その5――勇者さん、死なないでください
この話は途中で視点がタイラから浩介に移ります。
「あれは知り合い?」
空から降ってきた城条は、立ち上がりつつ問うた。
日本刀持ったイケメン英国紳士は気持ち悪いくらいニヤニヤしながらこちらへ歩いて来る。
「恐らく僕が異世界で倒した魔王の部下です」
「手段選ばないタイプ?」
「そうですね。魔族には『目的の為なら親でも殺せ』と格言があるぐらいですから」
「ここだと、被害でかいか…」
全く描写がなかったが、ここは家々が立ち並ぶ住宅街である。あんな歩く危険人物臭がする奴が暴れたら被害のひとつやふたつ出るだろう。奴が異世界から来たとすると凄い強いはずである(世界を越えると強くなれるらしい)。
ヤバイ様な状況だがひとつ言わせて欲しい。おい城条、その住宅街で魔法ポンポン撃ってた奴が今さら何の心配してるんだ。
「ウサ公、あれから殺る。頼んだ」
「任せておいてよ」
英国紳士との距離は僅か十数メートルになろうとしていた。
「町田、休戦」
「協力しますよ。魔族を野放しにはできません。それに僕たちからすると休戦もなにも、そもそも城条さんと戦う気がありません」
あれ、親友さっきは魔法少女に丸投げする様な事言ってなかったっけ。どうやら想定異常にあれが強かったのか、魔法少女が弱かったのだろう。
「了解」
言うや否や、城条は何処から出したのか飴玉を口に放り込みガリガリ噛み砕いた。
「マジカル転移」
魔法少女は兎を残して姿を消した。ついでに迫り来る英国紳士と(刀を持ち歩く人を紳士呼んでいいのか)浩介もその場からいなくなった。
これも魔法とやらなのか。転移とか言ってたから多分ワープ的なものだろう。
でも何で兎を放置して行ったのだろうか?
「それは僕には仕事があるからさ」
と言うと、ひょいと俺の肩に乗ってきた。気分はポ○モント○ーナーである。あれはネズミだけど。
「ふざけた事言ってないで、茶店かファミレスに連れていってよ」
ふざけているのはお前では?
「ふざけてんのはあんたちゃうか」
グリちゃんも同意見。
「理由は道中に説明するから急いでくれるかな。彼、なんて言ったけ。あのムキムキ君の為でもあるんだ」
「本当か?」
「勿論さ」
一先ず兎を信じてファミレスへ向かう。ここからなら20分もあれば着くはずだ。
「しかし、さっきまで自分の命狙っていた奴の言うこと聞くなんて、君は頭が悪いのかい」
「頼み事をした本人がそれ言っちゃう!?」
「少し客観的に見れば、誰でも思う事だよ」
歩いていたら「急いで」と言われたので今は小走りだ。
「浩介が休戦を認めてた。それで十分だろ」
「信頼してるだね」
「あいつは俺の親友だからな」
「やっぱりあんたら、ホモやったんやな」
「おいグリちゃん、今の台詞何故そこに行き着くんだ」
ドヤれる事を言ったのに台無しである。
「可笑しい思ってたんや。トモお姉さんにあんなアプローチされてても、いつも素っ気ないやん」
「うわぁ、そうだったのかい。僕も身の危険を感じるね。降ろして貰っていいかな」
「俺は断じてぬいぐるみに発情等しない!男にもしない!」
「大声出して否定するとか益々怪しいわ」
トモ姉が俺の事が好きなのは知ってる。だけど、俺にとっては「姉」なんだ。それに、あの人には返しても返し切れない恩がある。それが邪魔をする。ブレーキをかける。
「って、それより浩介たちは今どうなってるんだ」
「逃げたで」と言うグリちゃんは無視である。
「まほ達は動物園跡だよ。歪みから現れたあいつと戦ってる」
我が町には、数多の有名所と引けを取らない規模の動物園があった。しかし俺が小学校の低学年ぐらいの時、動物が逃げ出して怪我人が出ると言う事件が起こる。それが直接の原因なのか、ひとつの要因に過ぎないのかは分からないが、今は閉館している。
なまじ規模が大きかった為に、今でも再利用される事もなく放置されている。
悪い噂の絶えず、不良さえ近付かないそこはまさに人目を凌ぐには最適だろう。
そうしているうちにファミレスに着いた。
中に入り隅のテーブル席で、兎の指示通りパフェを全種類注文した。
「パフェをどうするんだ?」
「食べるに決まってるじゃないか」
さも当たり前の顔をされた。ぬいぐるみの出で立ちなので表情はないが。
店員に怪訝な顔をされつつもパフェが到着した。パフェがテーブルを埋めると言うのは初体験だ。
