12、僕は僕なりに
あの頃の僕はこの坂道を上る度、何でこんな思いをしてまで、この街に住まなければならないのかと思っていた。
ありきたりの日々。単調でつまらなものばかりといつでも不満を言っていた。
僕は人を思いやるとか、そういうものとはほど遠く、自分の中に芽生えたものが何であったのか、知らずにいたんだ。
桜が満開になるこの季節になると、僕はいつだって思い出す。
バカなことだと自分でも思う。
……けど、思わずにはいられないんだ。
君に逢いたい。
みのり、今、君は何をしていますか?
くたびれたスーツで、交差点を渡って行く。
味気ない毎日。
本当に、僕は名前の通りのろくでなしで、でも、陸朗って意味は全然違っていて、大学教授が教えてくれたんだ。
君の名前は素晴らしいねって。
みのり、君なら分かるだろ? 僕がどんな反応したか……。
こんな名前のお陰で散々だった。って口を尖らせ、抗議をしたんだ。
教授は首を振って、君は何も知らない人なんだね。と言った。
僕には、さっぱり言われている意味が分からなくって、ムッとした顔をして黙ってしまったんだ。
周りにいた同じゼミの人たちは、ハラハラしたそうだ。それでも教授は落ち着いた声で、辞書を引いてご覧。親がどんな思いで、その名を付けたが分かるよと言われ、僕は促されるまま引いてみた。
陸朗の陸は、水平であること。歪みなく正しいことなんだ。大学を落ちた時、こんな名前を付けたからだって、言っていた自分が恥ずかしくなった。
――あれから10年。
あの頃描いていた医者や弁護士にはなれなかったけど、まぁそれなりに社会人をしている。
弟に子供が生まれた。
僕は伯父さんだ。
いくつかの会社を転々として、やっと落ち着いたんだ。
今は、営業で頭を下げるのが、僕の仕事。
あの頃、僕が一番苦手だったことをしている。
日差しが照り返す中、僕はすれ違う親子連れを見て、立ち止る。
聞き覚えのある声。
向こうも立ち止り、振り返っていた。
「やっぱりそうだ。立花君だよね?」
あれほど会いたいと願ったみのりである。
一言二言、隣に居た男性へ何か言うと、みのりが近づいて来た。
ベビーカーを押すその男性は、旦那さんだろうか?
軽く会釈され、僕も頭を下げる。
「元気だった?」
あの頃と全然変わっていないみのりは、屈託のない笑顔で言う。
「おかげさまで」
「そう、良かった。私ね、去年、結婚したんだ」
「子供、産んだんだ?」
「うん。産まれたばっかり。旦那の実家行って、その帰りなの」
「幸せなんだ」
「うん。すごく幸せ。彼、優しくて、何でも手伝ってくれるんだ」
「なんか耳が痛いな。皮肉に聞こえる」
「ああ、そんなんじゃないよ。本当に違うから。私、立花君には感謝しているんだ。いろいろとはっきり言ってくれたから、自分の悪いとこ直せたし、それに、立花君も充分優しかったよ。あ、私もう行かなきゃ。じゃあ」
赤ん坊が泣きだす声。
みのりは、小走りで戻って行く。
どうしてあの頃、僕はこんな大事なことに気が付かなかったんだろう?
きらきらと、みのりが輝いて見える。
僕は、みのりが好きだった。紛れもない真実。ずっと、そう思っていたくせに素直に認められず、僕はみのりを傷付けてしまった。
そうなんだ。僕があの日抱いたのは、勢いでも何でもなかった。
僕は最低だ。
楽しそうに歩いて行くみのりの後ろ姿から、僕は目を離せずにいる。
……ブスのくせして、幸せになりやがって。
やっぱり、僕はろくでなしの陸朗だ。
僕は、携帯から星池みのりの名前を消した。
冷たいものが、頬を流れ落ちる。
桜が舞い散り、僕は少しだけ前に進んで行こう。と思う。
あの日、言えなかった言葉を胸に。
ありがとうさよなら。
そして、I LOVE YOU。
< FIN. >
最後まで読んでくださった方へ、大感謝です。
プライドが高いが故、どうしても自分の気持ちに素直になれなかった陸朗。
知識を多く持つことは素晴らしいことですが、大事なことはもっとたくさんあるよなと思いつつ、書いた物語です。
君に幸あれ。
ではあしからずm(__)m




