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サラ

随分と間が空いてしまいましたが、ぼちぼちと進めておりました。

ペースがまちまちとなり、お楽しみ頂いている方には申し訳ない限りですが、合間合間で書き進めておりますのでのんびりお待ち下さい。

 サラと呼ばれている少女の話をしよう。

 本名をサンドラ・シェーファーという。

 滞在中であるペィズリー領よりもずっと南方にある山間の町に生まれた。

 比較的大きな商家の長女であり、彼女の下には年子の長男を筆頭として更に年子の次男次女の双子弟妹、ここから二つ離れて三女、三女の年子で三男と男女合わせて五人の弟妹がいる。

 そんなサンドラ少女の性向は至って善良である。両親の言うことをよく聞き、弟妹の面倒をよく見、誰に言われるでもなく町の手伝いをしと、所謂“良い子”であった。

 金銭的な不自由がある家ではなかったし、幼いが故の不平不満などすらも口の端に上せるようなこともない。

 将来はどこかに嫁いで両親のような家庭が築ければいいなぁ、とぼんやり想像する程度にはのんびりした娘。

 それが幼少期のサンドラ少女である。


 そんな平和を享受していた彼女であったが、運命の奔流へ飲み込まれることとなる。

 転機である、と一言で片付けることができれば、それは幾分か良いように捉えることも可能であろう。だが、転機というものは往々にして予想もつかないところからやってくるものであり、それが良い方向ばかりであれば何一つ問題はないのである。

 そして、個人に対してそのように都合良く世界というものは回ってはくれないし、優しいものではない。

 たとえ本人がどれほど品行方正、謹厳実直を絵に描いたような人物であろうともその扱いを例外とされることはないのである。


 さて、サンドラ少女の日々の楽しみの一つといえば、弟妹の世話の合間で行っていた読書であった。

 暇を見つけては家に一冊だけあった高等魔術書を繰り返し読んでいた。他にも本はいくらかあったのだが、彼女はそればかり同じ内容をひたすら繰り返し繰り返し読んだ。

 その本は読み始めた時からすでに随分とくたびれており、家族の誰が読んでも何一つ内容が理解できた者がいなかった事から、ずっと書棚の隅で放置されていたものだ。

 以前祖父に何の本なのかと聞いた事があるが、祖父の祖父が何かの時のお礼にと貰ったもので何らかの魔術書であること以外の詳しいことはわからないと返された事を覚えている。

 誰も理解できなかった魔術書というのは、サンドラ少女の好奇心を大層激しく刺激した。そんな興味本位からではあったが、読んでみたいと両親に告げると「読めなければ面白くもなんともないんじゃないのか」とは苦笑交じりに言っていたが、渋るでもなく渡してもらえた。

 元々何につけても我欲を見せなかった娘が、珍しく見せた子供らしい態度に両親は安堵した部分もあったろう。そもそもが誰一人として内容を理解できない本であったし、譲ってほしいというような買い手も現れなかった。

 それゆえ、娘が欲しがるのであればご褒美代わりに与える玩具としては安いものである。

 サンドラ少女はそういうタイプの子供ではなかったが、仮に内容が読めないレベルの落書きされたとしても、元々が理解できない内容なのだから何も変わらない。売れないからと捨ててしまうよりはお絵描き帖にでもなった方がよほどいいという判断だ。

 そうして読み始めた本であったが、サンドラ少女は開くなり内容が()()()()()()()()()

 当人はもちろん周囲の人間も知らないことではあったが、サンドラ少女には生来魔術方面の高い素養があったため、理解しようとせずとも理解できた。当然、そんな彼女は特別誰かに師事するようなこともなかった――単に周囲に師事出来るような人物が居なかったという背景もある――し、しようとも思っていなかったが、最初のほうに記載されている部分は誰かに習うまでもなくごく自然に操れるようになっていった。

 サンドラ少女は大喜びで理解できた内容を家族に話したことはあったが、元々理解ができなかった魔術書ということが災いしてかまともに取り合ってもらえることはなくその結果として、自分がわかってさえいれば信じてもらう必要もないだろうと思ったし、逆に自分だけの秘密ができた事が幼心に嬉しかったのである。周囲に対して思うことはと言えば、精々がなんでみんな内容がわからないのかが理解できないという程度のものだ。それゆえ、言ったところで理解されないのも仕方があるまいという気持ちも多分にあった。

