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7.ライバル認定




 私室に帰ったヴィクトルは義倉を持つ領主に向けた命令書を書きはじめた。それこそ、夜も眠らずに書き続ける。

 時折、窓を開けてテラスに出るが、朝以降雨が降った形跡は無かった。


「やはりあの二人は間違いか」


 自嘲するように呟くと、また書類にかかる。一刻も早く義倉を開けなければ、キースが水の神殿に着くまでの一か月を超えることすら難しいだろう。


「ヴィクトル殿下…… お休みにならないと」

 オリガが、そっとハーブの香りのするお茶を出す。

「オリガ…… まだこんな茶があったのだな」

「殿下は眠る前の紅茶は飲まれませんから。大事に取ってありますよ」


 ヴィクトルはその貴重なお茶に口をつけて、豊かな香りにオリガの心遣いを感じる。

ふとオリガを見上げると魔石のランプの淡い光の中、オリガの淡いブロンドの髪が美しいと思った。自分に微笑みかける笑顔が美しいと思った。

 そう。昨日の聖女たちよりもはるかに。




「どうやら、私の目は本当に節穴だったらしい。……国主失格だな」




「な、何を言われますか!」

「いいんだオリガ。誰が王であろうと国が、民が良くなればそれで良いんだ。むしろ今気付けたことは僥倖(ぎょうこう)だ」

「殿下……」

 ヴィクトルはそれだけ言うと茶を飲み干した。


「今日はもう休もう。オリガも下がるといい」

「はい。失礼いたします」

 一礼して退室するオリガを見送って、再度ペンを取るヴィクトル。


「これだけは、終わらせねば帰って来たキースに申し訳が立たないからな」



 それからヴィクトルは夜明け前まで書類を書きあげ、父王に御璽を貰いに行く。

 父王は一晩で書類を揃えてきたヴィクトルに驚いたようだった。








「お前が義倉の事を言い出すとは思わなかった」

「……陛下の言う通り、私の目は節穴だったようです」


「それは聖女の件か?」

「いいえ。……キースの事も含めてすべてが」

 国王は今まで見たことのなかったような、息子の顔にわずかに表情を変えながら静かに話す。


「そうか。……私としても無益な王位争いは望まない。キースは神殿騎士として生きる誓いを神殿に立てている。お前が自分の目が節穴だったと思うなら、良い目を持った者を補佐につければ良い。王は一人ではあり得ぬ。……そうだな、数々の才能を持った者をまとめるのが王の仕事かもしれない」


「しかし父上。明らかにキースの方が私より優れている。今回、本物の聖女を保護し、守りながら水の神殿に向かっているのはキースです。この功を持って、王位継承権を私と入れ替えることは可能ではないのでしょうか。もしかしたら聖女様と上手くいっているかも知れませんし」


「う……む。正妃が何と言うか…… しかし妃の説得は私の仕事だな。お前はお前の正しいと思うようにしなさい。ただしキースとは十二分に話し合うように」

 曖昧に笑う国王からは、はっきりした決断を聞くことは難しそうだった。





 各領地に義倉の件の書簡を送るとヴィクトルには、とりあえず出来ることは無くなった。

 なので仕方なく神殿聖女たちの様子を見に行くついでに、次期反召喚術の準備状況を尋ねることにする。





 神殿は、思ったよりも大騒ぎになったいた。





「ヴィクトル!!」

 神殿にヴィクトルが姿を現すと、聖女二人と正妃から一斉に声が上がる。


「ヴィクトル! 何なのですこの者たちは!あなたは本当に聖女を召還したのですか?!」

 正妃――エルヴィラは悲鳴に近い声を上げた。


「ヴィクトルのお母さんってナニナニ? 言う事がいちいち煩いんですけど―」

 そう床に直接座り込んでいるのは水愛(アクア)と名乗った金髪の聖女。


「雨を降らせるとか、フツ―無理と思うんです―。何無理なことやらせるんですかぁ」

 湧水(ユウミ)と名乗った茶色いストレートの髪の聖女は、壁際にもたれるようにして、やはり直接床に座り込んでいる。



 阿鼻叫喚。

 そんな言葉がヴィクトルの頭をよぎる。



「母上。結局降雨の祈りは……」


「この状態で行えるはずがないでしょう。巫女たちも諦めたようです。今日は姿も見せません」

 エルヴィラは、目の下に黒々とクマを作っている。

 一応、頑張ってくれたようだ。



「ありがとうございました、母上。……二人とも。この国の状況は昨日説明した通りだ。二人が雨を降らせないと満足に水すら飲めなくなるんだ」

「えー、昨日のOLさんが降らせてたじゃん。OLさんに頑張ってもらえばぁ」

「そうだよ― あたしたちじゃ無理だって」

「アクアにも無理ぃ」



 ぷいっと横を向いてしまう二人。

 離れた場所にいるのに妙に気は合っているらしい。



「昨日の、キースが連れて行った聖女はどうやって降雨の儀式を行ったのか分かりますか母上」



「それは聞いておりますよ。その降雨のための祭壇に普通に跪いて祈っていたようです。ただ、かなり長い時間の祈りが必要だったと言っておりました。しかし巫女の話では今日は水の精霊様方が沢山いらっしゃるので、昨日よりも降雨の儀式はやりやすいだろうということだったのですが……」


