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8.人手不足・準備不足でした。







 ――行ってきます。




 そう元気に言って、王都の神殿を出てから数時間。昼前に出たはずだったのだが青葉とキースは未だに王都内に足止めされていた。

 王都内の馬車道が、ことごとく「たらい」と思われる水受けに占領されており馬車が通り抜けられないのだ。


 それだけではない。

 神殿が聖女召喚に成功したための降雨だと言う事は、既に王都中が知っており神殿の紋章が入った馬車を見るたびに民は馬車に向かって手を合わせ感謝の意を示す。

 神殿の馬車が通ろうとすると人々が水受けをよけてくれるのだが、その隙に馬車に向かってお礼の品を持って行ってほしいと、既に貴重な食べ物を差し出す。



 その凄まじいとも言える人気に青葉は言葉もなかった。



「もう少しで王都を出ます。それまでの辛抱です。決して窓のカーテンを開けないでくださいね」

 御者台に座ったキースは、質素なマントでなるべく顔が隠れるように注意しながら馬車を操る。


 その技術に不安や迷いは無い。馬車を操る位彼には何でもないのだろう。



 馬車には急ごしらえであったが御者台には雨避けの屋根が取り付けられ、馬車の中で青葉がどれだけ雨を降らせてもキースが濡れないような配慮がされていた。

 それが同時に目隠しの役目もしてくれている。



 もちろん青葉の居る馬車の内部も改装済みである。

 通常なら6人は乗れる大型の馬車だが、それをさらに改装して青葉の乗る椅子の下に寝具が入れられるよう棚が作られ、足元の下腿(ふくらはぎ)があたる部分の板を外せば、向かい側の椅子と一緒に普通のベットのように使うことが出来る仕組みになっていた。


 たった一晩でこれだけの事が良く出来た物だ。

 青葉は感心するとともにため息が出る。

 これは「聖女」に対する期待の高さのなせるわざだろうと思うからだ。

 この世界の「聖女」や「精霊」はそれだけ民の心の支えであったのだ。






  

 一方、青葉である。

 

 一言でいえば「こんなはずじゃなかった」と言うところだろうか。

 ちょっと一カ月ばかり旅をして、お祈りして帰って来る。

 その位の軽い気持ちだったのんだが……


 青葉は自分が考えていたよりもはるかにこの国が水に飢えており、事態は深刻であることを心に刻んだ。

 こんな大通りに置いた水がめに溜めた水なんて、埃や砂で飲めたものではないだろう。

 それでも、この霧雨のような雨を必死で貯めようとしている。


 青葉は、せめて沢山の雨が降るように馬車に神官長が設えてくれた祭壇に向かって跪く。


 

 雨が降りますように。

 もっと沢山の。

 この大地を潤せるだけの雨を――








 馬車に金の刻印で施された神殿の紋章の効果が絶大だった。


 馬車に向かって手を合わせる老人。

 その眼には涙すら浮かんでいる。


 数人もの小さな子供を連れた若い母親。


 細々と小さな畑を必死で守る農夫。


 神殿の馬車を見て手を合わせ、叩頭(こうとう)し、中には土下座のように地面に額をすりつけるようにしている者もいる。




「ねぇキース……」

「アオバ様、おっしゃりたい事は分かると思いますが、いちいち馬車を止めていては王都を出る事はかないません。ここはいっさい外を見ない方向でお願いします」


 確かにキースの言う事は正論である。


「しかもこの民の反応は、都市部を遠ざかるにつれて過剰になるでしょう。青葉様はそれだけのお力を持ってこの世界に歓迎されている事をご自覚ください」

「あ―、うんまぁ、自覚って言われてもって感じだけどね。でも出来る事はするよ。大丈夫」

「……そう言うことでは…… やっぱり侍女が必要だったな……」


 小さくそう呟いたキースの言葉は、青葉は聞き取れなかったがそれは幸いだったかもしれない。







 窓の外は、次第に家より畑であったろう荒れ地の面積が広くなっている。

 もう王都を出た様だ。


「もう、王都は出たの?」

「はい。しばらく前に正門は避けて、軍が非常時に使用する門を開けてもらいました。かなり待ち時間がありそうだったので」

「……良かったの?」

「門番は当然だと言うように開けてくれましたよ」

 そう言ってキースは少しだけ微笑んだ様だ。


「ただ、この時間だとどんなに急いでも今日中に次の街には着かないので…… 早速なんですが野宿になってしまいます。申し訳ありません」


「別にかまわないけど……馬車の中に寝るだけだし。でもキースは?まさか一晩中起きてる何て言わないわよね?」

「……正にその通りですが、何か問題が?護衛が寝ていてはそっちの方が問題ですよ」


「ずっと御者をやって、更に徹夜で護衛?そして明日はまた寝ないで次の街?いくらなんでもハードすぎるわよ。見張りは交代で!」

「……アオバ様。それでは私が着いてきた意味がない。大丈夫ですから。それよりそろそろ降雨の祈りを中断して下さい」

「……? 何故?この辺りはまだ畑だったはずよね?」

「さすがに馬車を止めて火を熾さないといけません。アオバ様の祈りは降雨の範囲が広いのでそろそろ辞めておいていただかないと……」

「あ、そっか、そうよね」


 そう言って青葉は姿勢を崩しソファに沈み込むように坐る。

 祈るだけなのに結構疲れる物だ。


 しかし。

 

 見張りの件は大問題だ。

 