いや、積極的に体験したいことでもないが。
「いただきます」
兎は早速食べ始めた。ぬいぐるみの口が開くと、何かの妖怪みたいである。
「それであんたは、パートナーが戦いよるのに何でパフェを食べてんねん」
「トキメキパワーを補充しているだよ」
毎回毎回新ワードを補充しないでくれ。理解が追い付かない。
「なんやねん、そのなんたらパワーって?」
「魔法少女はときめく時に発生する力で魔法を使っているんだ。簡単に言えば、気持ちをエネルギーに代えているのさ」
「魔力やないんやな。胡散臭いエネルギーやで」
「魔力?へぇ、漫画みたいだね。そう言えばあのムキムキ君『勇者』とか呼ばれたけど、思わず『中二病かよ』て心の中で突っ込んでしまったよ」
「そんなこと言うたら魔法少女かて、コスプレ女やん」
会話をしつつも兎は凄い勢いで器を空にしていく。
「そのパワーの補充とやらはお前がして意味あるのか?」
「色々あって僕とまほは一心同体なんだ。彼女が見たものは僕も見えるし、僕が食べたものは彼女も味を感じる。まほは数年前に力使い過ぎてね、甘味を口にした時ぐらいしかときめけないんだ」
「さっきまで命を狙ってた奴に、そんな大事そうな事ペラペラ喋っていいのかよ」
「そこまで重要な事ではないさ。まあ、自称妖精の身の潔白が証明されたとしても、君は口封じに殺されるね」
「なに喋ってくれちゃってるんだ!?」
「冗談だよ。本当に重要な事ではないんだ。皆が知ってる事だからね」
何処の『皆』を指しているんだよ。もしかして俺が知らないだけで周りは魔法少女だらけなのか。
「さて、お代わりを注文してくれないかい」
大量にあったパフェ達は軒並み空になっていた。
「早くしてくれないかな。まほが今負けたらムキムキ君ピンチだよ。即刻死んでしまうよ。親友を見捨てるのかい」
「分かったよ」
最初と同じくメニュー表のパフェを端から端まで注文した。店員には3度ほど繰返し確認された。
そりゃあいないだろうな、ひとりでパフェこんなに食べる奴。
「あ、このケーキ美味しそうだね。後でこれも頼むよ」
浩介は大丈夫なのであろうか……あれ?これ誰が払うんだ?
――動物園跡地(浩介視点)――
「マジカル転移」
その瞬間、身体が捩れる感じがしました。
気が付くと僕は先程は違う場所に居ます。どうやらここは動物園跡みたいです。幼い時何度か来た事があるので何となく面影があります。
隣にはゴスロリ魔法少女の城条さん。十数メートル先には多分魔族だと思う男がいます。彼も何が起こったのか戸惑っている様です。
人数を限定して飛ばせる空間魔法がどれだけ高度なものか知れません。異世界で仲間だった魔導師でさえ、多人数の中からピンポイントで転移させるなんて芸当できませんでした。
「20分稼げ」
突然で城条さんが何を言っているのか分かりません。
「私は今エネルギー切れ。充電するから頼んだ。その後は私が殺るから」
「さっきは盛大に吹っ飛ばされたみたいですけど大丈夫ですか?」
「知らないの?」
城条さんは笑いました。笑ったと言っても頬が持ち上がっただけで目は死んでいて普通に怖いです。
「全年齢対象の魔法少女は負けない」
無茶苦茶な理論ですね。
「おーい黒スーツの人、ここなら好きに暴れていいよ」
言うや否や彼女は離れた所のベンチで横になって、我関せずと言わんばかりに目を閉じました。
その言葉で我に帰ったのか魔族(多分)の男は僕に向き直ります。
「状況がちょっと掴めないがまあいい。勇者、会いたかったぞ」
「貴方は誰ですか」
「俺はアデル。魔王様にお使いしていた」
一応会話が成立しています。多分ぼくでは敵わないので彼女を信じるしかありません。どうにか時間を稼がねば。
「世界を越えて来たんですね」
「そうだ。俺は2000年もの間あのお方の成長を見守ってきた。尊敬と愛を持って使えてきたんだ。この仇討たずして死ねるものか」
僕はあの世界で人族を守るために様々な命を踏みにじって来ました。後悔はありません。ただ、こうして憎まれるのも自業自得なのでしょう。
ですが、例えエゴだと言われても言わせて貰います。
「僕を殺った後、この世界でも人を殺めると言うならなら、ここで僕が止めます」
あくまでも種族本位、自分本位な考えです。
「くかかっ、勇者ぁ、それでこそ勇者だ。自分のメリットも考えず、他の人間の為に戦う。俺はそれがムカついてムカついて仕方なかったんだ」
