9、暴走
フラフラと、ビルの屋上へ向かって階段を上って行く僕の腕を、みのりが捕まえる。
「ロクちゃん真面目過ぎんだよ。だから言ったでしょ、息の抜き方を知らないと苦しくなるって」
「ブスに、何が分かる」
「分かるよ。ずっといじめられてきたんだよ。ロクちゃんこそ、生きている価値とか、考えたことないでしょ? 優等生で、何でもかんでも揃っていて、何の苦労もなく生きて来たくせに、分かったようなこと、言わないで」
みのりの平手が、僕の頬を叩く。
泣きたかった。こんな自分なんか消してしまいたいのに。
「……酒、飲ませてくれるかな?」
笑いたくもないのに口元が緩み、僕は居酒屋の看板を指す。
もう二十歳になっているのだ。聞く必要などない。大腕を振って入っていける。そんなこと、分かっていた。分かったいたけど、みのりの顔を見ているうちに、言ってみたくなったんだ。
「何バカなことを言っているの? 朝まで飲み明かす? 私付き合うよ」
ただそう言ってくれるのを、期待していたんだと思う。
だけど、その時のみのりは違ったんだ。
じっとそんな僕を見ていたみのりが、息をフーと吐きだしてから、誰かに電話をする。
「行こう」
しばらく居酒屋の前で待っていると、野暮ったい男が近づいて来る。
「どうも」
「無理言ってすいません」
チラッと、その男が僕を見る。
「いいのいいの。丁度、俺も酒飲みたかったから」
そう言うと、男が先にのれんをくぐり、僕たちも見習って後に続く。
店員は疑うこともなく、僕らのテーブルに酒を運んで来た。
秋川康生。
みのりのバイト先の人らしいが、そんなのはどうでも良かった。
ガブガブとビールを流し込むが、酔えずにいた。
「まぁ、大学行ってても、俺みたいにダブっている奴もいるわけだからな。入るのが遅れても別に問題ないでしょっ」
そう言って、秋川は、豪快にジョッキを空にして行く。
「ほれ、これでも吸って全部忘れちまえ」
秋川は、余分に買ってきたという煙草を僕の前に置いた。
一本取りだして吸ってみる。
噎せて咳き込む僕に、止めといた方が良いんじゃない。とみのりが耳打ちをする。
それが癪に障った。
立て続けに酒のお替りを頼み、ムキになって煙草に火を点けた。
「これ以上はヤバイね」
秋川がそう言うと、帰ろうと立ち上がった。
「これ、俺の分ね」
「私のおごりでいいです」
「良いから。その代わりに今度、デートしてよ」
「またー」
「本気だから」
お金を置いた秋川は、先に店を出て行ってしまう。
気分は最低だった。秋川の言葉がやけに引っ掛かってムカムカしていた。
「大丈夫?」
みのりが、顔を覗き込んで来た。
「ホテルに行きたい」
驚いたみのりは、目を見開く。
「冗談だよ。僕はしばらく酔いを醒まして行くから、ブスは帰れ」
「良いよ」
え?
みのりが目を逸らしたまま、
「ロクちゃんがそうしたいなら良いよ」
もう一度、ゆっくりとした口調で繰り返す。
秋川を呼んだのも、無茶を承知したのも、全部僕のため。
だけどひねくれ者の僕は、そんなことも分からないまま、乱暴に肩を抱き、近くのホテルへと入って行った。