 なにしろ今晩だけの問題ではない。

 侍女は必要なくても、騎士のひとりでも着いて来てもらったら良かったのかもしれない。


 しかし今更後悔しても遅い。


 可能性としては次の街の神殿でスカウトをしてみるとかそんな感じであろうか。

 しかし、侍女を連れてこなかったのは食料がないと言うシンプルかつ深刻な問題だ。

 ここはやはり二人で何とかする方向で解決して行かなくてはいけない。 



「ねぇキース」

 そう言って青葉は御者台に繋がる子窓を開ける。


「やっぱり見張りは交代にしない? 私が落ち着かなくて寝られないわよ。何かあったらきちんと起こすから」

「そうは言われましても…… それこそアオバ様に見張りをさせたら私が眠れません」

「でも先は長いわよね? 貴方その間全然寝ないつもり?今日だけの話じゃないじゃない」

「それはそうなんですが…… その件については次の神殿で騎士を増やすなりなんなり対策をします。勢いで出てきてしましたが、やはり貴女にも侍女がいた方が良い」

「侍女は別に……」

「とにかく今晩は貴女はゆっくりお休みください。貴女は夜はゆっくり休んで昼は祈りをお願いします。それが最善です」

「……今日はそれで納得する事にするわ。今日はね」


 

 青葉はこれ以上キースを説得する事を一旦諦め小窓を閉じる。

 この堅物騎士をどう攻めるか。


 大体青葉は人に徹夜をさせて、横でグーグー寝ていられる性分などではない。

 しかし、この世界の事など何一つと言って良い程分からない青葉に良い案などある訳もなく。

 とりあえず、『今晩のみ』という条件を自分に言い聞かせるだけだった。

  


 



 祈りを辞めてから一時間以上も馬車を走らせたろうか。

 やっと雨雲が切れ、青空が見えて来た。

 もう夕焼けが終わろうしている時間帯だ。


 キースは小さく眉をひそめる。

 時間配分を誤った。

 本来ならこんな時間には夕食の支度まで終えておきたかったところだ。

 暗闇が深ければ、たき火の火を目がけて小さな魔物や野生動物が来ることもある。

 

 馬車には神殿の結界魔法がかけられているが、完璧ではないし食事中は青葉も焚火の前に出てくる。

 騎士は自分一人で何とかなると思ったが、キースはやはり旅はそんなに簡単な物ではないな、と小さく呟いた。



 

 結局キースが下草の濡れていない森の入口の様な大きな木の根元に馬車を止めたのは、既に日が沈んでからだった。


「ここが今日の宿かな?」


 そう言いながら青葉が馬車から出て来て、大きく伸びをする。


「この辺りが良いでしょう。平原側の視界も良いし、森の木が背後を守ってくれます」

「そうだね。よろしくね」

 そう言って青葉が側にある大木に触れると、その樹は見て分かる程に大きく枝を揺らした。


「……え?」

「聖女様のお役にたてるのが嬉しいのでしょう。……本気で見張りは必要ないかもしれませんね」

「……そんなこともあるんだ……」

「それはそうでしょう。樹だって水がなければ枯れるだけです。人間よりももっと深刻でしょうね。自分で移動も出来ないのですから」


 青葉はもう一度その大木を見上げる。


 既に葉は無く、それでも精一杯天に向かって枝を伸ばしているように見える。

 


 そう。

 まるで雨を乞うように。




「ゴメン、明日には沢山祈るから。沢山雨を降らせてもらうから。今日だけは我慢してね」


 そう言ってもう一度樹の幹に触れた。



 ――――その瞬間。



 青葉の手から水が溢れた。



「はいぃぃ??」

「アオバ様! とりあえず水を止めて下さい! 出来なければ火から離れて!!」


 すぐ近くでキースはすでに焚火(たきび)のための火をおこし、食事の準備を始めようとしていた。


「とにかく離れるわ!」

 青葉には水の止め方など分かるはずがない。

 ついでに言うと水の出し方も分からない。


「おそらくアオバ様が、樹に水を与えたいと思われたから水を呼んだのでしょう。コントロールも出来るはずです。樹や森以外の事を考えて下さい!」


 焚火の火を消さないために、どんどんキースから離れる青葉に焦ってキースが声をかける。



「わ、分かった。えーと、えーと…… 止まれ止まれ。節水!」

 青葉の掛け声と共に両掌(りょうてのひら)から溢れていた水が止まる。



「……あ―びっくりした。聖女ってこんなことも出来るのね」

「いえ…… こんな記述は無かったはず……な、気がします、が…… どうなのでしょう?」


 キースも初めて見る光景だった。


 精霊魔術には水を呼ぶものもある。

 しかしそれにも呪文や魔道具、魔法陣などそれなりの準備があるのだ。

 こんなにいきなり水を呼ぶなど、しかも本人が望んだ訳ではないのだ。


「とにかく…… 次の神殿で詳しく聞いてみましょう。アオバ様は火の近くへ」

 そう言って、焚火の方へ誘導する。

 青葉は余程驚いたのか、自分の手を見て茫然としていた。








 キースに肩を押されながら、茫然と自分の手を見る青葉はキースが思う程ショックを受けていた訳ではなかった。




(……私が水を出せるんなら、荷台の水って、必要ないんじゃない?その分、食料が積めればもう一人騎士を連れて行くことが出来るよね)

 そうニヤリと笑った青葉の顔は、幸いなことにキースには見えなかった。






 青葉はどこまで行っても青葉だった。










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