8、破壊
みのりとの関係は曖昧のまま、冬を迎えていた。
最後の追い込みだった。
今まで軽口を叩いていた奴らも、無言で改札を抜けて行く。みのりも余計なことは言わなくなった。弁当袋を手渡すと、黙って僕の横を歩く。
少し重みを増した袋の中身を見る。水筒が添えられている。
「顔色悪いから、野菜ジュースを付けたから」
ありがとうと喉まで出かかっているのに、僕はその一言が言えずにああと答える。
あまりよく眠れていない。目を閉じると英文法が気になって、目が冴えてしまう。数学は、あと一問解いてからと思っているうちに、朝が来ていることが多い。今まで覚えたものが、寝ている間に抜け落ちてしまうんじゃないかと、錯覚を起こしているように、寝るのが怖かった。
受験の日、雪が降った。
しんしんとした寒さの中、電車に乗り込む。
予備校最後の日、みのりから合格祈願のお守りを渡された。
「ロクちゃんなら大丈夫。頑張って来たんだから、自分を信じるだけだよ」
「ブスが、余裕かまして人を励ましてんじゃねーよ」
「口が悪いのは、元気な証拠だね。お互いベストを尽くしましょう」
みのりが手を差し出した。
僕はその意味が分からずにいると、無理やり手を握られる。
「頭が良い人の力を分けてもらわなきゃね」
「バカがうつる。止めろ! これで落ちたらお前のせいだからな」
「相変わらず酷いね」
小首を傾げたみのりが言う。
カバンにぶら下げたお守りが揺れ、僕は試験会場に入る。
自信はあった。自己採点でも九分九厘いけていると確信していた。だから、僕はこの事態が上手く飲みこめないでいる。
泣きたいのに、涙が出て来ない。
僕はみのりを呼び出した。
予備校がある駅前のバーガーショップ。参考書も持たずに、こんな所に入るのは久しぶりだった。高校の制服を着た団体が、ゲラゲラと笑って入って来た。まるで僕を笑っているようで、耳をふさぎたくなる。
一時間してみのりが来る。
「ブスが待たせてんじゃねーよ」
「ごめん。出掛けに、親がいろいろ言ってきて、遅くなっちゃった」
何でこの僕ばかりがこんな目に遭う。
「ブスが化粧なんかしてんじゃねーよ」
みのりは何も言い返さない。それがまた腹が立つ。
乱暴にごみを片した僕は、表に出る。
「どこに行くの?」
そんなみのりの問いかけを無視して、踏切を渡る。
居酒屋が並ぶ切れ目にあるカラオケボックスに入る。
「ロクちゃんが歌なんて、珍しいね」
みのりの声が、弾んで追いかけて来る。
「何、歌う?」
歌なんて歌いたい気分じゃない。僕はみんなが楽しんでいる間も、勉強をして来たんだ。こんな所でへらへらと笑っていた奴らが、先を行ってしまうなんてありえない。
「ブスが一人でうたってろ」
そんなことが言いたいんじゃない。結果を聞きたかったんだ。それなのに僕は訊くのが怖くて、適当に番号を入れる。
「全曲歌いきれよ」と言って、部屋を出てしまった。
自分でも何がしたいのかが分からなかった。
今までの生活を壊してしまいたかったのは、確かだと思うけど……。




