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その4――魔法少女さん、勘弁してください

 ――放課後――


「終わったー」


 久しぶりの授業は意味分からなかった。まあいいや、さて遊ぶぞ。


「待ちなさい」

「ぐえっ」


 HRが終わり教室から走り出す俺の襟を浩介に引っ張られた。絞まる絞まる。


「補修です」


 そうだった。補修地獄が待っていたのだ。

 学期末試験の補修にそれを受けなかった分の補修、新学期が始まってから2週間分の補修。今学期毎日補修なのではないかと不安になってくる。


「補修受けるとか、本当に馬鹿や」

「お陰様でね」

「照れるがな」

「誉めてないから」


 グリちゃんは授業中も人の肩で喋り続けている。内容が分からなかった原因はこの人にある。


「まあ、多目的教室行きましょう」



 ―― ―― ――



 多目的教室に着くと先客がいた。めっちゃ目が合った。


「……なに?」

 泣く子も黙るド不良、城条まほは最前列に座り教科書を開いていた。浩介とはまた違った威圧感がある。

「学校に来るなんて珍しいですね」

 普通に話すの!?

「文句あるわけ」

「ないですよ。でも今学期は初登校でしょ」


 初らしい。90年代の不良漫画の主人公でももうちょっと学校来ていると思うのだが。よく2年生になれたな。


「ノート写しますか?」


 これが親友である。不良だろうが誰だろうが優しいのだ。絶対的な包容力。俺が女なら惚れてしまったことだろう。流石は元勇者である。


「……煩い」

 彼女は選択肢に噛みつくしかないのか。

「でも勉強するなら困るでしょ」

「あんた、怪我するよ」

「え?」

 浩介も思わず苦笑い。彼女は女子の中でも身長は低い方である。浩介からみたらちょっと粋がってる子ぐらいの認識なのだろう。地球が引っくり返っても浩介には勝てない。

 困惑する浩介に対して彼女は口を開いた。

「私はあんたと違って友達いるから」


 グサッ


「ノートぐらい見せて貰ってるし」


 グサッグサッ


「マッチョ臭いから近づかないで」


 グサッグサッグサッ


 元勇者が負けた。大怪我だった。メンタルズタズタである。

 と言うかマッチョ臭いってなに?


 膝から崩れた浩介は彼女から距離を取り机に突っ伏した。俺はその横の席に座る。


「マッチョマッチョマッチョマッチョ友達いないマッチョマッチョマッチョ友達いないマッチョマッチョマッチョマッチョマッチョマッチョ友達いないマッチョマッチョマッチョ」

 彼の耳元ではグリちゃんが嫌がらせと言う呪文を唱えていた。不憫な親友。


「それくらいにしとけよ。浩介が可哀想だろ。止めないと俺にも考えがあるぞ」

「……それ私に言ってんの?」


 あれ、城条まほの右手にはいつの間にか金属バットが握られていた。凄い睨んでる。


「いや、違っ――」

「皆おまたー、補修はっじめるよー」

 タイミングよく愛すべき我がクラスの担任が入って来た。

「チッ」

 彼女はバットを床に置いたくれた。というよりは放り投げた。

 こんなに補修が始まるのを嬉しく思ったことはない。


「おお、城条ちゃんじゃん。ちゃんと残ってくれたんだ」

「いいから始めたら」

「先生うれぴー」

「……始めなよ」

「はっはっはー、嬉し過ぎて筋トレしたくなってきたぞ。さてどこから鍛える?」

「……やらない」

「先生ショッーク」


 担任の姫川先生は三十路独身の体育教師で脳筋女子なのだ。昨年1年3組の担任だった彼女は30人の生徒を全員脳筋集団に仕立てあげるという伝説を作っている。その生徒達は「元壱年参組が筋肉を鍛える部活動」通称「元参もとさん」なる部を立ち上げ、他の運動部への傭兵活動をしている。