 それに、魔術書から学んだものの一部には簡単な身体強化に関するものが含まれていたため、こっそり使ってお手伝いに活用したりもしていた。

 自分が楽できて、周りはそれで助かる。誰も損する人はいないのだから、活用したことで別段何か咎めを受けるような事でもあるまいとサンドラ少女は考えていたし、それは事実その通りである。

 この本との出会いについては転機と呼ぶべき事象の一つ目であるとも言えるのだが、厳密にいえば大きな転機の一因であり、その前兆の部分であるとするほうが正しい解釈であろう。


 さて、そんな出会いを()()()()()()サンドラ少女は、幸か不幸かやがて町に訪れる異変の先触れを察知してしまう事となる。

 二十周ほど読み返し周回を終えたくらいの時であったか、町の手伝いとして畑作業に従事していた時のこと。

 土いじりのお手伝いも終わって、ほかの作業者も三々五々に散っていく夕暮れ。

 一杯やっていこうという者も居れば、それを断って家族の元へと帰る者も居る。

 断った者に対し新婚だからしょうがないと許容する風を口にしつつも、お下品な揶揄いをニヤニヤしながらぶつける者も居る。

 そんな人たちをいつもの風景だとにこにこ見送りながら農具を共同倉庫へと片付けて、サンドラ少女は一人畑へと戻ってきた。

 ここ最近で彼女の楽しみに追加されたことであるが、本に載っていた内容を独自に解釈したもので、土人形に魔術的な付与を施して簡易の魔導人形を拵える事だった。

 そんなものを作って何をするのかと言えば、魔物役の土人形と戦士役の土人形で冒険者ごっこのようなことだ。

 戦士役は枯れ枝の剣と枯れ葉の鎧で武装させるし、魔物役は四足歩行の動物的なシルエット。勝敗についてはこの舞台の神たるサンドラ少女のさじ加減一つであるため、現状両者の実力は伯仲しているといえるであろう戦績となっている。

 今日手伝いに訪れていたクローバーを作付けしている畑にて、作業途中に少しだけ隅の方へ積んでおいた粘土質の土を使い、いつものように戦士と魔物を拵えてゆく。

 慣れた手つきで必要な役者をさっと作り上げると、その出来栄えにうんうんと一人満足げに頷いた。もっとも、たいして造形に拘りがない人間が満足する出来栄えであるからして、一見しただけでは枯れ葉がくっついていて枯れ枝が刺さった泥ダルマと気持ち程度の四肢が生えた巨大な泥団子にしか見えないものではあったが。

 さて今日はどちらが勝つのがいいだろうか、などと考えながら付与を施すサンドラ少女であるが、ここで違和感を覚えた。

 いつも通り、いつもと同じ。数日前までは確かに動かせた手順である。

 ……にもかかわらず、だ。いま目の前にある土人形たちは与えられる役目を拒否するかのように土人形のままだった。

 おや、と小首を傾げてもう一度。付与の工程を頭からやり直してみたがやはり彼らは動かない。

 念のため、ともう一度。今度はゆっくりと段階を追って工程をやり直していくが、やはり彼らのストライキは継続したままだ。

 とりあえずこの日はたまには土も機嫌が悪い日もあるだろう程度に考え、明日になればきっと機嫌も直って踊ってくれるに違いないと家に帰ることとした。

 しかし、翌日も、その翌日も、彼らの機嫌が戻ることはなかったのである。

 さすがのお天気娘サンドラ少女といえど、事ここに至っては何かがおかしいと判断せざるを得なかった。

 そのほとんどを暗記するほどに読み込んでいた本を再度開き、夜も遅くまで一つ一つを確認していった。夜も更けてそろそろ寝なさいという親の言葉にも生返事を返し、ひたすらに文字と図形を追いかけていった結果、一つの結論にたどり着いた。

