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その3――勇者さん、負けないでください

「つまりはエロ本の妖精は実は3年前異世界で勇者してた浩介が持って帰った魔石とやらで、俺が饅頭だと思って食べたのはその石だったと」


 ここは病院の屋上である。

 意識が戻った最初こそ全身筋肉痛の如く激痛が走ったが、今は大分痛みも無くなり、もうすぐ退院できそうだ。


 先日は結局話が進まなかったので、今日こうして浩介に説明を受けている。


「ええ、僕が家に帰った時には既にタイラも魔石『グリード』も居ませんでした。」


 魔石「グリード」は親友が異世界で倒した魔王の城で発見されたもので、負の感情を吸収し魔力を無限に作り出す危険な代物らしい。そこで「そもそも魔法の無い自分の世界なら悪用される心配はない」と浩介は進言して今に至る。


「本当にすみません。魔石に意思が存在するなんて非常識……失礼、こちらでは魔法も非常識ですよね」



 魔石にいくら意思、感情があっても肉体がないと自身の魔力を思うように使うことが出来ない。その為に俺が必要だった。

「グリード」は3年間かけて幻覚を見せる事が出来るようになり、後はタイミングを待つばかりである。そしてあの日決行した。幻覚、正確には洗脳や催眠に近い魔法。だから俺は疑問も無く妖精の存在を受け入れてしまった。


「タイラなら魔法かかってなくても、あっさり信じそうですけどね。典型的な悪徳商法に引っ掛かるタイプですし」


「うるさい、あれは既に過去の事だ」


 後で聞くと、妖精が饅頭を持って来たと俺は認識したが、実はベットの奥に手を伸ばして魔石を取ったのは俺自身だった。

 そもそも危険な物をベットの下に隠していること事態が管理不行き届きだと思う。


「一時的のつもりで雑誌の後ろに置いて、そのままだったんですよね」


 俺はよく馬鹿か扱いを受ける。だが言いたい。


「馬鹿か」

「反論の使用がないです」


「グリード」は俺の肉体を手に入れた後身を隠す事にした。魔石が俺と完全に融合しなければ最大出力で魔法を使えない。人間相手ならそれでいいのだけど、浩介の存在があった。

 聖剣とのリンクが切れ魔法が使えなくとも仮にも元勇者である。その身体能力は計り知れない。最悪自分が消滅させられる可能性があったのだ。


 何故こんなに「グリード」サイドの話に詳しいかと言うと――


「馬鹿って言った方が馬鹿なんやで、この馬鹿が」

「何でお前が反論するんだよ」

「お姉さんに『お前』なんて失礼やわぁ、ばーか」

「お前なんて『お前』で十分なんだよ、ばーか」

「ばーかばーか」

「ばーかばーかばーか」


 本人がいるからである。


 浩介は隠れた「グリード」をどうにか見付ける事に成功した。しかし俺の肉体から石を分離させることが困難だったため、封印するしかなかった。専門用語は分からないが、「グリード」自身の魔力を逆に利用して結界を発生させたらしい。


 効果としては魔石とその意思の分断と、肉体への魔力抑制とのことだ。俺はほぼ魔石同化しているのでその魔力を使えなくはないらしい。だが、その魔力は魔力であると同時に分断しているとは言え「意思」そのものなので、封印が解除される可能性が高い。


