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2.枯れ果てた大地

 青葉は、孤児であった。

 ある雨の日に、竜神様の神社のご神木の根元に、生まれたばかりの青葉が発見された。

 見つけたのは神社の巫女をしていた、後の青葉の祖母である。

 祖母には、ご神木の葉が青葉が濡れないように守っている様に見えたと言う。

 事実青葉は、ほとんど濡れずにそこにいた。

 青葉の名は、このご神木の葉が由来だった。



 その祖母も青葉が就職するのを待っていたように他界した。

 二年以上前の事ではある。

 大往生だったと青葉も思ってはいるが、これから祖母に孝行できると思っていた青葉の落ち込みようは半端ではなかった。


 しかし、青葉はその悲しみを仕事にぶつけた。

 その思いの強さは確実に営業成績に現れた。

 仕事をすることで、忙しさに身を置くことで祖母いない現実を見ないで済むようにしている様でもあった。


 そんな中での、このあかん系召喚である。


 青葉は、自身の守り神とも思っている竜神に一言文句が言いたい気分になったのは仕方ないかもしれない。









「雨を乞う儀式がございます。聖女様がそれをなさるだけで、普通の神官が儀式を行うよりもはるかに高い確率で雨が降るそうなのです」

 アデリナと名乗った巫女の言葉で、我に変える青葉。

 そうだ。

 ここは自分の世界ではない。

 自分を守ってくれていた竜神(雨の神)の居ない世界だ。



「……その儀式って、すぐやれるようなものなの?」

「雨を乞うための祭壇を作ります。小一時間もかからないと思います」

「私は何をするの?」

「その祭壇の前で祈ってもらうだけです。あ、……でも……」

「でも、何?」

 アデリナの何か言いたそうな、でも言ってはいけないとでも言うような様子は気になる。



「いいえ! 何でもありません。この神殿で祈っていただけでも僥倖(ぎょうこう)なのに、私ってば、……すみません」

「気になるから言ってよ」

 何か挙動不審な雰囲気をこの巫女から感じる青葉は、何だか落ち着かない。


 儀式って何?

 生贄とか言わないわよね?

 想像だけなら最悪の所まで行ってしまう。

 

 ――やっぱりあかん系はさっさと出て行くべきだった!

 そう後悔するが今更である。




「……あの、本来はここから馬車で二カ月くらいかかる水の神殿で祈っていただくのが一番良いとされているのです。でも聖女様にそんな長旅は……」


「二カ月……?」

 確かに短くはない。しかも初めての世界。馬車の旅。きっと辛いものになるんだろう。


「まずは、この神殿で祈っていただいて、様子を見てから決めても良いと思いますし、王子殿下のお連れになった聖女様候補が行かれるかもしれませんし」

 しかし、想像が、かなり怖い物になっていた青葉にしてみれば、少し拍子抜けする程の返答だった。



「まぁ…… それはそうか。聖女が一度にこんなに何人も召喚されることってあるの?」

「いいえ、おそらく歴史上はじめての事だと思います」

「……と言うことは、三人のうち聖女は一人ってことにはならない?」

「……正直それは分かりません。でも、貴女様が出現された召喚陣は、間違いなく聖女召喚の陣なのです」


 アデリナは、青葉が完全に聖女と思っているらしい。

 まぁ、気が済むんならお祈りでも何でもするけどね―、と青葉としては駄目で元々だと思っているの割と気楽である。

 何しろ、雨乞いなどやったこともない。


「それ程水に困っているの?」

「はい…… 今年は雨期にほとんど雨が降らずに……」

 とアデリナの顔が曇る。


「でも王子サマは歓迎の宴だって、二人を連れて行ったし、食べ物に困る程ではない……のかな?」

「いいえ!庶民は日々の食べ物を確保するのが精一杯で、このままでは来年植えるはずの種もみにまで手を出しかねません。そうなったら……」


 そうね。そうなったらもう国は立ち行かなくなるだろう。



 うーん、王子サマの評価がダダ下がりだ。



「……お部屋に案内する前に、神殿の屋上に上がられて見ますか?」

「うん、じゃぁそうしてもらおうかな。その間に祭壇とやらの準備もしてもらって良い? 偽物でもそれなりに効果はあるかも」


 苦笑しながらそう言うと、アデリナは涙ぐみながら出て行った。


 その後ろ姿を見ながら、青葉は考える。


 どうしよう。

 明らかにあかん系の召喚なんだけど、見捨てるのもなぁ。

 それにあの神殿騎士さんが、帰還用の魔力が溜まるまでって言ってた。って事は帰還用の魔力が溜まるまで待てば帰れる訳で。

 その間くらい、雨乞いの儀式に参加しても良いんじゃないかな?



 そんなことを考えながら、実は青葉、祖母の教育の賜物か基本的に困ってる人がいたら助けたくなる性分だった。

 しかしそれが青葉の不利益になったりするようであれば、ばっさり切り捨てられるのも性分だ。

 青葉の祖母は、「竹を割ったような」と称される程にさっぱりした人だった。

 青葉に影響しない訳は無かった。



 自分の不利益にならない様に、頑張ってくれるなら私は協力はしようかな?