 土地の力が尽きかけている、という事である。

 サンドラ少女が身に付けた術式は、性質としては元々在るものを利用するタイプの術式であった。そして冒険者ごっこに用いていたのは土に内包される生命力を活性化させて動力とする術式だ。

 つまるところ、活性化させるものがなければそもそもが意味をなさないという事である。


 これは困ったことになった、とサンドラ少女は考えた。

 こうならないために連作を避けているというのにも関わらずこの有様だ。

 普通に考えればあり得ない。それが全く無いと言い切ることはできないが、少なくとも現在の状況が異常事態であることだけは言い切れる。

 クローバー畑だけがその状態であればさして大きな問題もないであろうが、そうとは限らないと判断した。

 日が昇るのをまだかまだかとひたすらに待ち、家族が起きだすのを確認すると畑に行ってくるとだけと言い残して家を飛び出した。家人は昨日のお手伝いの時に忘れ物でもしてきたのだろう程度に考えて特段気にも留めなかったようである。

 飛び出したサンドラ少女はそれから半日を掛けて全ての畑を駆け回り、それぞれの土でダルマを作って一つ一つ確認して回った。

 結果としてはどの土ダルマも動かすことはできなかった。

 もしかすると何かの拍子で魔術自体が使えなくなったのかも知れないという可能性にも思い当たり、身体強化を行ってみたが問題なく作用することで自身の問題ではないかとの考えは否定された。

 このままにした場合想定されることとしては作物がまともに育たず、そう遠くないうちに食糧問題が起きるであろうこと。

 それだけであるならばまだ貯蔵を増やすことで対処もできるだろう。だが、当然売る物が減れば買い付ける元手にも影響が出るわけで、対症療法がうまくいったところで根本は変わらずジリ貧であることには違いがない。

 こうなってしまえばもはや事態は自分一人でどうこう出来ることではない。

 まずは大人に相談しようと慌てて家に引き返し、忙しそうにしている父母を見つけて声をかける。

 朝早くから急に飛び出して泥だらけで帰ってきた娘の姿を見た両親は、家人から聞いた情報をもとにすぐに帰ってくるものだと思い込んでいたので想像以上にこっぴどく叱られたが、そんな些細なことなど気にしていられないとばかりに必死になって訴えた。

 町の危機なのだ。

 そう思って決行した必死の訴えではあったが、結論から言えばまともに相手をされなかった。

 朝早く飛び出したことが災いしたのか、思春期ゆえの不安定さから悪い夢でも見たのだろうとか。

 何一つ文句も言わずに色々と手伝いをしていたが、それが周囲の人間は言うに及ばず本人すらも知らないうちに負担となっていたのだろうとか。

 この場面に於いては、本来有利に働く特性であるサンドラ少女の善性が見事に足を引っ張った形となっていた。

 結局のところ、町の人間に対しても同じように言って回ってはみたが、結果は変わらずであった。


 こうしてサンドラ少女の生まれ育った町は、一人の少女だけが潜在的な大問題を把握したままに冬を越す事となる。

 そして翌年、案の定とでもいうべきか。警告を発した唯一の存在は、この問題が表面化すると同時に犯人であるとして槍玉に挙げられた。

 彼女は上手く伝えることができなかった自分が悪いのだと考え、特に町の人を恨むようなことはしなかったが、これを契機として一人町を離れる結果になる。

 尤も、両親は前年の出来事を思い出して深く謝罪をしていたが、それで彼女の立場が改善するわけではなかった。事ここに至っては遅すぎたのである。


 今を遡ること、五年前。

 サンドラ少女、十五歳の年。

 少女は故郷から追い出されるという形で旅路に就いた。


 なお、余談ではあるがこの時の事故の原因はある種別の魔法生物が人知れず畑で成長したことに起因する。

 根菜を植えている畑の中に混じっていたそれが、周囲の地力を文字通り根こそぎ吸い上げた事による一種の魔力災害のようなものではあるのだが、その要因が特定されるのはこの時点より数年後のことである。


 サラはその事について今もって知らぬままであるし、知ろうという気も既に湧いては来ないようである。

4/5 なんと評価Ptを頂けました。ありがとうございます。

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