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5.旅立ち

 青葉が水の神殿へ行くことを決意していたその少し後。

 アデリナが恐縮しながら食事を持って来た。



「あの、本当に皆と一緒の物で良いのでしょうか……」

 そう言って、おそるおそると言うようにワゴンを圧して来る。

 ワゴンの上にはうすいスープとナンの様な形のパン?があった。


「みんなこれ食べているんでしょ?一緒で良いって」

 

 早速座って食べてみる。

 まぁ、確かにうすいスープだな、とは思うが食べられない程ではない。

 何よりこれは、このひどい旱魃の中でどれだけ苦労して集めた食糧なのだろうと思うと文句など言えるはずもない。

 ナンと思われた物体は、食べてみると雑穀を焼いた物のようだった。

 こっちも食べられないようなものではない。


「うん、大丈夫。私の世界にも似たようなものもあったよ。味付けもそんなに変わらないし」

 そう言うと、そばで心配そうに見ていたアデリナが笑顔で深く礼をした。


「ちょ、ちょっとアデリナさん」

「慈悲深いお言葉ありがとうございます!この恵みの雨と言い、久しぶりに見た精霊様方といい……」

 涙ぐみそうな勢いのアデリナに、青葉の方が少し焦る。

 なので慌てて話題を変える。



「あ、その精霊様ってどんなカッコしてるの?」

「え……精霊様は精霊様で…… お姿は神官長様のクラスになると人型の精霊様も見えたりするようです。私程度では色のついた雲の様なお姿でしょうか? 人によって見える様子は異なります。それに精霊様にも高位の精霊様は別な姿で見えたりするようですし」

「精霊にも位があるんだ……」


 いろいろと驚愕の事実だ。

 見る人によって姿が違うとか。


 

「でも、アオバ様ほどのお力がありましたら、見えるようになるのもすぐですよ。その時は私にも精霊様のお姿を教えて下さいね」

「うん、それは良いけど…… 私、水の神殿行くよ?」

「え? それはもう決まったんですか?」

 アデリナは目を見開いて、テーブルに身を乗り出す。


「えーと、私が決めた、じゃ悪いかな?向こうの聖女たちは出てこないしさ」

「……私、キース様に相談してきます!」


 そう言ってアデリナはばたばたと部屋を出て行った。




「……引きとめられそうだな―……」

 悪い予感満載の青葉は、その硬い雑穀のパンをかじりながら目を細めた。

 

 どう言ったら、あの堅物そうな神殿騎士を納得させられるだろうか。

 確かに私がここにいたら、この辺りは水に困らないだろう。


「……この辺り?だけなのかな。雨が降ったの」


 これは口実になるんじゃないだろうか。

 出来るだけ広範囲に雨を。

 慈悲深い『聖女』が、口にしそうな口実である。


 青葉はにやりと、とても聖女らしくない笑顔を浮かべた。





 しばらくすると、バタバタと『慌てています』という音をさせてキースを連れたアデリナが入ってっきた。

「あ、アデリナさんごちそうさまでした」

「そ、それはともかくアオバ様! 水の神殿に行かれると聞いたのですが!」

 返事をしたのはアデリナではなくキースの方だった。


 予感的中、とばかりに青葉の機嫌が少し下がる。

 行動に制限をかけられるのは嫌いだ。


「昨日、そんな話にはなったよね?」

「王宮側の聖女様方との話し合いをしようということになりました」

「その王宮側の聖女が出てこないから、話し合いは出来ないよね?」


 朝食の時間を過ぎても現れない。

 話し合いの意思は無いとみて良いんじゃない?

 って言うか、あの二人聖女とか言われて舞い上がってるんじゃなかろうか。


 そう考える青葉の考えは9割方当たっていた。

 そもそも今日話し合いをしようという件は、二人には伝わってもいない。


「しかし、まだあの二人が雨をもたらせるかどうかも分からない状況です」

「……それは私が水の神殿に行くことと関係があるのかな?」

「それは……」

「もし万が一、二人が雨を降らせることが出来ないとしたら、尚更私が行くべきじゃないの?私が行く先々は雨をもたらすことが出来るわ」

 キースの表情が分かりやすい程変わる。

 

