領都へ
始めまして、響野千早と申します。
二次ではない創作に取り組んでみようと思い立ち、投稿させていただいた次第です。
至らぬ部分や矛盾点などはいろいろ出てくるかとは思いますが、可能な限りで解消しつつ完走させたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
投稿ペースは週一程度で出せればいいなと思っております。
「馬車通らないねー……レティ、大丈夫? 足痛いとかない?」
「ええ、大丈夫。ありがとう、サラ」
街道脇のほんの少し開けた場所。中央ほどにあるやや大きめの平たい石に腰を下ろして、話をしている人影が二つ見える。
腰まである青みがかったクセのない髪を持ち、綺麗に着飾れば貴族の令嬢としても通用するのではないかというレティと呼ばれた女性。残念ながら、黒いゆったりとした貫頭衣を身に着けているので貴族の令嬢というよりは修道女のような出で立ちをしている。荷物はすべてサラに任せているようで、彼女の手回り品はといえば、すぐ横に寝かせてある飾り気のまったくない杖――というか、むしろ棒と言い切ったほうがしっくり来る――があるくらいだ。
一方でそのお連れ様である少女サラは、レティとは対象的に肩のあたりで切りそろえた赤っぽい茶髪である。少しサイズに余裕を持った大きめのシャツの上から革のベストを羽織り、下も余裕を持ったハーフパンツにいくつかのベルトポーチを提げているので、パッと見としては少年のそれである。お嬢様然としたレティが隣りにいるためか、一層活発な印象を与える。
今彼女たちがいるスペースは、街道沿いに設置されている馬車の休憩所。「馬車の」とは言うが、どちらかといえば動力源たる馬の水場である。そのためそこそこの広さはあるものの、ヒトにとっては精々馬車に揺られて凝り固まった身体を伸ばす程度に使う場所である。
なお、この場に馬車は見当たらない。つまりは二人は徒歩で旅をしているものと推察されるが、さして治安がいいとはお世辞にも言えない世相での徒歩の、しかも若い女性の二人旅。傍目からはそれなりの理由というものが勝手に想像されるのである。
周囲が彼女たちをどう見るかなどは一旦さておくとして、二人の現状についての真相を明かせば至極単純な問題である。勝手な想像のおかげで乗せてもらえなかったとか、逆に乗り合い馬車を嫌って乗らなかったとかの特別な理由があるわけではない。
ただでさえ本数の少ない定期便を、レティが準備にもたついた為に乗り過ごしただけのことであった。
「私のせいで、貴女にまで不要な苦労を掛けて……こほっこほっ」
少々大げさに口元を隠して咳き込んだレティの背中をそっとさすりながらサラは言う。
「それは言わない約束だよ、おっかはん……やへへほ、はひふふほー」
ふわりと覆ったレティの手に、圧し潰されるサラの両頬。
その可愛らしい顔立ちを台無しにされたサラは、その暴挙に及んだレティへ不満を向けたのだが、不満を向けられた側はというとその顔をずいと寄せて重々しく口を開いた。
「せめて姉で、と何度も言っているのに……!」
迫真の表情で、しょうもない拘りを吐露するレティ。
お互い顔を見合わせてどちらが先かというように二人して吹き出すと、ひとしきり声を上げて笑いあう。
茶番であった。
「あまり長居をしても到着が遅くなっちゃうし、いこっか」
そう言ってサラは朗らかな笑みを向けながら先に立ち上がると、やや芝居じみた動きを伴いながらその手を取って行動を促す。
その手を取って立ち上がるレティは、自身の傍に立て掛けてあった杖を取り足元を確認しながらゆっくりと歩を進めた。
地面に置きっぱなしになっていた荷物をよいしょと可愛らしい気合いを入れて背負うと、サラはほんの少し先で立ち止まって振り返っているレティの元へと小走り気味に駆けていく。
サラが腕を絡めて来るのを苦笑しながらも受け止めて、二人はわずかな休息を終えたのであった。
もう少し行けば領都への主街道と合流するはずである。
「馬車居るかなぁ?」
「こちらの道よりは期待してもいいと思うけれど……どうかしらね?」
「そうだよねぇ。お仕事の話、間に合うかなぁ」
つくづく呑気な二人であった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
レティとサラが去ってから数時間が経ったころ、彼女たちが歩いて行った方向、つまりは領都方面からの乗り合い馬車が水場に停車した。
御者台から降りた男は慌てたように大き目の水桶を取り出すと水を汲みに走って行った。それを見送ってから護衛を兼ねた乗り合い客と思しき武装した男たちが荷台から飛び降りる。さあ出番だとばかりに警戒をしながら荷台の左右にそれぞれ一人ずつが配置する。
「野盗の類ってのは一向に減らねぇよな」
「ココも毎度のごとく襲撃されて危険地帯の仲間入り。こういう仕事は実入りは良いが、実際頻繁にこの道を利用する方にはたまった物じゃない」
「全くだ。しかし……何の気配もしないというのが逆に妙な……それに、この臭いは……」
片割れからの言葉に周囲を見回しながら、くんと空気を吸い込み吟味する。確かに臭う。
嗅ぎなれた、嗅ぎなれてしまったとも言うべき鉄臭く、そして生臭い、この空間にあるべきではない臭い。
血の臭い。
認識するのとほぼ時を同じくして響く、水場へ向かったはずの御者の悲鳴。
しまった、と御者の向かった水場へ全力で走ると同時に、荷台からは更に武装をした人員が四人、五人と現れる。彼らはつまり、乗り合い客を装い編成された討伐隊だったのである。
最低限である馬車の護衛だけを残し、全員が水場へ走る。先行した二人がほどなくして腰を抜かした様子で桶を取り落としている御者を発見できたのは僥倖であった。
「どうした、賊か!」
声を張る男に、御者は言葉もなく震える指だけで指し示す。
「何だってん……だ、よ……?」
「こいつは……」
御者が指す先にあるもの。それはまるで同士討ちでもしたかのように累々と横たわる、賊の一団の変わり果てた姿であった。
「急に仲間割れでもおっぱじめたってのか……?」
「むぅ……そう、なんだろうか。だが……なんだ、この違和感は……」
「違和感……? ふむ……」
御者を起こしてひとまずは協力して水を運ぶように促した後、違和感の正体を探るべく近付く先行の二人。
この一団が壊滅したかどうかは自分たちの判断ではないのでひとまず置いておくとしても、現場を見たからにはそれなりの情報を持ち帰り、警吏を動かすためにも可能な限りは伝えねばならない。
役に立つかはともかく、放置して武器を返してやる理由もないのでひとまずは武器を回収。抜き身で持ち帰るわけにもいかないので、それぞれに対応した鞘を探す。すると、違和感の正体が姿を見せた。
「なんでこいつら……自分の得物で死んでるんだ……?」
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