 そう言いながらエルヴィラは疲れ果てたように礼拝堂の椅子に座り込む。

 この母のこのような姿も大変珍しい。



「アクア、ユウミ。とりあえずその通りに祈ってはみたのか?」

「やったって。アクアちゃんとお祈りしたよぉ」

「あたしだってやったし」

「どの位時間?」


 そう聞くと、ぎくりとお互いの顔を見る二人。


「えーと、・・・・・・だって、膝が痛くなるしぃ」

「動かないのってキツいし・・・・・・」


 そう言って視線をヴィクトルから避ける二人は、とても昨日の聖女ほどの『長い時間の祈り』は行えていなかったのだと悟る。


 しかし、ことは国の重要事項だ。

 ここで雨が降るかどうかは、この国の未来に関わる。




「二人とも、頼むから真面目にやってくれ。昨日も話した通りなんだ。今雨が降らなければこの国は滅びる。何十万という国民が干ばつにあえいでいる。今日にも雨が降らないために死ぬかもしれない国民がいるのだ」


 そう言ってヴィクトルはアクアの両肩を強くつかんで揺するように言う。

 

 紅蓮の髪のヴィクトルは近寄ると、否を言わせない迫力があった。


 しかも。


 しかもである。


 ヴィクトルはアクアの唯一の兄、水都(みなと)によく似ていた。

 誰もが冷たい態度をとるあの家の中で、唯一のアクアの味方だった、あの優しい兄と。



「・・・・・・わ、分かったわよぉ。やってみたらいいんでしょ」

 ちょっと頬を染めながらアクアが返答する。

 長い付き合いの湧水には、アクアが何を思ったか瞬時に分かってしまう。

 

「しょーがないなぁアクア。付き合うわよ」


 赤い顔のまま、ちらっと湧水を見てまた祭壇に向かうアクア。

「別に、別に付き合ってもらわなくっても……」

「いいっていいって」


 二人で祭壇に向かい、跪いて祈り始める。

 その光景に誰よりもほっとしたのは、エルヴィラだったかもしれない。

 大きくため息をついて、神殿の椅子から立ち上がる。




「ヴィクトル、わたくしは少し休みます。後のことは巫女たちに言っておきますので、あなたも少し休むようにしなさい。眠っていないのではないですか?」

「私は大丈夫ですよ母上。ありがとうございました」


 にこやかにそう言って正妃を送り出すヴィクトル。

 母には早々に退場していただいて、母の実家のラザレス邸に追っ手を止めに行かねばならなかった。

 






 エルヴィラが神殿を出てしばらく、ヴィクトルは二人が祭壇に向かって祈るのを眺めていた。

 二人は同じ姿勢を保つのが苦痛なのか、何度も膝の位置を変え立ち上がろうとしては止め、とても「長い時間祈りをささげる」事が難しいであろうことはよく分かる。

 ヴィクトルは何度目になるか分からない深いため息をついた。


 そのため息に重なるように背後からオリガの声がかかった。

「ヴィクトル殿下、外出の件で騎士団のレオニード様がお待ちですが…… どうされますか?」


 神殿の入り口から、オリガが顔を出す。


 その時ふと振り返ったアクアと、オリガの視線があった。



 (……こいつ絶対ヴィクトルの事好きだ!) 



 アクアの感が盛大に警報を鳴らした。

 朝から散々世話になったヴィクトルの侍女。



 アクアは何の根拠もなく、オリガを恋敵(ライバル)認定することとなった。


 


 一方、いきなりアクアに睨まれたオリガも感じるものがあったのか、アクアを強い目で見返す。

 元々それ程気の弱い性質ではない。

 オリガの方も、理由はともかくこの聖女が自分にとって味方ではない事を認識した。


「オリガ?」


 その、ほんの数秒の間散った火花に気付かずヴィクトルは動かないオリガに声をかける。


「あ、すみません殿下。すぐ参ります」

「ああ。……アクア、ユウミ。そのまましっかり祈りを頼むぞ」


 それだけ言って二人は連れ立って神殿を出た。

 扉が閉まった瞬間、二人が祈りの姿勢を崩したのは言うまでもない。





「あー、いつまでこんなことやってればいいのかなぁ?」

 床にべたりと坐り込んでアクアが嘆くように言う。


「雨が降るまでなんでしょー だいだい祈っただけで雨なんて降る訳ないじゃん」

「昔は雨乞いとかの儀式、日本でもやってたんだよね―?」

「大昔はねー その位の時代ってことかなぁ」


 湧水(ゆうみ)も神殿の椅子に腰かける。




「でもさぁアクア、こっちに来てから何か変な感じしない?」

「変って何が?」

「んー はっきり言えないんだけど、特に今日は何か変なんだ」

「なによそれ。アクアは別に変な事は無いと思うけど? や、むしろ変なことばっかり?」

 そう答えるアクアに、うーん。と考えながら、



「見られてる感じがする……?」



「えー やだなにそれ。ストーカー系?やだやだやだ」

 そう言って腕で自分を抱えるようにして、大げさに身体を震わせるアクア。

 そのおどけた様な仕草に少し癒されながら湧水はまたため息をつく。


「分かんないよ? 分かんないけど…… でもあたし視線にはちょっと神経過敏だからさ」

「あー そうだったねぇ。でも気にしてもしょうがないじゃん。聖女とか呼ばれちゃってるんだし、少しくらい注目もされるって。いちいち気にしてたら持たないよ?」

 そう言うアクアは滅多に見せない優しい表情をしている。

 この笑顔に湧水は何度も救われた。


「そう…だね。……まぁ、しょうがないか。アクアの恋もかかってるし、真面目に祈るかぁ」


 と、また祭壇の前に行って跪く湧水。


「しょうがないか―」


 と、その隣に同じく祈りを始めるアクア。

 今度の祈りは、短時間で中断される事は無かった。






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