表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

主食はビーフウエリントン

角川春樹 vs ビンス・マクマホン 違いがわかる男のクラシック

 先日、角川春樹がテレビ出演した。過去に確執のあった俳優と再会したらしいが、こういう話には興味がないので私はテレビを途中で消してしまった。


   ************************************

 

 私は以前から角川春樹とビンス・マクマホンはよく似た経営者だと思っていた。

 角川書店元社長の角川は出版業界、一方、WWE会長のマクマホンはプロレス興行。業界は水と油以上に異なるが、二人には驚くほど共通項がある。

 まず第一に二人とも創業社長を父に持つ、二代目社長である。

 次に二人ともマスコミにアンチ記者が多い。全盛時代、マスコミから散々バッシングを受けてきた。

 角川の場合、麻薬逮捕時はバッシングが頂点に達した。

 これらのバッシングの理由は二人が従来の業界の常識とはかけ離れたことをやる経営者だったからだ。

 二人とも業界内でマスコミからこれだけバッシングを受けてきた男も珍しいが、経営者として無能だったかというと実はその真逆。業界を飛躍的に発展させた功労者として現在では高く評価されている。

 角川は小説と映画などのメディアミックスを試みた業界のパイオニア。一方、マクマホンは中小のプロレス団体を吸収合併し、スポーツ色よりエンターティメント色を全面に打ち出したプロレスを大会場で興行。両者とも業界では異例の大成功を収めた。


 ところで角川にせよ、マクマホンにせよ、マスコミのアンチ記者たちが様々なバッシングを二人に浴びせてきたことは先に述べたが、その最たるものは、二人は業界の”クラシック”を理解してない、というものだ。

 角川の場合、本物の文学、本物の小説の何たるかがわかっていないで出版社の社長をやっているというバッシングであり、マクマホンの場合、プロレスの醍醐味がわかってない素人が興行をプロモートしているというバッシングであった。


1. WWEのプロレスとは何か


 WWEのプロレスというと、みなさんはどんなイメージをお持ちだろうか。

 全くプロレスには関心がなく、WWEなんて聞いたことがない、という人もいるかも知れないし、逆に私よりも詳しい人もいるかも知れない。


 一昔前のプロレスだったら、ストロングスタイルなのかショースタイルなのかが重要だった。すなわち”ガチ”(本気で戦っている)か”ヤオ”(勝敗が決まっている芝居)かが大問題だった。もし”ガチ”だったらプロレスは観る価値があるが、”ヤオ”だったら観る価値がないと考える観客が大半だっただろう。

 ところがWWEは最初から”ヤオ”であることを公言し、積極的にギミックを使う。

 私は最初、ケーブルテレビで無料で観られる試合だけを観ていて、WWEは実にくだらないと思っていたが、ペイペーヴューで有料の試合を観るようになってから、考えが大きく変わった。

 無料試合で見られるギミックや、明らかに作られた因縁の対決のストーリーは、有料試合のための宣伝に過ぎない。本当に面白い試合は金を払わない観客には見せないのがWWEの経営方針なのだろう。


 私は有料ペイパーヴューの試合を観て、マクマホンは本物のプロレスを理解している男だと確信した。

 本物のプロレスとは何か。それは”ガチ”の試合ではない。

 鍛えられたプロ同士のぶつかり合いでなければ観ることのできない、技や肉体美のパフォーマンス。これこそが本物のプロレスであり、真のプロレスの醍醐味なのである。



2. 角川文庫は角川映画より面白い


 角川文庫の巻末にある「角川文庫発刊に際して」は、角川書店の創業社長にして角川春樹の父、角川源義が執筆した文章だ。

 だが角川春樹が社長就任時、一時的に角川文庫の巻末に彼自身が執筆した文章が載ったことがある。

 それによれば、小説はそれ自身完結した最高のエンターティメントであり、映画やテレビドラマ、漫画、アニメなど他のメディアに原作を提供するだけの”シナリオ”ではない、というようなことが書いてあった。