アデルは間を置かず駆け出しました。僕も彼と同じ方向に走ります。つまりは逃げます。
「待てぇ!」
今日は逃げてばかりです。僕も今までそれなりの場数を踏んで来ました。相手との戦力差はある程度分かります。目的の為には自分のプライド何もありません。
どうにか地の理を生かして撒きたい所ですが、この動物園が閉館して8年になるので、ほとんど何処に何があるのか覚えていません。
チラリと振り返るとアデルとの距離が半分に縮まっています。魔力で強化しているのでしょう。僕の筋肉を持ってしても離せないでいます。
因みに僕の筋肉は女神様から貰った加護「絶対筋肉」です。当時の僕はもやし体系でした。そのコンプレックスから貰った加護ですが、今ではその筋肉がコンプレックスに成りました。
「トモ姉直伝の不意討ち」
横道に入るとフェイントを入れてから踵を返してます。
一発殴れたらと思いましたが直ぐに対応されました。
上から横から斜めから刀が降り下ろされます。単調な動きなのがせめてもの救いでしょう。どうにか回避出来ます。
「足元が疎かですよ」
ローキックを決めてやりました。下から攻め、上から攻め相手の注意を分散させる。トモ姉に教わった戦術です。彼女に教えていたつもりがあったかは分かりませんが、実戦の中で学びました。正確には僕が攻撃を受けるだけですが。
実際に格闘技の経験さえなかった僕が、曲がりなりにも勇者をやれたのはトモ姉のお陰です。小学生の時から会うたびに技をかけられていたので、自然と敵との距離感や攻撃に対する回避方々が身に付きました。
「くかかっ、どうしたどうした、当たらないぜ」
敵の挑発には乗りません。
当たらなくてもいい。ジャブや足技で少しずつ、手数の多さでアデルに隙が出来るのを待ちます。
アデルが所持しているのは見た目こそ日本刀ですが、アスファルトだろうが鉄柵だろうと真っ二つにしています。あれに切られたら流石に僕でも耐えられないでしょう。
「くかかっ、くか、かー」
奇妙な笑い声と共にアデルは刀を大振りに構えました。それを逃がす訳には行きません。
僕は相手の懐に飛び込みます。零距離では大抵の武器はその攻撃力を大きく削ぐ事が出来ます。
膝蹴りが飛んできますが、その程度の技の完成度では簡単にガード出来ます。
僕がどれだけトモ姉の膝蹴りを受けてきた事か……
こちらも零距離では出せる技が限定されます。ここは体当たりです。肩から当たり相手を押し出すように飛ばします。
体当たりは某ゲームで採用されてる技名がですが、中国の拳法の中にもこれを技として確立いるものがあるぐらいです。体当たりを馬鹿にして貰っては困ります。
ではアデルが尻餅をついた所で逃げましょう。
全力でその場を後にします。
今の僕では火力に欠けます。いくら崩せても止めがさせないのです。だからこその時間稼ぎ。
僕は何故ほぼ初対面の城条さんをこんなに信頼しているのでしょうか。きっと、単純に嬉しかったからです。他にも人間離れした能力を持った人がいたことが。外国で日本人に会うと不思議と仲良くなれるのと同じ感覚です。
逃げるのは距離をとりたいと言うより、正しくは隠れたいのです。何故なら――
「ファイアーボール」
「ぐっ」
これです。魔法の存在です。僕は魔法の類を一切使えません。
下級魔法ではあるものの背中に直撃すると流石に痛い。聖剣があった時に比べて魔法抵抗も落ちている様です。
「くかかっ、遠距離からの攻撃はしないつもりだったんだがな。勇者に舐めプなんてするもんじゃねぇなぁ」
異世界人が「舐めプ」とか言ってるのは言語補正の効果でそう聴こえるだけでしょう。僕もそんな感じでした。
ヤバイです。魔法まで使われ出したら完全に勝ち目も逃げる事さえ難しいです。
死ぬのかな。久しぶりに現実的な死がそこに迫って来てます。こんなことなら、タイラ以外にも友達のひとりやふたり作って死にたかったですね。葬式にクラスから学級委員長とタイラしか来ないとか泣けてきます。
「くかかっ、死ねえ勇者!」
「マジカル超火炎弾」
アデルの放ったファイアーボールが似た火の玉によって打ち消されました。
やっと彼女が来てくれたみたいです。
ピンク髪縦ロールゴスロリ魔法少女、彼女の名は――
「魔法少女マジカルキラキラマホ、ピカリンっと参上!悪い人達にはお仕置きですよ!」
凄くいい笑顔です。
貴女誰ですか?
読んで頂きありがとうございました。




