交渉
週1ペースは守りたいとは思いつつもなかなかうまく行きません。
今週の更新でございます。
「うえぇ……マジかぁ……」
「サラ、お行儀」
ボッタクル商会を辞したあと、二人は少し町を散策してから日が暮れるころになって宿に戻ってきていた。
食堂兼酒場になっている一階部分。サラは、テーブルにべたーっと垂れていた。隣に座ったレティは小さく窘めるが、糸の切れた操りサラは復活しなかった。
結論から言えば、サラの欲しい情報は手に入らなかったのである。より正しく言うならば、教えてはもらえなかったと言うべきであろうか。
当然といえば当然の話で、彼女が町一番の商人に尋ねたのは契約系術式の強制破棄または上書きの方法なのである。聞く相手を間違えているとしか言いようがないのだが、サラにしてみれば知りたいものの手掛かりがぶら下がれば一も二もなく喰い付くだけの事であった。
『うーん……正直に言いますと、難しいのではないかとしか言えませんねぇ』
そう言って引き攣った笑みを浮かべていたファルナが思い出される。
例え契約を交わした同士の話ではないとはいえ、「一方的に契約書破る方法教えてください!」と面と向かって言われたのだから警吏を呼ばれなかっただけでも御の字というものである。
確かにレティの持つ杖が武器かどうかで一悶着有りはしたが、結局の所レティ自身が武器となりうる可能性があるモノは排除すべきとして商会側に預ける形をとった。サラは多少納得がいかなかった風ではあったが、持ち主がそれでいいというのであれば従うまでの話。それで相手側の気分を害したから教えないというレベルの話でもないので考慮しなくてもよいだろう。
とはいえ、まったくの無駄足でなかったことは僥倖であったと言える。
「難しいとは言ってたけど無理だとか知らないとは言わなかったよね、ファルナさん」
「それはまぁ、そうだけれど……サラはもう少し交渉事に慣れたほうがいいと思うのよ?」
何かまずかったかなぁ、と言いながら上体を起こして頬を掻くサラ。割と素で言っているらしく、あえて強くは言わなかったレティも若干の呆れ顔だ。
「でもさ、方法はあるって事なんだよ。あるんだよ……どうしたらいいのかなぁ……」
諦めるという選択肢はどうやら存在しないようで、真剣な表情で俯き気味に呟くサラ。どうしたらいいのかというのをまず考えてから動いてほしかったと思わなくもないが、レティはそれを言わずにおいた。
「慌てなくても、どの道しばらくは滞在するつもりでいるのだし時間はあるじゃない。ね?」
うーうーと泣きそうな声で唸るサラの肩を抱いて自身に寄せ、レティは柔らかに言う。
そして、体勢をそのままに言葉を続ける。
「今日は休んで、また明日。それでもだめならまた次の日。大丈夫。……ええ、大丈夫」
「……うん。また明日、当たってみる」
「ええ。それじゃ、ご飯食べて休みましょう」
お互い頷きあうと、給仕を呼んでささやかな夕食を開始。ひとまずは食事だけをパッと済ませてしまう事とする。
軽いおやつをついでで用意してもらって部屋に戻った二人は、軽く翌日以降の打ち合わせを済ませて自由時間へと移る。二人の間のルールであるが、夕食後から寝るまでの時間は可能な限りお互いが干渉しないようなフリータイムと決めてあった。
「少しお散歩してくるわね」
「ん。暗いけど一人で大丈夫?」
部屋に戻るとさっそくベッドに寝転んでおやつで用意してもらったクッキーを齧るサラ。この時間ばかりは無理に付き合うともいわず、確認程度に問うのみである。
「大丈夫。暗くてもそう大差はないもの。半刻くらいで戻るつもりよ」
「そっか。問題はないんだろうけど……気を付けてね?」
ありがとう、と笑みを返してレティは一人宿を出る。そのままふらりゆらりと領都の宵闇に消える姿をサラは窓から静かに見送った。
とっぷりと日が落ち、酒場では所謂冒険者と呼ばれる者たちの騒ぐ声が響く中。一般の商店は看板を仕舞おうという頃合いではあるのだが、レティは再びボッタクル商会を訪れていた。
ちょうど商会も閉店準備をしていたようで、表で看板を片付けていた手代と思しき人物が声を掛けてきた。
「すみません、閉店準備中なのですが……見ていかれます?」
声色から判断すれば暗に帰ってくれと言っているのは分かるのだが、心中ではごめんなさいをしつつもレティはそれに言葉を返す。
「ファルナ様はまだいらっしゃいますか?」
「はぁ……会長はまだ居ますけど、どのようなご用事で」
手代の声に明らかな警戒色が滲む。
閉店直前になって見知らぬ黒尽くめの女が商会長の所在を問う。そんな者は店側からすれば怪しんで当然であるし、むしろ素直に連れてくる方がどうかしているというものだ。
「昼間こちらにお邪魔して少しお話を伺ったものですが、伝え忘れた事がありまして……お取次ぎ、お願いできませんか」
「そうは言われてもですね……明日ではダメな話でしょうか?」
「できましたら、本日中にお話したいのですが……困りました」
直接口には出さないが困ってるのはこっちだよ、とでも言いたげな表情を浮かべる手代。実際問題として場合によっては死活問題となる話である。仮に害意を持つものであればその来訪者の言うことを鵜呑みにして何かが起きたとすれば到底手に負える範疇の責任ではない。
この区域は比較的警備隊の出張所が近いので、正面切って乗り込んでくるその手合が居るとも思えないが疑わしきはなんとやら、である。
そう思い、お帰りくださいと改めて伝えようとしたところで店内から独特な訛りののんびりした声が聞こえてきた。
「なんしよーとー? お客さん来たとやったら入れちゃり? ……おや?」
「あ、会長。すみません、こちらの方が……」
「遅くにすみません。お伝えし忘れた事がありまして無作法とは思いましたが、再度やってまいりました」
レティがぺこりと頭を下げながらそう言うと、ファルナは手代にそのまま閉店作業を続けるように伝えた。
仕方がないかと思い、頭を上げるとファルナからの声が掛かる。
「昼間にお越しいただいた方ですよね。どうぞ、商談室へご案内致します。手引きは要りますか?」
そう言ってそっと手を差し出すファルナ。
「ありがとうございます。けれど、お気遣いなく。大丈夫です」
申し出に対してにこりと笑みを返し、足元を確認しながらレティはそれでもしっかりとした足取りでファルナの後をついていった。
そして、商談室。昼間と同じように杖を預け、その後はファルナに手を引かれて椅子に座る。
「さて……」
お互い椅子に腰を下ろしたところでファルナが口を開く。
「ただの按摩さんじゃないとは判っていましたが……どちらからのご依頼でしょう?」