襲撃者
別案件と年末が想定以上に忙しくて随分と遅くなってしまいましたが、続きです。
別案件の進行もあり、だいぶ不定期になりそうな気配ですがこちらも進めてはいきますので気長にお付き合いください。
今回はほんのちょっとだけレティさんが暴れます。
その夜の領都は非常に騒がしいものであった。
騒ぎの中心が繁華街からボッタクル商会へと移ってはいたし、その騒ぎに参加している面々も普段とは違っている。
警吏の部隊と商会に居て作業中だったもの、その当事者たちに商会を遠巻きに囲む野次馬どもという大きな違いである。
騒ぎの発端については現時刻よりも少し前、レティがファルナと話を始めた直後へと遡る。
◇◇◆◇◇
「ただの按摩さんじゃないとは判っていましたが……どちらからのご依頼でしょう?」
若いながらも大きな商会を率いる商人として、大きな商談に臨むときのように心を限界まで冷静に落ち着けて。
否、落ち着けた風を装って、ファルナはその言葉を口にした。
対するレティはといえば、少しの間何かを考えるような仕草をしていたものの、笑顔を向けてこう返した。
「強いて言うなれば……私……ですかね」
その返事にすっと目を細めたファルナは、出入り口の枠で控えているレティから杖を預かって控えていた侍女とレティへ交互に視線を送った。
「貴女が……? すると、あの子が実はお客様の関係者で?」
疑念とも確信とも、誂いにも取れる胡乱げな視線と言葉を受けた侍女は、心外なとでも言いたげに大きく目を開きぶんぶんと首を振る。
「いえ、そちらの方がどなたかは存じませんが……」
「まぁ、それはそうでしょうね。……貴女も、ごめんなさいね?」
急に向けられた少々たちの悪い冗談ではあったが、侍女の方は気分を害したというような素振りも見せずに安堵に胸をなで下ろしている。
とはいえ、彼女も商会長付きの侍女であるので、もちろん馬鹿では務まらない。話の内容くらいはどういうものかくらいは理解に及ぶ。
平然とした様子で商会長と差し向かいで話をしている、どこぞの商会かまたは商会が邪魔な貴族の誰かが差し向けたであろう黒尽くめの刺客の存在に。
この様なイタズラをされて本当に安堵に胸をなでおろしているのであれば、彼女がファルナ付きの侍女であったことに間違いはないだろう。
……が、彼女はその視界の中にある尋常ではない違和感に、非常な危機感を煽られていたのである。
「見過ごせなかった、と申しますか」
かしゃん、とコースターにカップが乗る小さな音が部屋に沈黙を招き入れる。
「殺気は消せるとしても、殺意というのはどうしても残るものです。そういった見えないモノに敏感なんですよ、私」
こんなですからと付け加え、レティは閉じたままの眼の形をうっすらとした笑みに変えて、話を続ける。
ファルナは浅めに座り直して肘掛けに頬杖を突くと、話の続きを黙って待った。
「昼間に伺った際ですが。……アナタ……私の仕込みを確認したでしょう?」
穏やかだったレティの表情に、にぃっと邪悪とも取れる酷薄な笑みが浮かぶ。
それと時をほぼ同じくして部屋の明かりが急に消え、室内には宵闇が満たされる。
闇が満たされた空間の中で動いた人影は、扉から一直線にファルナの元へと迷いなく動く。
「何……!?」
ファルナが息を呑むと同時に弾ける様に立ちあがったレティは、既に襲撃者の前に立っていた。
「ダメですよ。安易に慣れない武器を振り回しては」
レティの腕がするりと伸び、ごく自然に、そうなることが正しいかのように襲撃者の手を掴む。
「普段は恐らく短刀なのでしょう?」
まるで、それは危ないからと母親が子供の手を開かせて握り込んだ棒切れを取り上げるように、自らが持ち込んだ得物を奪い取る。
「こんな場所で、そんな武器の使い方なんて。……素人ではないでしょうに」
僅かな力で襲撃者の大勢を崩すレティ。
そして舞い踊るような足運び。
交錯する影と、月明かりのみを反射して煌めく剣閃。
「すみません、ファルナ様。お部屋を汚してしまいました」
壊れた噴水のごとく血を撒き散らしながら、突進した勢いもそのままに壁まで転がって激突する。
周囲に人の気配がぼちぼち感じられるようになったところを見ると、壁に当たった音を聞いて残っていた人たちが何事かと集まってきているのだろう。
「殺した……とよね……?」
「生かしたまま捕らえたところで、この手合は自爆を企むか自決するかですので」
腰が抜けたのか急な事で体が反応しきれないでいるのか。椅子から動かないままに思わず素で返すファルナと、何事もなかったかのように襲撃者の手から離れた鞘の部分を拾い上げるレティ。
やがて、商会に残っていた者たちが顔を出してきたところで、襲撃の事実が明らかとなり今宵の大騒動へと発展したのであった。
◇◇◆◇◇
結局の所、そのまま立ち去ることも出来無かったレティが解放されたのは随分と夜も更けた頃であった。
ファルナの証言などのお蔭で、襲撃犯として扱われることはなかったとはいえ、である。相手が相手であったものの、文字通りの返り討ちにしてしまっていた。そのため彼女は少々長めに拘束される形となっていた。
実際、事が発覚した時点では鮮血滴る抜身の武器を持った状態で見つかっているのだから、大きな問題にされることもなく解放されたのは僥倖と言えるであろう。
「おーそーいー。……でも、怪我とか無い……っぽいよね」
警吏詰め所の前で欠伸を噛み殺しながら待っていたサラにむくれた声を掛けられ、あらと声を漏らすレティ。
ある程度の斟酌はあったようだが、待ちぼうけていた相棒は予定より遅かったという点については流石に心配をしていたようだ。
「御免なさいね。自分で帰れると言ったのだけれど、サラの話をしたら念の為にと呼びに行かれてしまって」
「ううん、良いよ。寝かけてはいたけど、まだ起きてたし」
そのまま散策がてらに騒ぎの中心が一時的に移動してしまった夜の領都を少しだけ遠回りをしながら歩く二人。
「なんか、ほんのちょっとお礼金とか出たりしないかな?」
「どうかしら。そういうつもりで行ったわけでもなかったから特には何も言わなかったけれど」
「そっかぁ……一応明日も行こうと思ってたけど、近付けないだろうし職人区の方に行ってみようか」
一騒動起こした者とは思えないほどの呑気さで、彼女たちは明日からの過ごし方を相談しながら、ゆっくりと宿へと戻っていった。
「ところで……」
「何?」
「よく今日が襲撃の日ってわかったね?」
「わかったと言うか……誘った、かしらね」
「おー……悪女だね!」
「そうね、少なくとも聖女ではないもの」
聞く人が聞いていればまた詰め所に逆戻りしそうな会話ではあったが、幸か不幸か。その会話を聞くものはすれ違った野良猫くらいのものであった。
三人称の文章って慣れないから難しいのですよね。