11.水の精霊が見えました
「着くのが遅れてしまい申し訳ありませんでした、アオバ様」
そう言ってアデリナは青葉に丁寧な礼をする。
「全然遅くないよアデリナさん、こんな朝早く着いたって事は夜中馬を走らせたんじゃないの?大丈夫?」
「そんなことは何でもありません。……王宮組の聖女様方がもう少し何とかなれば、もっと早くアオバ様の所に来られたのですが……そもそも護衛は隊長でなくともよかったのに……」
「……隊長?」
拳を握ってキースを見ながら言うアデリナに、青葉はそれ以上聞いてはいけないとは思いながらも好奇心の方が勝ってしまう。
「……え―と、あの二人…… 雨、降らせられたのかな?」
「…………聞きたいですか、アオバ様。聞きたいんですね」
アデリナの目は坐っている。
「あ、や、やっぱりいいや。またゆっくり、旅の途中にでも……」
「聞きたいんですよね。」
何だか神殿で巫女服の時とは性格が違うんじゃないかと、青葉は真剣に悩みながらアデリナの肩に手を置く。
「あ―、あ~うん。苦労したんだね」
青葉がため息と一緒にそう言うとアデリナは身振り手振りであの二人がどれだけ神殿に対して無礼に振舞ったか話し始めた。
どうやらまずやらかしたのが、祭壇に座ったらしい。
「あ―― 座っちゃったかぁ」
「それだけじゃありません!」
降雨の祈りを「めんどくさい」
跪くのを「膝が痛いからヤダ」
やっと祈りの姿勢を取ったと思ったら二分も持たずに「あきちゃった」
食事は「こんなまずいの食べたくない」
挙句の果てに正妃殿下に向かって「おばさん」呼ばわり。
「正妃……様?」
「あ、はい。ヴィクトル殿下の母君です。あまりの惨状にヴィクトル様が教育をお願いしたのですが、効果は無く…… 結局私が神殿にいる間は薄い霧雨があっただけでした。これはアオバ様の呼んだ水の精霊のおかげでしょう」
「そっかぁ。じゃぁなるべく急いで帰らないとね」
「はい。あのお二人では王都が干上がるのは時間の問題でしょう」
アデリナはそう言って大きなため息をついた。
「しかし、王都からずっと休みなしで来たのだろう。出立できるのかアデリナ」
「あ、いたんですかキース様。私なら問題ありません。そうだ、これ。ヴィクトル様からの親書と聖女に関する資料の写しです。何かの役に立つかもしれないから目を通しておくようにと言うことでした」
ずっと会話にい入らずに様子を見ていたキースにアデリナはそっけなく言う。
「アデリナさん? ……性格変わってないですか?」
「アオバ様、アデリナは元々はこっちが本当の性格です。でなければ神殿騎士団の副団長など出来はしません」
「……副団長……だったんだ」
これにはさすがの青葉も驚く。
「アデリナとお呼びくださいアオバ様。ちなみに団長はキース様ですよ」
「あ、やっぱり偉い人だったんだね。……団長と副団長が二人して抜けていいの?」
「聖女様をお守りする以上の仕事が神殿騎士団にありますでしょうか?それに騎士団なら王宮騎士団と言う正規軍があるので神殿騎士団が動けなくても問題ありません」
「……そうなんだ?」
No.1と2がいない組織と言うのは、日本だと問題になりそうだが、こっちではそうでもないのだろうか?
「ま、まぁとにかく急いで帰るためには、急いで出発しなきゃね。キースの方は準備は?」
「こちらは万端ですが……アオバ様今日はこの街の水場に行かれるのでは?」
「あ、そっか。急いで行っちゃいましょう。制御はまだ難しいけど出す分には問題なしよ!」
その青葉の返事に、若干の頭痛をこらえるようにしながらキースは、
「……お願いですから制御の方も学んで下さい。今後はこのアデリナが精霊魔術をお教えできると思います」
と力なく言う。
「はい! 自分は精霊魔術は高度精霊魔術まで習得しております。お役にたてると思います」
「分かった。じゃよろしく」
反対にアデリナは元気いっぱいだ。
青葉の役に立てるのが嬉しい、と顔いっぱいに書いてある。
その後、キースとアデリナで簡単な今後の予定を立てる。
アデリナが青葉を連れて街の中央にある水場へ行く。本来ならば噴水の湧き出る美しい場所だ。
キースはアデリナが持参した物資を、必要な物とそうでない物によりわけ、いつでも出立出来るようにしておく。
いくら青葉が水が出せると言っても、全く水を持たずに行く訳にはいかない。
食料は、昨日より幾分値が下がっている。
これもヴィクトルの義倉開放令の書状があればこそだ。
あれがなかったらアデリナの同行は諦めなければいけなかったのだから。
結局、青葉の馬車のほかにアデリナが持って来た小型の馬車を持って行くことになった。
キースにとって、アデリナが来た事は運が良かった。
憎まれ口をたたきあう仲ではあるが、武術面での信頼という面ではトップクラスに位置する。
剣でこそ負けた事は無いが、槍では二回に一度は負けている。
神殿騎士団副団長は実力がないとやってはいけない職だ。
