起
「ふぅ〜!!性欲に負けそうになったけど、何とか執筆を進められたぞ〜!」
この日、一人のなろう作家の青年:風野山 大地は、パソコンに向き合いながら『小説家になろう』に投稿するための作品を執筆していた。
大地はこれまで、風邪による体調不良や過剰な自身の性欲による思考力の低下、取り貯めしていたアニメや書籍化作家原作のラブコメ漫画による強烈な誘惑に、大地の作品を待ち望む暴徒達の自宅襲撃など、数多くの困難に見舞われながらも、ようやく自作品の執筆を進める事が出来たのだ。(完成したとは言っていない)
大地が時計に視線を向けると、時刻は既に日を0時に差し掛かろうとしていた。
丁度良い頃合いだと判断した大地は、一息つけるために執筆作業を中断して他のなろう作家の作品や活動報告を読む事にした。
「フォッ、フォッ、フォッ!!……どれどれ、みんなはどのような香ばしい作品を書いておるのかな?」
夏休みを利用して帰省した娘夫婦や孫達を出迎える好好爺の如く柔和な笑顔を浮かべながら、大地が早速マイページを開く。
そんな中、お気に入りなろう作家が立ち上げた新規のなろうブランド:『キノコプラス(Kinokoplus)』の最新デビュー作であるエッセイを見つけた大地は、早速読み進める事にした……。
「この作品は『子供への性教育をどんな感じでするのか?』みたいなのが主題なのか〜……それでは、お手並み拝見!」
そう口にしながら、大地は作品を読み進めていく。
作品の内容としては、筆者の体験を通して子供と異性間に関する話題などをどのようにしているか?というのを、懇切丁寧に描かれていた。
その作品を読み進めながら、大地が『♪ちっちゃい子、ちっちゃい子!ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃい子〜!』と、唐突に思いついた全く内容と関係ないフレーズを元気よく軽快に口ずさんでいた――そのときである!!
「は、はぅあ!?……なんと!昨今、都会では小学校低学年カップルが地平を埋め尽くすほどに横行している、だとッ!?」
実際は『小学3年生でも付き合ってる子達がいるみたいですよ〜♪』という程度の文面だったのだが、極限の嫉妬と憤激に駆られ冷静さを欠いた現在の大地はそれまでの好好爺的態度から一転、顔を悪鬼の如く醜悪に歪ませていた。
……大人である自分がこの地上で生きる人々の生命や営みを守るために日夜、邪悪なる『大淫欲界』の現出を必死になって食い止めているというのに、新幹線に乗る事もなく都会生活を満喫し、カブトムシはデパートで生息しているものと勘違いしてそうなジャリガキッズ達がそんな自分を差し置いて自由に恋愛を謳歌している……。
これまでの自身の世界に対する献身とは、一体なんだったのか。
大地は己の視界が暗転するのを、薄れていく意識の中で感じ取っていた――。
それからの大地は、人々を平和に導くような小説の執筆をやめたかと思うと、突如『小説家になろう』に登録していたユーザーアカウントを削除し、誰にも行方を告げぬまま謎の失踪を遂げる事となる。
最初は大地の友人や知人・密かに彼を慕っていた職場の後輩女性などが捜索願いを出したり、職場の上司や同僚達・彼の作品の熱烈な読者達が血眼で探していたのだが、日夜くまなく行われる捜査をしても大地の行方は依然として掴めず、時間が経過していく内に彼らの記憶から大地の事は忘れられようとしていた。