 映画を積極的に制作している角川が小説をリスペクトしている。

 角川は小説など時代遅れでつまらないメディアだと考えているから映画業界に参入したのでは、と世間的には思われてるが、どうもそうではないようなのだ。


 「八つ墓村」、「獄門島」は文庫も読んだし映画も観たが、文庫の方が面白い。

 そもそも作者、横溝正史は江戸川乱歩などと違い、角川文庫に収録されなければ、世間から忘れ去られるミステリー作家だったかも知れない。

 角川文庫に最初に収録された横溝正史の作品は「八つ墓村」だが、おそらく当時絶版状態の埋もれた名作を角川の眼識で文庫化したのではないか。「獄門島」ならミステリー評論家から高く評価されていたが、「八つ墓村」は角川が取り上げてから世間的に日の目を浴びるようになったのだ。

 この他、「復活の日」も文庫と映画の両方をチェックしているが、文庫に軍配が上がる。

 作者、小松左京は「日本沈没」や「エスパイ」がすでに映画化されていたし、小説でも原作の映画でも角川書店なしでも有名なSF作家と言えるが、「復活の日」が彼の真の代表作であることを見破った眼識は、メディア業界では角川にしかなかったようだ。

 

 すべての作品をチェックしてないが、原作の角川文庫の方が角川映画より面白いし、実はそれを角川はよく知っていたのだと思う。

 メディアミックスで一番面白いのは小説。彼はこれをよく理解していた。


3.浅草演芸ホールの寄席との共通項


 昔、浅草演芸ホールで何回か寄席を観に行ったことがある。

 真面目な古典落語しかやりません、と宣伝すると客は誰も来ない。だから紙切り、奇術、漫才など色物で宣伝して客を増やす。だが最後まで鑑賞すると一番面白かったのは真打の古典落語だったことを、多くの客は納得して帰っていくのである。


 WWEのプロレスでは無料試合のギミックで宣伝し、ペーパーヴューで本物のプロレスを見せる。

 寄席にたとえればギミックが前座の色物で、古典落語の真打がペーパーヴューのメインイベントだ。

 同様に角川の考えでは、角川映画が前座の色物で、古典落語の真打が角川文庫の原作小説なのだろう。


 古典落語のよさがわかる人は寄席の通と言える。角川もマクマホンもその道の通と言っていい。

 二人は小説、プロレスとジャンルは異なれど、その真の醍醐味を知る男、つまり違いがわかる男なのである。


4.まとめとして


 メディアが伝える角川春樹像は全くの嘘だとは思わない。だが彼が角川書店を去って以降、業界のメディアミックスはさらに活発になったが、肝心の小説がつまらなくなった、と私は個人的に思う。


 父、源義が社長時代、角川がランボーの詩集を編集しているとき、父から「おまえは文学を愛していない」と叱責されたという。学術的解説を省き、従来よりも装丁に注力した本を作っていたからだ。これに対し角川は「僕は僕なりに文学を愛しているが、ビジネスが大事」と答えたという。

 結果、角川の編集したランボーの詩集は予定よりよく売れた。

 このエピソードをもって角川が本物の文学をわかっていないと誤解されるが、彼が社長就任中、角川文庫は面白かった。


 小説は映画、テレビドラマ、漫画、アニメより面白くなくてはならない。あるいは他のメディアより面白くなければ本物の小説ではない。そして自分が編集を担当するのは本物の小説の原稿だけ......。

 こうした気概を持った編集者が現在、業界にどれくらいいるだろうか。

 

 違いがわかる男(あるいは女でも可)が業界のトップに戻ってくれば、小説も面白くなり、出版不況も少しはいい方向へ変わるように思えるのだが......。


                                            

                                           (了)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  うーん、商業小説の問題は、業界の文学的な知的探求として、世界および政治を無視し続けた結果、敗戦国主観のままニッチな個人に耽溺しすぎたせいだと思いますよ。  文学的なダイナミズムとは、時代…
[良い点] 物事を表層だけ捉える人たちからは、妙なことをやっていると思われて叩かれてしまうんですね。 大目標は何なのか。 そのために、何をすればいいのか。 そして……すべきことが突飛だった場合でも、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