その9――勇者さん、猫をどうにかしてください
「ではただいまより『城条まほを応援する会』を開催します。はい拍手ー」
兎のぬいぐるみ、ラビトリアン・ウザハードの音頭で城条を応援する会は始まった。目的は、これからは妖怪も巻き込んだ戦いが始まりそうなので是非魔法少女さんに頑張って貰いたい。美味しいものを食べて貰ってトキメキパワーを貯めて頂こう、と言う事だ。
ここは先日、俺の全財産が無惨にもパフェに消えていったファミレスである。
メンバーは、兎と浩介とじじぃ、俺とグリちゃんだ。
日曜日の昼間に集まるには猛者苦しい面子である。
「主役がいないのは気のせいでしょうか」
「まほなら来ないよ。友達と約束があるそうだ」
「僅か数行で目的達成不可能になった」
「そこは大丈夫さ。僕とまほは一心同体だからね。僕が食べるのも彼女が食べるのも同じことだよ」
「もしかしてあんたが食べたかっただけちゃうか」
兎は澄ました顔でそれには答えなかった。殴ってやりたいという衝動にかられたが、声をかけられたのでそれは叶わなかった。
「あれれー、町田ちゃんとタイラちゃんだ。もしかしてデート?」
担任の脳筋先生こと、姫川先生だ。今日は迷彩服を着こなしている。ファミレスには場違いな服装である。
「何処を見たらデートだと思うんですか?」
「あ、トリプルデートだったんだ」
姫川先生は「なるほど」と手を叩いた。
「人数が足りません」
ここにいるのは2人と妖怪、妖精、精霊が各1匹である。
……おいじじぃ、何でお前がいる!?ナチュラルに人数に入るな!
「ウザハードちゃんがいるから城条ちゃんもいるんでしょ?6人いるよ」
「こいつの数に入ってるの?」
グリちゃんが見えているらしい。
「学校でも何時も一緒にいるでしょ?噂も色々あるし」
「初耳なんだけど……」
姫川先生は「ちょっと待ってて」とその場を後にすると生徒を4人、男女2人ずつ連れて戻って来た。生徒だと分かったのは同じクラスの子がいたからであり、彼らは皆一様に迷彩服。一緒に外を歩きたくない集団だ。
店員に席を移動する旨を伝えると、俺達の隣のテーブル席に座っていく。そして口々にウザハードに挨拶をする。
「こいつの知り合いか?」
「まほは去年3組だったからね。『元参』の皆とは友達なのさ。僕も含めてね」
「そゆことー」
「元参」は昨年姫川先生が担任を勤めたクラスの生徒達が結成した、筋肉大好き変態集団である。
話を聞いていると城条が魔法少女やっているのも知っているらしい。時々城条を手伝ってるとか。
「それにしても、お爺さん何者?」
店員さんからカツ丼定食を受け取りながら先生が聞いた。ちなみにウザハードの前には既に空のパフェグラスが並びつつある。
「ふぉっふぉっふぉ、違いが分かるかね」
「私がマッチョ歴が見えない人なんて、なかなかいないもん」
だからマッチョ歴ってなんなんだ。
「わしは妖怪だからのう、筋肉がある様で無いのと同じじゃ」
シーンとさっきまで騒いでいた迷彩服の生徒達がフリーズする。いきなり妖怪と告白されても驚くだけである。
「マジで?」と1人の男子がウザハードに確認を求める。頷くウザハード。後は蛇口が開いたのか如く悲鳴があがる。
「きゃーっ、写メ撮っていいですか?」
「妖怪見るの初めてだ」
「ネットに上げるのNGですか!?」
「なんて妖怪ですか?」
「強いて言えば、ぬらりひょん」
「「きゃーっ」」
「超有名人じゃん!」
こいつら脳筋というより、ただの馬鹿なんではないか。
ちなみにぬらりひょんを有名人だと発言した彼は、入試の点数トップで新入生代表として挨拶した程の秀才君だった。
3組に入ったばっかりに通称「姫川マジック」で脳筋になってしまったが。
「妖怪でもいい筋肉ね」
と姫川先生。