 青葉がその結論に達するのは早かった。


 しかもである。


 青葉はアデリナに弱かった。

 白に近い薄い金髪のアデリナは巫女装束を着ていると、晩年の髪が真っ白になっても巫女服で神社を守った祖母に重なるのだ。

 後ろ姿などもう、「お婆ちゃん」と声をかけたくなりそうになる。


「ココで頑張ったら……、お婆ちゃん孝行、したことになるかなぁ」

 小さく呟いた言葉は、幸か不幸か誰にも聞かれることはなかった。






 屋上にアデリナと二人で上がる。

 そこから見える光景に、青葉は一瞬言葉を失った。



「……何よこれ……」



 緑色がまったく見えない。

 山も、立ち枯れているのか完全に茶色一色になっている。

 


「この状態で、国民は何を食べて……」

「家畜をつぶしたり、木の皮をはいだり、木の根の柔らかい所を食べたり……」


 青葉は屋上にあった手すりを強く握り込む。

 ジャリっと錆が手の平を擦るのが分かる。



 あんのくそ王子!!

 何が宴だ!!

 木の皮?草の根??

 しかも家畜は収入源だ。それをつぶしてやっと食べてるなんて。


 さすがにこれは。

 見捨てるなんて出来ない。


 その枯れ果てた光景を瞳の中に焼き付けた青葉は、アデリナの方を振り返る。 


「すぐに、儀式が出来ますか?私では役に立たないかもしれませんが、試させて下さい」


「はい! はい!! すぐに用意いたします!」

 アデリナは余程慌てたのか、青葉を屋上に置きっぱなしにして走って行った。

 



 青葉は改めて周囲を見る。

 地球で言う所のサバンナと言った感じだろうか?

 枯れ草の広がる間には、点々と大きくはない木が生えている。

 しかしその木にも葉は付いていない。


 きっと食べてしまったんだろうなぁ。

 と、決して柔らかな葉はつけそうにない、しっかりした樹の幹を見る。


 葉が無くなれば、枯れるだけだ。



「一体ここまで何でほっておいたんだろう……」



 誰に聞かせる訳でもなくつぶやいた言葉は、いつからここにいたのか、この神殿騎士には聞こえていたようだ。


「この国の王族方も貴族も、誰も手を打ちませんでしたからね…… こんな旱魃は極めて珍しいのです。どうにかなると思っていたようですね。しかしどうにもならなかったため、第一王子が聖女召喚に踏み切りました。あんな王子ですが、国の事を考えて召喚に踏み切ったのですよ」


「そのあげく一人とりこぼしたのは、故意か偶然か。まぁどっちでもいいわ。とにかく儀式をしましょう。私にできればの話だけれど」

「感謝いたします」


 そう言ってまた膝を突こうとするのを、慌てて止める。


「あ、あのね、私の世界にはそう言った礼をする習慣が無いの。緊張するし心苦しいから辞めてもらえるとありがたいんだけどな」

「分かりました。以後改善します。……ああ、準備が出来たようですね」


 階段をアデリナがかけ上がって来る。




「聖女様、お願いいたします」

「分かった。あ、私は雨竜青葉(うりゅうあおば)。青葉で良いよ」

「はい、アオバ様。こちらへ」


「残り二人の聖女は?」

「王子殿下がお連れになってから、それ以後見かけておりません」

 神殿騎士――キースが申し訳なさそうに答える。 


「儀式って三人一緒にやった方が良いんじゃないの?」

「それはそうでしょうが…… とにかくアオバ様お一人でも……!!」

 アデリナは、それはもう『必死』と言う表情でお願いしてくる。


「うん分かった分かった」

 スンゴイ必死な感じは分かるんだけど、王族と神殿ってもめてるのかな?

 青葉にも分かる位には、双方に円満な関係が築けているとは思えなかった。






 祭壇の間に行くまでに風呂に入れと言われ、それが濁った水がちょっと入っただけの水風呂だったり、着替えろと言われ服を渡されるが、まったくもって、どうやって着るの分からなかったりいろいろあったが、とにかく祭壇まで着いた。

 ただ、青葉が入った後の水風呂は、それ以前より透きとおった普通の水になっていたことに、青葉本人は気付かなかった。



 祭壇のある部屋は、広かった。

 教会の礼拝堂、と言う感じだろうか。その割にはシスターじゃなくて巫女なのが不思議だが異世界の宗教事情まではさすがに分かるはずがない。


 その中央に立派な祭壇―― だったんだろうけど、今は塗料ははがれ花の一本も飾っていない。


「ココで祈ればいいのね?雨が降りますようにって?」

「はい。通常は神官が数人で祈るのですが、聖女様ならきっと!」

「だから私は聖女じゃないかもって…… まぁ良いわ。やってみればわかるでしょう」

 青葉はアデリナの思い込みを訂正する努力を放棄した。

 それ程にアデリナの目は真剣だった。



 祭壇の前に進み出る。


 

 雨乞いの祈り。

 家は竜神様の神社だった。私の苗字にも雨の字がある。


 何より私は『竜神の子』。


 巫女であった祖母は、ずっと青葉の事をそう呼んだ。

 少なくとも雨とは無関係ではない……かもしれない。



 祭壇の前に行って(ひざまず)いた。



 自然と、守ってきた竜神様の社がまぶたの裏に浮かぶ。


 竜神様。

 この国はこんなに雨が降っていません。


 竜神様。


 ――――竜神様。



 こんな時空の果て、時の、地の果てに来てしまいましたが竜神様、この国を助けて下さい。


 


 竜神様。

 竜神様。



 竜神様。









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