「も~、城条ちゃんのツ、ン、デ、レっ」

「私帰る」

「えー」


 城条は鞄とバットを持つと教室を出ていった。

 止めろよ教師。いや止めて欲しくはないけど。


「しょうがないか。おっ、町田ちゃん、相変わらずマッチョだね。折角だからマッチョ歴教えてよ」

  「マッチョ歴ってなに!?」

「人生そのものかな。筋肉を磨いた後に刻まれるのがマッチョ歴さ。さあ、筋トレしよう」

「補修じゃないんですか」

「めんどくさい」

「誰だよっ、こいつに教員免許与えた奴!」

「考えてみ、町田ちゃんは試験受けてないだけで頭いいし、城条ちゃんなら勉強してないだけだからやれば伸びるわけ。でもタイラちゃんはやっても無駄でしょ」

「見捨てられた!?」


 この教師は勉強より筋トレが大切だと言いたいらしい。


「冗談はさておき、何で町田ちゃんは涙目なの」

「マッチョ言われて傷ついてるんです」

「え?でも町田ちゃんってマッチョが友達なんだよね」

 

 あ、浩介が倒れた。


「うちはこんな豆腐メンタルに負けたんやな」

 グリちゃんが愚痴た。



 ―― ―― ――



 改めて

「終わったー」

 今日の課題をなんとか終えて漸く解放されたのだ。


「おい勇者、元気だしいな。いいことあるって」

「グリちゃんありがとうございます」


 復活した浩介もどうにか課題を終わらせた。


 俺たちが校門を出ようとしたとき呼び止める声が聞こえた。聞こえたと言うより頭に響いた感じだった。

「やあやあ、ちょっと待って欲しいんだけど」

 振り返るとそこには兎のぬいぐるみがあった。

「僕とお話していかないかい」

「何者ですか?」

 親友が俺を庇うように前に出た。男前である。

「君じゃないよ。そっちの美人さんにさ」

「うち?」

「そうさ」

 ぬいぐるみは垂れていた耳をピンと立て歩きだした。

「動かないでください」

「人間ごときが僕に命令するのかい」

 緊張が走る。そもそもこのぬいぐるみはなんなのか。ロボットの様なぎこちない動きではない。生物のそれだ。


「うちになんのようや?」

「『なんのようや』か。簡単な事さ。君みたいな謎生物がいたら接触してみるのは当然だろ」

「謎生物はあんたもそうやろ」


 グリちゃんがまともな事を言った。


「僕は光の精霊、ラビトリアン・ウザハード」

 名乗るぬいぐるみ。

「うちはエロ本の妖精、グリちゃんや」

 胸を張る自称妖精。


 おい、張り合うな。お前妖精じゃないだろ。


「ウサ公、本当に妖精なの?」

「その呼び方は止めてよ、まほ」


 気が付くと真後ろに城条が立っていた。気配さえ感じなかった。コロコロと音を立てて飴玉を舐めているのにだ。浩介も全く気付かなかった様で驚いている。


「城条さんってあの兎の知り合いなんですか?」

「知り合いと言うか、憑かれてる」

「その言い方はないよ。パートナーじゃないか」

「私はそうは思った事ない」

「もー、まほのツ、ン、デ、ぐばぁ」


 兎が爆発した。跡には小さなクレーターが出来ていた。


「今のは、魔法ですか」


 え、魔法って、城条が使ったの?本当に何者だよ。


「へぇ、魔法だってわかるんだ。君こそ何者だい?」

 今々消えたはずの兎が現れた。城条の頭から生えてきたと言った方が正しいかもしれない。


「……どうなの、ウサ公」

「僕の知る限り、エロ本に妖精がいるなんて聞いた事ないよ」

 即効ばれてる。あちらは本物の精霊とやらなのか。


 グリちゃんは高笑いの後いつにもなく真面目めいた顔をした。

「ばれたら仕方あらへんな。うちは妖精やない。異世界から参上した魔石グリード様や。負の感情の集合体、悪意と害意の塊。それがうちの正体や!」

 ドヤ顔である。


「異世界かぁ、僕らのまだ把握仕切れてない領域だね。まあでも自分で悪意とか言ってるし、消しとくのが得策かもね」

「いいの?」

「勿論さ」


 なんだか嫌な予感がする。


 彼女はガリガリと口の飴を噛み砕く。

「……変身」

 突然の光が城条を包む。現れた城条は服がゴスロリになっていた。髪型は一瞬にして縦ロールなった。

「彼女は魔法少女マジカルキラ――まほ痛いよ」

「余計な事言うな」

