『単身で生命を産み出せる』というわけではないのだろうが……あの玖魔褸靡という存在は、『八月駄路観性導狂会』の狂信者達によって性質が多少変化したのか、三柱の強大な神よりかは現在の化外共を産み出す方が神気を消耗せずに済むのか……あるいは、その両方か?」
自分が推測していたモノと同じ答えを導き出した有稜に対して、義時が驚きの声を上げる。
「君が長い眠りから目覚めてまだ日も浅いというのに……もうそこまで調べていたのか?」
そんな義時に対して、有稜が何でもないかのように平然と答える。
「何を驚く事がある?我は玉座の上に踏ん反り返っている性分でない事くらい貴様も知っているだろう。……前線で刃を交えない以上、奴の正体に辿り着くための時間ならばいくらでもある。我が”王道楽土”を真にこの世界で完成させるためならば、このくらいの事など手間とも思わんな」
そう言いながら、外を見やる有稜。
そこには、玖魔褸靡の尖兵である四聖獣達を鬼神……いや、検非違使の如き勢いで討伐する兵士達の姿があった。
そんな有稜と同じ方に顔を向けることなく、されど強い意思を込めた口調で義時が彼に尋ねる。
「君は、本当にこの黄金による支配を完成させるつもりなのか」
それに対して、即座に有稜が答える。
「無論だ。それが”十”という王の権威を冠する検非違使であった我の責務であり、ただ為すべきことである。……そこに、何の疑問を挟む必要がある?」
それ以外の答えなどない、と言わんばかりの有稜の断言。
義時は無駄と知りながらも、沈痛な声音で最後の問いかけを口にする。
「それがもしも本当に完成してしまったら……君は、本当に一人になってしまうじゃないか」
現在、有稜の強大な”支配”の権能は人種や種族、老若男女問わずその効果を発揮していた。
その影響は、彼ら以上に強大な力を持った検非違使達にも出始めており、十二将を除くほとんどの者達が既に有稜を盲目的に崇拝するようになっていた。
現に今こうして話している間にも、義時は自身の抵抗力を極限まで”開放”して支配に対して必死に抗っていた。
だがそれも既に時間の問題であり、このまま有稜の支配領域が広がっていけば自分や他の十二将も有稜の在り方を全肯定するだけの意思なき傀儡になることは明白であった。
そんな世界に有稜がただ一人残される未来を――義時は耐えられそうになかったのである。
だが、先程と違い一切の躊躇いもなく有稜は、決別ともいえる言葉を口にする。
「当然の事であろう。……真の王ならば、孤高であるより他にあるまい」
今度は両者とも何も言葉を発しなかった。
外の喧騒とは裏腹に、ただ、重苦しい沈黙だけがこの場に横たわっていた――。
"個人による絶対的な独裁"という歪な形ながらも、玖魔褸靡の分断をはね除け互いに結びつく事が出来るようになった人々は、有稜の支配下においてであるが徐々に子供を産めるようになっていた。
だが、それ以上に聖獣達との戦闘で命が無残にも散っていく。
それでも彼らは、ただひたすらに自分達が忠誠を誓う黎明殿 有稜という王の絶対的な勝利を信じて、死も恐れずに異形の群れに突撃していく。
その甲斐もあって有稜の勢力は、生き残っていた僅かな生存者を強制的に取り込み、異形の大群を駆逐しながら徐々に有稜の黄金支配の勢力圏を広げる事に成功していた。
相変わらず人員は圧倒的に少ないモノの、支配地域が増えた”王道楽土”は有稜を絶対の法とする領域であり、この場に侵入した四聖獣達は瞬く間に支配の光に呑み込まれ、『創造主である玖魔褸靡の為だけに、自分達は産み出された』という存在意味に破綻をきたした結果、矛盾に耐え切れずに灰も残さず消え去ることとなった。
支配地域がある程度増えると、生き残った兵達の間に戦闘経験が蓄積され、また敵に一定の損害を与えたら自分達が暮らす”王道楽土”に誘い込んで自滅を図る、という戦法が確立されたため、玖魔褸靡の尖兵との戦闘はある時期を境に、人間側の快進撃を繰り広げる事になる。
そうして、世界の半分は有稜が支配する黄金領域と、もう半分を邪神:玖魔褸靡が君臨する暗黒領域に分断された。