それから俺の注文した唐揚げ定食がいつの間にかぬらりひょんに食われていて一悶着あった(しらを切られたけど)が、姫川先生率いる迷彩服軍団はファミレスを出ていった。
組織に捕まった仲間を助けてほしいと依頼があったらしい。あえてツッコミはしなかった。姫川先生はトモ姉と同様にツッコミをしても空振りに終わる存在なのだ。
「本当に何でいるんですか」
改めて浩介が質問する。
ぬらりひょんのやる事なす事全てにおいて、俺達はその認識が遅れてしまう。俺なんて殺ろうと思えば何時でも殺れるのだ。なので、俺を襲いにきたわけではないのだろう。だといいな。
最近、凄い能力の奴が出過ぎて、勇者たるはずの親友が霞んでいる気がする。
神妙な顔をしてぬらりひょんは答えた。まさか、緊急事態とかか。
「うむ、女子高生と知り合いになれるかと思うての」
「下心丸出しかっ!」
ふぉっふぉとじじぃは笑うと冗談だと言った。
「ところで、城条まほとやらは可愛いのかの?」
「引っ張らないでください」
「いいじゃないか。答えてあげなよ」
「顔は良くても目付きがな。本気で祖先がカミツキガメかと思ってた。まあでも――」
悪い奴ではない、と続けようとするとウザハードがやたらニヤニヤしている。気持ち悪いと思っているとグリちゃんがそっと耳打ちしてくれた。
「あの兎に言った事は、城条まほにも伝わるんやで」
「ヤバイ!」
どうしよ、カミツキガメとか言っちゃったよ。
「ぷぷ、アウトだね」
「兎っ、図ったな!」
「ナンノコトダカワカラナイヨ」
殴ったるっ!
「タイラ!」
「止めるな、親友」
「外を見てください」
言われるがまま窓から外を見ると、猫がいた。ここは都心でもないので野良猫なんて珍しくもない。ただ、それは数匹の話である。
辺り一面、猫、猫、猫、猫。電柱でさえ猫に染まっている。
「おっと、ちと遅かったかのう」
不適に笑うぬらりひょん。
「今日は猫避けグッズを持ち歩く事を勧めに来たのじゃがの」
そういう事は家を出る前に言ってほしい。
「朝は弱くての、ふぉっふぉっふぉ」
「絶対嘘だ!」
「あの猫も妖怪の類なんですか?」
あくまで冷静な浩介。
「あれはただの猫じゃ。親玉が妖怪ネコマタなのじゃ」
数百匹はいる猫達は俺を見ている。何処を見ても目が合う。さながらスターになった気分だ。と言いたい所だけど実際はホラーである。真の恐怖とは日常に潜んでいるとはよく言ったもので、普通の猫でもここまで集まると怖い。
だが不思議な事に店内の客達は、外の様子に驚く素振りを見せない。見えてないみたいだ。
「それは、わしがお陰じゃ。パニックになったら妖怪の沽券に関わるからのう」
「ぬらりひょんってそんな能力だっけ?」
「ふぉっふぉっふぉ」
笑って誤魔化された。
「城条さんは来てくれそうですか?」
「少し立て込んでいてるからね。すぐには無理だ」
「遊びに行ってるのでは」
「遊びに行ってるよ、地獄へね」
意味深げな事を言うウザハードである。
「それはそうと、早くお金を払って来てよ。僕が外に飛ばしてあげるから」
「いいんですか?」
「流石にあの中は通れないだろう。監視対象を守るのは当たり前さ。僕はエリートだからね」
エリートは自分をエリートと言わない。
浩介が会計を済ませるのに店員に声をかけると、もう貰っていると言われた。姫川先生、太っ腹である。
「じゃあ、転移」
ちょ、早いよ。心の準備が――
―― ―― ――
案の定吐いた。
あの身体が歪む感じにはどうにも慣れない。
「ここ何処だ?」
落ち着いてきたので辺りを見回すと、どうやら先日浩介が戦地にしたと言う動物園跡だった。
来るのは本当に久しぶりである。ベンチの位置も何もかもがそのままだ。ただ、そこには動物もいなければ人もいない。俺だけである。
……浩介は?