「分かったよ、彼女は魔法少女。君たちの悪事もここまでだね」


 そしてそれも一瞬だった。浩介が俺を肩に担いで走り出したのだ。

 当然魔法少女も追いかけてくる。速い。なんかもう車と並走しそうなペース走ってる。それに追い付かれない親友は流石は勇者てある。


「もっと言い方考えてくださいよっ」

「ほら、うちって恥ずかしがり屋やろ。照れ隠し――

 グリちゃんを巻き添えに火の玉が目の前を飛んでいった。

「って、危ないやろ」

 魔力と分断されているとはいえ本体は魔石のグリちゃんである。いくら攻撃を受けようともゾンビの如く復活する。


「可笑しいな、当たったと思ったんだけど」

 火の玉は城条の手から飛び出してきた。どんな仕組みだよ。

「やーい、うちを倒したいなら本体を叩くんやな、ばーか」

「ふむ、本体か。マッチョかあの馬鹿面のどっちかかな」


 標的が俺らに移った。

 こいつわざと言ってないか。


「何でばらしちゃうんですかっ」

「うちは正直者やろ」

「存在そのものが不正直者だ!」


 話してる間も音をたてながら火の玉が飛んでくる。それを浩介が絶妙なタイミングで避けて行く。後ろは見ていない。


「まほ、そろそろ殺っちゃおうよ」

「……了解」


 あれ、ちょっと巻き過ぎじゃない?会話すっ飛ばしてるよ。

 俺に至っては、背中にしがみついてるんではなくて担がれてるし。シチュエーションが違う。まだ早い。早いぞ。早まらないで。


 巨大な炎の塊が迫ってくる。


 俺、死亡。あまりにも若すぎる最後だった。



 ―― ―― ――



「おい勇者、馬鹿が馬鹿な事言ってるで」

 グリちゃんの声が聞こえる。どうやら彼女も巻き添えになったらしい。

「しかしまあ、死を覚悟したのは同じくですけどね」

 親友の声まで聞こえる。

「タイラ、起きてくださいよ。生きてますから」

「え、生きてるの」


 言われてみれば身体に異常がない。


「ヤバないか」

「同意見です」


 見ると十数メートル先に魔法少女がいるのだが、ボヤけている。


「なんだよ、あれ」

「空間の歪みです。あれが魔法少女の魔法を遮ってくれたんです」

「浩介がやったのか?」

「違います。偶然でしょう」

「喋っとらんで、はよ逃げりぃな」

「ですね」


 浩介は佇む城条に目もくれず走り出したのだ。


「歪みってなんなんだよ」

「あれは異世界から何かが来る前触れです。僕も帰って来るとき似たような現象が起こりました」

「ただ、規模が全く違うんやけどな。この距離でも見えるって、どんだけでかいねん」

「それって何が来るんだ?」

「分からないから、逃げてるんです」

 親友が焦ってるのが分かる。あのグリちゃんまでも顔をしかめている。

「危険なんが出てきたら魔法少女に頑張ってもらうしかあらへんな」

「彼女もあの歪みが僕らより危険と判断してたみたいですしね。頑張ってくれるでしょう」


 他力本願である。俺も人の事言える立場ではないが。


「親友は戦わないのかよ」

「聖剣がない今、世界を越えてきた奴となんか勝負になりませんよ」

「世界を移動したってだけで神秘的な力を得られるんやで。女神に会ったみたいな記録も残ってるぐらいや」


 異世界から来たとはいえ物知りな石だ。


 そう言えば今でこそお化け筋肉の浩介だが、昔は風が吹けば飛びそうなもやし体系だった。


「ここまで来れば大丈夫でしょう。一応、うちに泊まっていってください」


 一安心らしい。

 しかし異世界行くって凄いことなんだなと関心していると(あっさり受け入れているあたり大分俺も感覚が麻痺してきた)空から何か降ってきた。


 魔法少女と兎だった。


「や、やあ、彼は君達の友達かい?」

 表情はないが心なし苦しそうな兎。


 彼女らが飛んできた方向を見ると、黒いスーツに身を包みんだ超イケメン英国紳士が歩いている。日本刀持ってるけど。


「くかか、くかかかかかっかっ、か、くかか、見つけた。見つけぞ、勇者ああああっ!!」



 全く大丈夫じゃなかった。





読んで頂きありがとうございました。

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