ボッタクル商会
月末で少しバタついたため、予定より遅れましたが続きです。
「ボッタクル商会って……また凄い名前付けたものですね」
ぴょこっと麺パスタが口の端からはみ出たままで固まるサラを脇目に、話を聞きながらサンドイッチを頬張っていたレティがどうにかそれを飲み込んで応答した。
奴隷商人や契約系に強い付与術士に心当たりはないかと忙しく走り回っていた女性給仕を掴まえて聞いていたところ、特段覚えがなかったらしい彼女がうんうんと可愛らしく唸った後に出してきた答えであった。わざとらしく若干あざといとも思える仕草であったが、比率としては男性客の方が多い斡旋所併設の食堂では都合がいいのかも知れない。何かを察したレティが小銭をうっかり落としてしまい、それを拾った直後あたかも今思い出したように「あっ、そういえば!」と両手を合わせて言ったところを見ると、なかなかに強かな性格をしていたようである。小銭はごく自然な動きで給仕のポケットに収納されたのを見ていたサラは、いろいろと大変なんだなと思いあえて追及はしなかった。
軽く聞いた程度での情報ではあるが、それらをまとめるとそこそこには大きな商会であるようだ。
ボッタクル商会。領都に本店を構え、ペイズリー領内の大小様々な町や村に支店を出している。複数商店の寄り合いという面はなく、一つの商店としての名前なのだそうである。
字面に反して価格はお手頃で品質も悪くないので名前で完全に損をしていると給仕の女性は言っていた。
また、オーナーはフェルナという名の女性で、驚くことにまだ年若いのだとか。
若くしてそれだけの商才を持つ才媛ということであれば、お使い程度の話ならまだしも、ちょっとした交渉事となると一筋縄ではいきそうもないというのは想像に難くない。少々骨の折れそうな話だなぁと考えながら、サラははみ出たパスタをちゅるんと口内に収めたのである。
目的地の目途をつけた二人は、少しゆっくり目に食事を済ませてから出発することにした。サラにしてみればさっさと食べてすぐにでも動きたかったのだが、がっついて食べるとレティに叱られてしまうため我慢したのである。
《お手頃価格でみんなニコニコ現金払い!》
商業区の一角。目抜き通りに面した所謂一等地に、誰の目憚ることなく掲げられた立て看板に記載されている文言である。その看板から視線を少し上に滑らせてやると、屋号が記された立派な看板に行き当たる。きっと冗談か何かだろうと半信半疑であった存在が否が応でも現実であることを猛然とアピールしてきた。
看板に記載されていた屋号は「ボッタクル商会」である。
ほえー、と間の抜けた声を出して暫し呆けたサラは、軽く頭を振ったあとで頬を叩き意識をしゃっきりさせる。そして、いざ勝負とばかりにレティの手を引き、商会に乗り込んだ。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「いらっしゃーい。ゆるーっと見てって良かけんねー」
ゆるーい挨拶で二人を迎えたのは、たまたまエントランス近くで商品サンプルを並べ替えていたこれまたゆるーい雰囲気の女性店員であった。濃緑の髪と柔らかな笑顔、そしてそれらは惜しげもなくその存在を主張する豊満な肢体に支えられている。首元で一つにまとめた髪を肩越しに胸の前に垂らしているため、更に目を引く。夜のお店で働いていますと言われた方が信じる人は多いかもしれない。
一頻り自身と対比したサラは、そこそこ自信はあったはずではあるのだがそれでも一目で判る圧倒的な戦力差に膝から崩れ落ちそうになる。……が、どうにか気力を振り絞って当初の目的を思い出すことに成功した。気力を振り絞るためにレティの方に目をやって心の平穏を保ったのだが、きょとんと小首を傾げている本人には理由などは言えるわけもない。もっとも、言われたところでレティは気にしなかったではあろうがとんだ流れ弾である。
聞きなれない訛りと圧倒的重圧に少々戸惑いはしたものの、ひとまずは店内を散策することにした。ちょうどいい機会でもあるし、ここに来るまでにいくらか減った携行品の補充をしておこうというわけだ。
系統別にきちんと棚ごとに分別されており、各商品のサンプルがひとつとその後ろに木札がずらっと並んでいるという他所ではまずみかけない形式だ。
他の客の様子を見ていると、どうやら木札をカウンターで渡し、それを元に倉庫から商品を出してくる形式らしい。手癖の悪い客の被害は減りそうである。
「こっちは雑貨が主で……あっちの窓口みたいなのは……レイド……?」
「レイド? 奴隷の書き間違いではなくて?」
お上りさんよろしくキョロキョロと物珍しげに店内を見渡しているとふと目に飛び込んできた見慣れない単語。その単語に二人が首を傾げていると、お客様がお困りだと判断したようで先程のゆるーい女性が声をかけてきた。
「お二人さんここらの人と違うたっちゃねぇ。どっから来たと?」
「南の方から、東回りでつい先日着きまして……でも、何故それが?」
「あーた方んごたじょうもんさん、どっかで見とったら忘れんはずやもん。今んとで確信しただけ」
笑顔なので貶されているわけではないだろうという事はわかるのだが、訛りがキツすぎて何を言っているのか正確には分からない。とりあえずサラは愛想笑いで判ったふりをしながら言葉を返す。
「それで、レイドって?」
「今この領内って所謂奴隷って居らんとよ。あ、犯罪奴隷やら借金奴隷は別やけどね?」
「少し前から制度に手が入ったっていうのは聞いてたけど、ホントだったんだ……」
「その辺は話すとちっと長ぉなるけん、とりあえず置いとくとして……」
ゆるい店員はそう言って一旦言葉を切ると、口元に人差し指を当てて簡潔に説明をするべく思考を巡らせた。
「なんて言うたら良かとやろか。なんとか奴隷って言い回しにするんやったら契約奴隷、ってとこやろうか」
「契約……? それって、何かこう、付与術的な手法でナニカしたりとか?」
急に食いつきが良くなったサラに、少し驚いたような表情を見せる店員さん。
言っている方は特段聞き手側の変化などさして気にした風でもないが、興味が急騰するとこうなることを知っているレティは袖を引いて落ち着くように促している。少々の外部刺激はあまり効果の程はないようだが、それも承知の上である。
そんな様子に店員さんはほんの少しだけ目を細めて、問いを返す。
「レイドが欲しかと? それとも?」
「あ、いや、そのー……契約的な方に興味というか、知りたいことというか……があって、ですね」
はたと悪い癖が出ていたことに気がついたサラは、はははと乾いた笑いを浮かべて視線を左右に動かしながら来店の目的を告げた。
「契約に……ふぅん。まぁ、よぉわからんとやけど何やら事情のあるごたるし……」
ふぅ、と軽く息を吐いてそう告げると彼女は色を正して、言葉を続けた。
「少し、お話を伺いましょうか。奥に商談室がありますので、そちらへ」
急に流暢な共用語が紡がれ、雰囲気も一変する。ぴしりと伸びた姿勢と堂々たる話しぶり。その変化について行けなかったらしいサラが目を白黒させていると、もう一つ彼女は言葉を重ねてきたのである。
「申し遅れました。私、当商会の経営をしております、フェルナ・ボーリックと申します。お見知りおきを」
ブックマークしていただいたようでありがとうございます。
拙い作品ではありますが、今後とも宜しくお願い致します。