遠く玖魔褸靡のいる方角を見据えながら、配下の者達を背後に並べた有稜が意気揚々と声を上げる。
「……ここまで来るのに、多くのモノを得たにも関わらず。我は常に手にしたモノを失い続けてきた。最早王道楽土には何もない……」
ゆえに、と有稜は言葉を続ける。
「ならば、この支配の果てに何があるのか……異界の邪神よ。貴様が座するその暗黒世界になら、我が王道楽土にはないような、どんな財宝にも替えられぬ”輝き”があるのだろうか?」
そう口にしながら、両腕を大きく広げる有稜。
有稜は既に認めざるを得ない。
玖魔褸靡を簒奪者と蔑みながら、その実、己こそが他者のモノを奪わんとする無法の徒であった事に過ぎないのだと――。
だが、最早取り繕う必要もない。
既にこの黄金の都には、自分が何をしようともそれを咎める者や諫める者、命を賭して叛旗を翻す者など一人もいないのだ。
ただあるのは、異口同音に紡がれる己への称賛のみ。
ならば、この世界で期待出来る存在など、後は明確な”敵”を置いて他にないはずだ。
それにここまで来た以上は、全てを手にしてみなければ気が済まぬ。
更に言えば、この分断を司る邪神さえ倒せば、再び以前のように地球と他の世界や時代を繋げられるようになるかもしれないのだ。
……そのときこそ、黎明殿 有稜という孤高の王は、数多の世界の可能性を食いつぶしたその先に、黄金の支配すら及ばぬ未知の”輝き”に出会えるかもしれない。
ならば、どのみち自身がやるべきことはただ一つ――。
「救世神、玖魔褸靡よ――。貴様が真に世界を救う存在ならば、三千大千世界の全てが我に呑み込まれる前に、我から絶対なる王権と支配する全ての土地と民……そして、この命を簒奪するより他に道はないぞ?」
黄金龍を模した兜で顔が隠れていても、そこには明らかに隠し切れない喜色の笑みが浮かんでいる事は明白であった。
まさに、王の戯れ――。
有稜は玖魔褸靡を不遜なる逆賊などではなく、この世界の覇権を賭けて争う事が出来る唯一人の”好敵手”と見做していた。
人に、時代に、世界全てに忘れられし玖魔褸靡よ――。
救世を騙りながら、貴様は己自身しか見ていないつもりだったかもしれないが、それでも、貴様こそがこの世界で我が魂を照らし続けた唯一の光である――。
そんな万感の意を込めながら、有稜が玖魔褸靡に向けて宣戦布告する。
「さぁ、玖魔褸靡よ!……我と貴様、どちらがこの世界の命運を握るに相応しいか、雌雄を決しようではないか!!」
有稜が高らかに謳い上げる中、玖魔褸靡は未だに不動を貫く――。
メソポタミア神話におけるクマルビ。
現代においてあまり知られていないこの神は、天空神たる王からの権威の簒奪、男神でありながら三柱の強大な神を産み出し、その神に自身も王権を奪われる……などといったその特性から、ある別の神話における大神の雛型ではないか、と言われている。
その神は――ギリシャ神話において、父である開祖の天空神を所持した大鎌で打ち倒し、自身も生み出した息子である至高の雷鳴神によって世界の支配権を奪われた強大なる大神――運命の裁定神である。
そして、息子のゼウスが統治する時代を白銀時代、それ以降代を経るごとに青銅時代、鉄時代と呼ばれているのに対して、クロノスが支配する時代は最も完成されたという意味合いを込めて『黄金時代』と呼ばれていた。
玖魔褸靡と黎明殿 有稜。
その在り方が対極であるにも関わらず、奇しくも同じ神を彷彿とさせる者達が、世界を二分するという因果のもとに対峙する。
どちらが真の時代を統べる王なのか、それを決める為の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。
だが、どちらが勝ったとしても生き残った者達にもたらさられるのは、玖魔褸靡の分断による全ての生命が暗黒のもとに消え去る廃滅か、有稜の支配による自由意思なき隷属である。
絶対的な支配王と救世を騙る神。
未来に一片の希望の光も差し込む余地がないまま、世界は最後の時を刻んでいく――。