 青葉は心中でガッツポーズをした。



「……それは…… その通りです。しかし!」

「危険だから? この世界を知らないから? それは私一人で旅をしたらそうでしょうね。誰か護衛についてきてくれるような人はいないの?」

「護衛には私が行きます!」

「へ?」

 今度は青葉がびっくりだ。

 このキースという神殿騎士は召喚時にも参加しており、しかも他の魔術師?達よりも立派な服装をしていた。

 つまり、貴族階級とか位が高いとか、それなりの地位にいる人間だと思っていたのだ。


「私では不安ですか?」

「いえ、そう言うことではなく…… キースさん、何か地位のある人だと思ったので。良いのですか?二カ月も神殿を空けて」

「構いません。私は精霊魔術こそ使えませんが、武術は神殿の誰にも負けません。必ずあなたをお守りします」

「キース様!何で行く話になってるんですか?」

 後ろからアデリナの叫び声が聞こえた。


「アデリナ…… もう仕方あるまい。神官長に報告をして、昨日準備した荷物を……」

「でも…… アオバ様、途中何があるか本当に分からないんです。治安も悪くなっているし、出来れば……」

「ごめんね。良くしてもらったのに……」

 そう言って青葉は、『ちょっと困ったな』と見えるように微笑んだ。

 自分には女優の才能があるかもしれないと思った、営業時代に培った技の一つである。


 

「ここにいたら、この辺りの精霊様しか戻って来られないんでしょう? 私、行くよ。出来るだけ沢山の精霊様を蘇らせるために」

 

 ここでにっこり。


「聖女様……! 分かりました。せめて準備を整えます!」

 アデリナは涙ぐんで部屋を出て行った。


 ……やりすぎたか?

 青葉が若干後悔していると、目の前にキースが膝をついて、また騎士の誓いのポーズをしている。


「やはり貴女は聖女だ。この命に代えてもお守りいたします……!」


 こっちまでか!

 軽いめまいを感じながら青葉はこのノリを続けるか一瞬悩む。

 しかし他に良い手も思いつかない。


「よろしくおねがいします。私の世界は豊かな世界でした。なので旅などしたこともありません。きっと世話をかけると思いますが」

「ご心配されないでください。何なら侍女なり巫女なりをつけましょう」

「え? いやそこまでは…… 自分の事は自分でできますので」


 どこの姫様かと思われたのだろうか?

 いや、何か間違えた。

 やりすぎか?

 やりすぎたか?

 演技過剰だったか?


 青葉が背中に多量の汗をかいている時、キースが青葉の手を取り、その手の甲にキスを落とした。


「アオバ様。貴女に永遠の忠誠を」


「―――――――――!!!」



 この時。

 叫び声を上げなかった彼女は、後で自分を褒めてあげたいと思った。






 永遠の忠誠宣言から、青葉が真っ白になっている間に旅の準備は着々と進んでいた。

 しかし、往復二カ月分の食料というと、なかなか馬鹿にできない。

 しかも侍女を連れて行けば三人分である。


 まず青葉は侍女の同行を遠慮した。

 そんな治安を不安視する所に女性を二人も連れて行くなんて、キースの負担を増やすだけである。

 しかも自分は侍女などいらない。


 とりあえず二人分の食料を馬車に積んでもらった。

 馬車は精霊神殿の紋章入りの、比較的大きい物で楽に移動が出来そうだった。

 その馬車の中に、神官長は簡易祭壇を作ってくれた。

 どうも祈るだけより、こう言う祭壇があった方が精霊への祈りが届きやすいのだと言う。



「では、行く先々でこの祭壇に祈ります。ありがとうございました」

 とにっこりと神官長に笑顔で礼を告げる。


 青葉はもう、この城を出るために手段を選んでいなかった。




 出発する前に、もう一度だけ祭壇の間で祈ってからアデリナより旅をする時用の衣装だと言う物を受け取る。


「なによ、着やすい服もあるじゃない」


 さっきまで着ていたのは、やはり正装というか、ドレスに近いものだった。

 今度の物は布も少ないし、動きやすい。

 黒っぽいインナーに金糸で飾られたチュニックの様なものをベルトで緩く止めてある。

 下は裾の長いキュロットというか幅の広いパンツというか。

 それに、最初の召喚時に魔術師たちが来ていたようなローブ。


「それとこれをお持ち下さい」


 神官長がそう言って渡してくれたのは、大きな水色の石のついた杖だった。


「水の精霊魔術を使う時の助けになりましょう。同行の騎士は精霊魔術は使えませんが、聖女様なら使いこなせるかと」

「……良いのですか? 貴方は私が行くことに反対しているのだと思っていましたが」

 そう言うと神官長は少し困ったような顔をした。


「聖女様の決定に異を唱える神官は居りません。くれぐれもお気をつけて」

 

 この人も、この国の事を一生懸命考えて行動していただけなんだ。

 そう、青葉は神官長に対する認識を改める。

 神殿の人達はみんないい人ばっかりだった。



 だからこそ。

 だからこそ。



 神殿のみんなが総出で見送りに出てくれる。



 水の神殿へ行く。


 この国の精霊を蘇らせる。





「行ってきます!!」 

 


 青葉の声に答える神殿の関係者の声は大きく周囲に響き渡った。




 キースと二人の、旅が始まる。







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