しかもアデリナは水の精霊の加護を受けた精霊魔術師である。
青葉の師としてこれ以上の人材はいないだろう。
まだ噴水の前では青葉が腰が引けた状態で水場をのぞき込んだりしている。
どちらにしても、アデリナが一緒ならば終わるのも早いだろう。
そう思い準備を急ぐキースだった。
「さ、アオバ様、思いっきりやっちゃって下さい。止め方の方はお教えいたします」
枯れた噴水を前に青葉は「やっちゃって下さい」と言われてもな― と思いながらも両手を噴水の方へ向ける。
と、同時に両手から勢いよく水が噴き出した。
「…………本当に出すのはすごいんですね」
アデリナが呆れたように言った。
「普通はそうでもないの?」
「普通と言うか…… 水の精霊魔術師でも詠唱や陣もなしで水を出せる者は居りません。さすが聖女様です」
「え…… そうなんだ」
「でも、止めるのは詠唱も陣もいらないはずなんですけど……」
「え………… そうなん、だ」
最早、褒められているのか貶されているのか分からない青葉である。
とりあえず精霊魔術師としては規格外である事は理解した…… ようだ。
そろそろ噴水の水場もいっぱいになろうかと言う頃、アデリナは青葉の手を合わせるように言った。
「拍手をするように勢いをつけて手をあわあせて下さい」
「……こうかな?」
ぱん。
まるで柏手を打つように手を合わせる。
青葉には懐かしくも馴染んだ感覚だ。
不思議な事に、それだけで溢れていた水は止まった。
「止まった……」
「はい。手からの魔術の放出は今のやり方で大体止まると思います。他のやり方も無くは無いんですが、今のが一番簡単ですね」
「単純なのが一番いいわ。これからこうする。ありがとうアデリナ」
そう言ってまたにっこり。
スマイルゼロ円。
「精霊魔術も少しずつお教えいたします。まだ精霊様はお見えになりませんか?」
青葉の笑顔に弱いアデリナは、その笑顔に癒されながら話を続ける。
「うーん、それが良く分からないかな? 神殿はここより遥かに空気が青かったけどそれが精霊なのかどうか……?」
「まさにそれが水の精霊様だと思います。今から神殿に戻られるのでしょう?確認ができますよ」
「そうだね。……あ、でもこの噴水の真ん中、ホントなら水の噴き出すあたり青が濃い所がある…… 様な気がする?」
そう青葉が言って、噴水の噴き出し口近くを指さす。
「ああ、本当ですね。きっと本来はあそこにいる精霊様がこの噴水を守っていたのでしょう。……今は眠っておられる様子、アオバ様お力を与えられますか? 一時的にかもしれませんがこの噴水が元に戻るかもしれません。街の中心部に湧水があればどれほど便利でしょうか」
「噴水が戻る…… って事は、どんどん水が湧き出してくるって事? この街の人は水に困らなくなる?」
「期間限定かもしれんせんけどね」
「うん、まぁ。とりあえずやってみよう。ダメ元って事で」
どうやらこの国の噴水は水を循環させるのではなく、水の精霊たちによる湧水と言う仕組みのようだ。
「力を与えるって、どうすればいいの?」
「原理は降雨の祈りと同じだと思われます。聖女様に関する記述は見た事がないので何とも言えないのですが……」
「つまりやってみなきゃ分からない訳だ。うん」
そう言って青葉は、履いていた刺繍の施された豪奢な靴を脱いで噴水の中央までザバザバと歩いて行った。
「アオバ様!」
「やってみなきゃ、分かんないんだよね。近い方がいいような気がするんだ」
そう言って青葉は噴水口付近にある青い色の、形のない空気の塊のような不確かな物に向かって手を合わせる。
もし、自分の力が役に立つなら使ってほしい。
両手で、その精霊だと思われる青い霧の様なものを手の中に包み込む。
私が、水の神殿へ行くまでこの街を守って――
必ず水の神殿へ行くから。
青葉が噴水口に手を当てて数分。
変化は突然だった。
「うわぁ!」
「アオバ様!」
突然噴出口から水があふれ出す。
地上から3~4メートルはあるだろうか。
高々と飛沫を上げて水が噴き出し、美しい虹を描きだす。
当然青葉はずぶ濡れである。
「あ―あ、びしょ濡れ」
困ったような笑みを浮かべて戻ってくる青葉に、アデリナは自分のマントをかける。
「見事でしたアオバ様。もう精霊様がはっきり見えるのではないですか? 噴水の周りに集まってきていますよ」
「……うん、見える。霧みたいに薄いモノとか…… やたら存在感を主張している水滴型の奴やら…… 薄くだけど人型もいるね。多分あれがこの噴水の主みたい?私に頭を下げてる」
「お礼を言っているのでしょう。とにかく神殿に帰って着替えましょうか。このままでは風邪をひいてしまいます」
「だね。……とりあえずこれだけ目立つのは避けたかったしね~」
その後の青葉の大きなくしゃみを合図に二人は急いで馬車に乗り込んだ。
青葉は連日のずぶ濡れで本気で風邪をひくのではないかと心配していたのだが、有名な格言通り青葉が風邪をひく事は無かった。