「浩介ならおらんで。あの兎、テキトーな仕事にも程があるやろ」
浩介は別の場所に飛ばされたらしい。ウザハードもいない。
浩介がいないとなると転移してもらった意味がないのではないか。ここにあの猫達が来たらピンチだ。生憎俺は防衛手段を持ち得ない。
「みーつけた」
「え?」
そこには廃墟となった動物園には似つかわしくない幼女がいた。
白いワンピースに麦わら帽子、まだ暑さは残っているにしても時期外れな格好だ。
「にゃはっ、仮面のお兄さんの言う通りだった。やっと会えたね。お兄ちゃん」
「なんと!?俺には妹が!?」
「20年ぶりだよー」
感動の再会だ。
駆け寄ってくる幼女を抱き締める俺。兄妹ならセーフである。
「おお妹よ、お顔を良く見せておくれ」
「うんっ」
元気よく麦わら帽子を投げ捨てる幼女。
「おお妹よ。妹の耳は何で猫耳なんだい?」
「それはね、お兄ちゃんのお話をよく聞くためだよ」
「おお妹よ。妹のお尻には何で3本も尻尾があるんだい?」
「それはね、お兄ちゃんに絡みついて2度と離さないためだよ」
「おお妹よ。妹の歯は何でそんなに尖っているんだい?」
「それはね……お兄ちゃんを食べるためだよ。ニャオー!」
「茶番はやめぇ!!」
「うにゃっ」
幼女が何故か後ろに吹っ飛んだ。グリちゃんが何かした様だ。
「よく考えたら猫耳と尻尾が生えてる子が妹なわけがない!」
「20年ぶりとか言われてる時点気付きや!」
危ない危ない。騙される所だった。
「いたた、お姉ちゃん酷いにゃ」
幼女は立ち上がり、ない胸を張る。
「あたしはパカ、お兄ちゃんのお肉をくださいにゃ」
「馬鹿?」
「パカ」
「ばか?」
「パっ!カっ!」
「バっ、カっ!?」
「ウニャーッ、もういい!!」
パカは人間では有り得ない跳躍を見せたが空中で弾き返される。透明な壁でもあるみたいだ。
「アホな事言ってないで逃げるで」
兎も角出口に向かって走る事にした。
走りながら振り返るとパカは一人でもがいている。本当に馬鹿なのだろうか。
「待つにゃー!あたしは完璧な存在になりたいにゃ!そして日本をマタタビ大国にする夢がっ!!」
パカなのかバカなのか知らないが夢は壮大である。
「時にグリちゃん」
「なんや?」
「封印云々があるのにさっきから魔法使ってないか」
彼女は眉を細めて首を振った。
「ナンノコトヤラ」
白々しい。疑ってくださいと言わんばかりである。
しかし彼女が口にしたのは別の言葉だった。
「最近あんた可笑しくないか?」
基本的にボケ担当はグリちゃんのはずである。勿論俺達は漫才師ではないが。
「そうやなくて、なんかこう、ポジティブ過ぎんか」
彼女は脈絡のない話を始める割には神妙な顔をした。
「あんたは馬鹿やけど、危機感ちゅうもんを持ってたやろ?ほら、魔法少女から逃げる時なんて焦ってたやん。それがどうや、明かに怪しい子を抱き締めたりして…」
「つまりはあの猫っ娘に嫉妬したと」
「ちゃうわっ!」
次の瞬間、俺は身体が捩れる感覚に襲われた。
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