 だから消滅したわけではないのでこうして「グリード」はエロ本のの妖精の姿でここにいる。俺や浩介以外には見えていない。浩介曰く魔力適性の問題らしい。


 意味わからん。

 何だよ、魔力適性って。


 因みにあの全身の痛みは、「グリード」が俺の身体で浩介と人外能力者バトルを繰り広げた結果、筋肉が耐えられなかったからだ。



「はぁ、それよりもだな…」


 一通り低学年並みの悪口を言い合った後、今回の事件最も重要だったことを思い出してしまった。

 入院している間考えないようにしてはいるのだけど、浩介と話していると意識せざる得ない。


「本当に夏休み終わったんだな?」

「その質問6回目です」


 俺が身体を乗っ取られ意識を失っている間に2学期が始まってしまったのだ。

 勿論1学期末試験は受けていない。その補修も受けていない。学校に戻ったら補修地獄が始まる。同じく試験を受けなかった浩介は既にその中にいる。


 世間的には俺は行方不明になったので、浩介は周りに心配かけまいと多方面に言い訳をしてくれた。

 だが何なんだよ「真のハーレムを成功させるための自分磨きの旅に行く」って。


「でも比較的すんなり納得して貰えましたよ」

「皆を俺をどんな奴だと思ってるの!?」

「ハーレムって……うち身の危険感じるわ」

 肩から座っていたのに離れていく妖精。

「お前は原因知ってるだろ。と言うかお前が原因だ、このエロ妖精」

「そんな言い方ないやろ、もっと可愛く呼んでほしいたい」

「それは関西弁ではない!じゃあ、グリちゃんだ」

「うっわぁ、センスを疑うわ。人間辞めた方がいいんちゃう?」

「センスひとつでどれだけ重罪だよっ!」

「君ら仲いいですね」


 はっ、何でグリちゃんと俺は楽しげに会話してるんだ?また催眠術でもかけられたのか。


「ちょい待ち、うちのこと『グリちゃん』で決定なん?」

「親友、助けてくれー」

「違うと思います、グリちゃんにはそんな能力もうないはずです」

「おい勇者、なんであんたもその名で呼びよるねん」


 理由はどうあれ、夏休み中ほぼほぼ同一の存在になっていたことが大きく、親近感を覚えてしまうのではないかと言うのが浩介の見解だった。


「時間はかかりますが、必ずタイラから魔石を取り出します。待っていてください」

 真剣な顔で宣言する親友。頼もしい限りである。


「うちに消えろゆーてるもんやろそれ。本人の前でそがいなことゆうなんて悲しいわぁ、泣けるわぁ。しくしく」



 えぇい黙りやがれと一言文句言ってやろうとした時である。階段へと繋がる扉が勢いよく音を立てて開きトモ姉が現れた。ぱっちり開いた大きな目、小さく可愛らしい鼻、肩下まで伸びた艶のある黒髪、最早モブAではなく普段の完璧少女に戻っていることが分かる。

