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プロローグ

 その国はウィリディスと呼ばれていた。

 『緑の国』と言う意味である。

 温暖な気候、広い平原。

 その大地は巨大な穀倉地帯としてその国のみならず、近隣諸国の人々の食糧庫となっていた。

 その平原を支える大河は幾筋も流れ、その国を潤していた。


 ――――通常ならば。


 ヴィクトルは空を見上げる。

 何処までも蒼く美しい空。

 今はその蒼すら禍々しい色彩として彼の眼に映っていた。


 今年は雨が降らない。

 この国を豊かに支えていた大河は消えるようにその跡を残すのみとなり、その大河に支えられていた大地は美しい緑を消し去っていた。


 既に半年以上、雨の気配は無い。


 視線を動かせば、少し前までは緑一色だった山々にも荒廃の色が目立つ。

 山々の大木ですら葉を落とし始めた。

 もう一刻の猶予もない。



 ヴィクトルはバルコニーの手すりを握り締める。

 片手には過去の文献から調べさせた召喚陣が握られていた。



 遥か昔、この国を救ったという聖女の召喚陣。



 ヴィクトル自身も、正直信じることは出来なかった。

 しかし目の前にある現実は受け入れるしかない状況まで来ている。



 ヴィクトルの立っているバルコニーの正面。

 遥か遠い山の彼方。

 彼が生まれた時から、否、それよりはるか以前からこの世界を支えてきた巨大な樹。



 世界樹と呼ばれる、この世界を支える精霊たちの命の源。



 その世界樹から緑が消え、日々枝を落とし形を崩していく。

 

 事実、この国にある精霊神殿にも、精霊の姿を見ることは無くなった。

 

 この世界の人間は、ほぼ何かの精霊の加護を受けて生まれると言われている。

 ヴィクトルも火の精霊の加護を強く受けている。


 この旱魃が起きた当初は、世継ぎである自分の火の加護が強すぎるのではないかと悩んだ時もあった。

 しかし世界樹の異常は、一国の王子の加護など問題にはならないだろう。


 この状況から国を守る方法を、ヴィクトルはそれこそ死に物狂いで探した。

 父王は当てに出来なかった。

 この状況に際しても、雨ならいつかは降るだろうと、天気など人にはどうしようもないと言いきり、民の飲料水の管理を宰相に任せ、やったことと言えば他国に水の輸入を願う書簡を送っただけであった。



 そんな中、ヴィクトルは太古の歴史書の中に、世界樹の枯れた世界を救ったと言う聖女の記述を見つけたのだ。

 

 

 その命と引き換えに、新しい世界樹を育てたと言う聖女の伝説を。










 精霊神殿は王宮の一角に沿うように建てられてた。

 美しいステンドグラスに彩られた窓からは七色の光が中を照らしだす幻想的な空間。

 その中でヴィクトルは異母弟と久しぶりの再会を果たしていた。


「キース、準備はどうだ?」

「……召喚陣の準備も、魔術師の準備も出来てはいる」


 炎の様な赤く長い髪を揺らしたヴィクトルに答えたのは、うすい茶色の短い髪をした神殿騎士の略装をしたキースと呼ばれた異母弟だった。

 側室の子であったキースは、幼い頃より神殿で生活している。

 そのキースの答えは、はっきりしない物だった。

 これからヴィクトルがしようとしていることを咎めるような。


 しかしキースの表情は何も映してはいない。

 幼い頃よりこうだった。

 自分の内面を出さない。

 出せない境遇を強いたのは、己の母であることを知っているヴィクトルは、この異母弟に常に申し訳ない様な、後ろめたい気分を持ってしまう。

 しかし、今回の事は譲れない。



 水が必要なのだ。


 例えどんな事をしてでも。




「不満そうだな」

「当たり前です。その伝説が本当なら…… 取り返しのつかない事をすることになる」

「しかしこの国と引き換えに出来ることではない」

「だとしても、それはこの国の問題で、他国……いや世界すら違う人間の命と引き換えになど」

「何と引き換えてもこの国を守る。お前も王家の人間なら割り切って考えろ」

「私はすでに王家の人間ではありません」

「まだ言うか。お前は私の弟だ」


 動かない弟の表情がわずかにゆがんだ。

 それがどのような感情の動きなのか、ヴィクトルには知ることは出来ない。

 幼い頃から母親と離され、神殿に保護された弟。


 自分の実母が、執拗にその命をつけ狙う優秀な弟。



「今晩、決行だ」

「……本当に?」

「冗談で出来ることではないだろう。お前を含め神殿の精霊魔術師たちには負担をかけるが……」

「問題はそこでは」

「分かっている。召喚した聖女の歓待の準備はしておこう。とにかく聖女を召喚して雨を降らせてもらう。その後、水の神殿だ。……水の神殿で大地が蘇れば、それでお帰り頂ける。しかし……」


 キースは胸元に下げた守り袋を握り締める。


「それでだめなら、おそらくそれを使わなくてはならないだろう。……お前のそれが、そんなに貴重な物だとはな。もし私が水の神殿に行く時はそれは貰って行く。お前が護衛に着いたら、聖女にそれを使えないだろう?」

「……殿下、こそ…… 使えるのですか?」

「私はこの国の王子だ」


 ヴィクトルはまっ直ぐにキースを見て、強い視線でそう言った。

 


 



ヴィクトル様別人警報発令中。



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