 そしては案の定と言うか――


「タイラーっ!!!」

 獲物を見付けたライオンの如く迫って来たかと思うと胸に飛び込まれた。スピード付き過ぎて最早タックルである。後ろに倒れ込む俺。

「ぐばぁっ」

 下はコンクリ、ここ最近毎日の事ながら俺は後頭部を強打した。毎度このタックルが原因で入院が長くなっている気がしてならないでもない。


「ごめんね、大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 大丈夫ではない。ズキズキ痛い。


 いつ頃からかは覚えていないけどトモ姉は俺のことが好き過ぎてヤバイ。普段は冷静沈着なのに考えなしに愛情表現してくるので、生傷が絶えない。エロい意味はないよ。


「病み上がりなんだから外出たらダメでしょ」

 よしよしと頭をなでながら起こしてくれた。


 そして血が出てないの確認してから立ち上がると浩介に向き直った。

「マッチョ!外にタイラ連れ出すなんてどういう了見よ」

「あ、あのですね」

 彼女は完璧少女ではあるけど八方美人ではない。

「はっきりしなさい、このマッチョ!」

 当たり前だけど「マッチョ」は決して罵倒の言葉ではない。しかし浩介はコンプレックスだったりするので精神的ダメージとなり得る。

「ト、トモ姉、マッチョ言わないでほしいんですが」

「……マッチョって名前なんだっけ?」


 いじめである。


「町田浩介です」

「え、マチョ田?」

「町田です」

「マジ田?」

「『マジか?』みたいに言ってもダメです」

「ダメ田!」

「名前を否定された!?」


 二人の身長差は30センチ。見た目ボディビルダーとか細い美少女。しかし震えるマッチョ。シュールだ。


「男が細かいこと気にしないっ」


 トモ姉がマッチョ、もとい浩介に近付き片手を取った。後は一瞬の出来事で、浩介はトモ姉を基点に一回転して仰向けに倒された。

 柔道の内股に合気道の技を合わせた様な動きだった。彼女曰く体格差のある敵は(敵って何だよと突っ込みを入れてはいけない)寝技に持ち込むの定石だ。


「ギブっ、ギブですって」

「貴方の名前はなんだっけ?」

「ま、マッチョ、マッチョ田ですっ」


 教本に乗せても可笑しくない程綺麗な四の字固めが決まっている。彼女は格闘技も長けている。


 こうして改めて見ていると浩介はもがきつつも技を反そうとしない。浩介程無駄に力が強いと反撃した拍子に怪我をトモ姉がしてしまう可能性があるからだろう。多分それはトモ姉も分かってるはず。分かっててやってる。


 いじめと言うかパワハラだった。


「困ったら私に言いなよ。何でも解決するから」


せめて親友を解放してから言って……



 ―― ―― ――



 色々あったが今日から久しぶりに学校へ行く。


 因みに親には「勝手に旅に出て怪我して帰るなんて馬鹿か」と笑われた。笑われた。くどいまで言おう笑われた。そんな感想でいいのか母さん。


 隣に住んでるトモ姉が迎えに来てくれて、途中で浩介が合流する。いつも通りの登校だ。

 トモ姉は同じ高校の3年生である。彼女はその天才振りからVIP待遇を受けおり、自由な生活を送っている。たまに俺の教室で授業を受けてる。


「俺がいないときって浩介と登校してたの?」

 トモ姉に聞くと

「へ、なんで?」

 なんで聞かれたのか分からないって顔をされた。

「ほら、家でる時間とかは被るだろ」

「私、朝練あるからマッチョとは時間ずれるよ」

「今日は?」

「サボり」


 これが罷り通るのが彼女なのだ。

 しかしトモ姉は3年なのに部活って、スポーツ推薦が来てるとも言っていたけど、受験や就活の時期ではないのか。まあ、何もしなくても合格しそうだが。


 そうこうしている内に我が母校「私立松々高等学校」に到着した。トモ姉と別れ、浩介と2組の教室に向かう。

 教室に入ると「タイラだっ」と全員の視線が集まった。


「トモさんともあろう人がいるのにだな」「ふふ、ハーレムは出来たの?」「因果応報だな」「怪我大丈夫?」「熊と死闘をしたって本当か」「熊?俺はロシアに渡ろうとして溺れたって」「トモさんに謝ったか」「トモさんに殴られて入院したんだろ」「トモさん泣かせたら応援する会が許さんぞ」「相変わらず馬鹿だね」「お土産はぁ?」「しかしトモさんはタイラの何処がいいんだ?」「馬鹿なとこ」「幼馴染みと言うフライングスタート」「トモさんが」「トモさんに」「トモさん」


 収拾がつかない事になった。

 俺が人気というより、トモ姉が人気なのだ。彼女はそのカリスマ性から全学年全クラスから慕われている。数人からは崇拝されてる。


 親友はというと最後列の窓際の席に着き読書を始めている。彼はその筋肉っぷりから浮いてしまっているのだ。一部の筋肉集団ぐらいしか話しかけても貰えないでいる。

 いい奴なのに不憫である。


 この騒ぎどうしようかと考えていると、意外とあっさり解決した。


 彼女が教室に入って来たお陰で静まり返った。

 彼女は制服を(うちはブレザーだ)着ず、学校指定のものに似通った紺のスカートにパーカーを羽織っていた。コロコロと飴玉を口の中で転がし、小柄ながら鋭い目付きと腰まで伸びたピンクの髪。俺の知る限り1学期は3日ぐらいしか登校してないド不良。彼女は「城条じょうじょうまほ」、トモ姉とは違うベクトルの問題時である。



「ちょい待ち、もっとちゃんと伏線はるなり正体隠したりしんさいよ」

「ナニヲイッテイルンダ?」


 いつの間にか肩に鎮座していたグリちゃんが意味不明な突っ込みを入れた。

 今日はエセ広島弁だった。





最後まで読んで頂きありがとうございました。

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